「はぁ〜ぁ、ゆーうつ、ゆーうつ」
「ほんとにねえ…」
時子の右隣でかなめが、左隣ではたかねがシンクロするようにため息をついた。
梅雨のじとーっとした空気を余計に不快にさせる2人に、時子はほんの少しだけ呆れたような視線を向けた。
「何がそんなに憂鬱なのよ」
「……」
「……」
かなめとたかねは顔を見合わせ、ぼそぼそと聞こえよがしに呟き出す。
「ちょっと奥様聞きましたか?」
「学年トップを争う人の言うことはひと味違いますわね」
「……ああ」
合点がいき、時子は小さく頷いた。
体育祭の振り替え休日あけ……つまりつい先日の事だが、3年生には進路相談というあまり喜ばしくないイベントがあったのだ。
「二階堂さんの成績なら、どこでもオッケーだよね」
「ホント、羨ましいわ…」
そう言うたかねは学年で20番以内の成績で、かなめもまたそれに少し劣るぐらいの成績……生徒を前にして顔色の悪い先生が頭を抱えるといったほんとーのほんとーに選択肢のない苦しみというモノには無縁である。
まあ成績が良ければ良いで、本人の意向を無視し、担任やら学園主任があなたはどこそこにいきなさいなどと進路指導の名の下に教師や学校経営の薄汚さを思う存分思い知らされたりもするので、希望通りの進路を選べる事はほとんどないのは別のお話。
「……2人は、高校で何がしたいの?」
「え…何って言われても」
ちょっと困ったような表情を浮かべたたかねとは裏腹に、かなめは右手をぎゅっと握り根でアツク宣言する。
「私はバレー!だから、公立のB女子高に……」
「偏差値、足りないの?」
「ううん、よっぽどのことがない限り問題ないって言われたけど」
「……だったら、ため息つく必要ないじゃない」
「……あれ?」
「まわりの風潮に流されない方がいいわよ……高校進学は自分の目的に対する一手段にすぎないから」
聞く人が聞けば石を投げてしまいそうな言葉を呟き、時子は眼鏡の位置を指先でちょいちょいと調節した。
「ん、そうだね……私、何となく偏差値の高い進学校に行かなきゃって思いこんでた」
恥じ入ったようにぽつりとたかねが呟くのを聞いて、時子は慌てて手を振った。
「あ、別に責めるつもりじゃなくて……確かに、成績がいいってことは選択の幅が広がることだから」
「あははっ、私達の年代で将来のビジョンがある人なんて滅多にいないよ……私も、バレーやってその後どうするの?って聞かれても愛想笑いするしか」
かなめがたかねの背中をバンと叩く。
その多少芝居じみた脳天気さの意味するところをしっかり把握したのか、たかねはにっこりと微笑む……が、ふと、何かを思いだしたように口を開いた。
「そういえばかなちゃん。早川君の進路は…」
ヒクッと、時子の耳が蠢く。
「あー、大輔はねえ…もう、なんというか…」
早川大輔……かなめの双子の弟であり、もうすぐ任期切れだが、時子が会長を務める生徒会において副会長をつとめていたりする。
成績に関しては、おそらくは時子に対抗できる唯一の人材と言ってもいい……ただし、真面目に試験を受けたときに限る。
「え、何か……あったの?」
心配そうに呟くたかね。
「進路も何も……家から歩いていける高校ならどこでも…って」
かなめはちょっとため息をつき、そして言葉を続けた。
「せっかく成績いいんだから……って言われたらしいんだけど、高校なんてどこでも一緒ですからって言っちゃったらしいのよ」
「……うん、早川君らしいね」
微妙な表情で微笑むたかねに向かって、かなめは大きくため息をついた。
「たかね、まさかと思うけど、大輔と同じ学校に行く……なんて言わないでよね」
「えっ、な、なんの事…」
わかりやすくごまかそうとするたかねを憐れんでなのか、かなめは時子に話をふった。
「二階堂さんは?」
「一応は私立C進学女子校……確率は五分五分って言われたわ」
「うわ…」
かなめとたかねは同時にため息をついた。
地区内外の英俊が集う全国でも屈指の進学校の名前は、2人にとってあからさまに世界が違う。
「……あ、それでか」
注意していなければ聞き取れないほどの小さな呟きに素早く反応したのはたかね。
「え?」
「ううん、何でもないよ」
かなめが首を振るのを見ながら、時子は去年の文化祭のことを思い出していた。
ガタッ、ガタガタッ!
