先生に『絶対に無理』と、太鼓判を押されたきらめき高校に見事合格して、俺は有頂天だった。高校に入ったらまず何をしようか、それよりもどうやって詩織とまた仲良くしようかなんて考えながら春休みを過ごし、入学式の前日にわくわくしながら眠りについた。
 期待と妄想の産物か、俺はその夜長い長い悪夢を見た。
 なんとか詩織の気を引こうとして努力しているうち、なんか可愛い女の子が吸い寄せられるように俺に近づいてくるのである。そんな状況に慣れていなかった俺は、まるで何者かに操られるようにして近づいてくる女の子全員に甘い顔をして高校生活を過ごしていくという、俺にとっては耐えられないような夢の内容だった。
 でだ。今俺は街中に立っている。
 夢から覚めたと思ったら、まだ夢の中にいるのだろうか?どうせならさっさと目覚めてさっきの夢を教訓とした高校生活をスタートしたいのだが・・・。
 ぎゅ。・・・痛い。でも、俺って夢の中で頬をつねっても痛みを感じるタイプの人間なんだよね。だからこれが現実か夢かなんて区別が付くはずもない。
「ごめーん、公人。電車がもろ混みでさあ・・・。」
 なんだ、やっぱり夢の続きじゃないか。この女の子は・・・・誰だっけ?
「あれ?ひょっとして怒ってる?」
「いや・・・そうじゃないけど?」
 だめだ、思い出せないぞ!夢の中とはいえ、そんな失礼なことはしたくない。
 俺はその場を取り繕うようにして微笑みながら、少女と腕を組んで歩き始めた。
 
「ただいま。」
 何とか無事にデートを終了させて、俺は家に帰り着いた。そして自分の部屋のベッドの上に腰掛けて本棚を何気なく眺める。
 あれ?・・・あ、そうか夢とはいえ2年経ってるから漫画の単行本も続きが出てるんだよな。どれどれ・・・
 俺ってもしかして天才かもしれない。夢の中とはいえこんな面白い話を作り出せるんだから。
 ついでに他の漫画や、自分のアルバムを眺める。我ながら凄い細かなところまで設定された夢なのでつい呟いてしまう。
「・・・実は、これは現実で俺は高校三年生になるんだよ。・・・なんてね。(笑)」
 ・・・・・・冗談じゃない。
 俺は部屋の隅に転がった雑誌をばらばらとめくっていく。読み終わった雑誌が積み上がっていくにつれて、俺は自分の顔がこわばっていくのを感じた。
「母さん、古い新聞ってどこにあったっけ?」
 ばらばらばら・・・。
 ここからしばらく俺の記憶はとぎれた。我に返ったとき俺は、母さんがどこかに電話しようとしていたのを必死で止めようとしていたのだが。
 事ここに至り、俺はある事実を認めざるを得なかった。
 これは、現実なのだと。
 
「いかん!俺は取り返しのつかないことを!」
 握りしめた拳をぶるぶると震わせながら、俺は叫んでいた。既におぼろげになりつつある夢の記憶を思い出す。お、俺は詩織一筋なんだ。あんなのは俺じゃないやい。本当の俺は、本当の俺なら・・・。
「・・・取り返す!」
 そうだ、高校生活は後1年残っている。並の奴なら高校を卒業するまで夢から覚めないだろうが、さすが俺。ひと味違うぜ!
「待ってろよ、詩織!俺はきっとおまえにふさわしい男の中の男になってみせるからなあ!」
 とことんまで近所迷惑な俺の叫びが深夜の町並みにこだましていった。
 
「どこへ行くつもりだよ?そっちは新入生の教室だぞ。」
「おっとそうだったな・・・好雄。」
 俺は白い歯をきらめかせながら微笑んだ。ちょっと人の名前に難が残るが何とかなりそうである。
 ふと、背後に気配を感じて振り返る。そこには軽く髪をウエーブさせた高校生とは思えないアダルトな雰囲気を漂わせた少女が立っていた。
「こんにちは高見君。」
「やあ、鏡さん。」
 さすがにこの印象深い美少女の名前はよく覚えている。というか、好きな場所やどんなプレゼントが好きかまで知っている。何故だ?何故俺は彼女についてこんなに詳しいんだ?
「今度の日曜日に少しつきあってくれるかしら?」
 ぐらあっ。
 流されてしまいたい。凄く流されてしまいたいが、ここで流されるわけには・・・。
「ノウ。」
 ざわ。
 辺りの雰囲気が一変した。ぴりぴりとした雰囲気の中、少女は、聞き間違えたかしら?と呟きながらもう一度俺に問いかけてくる。
「答えはノーだ。」
 朝から雲一つない晴天だったのだが、いつの間にか雲が出てきたのだろう。廊下がふっと薄暗くなった。微かに雷のような音まで聞こえてくる。
「・・・あら、そう。」
 あまり目にしたくない類の冷たく突き刺すような笑みを浮かべて少女は去っていった。
 
