大輔は中間考査の結果発表を見に掲示板へと向かった。
「おお、1位か。」
 ・・・・・・じゃあ、そろそろ来るな。
「ちょっと、早川君」
「はあ・・・やっぱり。」
「何が『はあ、やっぱり』よ!」
「違うぞ、俺が言ったのは『はあ・・・やっぱり。』だ。」
「編集が入れるつまんない校正みたいな事言わないでよ!」
 俺は仕方なく後ろを振り向いた。
 そこに立っているのは生徒会長の二階堂時子。まあ、いわゆる才色兼備・・・と言っていい少女だと思う。
 1年生の頃から成績のことで何かと俺をライバル視しているらしく、ことある毎に突っかかってくるのが悪い癖だ。まあ、俺もそれをからかうのが楽しい質なので、かなに言わせると俺は二階堂より質が悪いらしい。
「いいこと、今回は不覚をとったけれども、次は・・・きゃあっ!」
 俺の顔面に向かって突き出された二階堂の右手を握って、合気道の要領で彼女の身体を後ろに引き倒す・・・もちろん途中で止めるけど。
「な、何するのよ!」
「人の顔面に向かって指さすのは失礼な癖だとこの前教えてやっただろう?将来海外に出たとき下手をすると命の危険があるからな、今のうちに直しておかないと。」
 眉をつりあげた彼女に、俺は涼しい顔で説教してやった。なんかこうしてるととても楽しいのだけれども、ひょっとすると俺ってばサドの気があるのかもしれない。
 そして俺は床すれすれで止まっていた二階堂の身体を優しく起こしてやる。
「ここは日本だからいいのよ!」
「失礼なことには変わりがないぞ。品行方正の生徒会長二階堂さんとしてはそんな悪い癖はやめた方がいい。」
 わざわざ馬鹿丁寧に答えると、思った通り顔を真っ赤にする。ああ、なんてからかい甲斐のある人物なんだろう。
「む、む、むっ、お、覚えてらっしゃい!」
 肩を怒らせて二階堂は歩き去っていった。とても楽しい。
 などと俺にしかわからない幸せに浸っていたら、かなにたしなめられてしまった。
「・・・大輔、あんまり二階堂さんをからかったらダメだよ。」
「でも、からかわずにいられないんだ。」
 かなめは呆れたようにため息を吐いてその場を立ち去っていく。
 確かに油を売っている場合じゃない、そろそろ休み時間も終わる頃だからな。
 俺はそそくさと自分の教室へと戻った。
 
 そして昼休み。
 何か背中のあたりに妙な視線を感じるのだが、おそらく気のせいではあるまい。食後の腹ごなしに彼女をからかうのも悪くはない。
 多分今ならどんな些細なことでも俺にからんでくるに違いないから・・・俺はわざと廊下の左側を彼女にも追いつけるぐらいの速度で走ってみた。ついでにポケットの中のゴミをポイ捨てするようなモーションを・・・
「早川君!」
 俺はできるだけ無表情をよそおって振り返る。そして、今気がついたというように驚いて見せた。
「ああ、二階堂・・・どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ!廊下を走ったりしたらダメじゃないの!しかもゴミまで捨てて!」
「ゴミを捨てた覚えはないが、廊下を走ったのは事実だな、すまなかった。」
 と、ここは素直に頭を下げておく。反対に二階堂の方がびっくりしている。
「え、あ、わかれば・・・いいのよ。」
 そこで俺はにやりと笑った。
「二階堂、あっちにもこっちにも廊下を走ってる奴がいるが注意しなくてもいいのか?」
「う・・・わかってるわよ!ちょっと、あんた達!」
 たちまち生真面目な小学生のクラス委員の様な注意をしたって素直に聞く奴ばかりじゃない。そうすると二階堂は後ろで俺が見ているからますます意地になる。
「私の言うこと聞きなさいよ!」
「いいじゃん、廊下ぐらい。」
 ありゃ、1年生だ。しかも質悪そうだな・・・
「放せよっ!」
