『なんか見晴ってストーカーみたいだね?』
 何気なく友人が呟いた言葉にちょっと傷ついてしまう。ストーカーという言葉の定義は知らない。私は彼のことをもっと知りたいだけで・・・そして彼に自分のことを知ってもらいたいだけなのだ。迷惑をかけるつもりはない。
 住所や電話番号なんかちょっと調べたらすむことで大したことじゃない。できるだけ彼のことを見ていたいから彼の居そうな辺りをうろうろしてるだけ。別につけ回してるわけじゃない。
 彼のことが好き。だから彼の嫌がる事なんてできるだけしない。・・・・それでもストーカーなのかなあ?
 ぶつぶつと口の中で繰り返される言葉。見晴の向かい側に座る愛は盛大に縦線を背負いながら心の中で呟く。
 −見晴ちゃん、それは立派なストーカーだと思うよ。−
 見晴はそんな愛の視線に気が付いたのか勢いよく両肩を掴んで揺さぶった。
「何?やっぱり私ってストーカー?高見君の迷惑になってる?」
「え・・・迷惑には思ってないというか気が付いてないと思う。」
 見晴はため息をつきながら机に突っ伏してしまう。
「そんな悲しいこといわないでよう・・・何のために毎日1時間もかけてこんな髪型にセットしてるのかわかんなくなるから。」
「普通に自己紹介してお友達から始めて、こつこつと努力すればいいんじゃないの?」
 見晴が突っ伏したまま首を左右に動かした。
「悪いけど・・全然説得力無いよ。美樹原さんって初っぱなから他力本願だったし。」
「仏教本来の用語として他力本願ていうのはいい意味なんですよ。自分の愚かさを自覚した上で仏にすがるわけですから・・・」
 2人の話は完全にすれ違いながら違う時空で絶妙にかみ合っているようだった。
 愛はちらりと腕時計を見た。
「見晴ちゃんごめん。私、詩織ちゃんとの約束があるの・・。」
「ふーじーさーきー?」
「そんな顔しないでよ・・・詩織ちゃんは私の親友なんだから。」
 これでもかというぐらいの嫌悪の感情を表情に出す見晴を愛はたしなめようとしたが、見晴はぷいと横を向く。
「私、藤崎さん嫌い。高見君の評判があがってきたら途端に態度変えるんだから・・・私なんか入学式の時から一途なのに・・・。」
 見晴の言葉を聞いて愛がうなだれる。
「そんなこといったら女の子みんながそうだよ。」
「藤崎さんは別。最初から知り合いなのと、高見君が噂になってから知り合うのは根本的に違うでしょ。だいたい美樹原さんを高見君に紹介しといて2人っきりで遊びに行く神経がやだ・・・・」
 愛が涙を浮かべて自分を見つめているのに気が付いて見晴は口を閉じた。
「・・・・ちょっと言い過ぎたかな。でも、美樹原さんてすごいね親友同士でライバルなんだもの。」
「ん、詩織ちゃんの気持ちに気が付いたときはもう遅かったから・・。それに、詩織ちゃんはそれでも私に高見さんを紹介してくれたんだよ。」
 その点については見晴もいいたいことがあるのだが黙っていた。この心優しい少女をこれ以上悲しませたくなかったからであるが。
 愛は黙ってしまった見晴に対して言葉を続けた。
「それに私と見晴ちゃんもライバルなのに友達だよね。」
「それは、美樹原さんだからだよ。美樹原さん優しいもの・・・。」
 見晴は思ったとおりのことを口に出した。こうして仲良くつきあえるのは2人とも当の本人にあまり相手にされていないことと愛の人柄によるところが大きい事を認めていたからだ。
「・・・多分見晴ちゃんと詩織ちゃんも仲良くなれるよ。それに・・・選ぶのは高見さんだから。・・・じゃあ、私行くね。」
 軽く手を振って去ってゆく愛に見晴は笑って手を振り返した。
 