「二階堂っ!」
「っ…」
散乱した資材を前に、痺れるような痛みに耐えようと唇を噛む。
「大丈夫か?」
「平気よ…」
そう口にはしたが、意志に反して身体は立ち上がろうとしてくれない。
「お前、朝から何も食べてないだろう……ちょっと休めって」
「休んでる場合じゃないわよ」
床の上にへたり込んだまま、少年をきっと睨んだ。
「だって、みんな楽しみにしてるんだから……早く準備しないと」
文化祭の後の後夜祭。
生徒達はみな各自が所属するクラブやクラスの後かたづけに忙しく、後夜祭の準備を手伝う余裕もない。
生徒会役員として自分が何とかしなければ……その気持ちが空回る。
「早く…」
言葉を遮るように、そっと差し出された手のひら。
「だから……1人で頑張るなって」
そのひどく優しい視線に涙が出そうになって慌てて目をそらした……が、右手はしっかりとその手を握っていた。
指先から流れ込んだ何かに促されるようにして立ち上がる。
大きな、それでいて優しい手。
「後かたづけがすんだらかなや太一達が手伝いに来てくれるから。それまで休んでろ」
「……イヤ」
「なんで」
「だって……それまで、あなた1人でやるつもりでしょ」
少年が大きくため息をついた。
「わかったよ、俺も休むから……じゃあ、これ」
少年が押しつけてきたのは……いわゆる、お手軽朝食のキャッチコピーで知られるゼリータイプのアレ。
「空腹を感じたときにはもう手遅れなんだけどな……まあ、気休めに」
高鳴る胸の鼓動を感じながら小さく頷いた。
壁にもたれながらチュルチュルとゼリーを吸い込む……が、普段のように勢いよく吸い込めないのは疲れのせいか、はたまたこの少年を目の前にしているからなのか。
「……じっと見ないでよ」
「ああ、わりい…」
少年がそっぽを向くと、2人の間には遠くから聞こえてくる後かたづけの喧噪しか聞こえなくなる。
「……ねえ、早川」
「何だよ」
「今更だけど、なんで生徒会役員に立候補したの……昔、生徒会なんてつまんないって言ってた覚えがあるんだけど」
「二階堂が会長に立候補したからな…」
「……え」
頬のあたりが熱くなるのを感じた。
「俺が副会長になって抑えに回らなきゃとんでもないことになるだろ」
「ど、どーいう意味よ」
「正義感が強くて、責任感がむやみに強くて、挙げ句の果てに融通が利かないからな」
「……なんか、ひどくバカにされてる気がするんだけど」
チュルッ、と残り少なくなったゼリーを吸い込む。
「ああ、バカにしてるぞ。文化祭ってのはみんなが楽しむもんだろう、それを生徒会長だかなんだか知らんが、1人で何でもかんでも苦労だけ背負い込んで、何一つ楽しもうとしないなんて正気の沙汰じゃないな」
多分、普段なら間違いなく怒っていた…そう思う。
ただ、少年の口調がいつもより優しかった。
「大体だなあ、ファーストフードのおまけじゃあるまいし、何の苦労もせずに無条件で文化祭を楽しむ権利があるなんて勘違いしてるバカ達のために汗を流す必要なんて無い」
「じゃ、じゃあ…」
どうして早川は準備を…
と続けようとした言葉は、廊下の向こうから走ってきた少女の声に遮られた。
「おーい、手伝いに来たよぉ〜」
「お、来た来た…」
少年がゆっくりと振り返る。
「二階堂、後夜祭を楽しむ体力は残しとけよ」
「え?」
「俺の知る限り、二階堂には楽しむ権利が一番あるからなあ」
少年がにっと白い歯を見せて笑うと、それまでの大人びた雰囲気が魔法のように消え失せ、どうしようもなく子供っぽいそれと入れ替わった。
「どうしたの二階堂さん、なんかボーっとして?」
「ん…ああ、ちょっとね」
かなめの言葉に引き戻され、時子は言葉を濁しつつ空を見上げた。
「……また降ってきそうね」
「そうね…」
たかねの言葉に頷き、時子はぽつりと呟いた。
「進路って……分水嶺みたいなモノよね」