 日曜日。
 俺は自分のシステム手帳を開いた。『虹野さんとデート。野球場に12時。』
 俺はそのページを破ると、小さくちぎって空き缶の上で燃やし始めた。
 赤い炎に照らされた俺の瞳は、テーブルの鏡の中で常軌を逸した輝きを放っている。
 俺は何も見なかった・・・そうだろう?なあ、公人。
 夕方、俺が自分の部屋に戻ると留守電がちかちか光っている。ぽちっとな。
『もしもし、虹野です。・・・何か事情があったんだと思うけど、一言欲しかったな。』
 俺は唇の端をつり上げながらぽつりと呟いた。
「そうさ、事情があったんだよ。事情がな・・・。」
 
「そんなっ、ひどいっ!」
 あふれる涙を隠そうともせず、俺に背を向けて走り去っていく少女を眺めながら俺はため息をついた。
 自分の人生をやり直すためとはいえ、あの子達には何の罪もないんだよな。
 だが、もう後には引けない。
 ここまでいろんな女の子を傷つけてきたのだ。詩織と結ばれなかったら何のためか本当にわからなくなる。
 そんなことを考えながら俺は校門へと向かった。
 校門の影から現れて俺にほほえみかける少女。
 やはり幼なじみの俺の八方美人状態が気にくわなかったのか、最初は口も聞いてくれない状態だった。その状態から脱出するのに半年かかり、それから3ヶ月。
 今、俺と一緒に帰るためだけに鼻の頭を赤く染めながら校門で待ち続けてくれた詩織。
 頬が赤いのは寒さだけではあるまい。
「公人君、たまには一緒に帰らない?・・・・・昔みたいに。」
「ああ、もちろんだよ。」
 俺は詩織と肩を並べるようにして歩き始めた。さりげなく俺は車道側を、詩織のペースにあわせてゆっくりと歩く。
「・・・でね、ケイったらおかしいのよ・・・」
 相づちをうつ俺の背後で強烈な爆発音が響いた。
「やだ、怖い。・・・事故かしら?」
 俺の腕にしがみつきながら微かに震える詩織。俺は背筋を伝う冷たいものを感じながらどこか上の空で呟いた。
「事故・・・うん、ある意味そうかもしれないね。」
 
 朝、皮膚を刺激する寒気に負けないように勢いよくベッドから跳ね起きた。窓を開けて目をすっきりとさせると同時に、いい天気である事を確認する。
 今日は詩織とデートの約束をしていた。
「おはよう、公人君。」
 向かい合わせの部屋の窓で詩織が同じようにして俺に微笑みかけている。
「いい天気になって良かったね。」
「そうね。でもちょっと寒いかな・・・・きゃっ、やだ、私ったらこんな格好で。」
 詩織は自分のパジャマ姿を隠すようにして部屋の中に引っ込んだ。そんな詩織の仕草に俺はささやかな幸せを感じるとともに、今日という一日が最高の一日になることを確信した。
 ・・・事実、ある意味で最高の一日になったのだが。
 
 待ち合わせの場所へ向かおうと家から出た瞬間に詩織と鉢合わせする。俺と詩織はお互いを見て同時に吹き出した。
「家がお隣で同じ場所に向かうんだものね。」
「でも、詩織。この時間だと1時間ぐらい早く着くんじゃないのか?」
 その瞬間詩織の顔が真っ赤に染まり、もじもじと言いにくそうにぽつりと呟く。
「相手を待つのって・・・あんまり悪い気分じゃないのよ。特に・・・あなたが相手なら。」
「え?」
「な、何でもないっ!」
 詩織は何かごまかすようにして俺の手を取って歩き出す。どうやら待ち合わせの場所まで一緒に行こうということらしい。
 俺もそれを断る理由はない。それだけ長く詩織と一緒にいられるのだから。
 
 手をつないだまま歩いていく俺達の視界にプラネタリウムが小さく入ってきた。
 が、次の瞬間にプラネタリウムは爆発、炎上する。
「な、何?何なの?」
 おびえる詩織を爆風から守るように抱きかかえながら、俺は我ながらうつろに呟いた。
「詩織、次はどこに行こうか?」
 俺が話しかけたことで、詩織もまた落ち着きを取り戻したのか、んー?と考える仕草でいくつか提案した。
「ボウリングとか、映画館とか、ショッピングとか・・・」
 どん、どん、どおぉぉんっ!
 同時に発生した爆発音を耳にして、俺はどこか遠くを見つめながら詩織に話しかけた。
「うん・・・それもいいけど他の所はないかなあ?」
「・・・?じゃあね、・・・」
 と、考え込む詩織の背中にむくむくと巨大化していく黒い物体を発見し、俺は慌ててそれをもぎ取ると、甲子園を制した自慢の強肩で思いっきり遠くに向かって投げ飛ばした。
 ちゅどおぉぉーん!
「・・・今日はなんか騒がしい日ね?」
 爆風に前髪をそよがせながら、俺は詩織に向かってうなずいた。
「ボンバーマンでも暴れてるのかもしれないね。」
 