 少女のまつげがぴくぴくと動き出し目を開けた。
 寝ぼけ眼で枕元の時計を見ると、目覚ましが鳴るまで後2分。
「今日も私の勝ち。」
 見晴は目覚ましのスイッチを切って体を起こした。最近はすっかり早起きにも身体が慣れてしまった。
 鏡を前にして手慣れた動作で髪をセットしていく。ありふれたロングの髪を結いながら針金を通して綺麗な輪を作る。最初の頃は訳がわかんなくて母に手伝ってもらったりしてたのだが、今では鏡でさえ必要ないぐらいだ。・・・時間はそれなりにかかるが。
 見晴は公人と初めて出会ったことを思い出す。あの時は何でもないありふれたロングの髪型だった。
 一目惚れ・・・そんなのはもうお話の中か天然記念物程度の確率でしか無いと思っていた見晴は入学式の日出会ってしまったのだ。その気持ちを隠すつもりもなかったが、見晴の周りの反応は『高見?誰それ』から『ふうんどこがいいの?』になって『うん、格好いいもんね』に移り変わっていった。
 誰かを好きになるということ・・・理屈じゃないと見晴は思う。人それぞれかもしれないけれど『あの人のここが好き』などと他人に説明できるのはちょっと違う気がする。その点私は幸せだと思う。・・・自分にも説明できないぐらい好きな人に出会えて、その感情に素直になれる自分がいる。あとは自分の想いが届くように努力するだけ。
 それでいいよね。
 鏡にうつった左右の輪の大きさを微調整する。出来映えに満足したように見晴は大きく頷くと、とたたたと階段を駆け下りてゆく。
「お母さーん、朝ご飯できてる?」
 
「えいっ!」
 すかっ。
 目標を見失い、そのまま歌舞伎役者のように片足飛びで公人から遠ざかっていく見晴の後ろ姿に公人は苦笑する。日頃の地道な(?)努力の末に見晴の気配を察知することができるまでになったようであるというか、ぶつかる前にかけ声をかけるからという話もあるがゆっくりと見晴の存在は公人の心に積み重なっているようである。
 ただし、その認識は変な髪型とかあたり屋とかいう認識かもしれないが・・。
 今日も元気に見晴は自分の感情に素直に生きているようであった。
 
 日本の菓子業界の陰謀とかいろんな呼び方をされる某月14日。
 腕組みをして難しい顔をした公人に好雄が声をかける。
「どうした?」
「うむ、毎年思うのだが無記名のチョコに毒物が入ってたりしたら完全犯罪が成立するんじゃないかと思うと怖くなってな。」
 重々しく好雄が頷く。
「そうか、俺には関係ないが。それよりおまじないかなんだか知らないが、怪しげな香水とかを混入した手作りチョコを食べさせようとする方が俺には信じられないぞ。」
 そう言って公人の肩に手を置く好雄にぴんときたのだろう。公人が呟いた。
「優美ちゃんか?」
 好雄がぶんぶんと首を振りながらにじり寄ってきて耳元で囁いた。
「悪いことは言わないから捨てろ。」
「・・・・つらいね、男って。」
 冗談はさておき公人は無記名のチョコを前にして再び悩んでいた。その時公人の視界のすみを動くものがあった。しかし、公人がそちらの方を向いても誰もいない。
 公人は指を鳴らして笑った。おそらく心当たりがあったのだろう。
 多分。
 
 日本女性の陰謀とかいろんな呼び方をされる某月14日。
 公人は背後の気配を感じ取って軽くサイドステップしながら片足だけをその場に残した。受け身もとれないまま顔から廊下に突っ込んだ女生徒は慌ててその場から立ち去ろうとしたが上履きを公人に踏まれて再び廊下と仲良しになる。
 鼻先を赤くして公人の方を振り返った見晴は自分の鼻先に紙包みを突き出されて動きを止める。
「チョコのお返しだよ、あたり屋さん。・・・・間違ってないよね?」
 見晴はただこくこくと頷いてそれを受け取ってぺこりと頭を下げた。そして間髪入れずにダッシュで走り去っていく。
「・・・・いいフォームだ。12秒台だな・・・。」
 のんびりとした公人の呟きが場違いに響いていた。
 家に帰ってベッドの上で転げ回りながら公人に貰ったお返しのラッピングをはがしていく。中身は変哲もないキャンディーのようだがカードが一枚。
『せめて、名前ぐらいは記入しとくように。』
 ぶっきらぼうな短い文章。見晴は笑みをこぼし、無意識に鼻の先を指先でこすりかけて慌てて指を引っ込めた。今日は2回も廊下と仲良しになったせいでまだ少し腫れていたのを思い出したからだった。
「でも、あたり屋さんはちょっとひどいと思うの・・。」
 見晴はコアラのぬいぐるみを両手でむりむりと弄びながら呟く。
「名前・・・忘れられてたらちょっとショックだな・・。」
 見晴は入学式の時自分のクラスの位置がわからなくてうろうろしていたところを公人に教えてもらい、それに対して自己紹介している。もちろんあわただしい中で名前だけ伝えただけだが。公人も慌てていたから覚えてないかもしれないし、今は髪型が劇的に違う。
 それでも見晴は自分の名前を伝えたりしないことを心に決めていた。自分にとって特別な相手には自分もまた特別でありたいという心理やいろんな感情が絡まって良くわからない決意ではあるが。
 