「え?」
「同じ空から落ちてきたのに、そしてほんの少し降る場所が違っただけなのに……違う河の流れに注ぎ込む」
「あはは……私達は雨粒ってわけね」
かなめは苦笑しつつ、時子と同じように空を見上げた。
「そうだね。私、多分大輔と高校は別になるんだね……双子なのに、なんか変な気分」
「みんな…」
「ん?」
「みんな…バラバラになるのかな?」
たかねの、小さな小さな呟きが湿気をはらんだ重い風に千切れてからやや間を置いて、時子が呟く。
「離れても友達、なんて戯言は口にしたくないけど……」
時子は一旦言葉を切って、眼鏡のフレームをちょっと指先でいじくった。
「離れることで何が大事かわかる……かも」
「……離れないとわからないのかな?」
どこか納得いかぬようにたかねが空を見上げる。
「人間には手が二つしかないんだから……あれもこれもって欲張ると、大事な何かは指の間をすり抜けていくんじゃないかしら」
どこか、自分に言い聞かせるような時子の言葉に、かなめはただ黙っていた。
「……今年は、踊らないの?」
「え…?」
中学最後の文化祭が終わり……後夜祭のフィナーレであるダンスパーティをぼんやりと眺めていた時子の隣に腰を下ろしながらたかねが言った。
「……相手がいないもの」
去年は……生徒会のつとめをとりあえずは全うした(もちろん後処理は残っていたが)と一息ついた瞬間、むりやり少年に引っ張り出されたのだ。
「蒼月さんは…?」
「踊りたい人が誘ってくれないから」
「なるほど…ね」
時子は少しだけ含みのある表情を浮かべると、たかねに視線を向けることなく呟いた。
「……いつから?」
主語だけでなくほぼ全てが省略された時子の言葉を聞き返すでもなく、たかねは穏やかに微笑んだまま答える。
「2年の春……かな。3年生で同じクラスになるまで口もきけなかったけど」
いったん口を閉じ、たかねはちょっと残念そうな表情を浮かべる。
「二階堂さんは?」
「……正直、良くわからないのよね。柄じゃないとは思っているけど……」
時子は膝を抱えて身体を丸めながら言った。
「冷めてる自分がいるのよ……どこか夢中になれないっていうか、みんなが言うような『好き』と自分が抱えてる感情は別物なんじゃないかって…」
「だから…」
「え?」
「だから……離れるの?確かめるために?」
「そう言われると、ちょっと反発したくなるけど」
「ゴメン、今の私ちょっと意地悪だから…」
たかねはちょっと舌を出し、コツンと自分の頭を叩く。
「……何か、あったの?」
「ん…」
ちょっと考えるような素振りを見せ、たかねは白い歯を見せてらしくない笑みを浮かべた。
「……『ごめんなさい』されちゃった」
「見る目ないのね…」
「……っ」
「蒼月さんのどこに不服があるんだか…」
たかねは飼い主を見失って途方に暮れた犬のような表情を浮かべてため息をついた。
「えっと……月並みだけど好きな子がいるみたい」
注意深く観察していないとわからないぐらい微かに眉をひそめ、時子は内心の揺れを微塵も感じさせずに呟いた。
「……初耳ね」
時子には気付かれないよう、たかねは再びため息をつきながら言った。
「だから……私は一ヶ月ほど落ち込んで、それから受験勉強にうちこむ予定」
意外なほどさばさばとした表情を浮かべてはいるが、たかねの声は微かに震えている。
「あーあ、悔しいな」
「……何が?」
「彼を好きになったことと……」
たかねは時子をチラリと見てちょっと口ごもる。
「…?」
「……嫌いになれない事」
「そりゃそうでしょ……オセロの石じゃあるまいし」
「そういう意味じゃ……いや、そういう意味なのかな」
たかねはスカートの裾を手で払いながら立ち上がった。
「……同じ高校に入って、リベンジを狙うとか?」
「それもいいかなぁ…」
時子に背中を向けたまま、たかねはぽつりと呟いた。