こうして俺と詩織は、きらめき市のありとあらゆるデートスポットを破壊してまわるはた迷惑な存在としてずっと歩き回っていた。
 そんな俺達が最後にたどり着いたのは遊園地。
「公人君、なんか疲れてるみたいだけど大丈夫?」
 心配気に呟く詩織に向かって、俺はにっこりと微笑んだ。
「・・・実は詩織とのデートが楽しみでちょっと寝不足だったから。でも大丈夫さ。」
 爆発の度に、詩織の背中にむくむくと増殖する物体を休むことなく大遠投し続けて、正直疲労のピークであった。
 しかし、この1時間というもの、一度の爆発も起こってはいない。
 つまり、俺は勝った・・・のだと思う。あの水も漏らさぬボンバー・フォーメーションを防ぎきったのだ。
 そう思うと不思議なもので、鉛の様だった体が少し軽くなった。気分の問題かもしれないけど現金だな、俺のからだって。
「詩織、なんか飲み物買ってくるよ。何がいい?」
「えっと、私は・・・」
 と、俺が詩織の側を離れるのを待ちかまえていたように黒い影が俺の背後に忍び寄る。
 ぎゅ。
「ごめんなさーい。待ったあ?」
 誰だ、おまえは?
 と、俺は詩織の背中にこれまでとは比べものにならないぐらいの速度で、これまた比べものにならないぐらいに巨大にふくらんでいく物体を見て、慌てて謎の少女を振りほどこうとした。
 が、がっちりとホールドして絶対に離れないという気迫が少女の腕からあふれ出している。
 そんなことしてる間にも、詩織の背中のそれは・・・ああっ、なんかもう詩織の表情が見えなくなってる。体なんてぶるぶる震えてるし。
 その一瞬後、きらめき市の3割が何らかの被害を受けた大爆発がおこった。
 
「ただいま・・・」
 台所のテレビからアナウンサーの声が聞こえてくる。
『正月明けから発生したきらめき市における無差別爆破テロは、2月の半ばから収束しつつありましたが、専門家の間では3月1日、つまり今日をもって終焉を迎えるだろうとの見解を・・・・』
 俺は重い足を引きずりながら自分の部屋の中へと倒れ込んだ。
 右手に持っていた卒業証書の筒がころころとベッドの下へ転がっていく。
『愛とは決して後悔しないこと・・・』
 でも、でもでもでも・・・・
 俺の唇は無意識のうちにあるフレーズを紡ぎ出し始めていた。
「窓に・・・映る・・・景色は・・・偽りに・・・あふれて・・・」
 
 
 
 
 これは昔自分が全国に恥を振りまいたお話を加筆修正・・・・って全然原型とどめてないぞ!おい。(笑)
 この正月に実家でその雑誌を見つけてしまったのですが・・・一瞬気が遠くなりました。多分、原稿用紙10枚の中に中身を詰め込みすぎたんだろう。そりゃひどい有様でした。
 当時プレステを持っていなかった私に、吉井さんが雑誌を見せて『ほら、こんなの募集してるよ』と話しかけてきたのがすべての始まりです。
 でもまあ、テストの日時を間違えていて絶望的な状況だった私は、必修単位担当の教授のもとへ行き自分が入賞した雑誌を見せてこう言いました。
「この授賞式に出ていたのでテストが受けられませんでした。(大嘘)」
 中間テストが満点だったせいもあるのでしょうが、なんと私は単位をいただけたのです。らっきー!(笑)
 ついでに原稿料まで頂いたのですから笑いが止まりませんでしたよ当時は。自分の話が雑誌に載るまでは。いや、ひきつった笑いは止まることがありませんでしたが。
 自分の作品を冷静な目で見ることの大切さを教えていただきました。(笑)ついでに、ペンネームじゃなくて本名で載せてもらってわたしゃ涙が出るぐらいつらかったすわ。いや、そのおかげで単位がもらえたんだけど。
 なんか、最初から俺と確信して知り合いから電話かかってくるし。(笑)
 で、まだあの雑誌続いているのかなあ。電撃じゃない『(ぴー)・ぷれ いすてーしょん』

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