 新しい、そして高校での最後のクラス割り表を前にして見晴はため息をついた。
 −縁がないのかなあ?−
 心の中で呟く見晴の肩を愛がぽんとたたいた。
「見晴ちゃん、私と同じクラスだよ。」
 見晴は慌ててクラス割りにもう一度目をやった。
「・・・あ、ほんとだ。」
「もう、見晴ちゃんたら高見さんしか見てないんでしょ?」
 両手を腰にあててほっぺたをふくらませた愛に対して、見晴は指でほっぺをつついてやる。
「当然。美樹原さんも最初は高見君を探したんじゃないの?」
 反対に切り返されて愛の顔が朱に染まる。それを見て見晴が愛の頬を好き放題にむりむりし始め愛はやっとの思いで逃げ出した。
「ほっぺが伸びちゃうよ・・・。」
「ハムスターみたいで可愛いじゃない。」
 今度は愛が見晴に対して反撃をする番だった。
「相変わらず仲がいいですね・・。今年は私も同じクラスですよ。」
「え、如月さんも?・・・・ほんとだ。」
 見晴と愛はいつの間にか現れた未緒も含めて3人で新しい教室へと向かった。
 
「3年は去るの『さ』っていうだけあってはやいね。」
「見晴さん、それは3月です。『いぬ』、『逃げる』、『去る』の1・2・3月の間違いだと思いますけど・・・。」
 未緒の冷静な突っ込みに見晴は窓の外を眺めてとぼけることにした。
「んー、夏も終わったね。1年の内半分過ぎちゃったな・・・。」
「そうですね・・・。」
「未緒ちゃんは一番秋らしい月って何月だと思う?」
「・・・・11月だと思います。」
 しばらく考えて未緒はそう答えたのだが、見晴は相づちをうってあまり興味のなさそうな様子である。もともと会話の流れで聞いてみただけだったからかもしれないが。
「ずっと高校生のままでいられたらいいのにね・・・。」
「・・・ティルナ・ノーグですか?」
 しばしの沈黙のあと、未緒が説明する。
「ケルト神話です。直訳は難しいんですが、『喜びと幸せの国』・・人生を季節に置き換えて『常春の国』といったところが近いかもしれません。」
「ケルト?」
 見晴にとってはそれ以前の問題だったようだ。未緒はいろいろと説明して見晴を納得させた。
「ふうん、でも喜びと幸いだけの国なら青春じゃないよね。」
「・・・そうですね。喜怒哀楽全てがそろって青春ですね。・・・・でもこんな会話って年寄りの会話みたいですね。」
 見晴と未緒はくすくすと笑いながらそれ以前に青春なんて普通いわないよなどと言い合っていた。
「何、なんか楽しそうね・・。」
 2人の方に愛がやってくることにより、会話の幅が広がり楽しいひとときを過ごすことができた。受験色の強まる教室の中で日だまりのような温かな空間を形成する3人の様子は永遠を信じさせる何かがあったのは事実であった。
 
「17回目・・。」
 自分の前の席でため息をついた愛を見て見晴が呟いた。その呟きを耳にしたのか、愛がくるりと後ろを振り返った。
「何が17回目なの?」
「美樹原さんのため息の回数。・・・・気が付いてからだけど・・。・・・・・・あんまりため息ばっかりついてると神様に見放されるよ。」
「・・・・見放されたからため息が出るんだけど・・。良かったら見晴ちゃん、放課後つき合ってくれる?」
 愛の小さな身体が今日は一段とまた小さく見えた。しばらくして見晴は心の中で呟くことになった。『18回目。』と。
 