「珍しいよね、うちの学校」
「まあね……大体2年か、私立の進学校だと1年に終わらせちゃうからね」
文化祭も終わり、3年生にとっては最後の大きな学校行事となる修学旅行の真っ最中。クラスが違うのに、時子、かなめ、たかねの3人は今も一緒にいた。
「……ところで蒼月さん」
「何?」
「あれから、そろそろ一ヶ月だけど?」
「……予定では後1週間あるもん」
ちょっとすねたようにたかねは口を尖らせた。
「いつも通りに振る舞ってくれてるのに……あなた、最近早川の顔をまともに見てないでしょ。そんなんじゃ、リベンジの機会さえ無くすわよ」
「……」
たかねは時子の向こうを歩くかなめと顔を見合わせ、聞こえよがしに大きなため息をついた。
「……二階堂さんって成績いいけど、どこか抜けてるよね」
「そーだね」
「どういう意味?」
「べーつに」「別に」
かなめはからかうように、そしてたかねは困ったように。
「2人とも、何か隠してない?」
「……私、隠したつもり無いんだけど」
ちょっと恨むように呟いたたかねの言葉に、どうやら事情は知っているのかかなめがうんうんと頷いている。
「……何か気分悪いわね」
ぶつぶつと呟き、時子は顔を上げた。
「あ、そうだ……」
かなめが、ふと何かを思いだしたように声を上げた。
「今日ね、同じ班の子が別の部屋に行くって言ってたんだ……だから、今夜は部屋に私と二階堂さんの2人なんだけど、たかね来る?」
「……私、聞いてないけど?」
「……言ったら反対されると思ったんじゃないの」
「どうせ……融通がきかないわよ」
苦笑を浮かべたかなめを見て、プイッと時子はそっぽを向いた。
「……先生の点呼は大丈夫かな?」
「ん、今日は先生達みんなでお酒のみに行くんだって……だから、今日はノーガードも同然らしいよ」
「そっか……昨日も消灯後にそっと中の様子を確認してただけだったしね」
「じゃあ、せっかくだから早川や三宮君……久保田君もついてくるでしょうけど、呼ぶ?」
「え…」
たかねとかなめの2人がびっくりしたように時子を見た。
「もちろん消灯時間までよ」
「あ、そ、そーなんだ……」
どことなく顔を赤くしてたかねが胸をなで下ろす。
「に、二階堂さんって時々すごい事言うからちょっとあせった…」
と、これはかなめ。
「……何かひっかかるけど。いい、蒼月さん?ちゃんと気持ちを切り替えてね」
「ん……ありがと。努力するね」
時子の提案が純粋な好意によるモノである事を悟り、たかねは小さく笑った。
「……ちょっと頼みがあるんだけど」
「珍しいな…?」
「今度の期末試験……本気を出して」
「……というと?」
「緊張感が欲しいの……できれば本番の時のような」
公立高校ならまだ時期的に余裕があるが、私立校受験の時子の場合今月末の期末考査が終わればすぐに入学試験がある。
「気持ちは分かるんだが……俺が頑張ったところで極度の緊張を経験できるかどうかってのは…」
「もちろん、勝負よ」
「ほう?」
遊びとか勝負の形になると少年の集中力は飛躍的にアップし、まず間違いなく本来の実力を発揮する。
中学にあがってからのつきあいだけに、少年の性格はそれなりに把握していた。
「わ、私が負けたら……」
「負けたら?」
「好きな子がいるらしいけど、その子に告白しなさい」
廊下の影で誰か(複数)が盛大に転がる音が聞こえたが、時子は気がつかない。
「に、二階堂…?」
「上手くいくように応援してあげるから」
「……こいつ、ダメすぎる」
「え?」
と、首を傾げた瞬間、時子は廊下の影から飛び出してきた誰かに拉致られた。
「大事な話を邪魔して、その投げやりな態度は何?」
壁に顔面からもたれかかったかなめはもちろん、たかねも完全に脱力しきった状態でベッドに横たわってピクリとも動かない。
