夕方から降り始めていた雨の音が22時を少し回った頃に少し重たい感じに変わり……やがて、音そのものが消えた。
 そのことに気づいた未緒は勉強の手を止め、カーテンを少し開き……窓ガラスの結露を拭ってから、外をのぞき込む。
「…ぁ」
 雪。
 そう思ったときには、窓を開けていた……もちろん、すぐに眼鏡のレンズが真っ白に曇り、身を切るような冷気に襲われる。
「わ、わ…風邪、風邪ひいちゃう…」
 あたふたと、半ば失われた視界のまま、もう一枚上着を羽織り、眼鏡のレンズを拭ってから、あらためて視線を外に向けた。
 吐く息の白さは、すぐに夜の闇に紛れて消える……が、空から舞い降りる雪の白さは不思議な存在感を保っていて。
 ふ、と少年の顔が浮かんだ。
 受験まで後少しという事で、毎晩2時や3時までは起きて勉強していると言っていたから、多分…。
 机の上の携帯に手を伸ばし……た瞬間、それは穏やかなメロディを放ち始める。
「あっ…」
 示されたナンバーを見て、未緒の頬が微かに染まる。
 時には、こんな偶然があってもいい。
「もしもし」
『ごめんね、こんな時間に』
「いえ、まだ起きてました…というか、今ちょうど連絡しようと思ったところで」
『え、そうなんだ?』
「ひょっとして、高見さんも雪を見てましたか?」
『え、雪?ちょ、ちょっと待って……』
 少年の声がちょっと遠ざかり、未緒は微かに落胆した。
 少年が自分と同じように、雪が降ってる事を伝えたくて連絡をくれたわけではない事に対して。
 これが1年前なら、少年から連絡をくれたことだけで充分に満たされたに違いない。
 それが今は……欲張りなことに、同じ気持ちを、同じ思いを分かち合いたいと思っている。
『ほんとだ…雪だね。こっちも降ってる』
「はい、私もさっき気づいて……それを伝えようかな…と」
『うん、全然気づかなかった、ありがとう如月さん』
「いえ、そんな…」
 さてそうなると、少年は何のために電話を……
『おっと、大事なことを忘れるところだった…』
「大事な事…ですか?」
『うん、もうちょっと……』
 微かに、何か数を数えているような少年の呟きが聞こえてくる。
「……?」
『……誕生日おめでとう、如月さん』
「え?」
 部屋の時計に目をやる。
 短針と長針がきっちりと重なり……日付が変わったことを告げていた。
「…ぁ」
『あはは、1時間前ぐらいから時計とにらめっこしててさ……雪が降り出したのなんか、全然気づかなかった』
「あ、ありがとう…ございます」
 声はすれども、ここにはいない少年に向かって頭を下げる。
 さっき感じた微かな落胆はどこへやら。
『じゃあ、これが誕生日プレゼントと言うことで』
「はい、ありがとうございます」
『……』
「……あの、どうかしましたか?」
『ちゃんと用意してるからっ。明日ちゃんと渡すからっ』
「え?」
 未緒はちょっと小首を傾げ……幸せそうに微笑んだ。
 
 
                   おしまい。
 
 
 昔は、ときメモのカレンダーをほぼ丸暗記してたんですが……今となっては、3年目の2月3日が何曜日だったか思い出せない始末です。
 

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