「最近高見さんが遊びに誘ってくれないの・・。」
 即座に見晴の両手が愛の首に食い込む。
「ひょっとして私にけんか売ってる?」
 青い顔をして間髪入れずタップ(ギブアップ表明の動作)する愛。肩で大きく息をする愛に向かって見晴が言葉を投げる。
「まあ、冗談はそれぐらいにして何を相談したいわけ?」
 −冗談という力具合じゃなかったよう・・・。−
 愛は少し赤くなった首をさすりながら心の中で呟き口を開いた。
「最近、高見さんは誰と遊びに行ってるの?」
 見晴は少し考えるような素振りを見せてから答えた。
「誰とも遊んでないよ。・・・・初詣も1人だったし・・・。」
 窓の外に視線を向ける見晴の様子を見て愛は微笑んだ。
「優しいんだね見晴ちゃんは・・・。詩織ちゃんなんでしょ。」
「美樹原さんの考えすぎだよ。2人とも受験勉強で忙しいみたいだしそんな暇はないんじゃないかな?・・・・疑うんなら今度美樹原さんの方から誘ってみればいいじゃない。」
 愛は膝の上に置かれた手をぎゅっと握りしめ俯いた。
「・・・私にはそんな勇気ないから・・。・・・それより見晴ちゃんは高見さんを誘ってみたくないの?もう、高校生活も終わりなのに・・。」
 彼のことを追いかけ回した3年間。本当にそれ以外は何もしなかったような気がする。それだけに今さらという感が拭えないのも見晴にとって事実だった。
「別に高校を卒業したら終わりというわけじゃないし・・それに最後に一度だけっていう考え方は好きじゃないもん。自分からあきらめるのだけは嫌だから・・。」
 自分の思うところを言い終え、見晴は愛が自分を真っ直ぐにみつめているのに気が付いて居心地の悪さを感じた。
「・・・私は見晴ちゃんみたいに強くはなれないや・・。」
 ぽつりと呟いた愛の台詞に見晴は微笑んだ。
「私は美樹原さんのように優しくなれないよ。・・・・みんな同じじゃないかな。」
 2月の厳しい寒気に襲われた放課後の教室の中で、不思議と温かい空気に包まれたように愛は感じた。
 ふと、愛は窓の外に視線をむける。
 伝説の樹。
 伝説の樹が見守ってきた伝説1つ1つにどれだけの悲しみが隠されているのだろうか?
 そんなことを考えながらちらりと横を見ると見晴もまたさっきまでの自分と同じ場所を見ていた。自分と違って彼女の瞳はそこから決して逸らされることはないだろう。
 −できることなら彼女の涙は見たくないな・・・。−
 そんな想いが愛の心に浮かんだ。
 
 見晴は伝説の樹を前にして立っていた。自分は入学式の日からずっと同じものをみつめてきた。・・・・変わらぬ想い・・・。
 右手に持った卒業証書。彼と出会ってからの3年は長かったのか短かったのか良くわからない感慨がこみ上げる。
 ふと予感めいたものを感じて見晴は伝説の樹に背を向けた。こちらに向かってくる少年の顔が逆光でよく見えない。
「あ、あたり屋さんだったのか。」
 少年の顔に浮かんだ表情が失望でなかったことにまずは胸をなでおろす。
「そういや、まだ名前も聞いてなかったかな?」
 見晴は口元だけでくすっと笑うと口を開いた。
「そんなことないですよ・・。」
 見晴はゆっくりと結んでいた髪をほどいていく。さっきまで結ばれていた髪の毛は緩やかなウエーブがかかっていたがほぼ真っ直ぐなロングの髪型にもどった。初めて出会ったときの髪型だ・・・。
 僅かな沈黙を破って少年は声をあげた。
「あ・・・・館林さん?入学式の時の・・・館林見晴さん。」
 3年間見つめ続けてきた少年の顔が涙で滲む。見晴は慌てて指先で涙を拭った。
「思い出してくれた?」
「そうか・・・館林さんだったのか。全然わからなかった・・・。」
「ひどい、せっかく高見君の目にとまるようにこんな髪型にしてたのに・・。」
 −そのせいだって。(笑)−
 2人してひとしきり笑った後、見晴が口をひらいた。
「・・・・ずっと高見君のこと見てた。」
「・・・ずっと見られてたのはわかってたけど名前がわからなかったからどうしようもなかったし・・。」
「・・・迷惑ですか?」
「どうせ見るなら隣で見ててくれ・・・。ぶつかるのも無しで。」
 見晴の手から卒業証書の入った筒がぽとりと落ち、同時に公人の方に飛び込んでいく。それをかわすことなく受け止める公人。
 どこからか雲雀の鳴き声が聞こえてきた。その鳴き声に誘われるように2人が見上げた空は抜けるように青く、その中を高く舞い上がってゆく鳥の影。
 公人は軽く見晴の肩を叩き、やがて2人は肩を並べて歩き始めた。
 
                         完
 
 

 イベントのないキャラはつらいっす。たしかデートするとエンディング見れなかったような気がするし。しかし、自分の話の中で一番まともな美樹原さんですな。(笑)なんせ超極悪人だったり、養命酒でアル中になったり最も扱いの悪いキャラでしたからなあ。
 しかし、館林といえば4強の一角を担う雄。影から主人公を見つめる瞳というシチュエーションの問題なのでしょうか?我が魂を捧げた某キャラの扱いを考えると恵まれたキャラだなあなんてため息をついちゃいますがその分ゲームの中では寂しいかぎりです。そのせいか悪意なんてものはかけらもありません。
 

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