場所は保健室……放課後ということで、3人の他に人気はなかった。
「……かなちゃん」
「なーに、たかね」
「私……絶対に早川君と同じ高校に行くね。何か無性にそうしなきゃいけないような気がするの」
「そうだね……私もそんな気がする」
「何の話?」
「んー…二階堂さんにはわからないお話」
「そうそう」
疎外感に包まれ、時子はさらに首を傾げた。
学校の期末試験レベルでの勝負となると、最低でも5教科合計で2人共に495点をオーバーしてくることは確実であり、はっきり言ってミスした方が負けである。
「ところで……二階堂さんが勝ったら?」
「別に…」
時子は教科書から視線を外し、最近やたらとからんでくるたかねを見た。
「負けられない……っていう緊張感の中で実力が出せたならそれでいいもの」
「……負けたくないんだ?」
「そりゃね……誰が好き好んで、早川のキューピット役なんか」
「それって……矛盾してるよ」
「……何で?」
「だって……私を励ましたりしてくれたじゃない。私が早川君とうまくいったら……二階堂さんは困るんじゃなかったの」
「励ますのとくっつけるのは別でしょ……それに、友達が落ち込んでたら励ますのが当然でしょ」
たかねは微苦笑を浮かべ、時子の視線から顔を背けた。
「そっか……当然なんだ」
「私と蒼月さんがどうこうしたところで選ぶのは早川だし。第一、好きな人がいるって言ったんでしょ」
たかねは肩をすくめてうつむき、やがて顔を上げたときにはどこか吹っ切れたような表情を浮かべていた。
「そっか……励ますのとくっつけるのは別か」
「別でしょ?」
「そうだね、別だね」
「だから、私は蒼月さんと早川をくっつけたりするような事はしないわよ……悪いけど」
「……好きかどうか良くわからないんじゃなかったの?」
「今も良くわからないけど……早川の側に誰かがずっと居るのは見たくないの」
それを聞いて、たかねがおかしそうに笑う。
「何?」
「ううん……誰かが話してくれた生徒会役員に立候補した理由を思い出しただけ」
「は?」
「こっちの話……」
たかねは一旦言葉を切り、そして片目をつぶって言葉を続けた。
「それに、励ますのとくっつけるのは別だから」
「大輔、誰が好きか教えてくれた?」
何やら必死で笑いを堪えているような表情でかなめが尋ねてきた。
「ううん……高校入試前の大事な時期に、動揺させるような事はしたくないから待ってくれって」
「へ、へえ…そ、そうなんだ…」
「笑い事じゃないんだけど…」
ムッとした表情を浮かべたが、時子はすぐに表情をあらためて呟いた。
「高校入試前の大事な時期に……か。そういう妙な優しさがね……」
時子は指先でちょっと眼鏡の位置を調節し、視線をたかねに向けた。
「手遅れかも知れないけど……私、早川が好きだってやっと実感できたわ」
「……」
「でも、約束だから……蒼月さんには悪いけど、早川の想いが伝わるように努力するつもり」
「ごめん…助けてたかね…私、我慢できない」
肩をブルブル震わせながら、かなめはたかねの身体にしがみつく。
「……私、二階堂さん以上に笑い事じゃないんだけどね…」
「本当にゴメン……でも、一旦くっついたからって、長続きするとは限らないし」
「あっはっはっはっ…」
耐えかねたのか、かなめが涙を流しながら爆笑する。
「他人事と思って…」
「……私がかなちゃんの立場なら、やっぱり笑うと思うけど」
3月15日。
卒業式も最後が近づいていた。
ほーたーるのひかーりー〜♪
所々で、鼻をすすり上げるような音がする……それとは違う意味で、時子もまた泣きそうだった。
バカな勝負をするんじゃなかったという後悔と、自分が好きな相手の恋の橋渡し役をするというなんとも言えない惨めさ……それでも、約束は約束だった。
結局、最後まで誰が好きなのかは教えてくれなかった。
果たしてこんな状態で手伝うことができるのか……等という疑問が頭をよぎらないでもなかったが、正直なところ自分から積極的に動く気にはなれなかったのだ。
元々、時子と同じく誰かの手を借りるという性質には遠いところにいる少年のことだから、精々告白する場所に相手を呼び出すぐらいの事を頼まれるのが精々かも知れない……等という楽天的な気持ちもある。
もちろんそれにしてもやることが簡単なだけで、気持ちは重いが。
『卒業生、退場…』
後輩達の拍手と贈る言葉の歌声に包まれながら体育館を後にして、感傷的になった同級生の誘いを振り切るように少年と約束した場所に向かう。
学校のすぐ近く……河原沿いの土手をおりた河原。
吹き抜ける風はまだ少し肌寒く……それでも、ほんの微かに春の匂いがした。
「来たか…」
「仕方ないでしょ。クラス毎に退場なんだから……それより、早くしないと帰っちゃうんじゃないの?私、誰かを呼び出せばいいの?」
「そうだなあ……」
少年は困ったように耳の後ろを指先でひっかいた。
「何もしなくていいから……ちょっと話してもいいか?」
「そりゃ……かまわないけど、いいの?」
「二階堂……おまえ、こういう事で誰かの手を借りたいと思うか?」
「そりゃ……そう…だけど。約束したし…」
「アレは約束じゃなくて、一方的に押しつけられたと言うんだ……」
時子は風で髪が乱れるのも構わず、じっと少年を見つめた。
「いいの…本当に?卒業したら離れちゃうんじゃないの?」
「……遅くなったけど、私立C進学女子、合格して良かったな」
「え?…うん、まあ…」
時子はちょっとうつむき、そして思い直したように顔を上げて言った。
「でも……入学手続きはしなかったから」
「え?」
「いや、なんて言うか……本人にやる気があるなら勉強はどこでもできるかなとか、元々倍率の高い試験を経験したかっただけだし…」
「じゃ、どこ?」
「ん、蒼月さんと同……」
時子はちょっと口をつぐみ……風に乱れた髪を手櫛で軽く整えた。
「ちょっと聞いていい?」
「そりゃ、答えられることなら…」
「蒼月さんって……可愛いし、性格はいいし、私設ファンクラブが存在したりする程じゃない?なんで、断ったりしたの?」
「……俺の好みは、正義感が強くて、責任感がむやみに強くて、挙げ句の果てに融通が利かない女の子だから」
「……」
「……」
「はぁっ!?」
「蒼月さんもそうだったけど、輪をかけて鈍すぎだお前」
「え、あれ…うそ…」
「生徒会役員に立候補したって事でかな達には速攻でばれて、ずううっとからかわれ続けていたぐらいなのに、何で気付かねえかな」
「バッ、バカなこと言わないでよ!そんなの言われなきゃわかるはずないじゃない!」
そう叫んでから、時子はかなめの態度と、自分がたかねにどういう事をしてきたか悟った。
「うわ、ちょっと待って……だったら私、蒼月さんにひどいこと…」
「何を狼狽えているのかは知らないが、俺は二階堂時子が好きだ……はい、お返事は?」
時子の顔が羞恥に真っ赤に染まる。
「言われなきゃわかんないのっ!」
「だったらあんな勝負を申し込んでくるな……蒼月さんが励ましてくれなきゃとてもじゃないがここに呼び出したりできなかったぞ」
「励まして……って」
時子はしばし絶句し……そして土手の方に視線を向けた。
「アンタ達!そこでのぞき見してるんでしょっ!」
『あ、ばれた…』などという声が風に乗って流れてくる。
「待ちなさいよっ!」
卒業証書の入った筒を振り上げ、土手に向かって走り出す時子。
ただ、その表情は怒りというより照れから来ているように見えた……
完
はい、話のつながりが無茶苦茶ですね。(笑)
なんというか、話の整合性をとる気が元々ないというか。
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