 二階堂に捕まれた手を振りほどこうとした下級生に向かって俺は駆け寄った。そして下級生の腕をつかんで背中の方向にねじる。
 どんなはずみで二階堂に怪我させるかわからない。そんなことになったら、さすがに目覚めが悪いし、二階堂をからかっていいのは俺だけだ。うむ、間違いなくゆがんだ愛情のような気がするが、自覚してるから全然問題なし。
「おーい、知ってるか?若いうちは関節が固まってないからぐしゃって潰れてちゃんと直らないんだぞ。」
 もちろん、嘘だ。
 だが、1年坊への脅しとしては効果満点である。こくこくと頷く一年坊を俺は解放してやった。そのまま走って逃げていく。
「注意しないの?」
 さすがに二階堂も自分がからかわれていたのに気がついたらしい。顔を真っ赤にして俺の顔面目がけて右手を翻した。が、そんなもの食らうわけがない。
 彼女の右手は俺の鼻先をかすめて通り過ぎていく。
 ちと、まずいな。からかいすぎたかもしれない。
 二階堂は俯いたまま肩をぶるぶると震わせている。
 困った、自分でからかっておいてなんだが、彼女の泣き顔は見たくない。俺自身としては女の子の涙は最終兵器と言う意見に賛成だ。
 いや、どうでもいい奴の涙なんか何の価値もないが、俺にとっては二階堂とかなの涙は最終兵器に値する。
「大輔!」
 俺は身体を硬くした。
「また、二階堂さんに何かしてたんでしょ!」
 俺はかなに怒られると弱い。しかも今回は、自分が悪いことをしたと思っているから尚更だ。
 気がつくと、いたたまれなくなったのか二階堂は姿を消していた。うむ、今度会ったらフォローを入れておこう。
「あはは、また怒られてる。今度は何したの?」
「二階堂さんをからかってたらしいの・・・。」
 けらけらと笑いながら話しかけてきた工藤に、わざわざかなは説明する。
「・・・好きな子をからかうなんて小学生のガキみたいよね。」
「大丈夫だ、二階堂も子供だからな、全然問題は無い。」
 俺が胸を張って答えてやると、かなと工藤が同時にため息を吐いた。
 
「おや、何をしている?」
「見てわからないの?本を読んでるのよ。」
「そうか、俺と話をしているように見えるが?」
「くっ!」
 二階堂のこめかみの血管がぷちぷちと切れる音が聞こえてくるようで気分がいい。
 俺は棚から本を2冊程手にとって、わざわざ二階堂と向かいの席に座る。すると二階堂は本から視線をあげて図書室全体をぐるっと見渡した。
「・・・他にも席は空いてるわよ。」
「それもそうだな。」
 そう呟いて、二階堂の隣の席に腰を下ろした。
「ちょっと!」
「俺がどこに座ろうが自由だ。」
 二階堂が席を立ち上がりかけた瞬間、俺は宣言する。
「知ってるか、野良犬って逃げると追いかけてくるんだぞ。」
 慌てて彼女は腰を下ろした。
 本を読むのに集中してる振りをしているが、もちろん頭には入っていないようである。さすがにかわいそうになったので彼女の向かいの座席に座り直してやった。
 俺も図書室に本を読みにきたわけだから、おとなしく本を読むことにした。放課後の図書室は静かで、本を読むにはなかなかの環境だ。
 そうして30分も過ぎただろうか、ふと小さな物音を耳にして俺は顔を上げた。
 すー、すー。
 小さな寝息を立てて二階堂が眠っている。
 俺は制服の上着を脱いで・・・念のため俺の物かどうかを示す品を全て抜き取った上で二階堂の身体にかけてやった。
 閉館の時間が来れば、先生が起こしてくれるだろう。
 俺のポリシーとして弱っている相手や、無抵抗の人間はからかわないことに決めているのだ。
 そして次の日。
 俺は何食わぬ顔で換えの制服の上着を着て学校に向かった。
 ふはは、どうする二階堂。その制服の持ち主は決して現れないぞ!
 にこにこしながら教室の自分の席に座った瞬間、ばさっと頭から制服をかぶせられた。
「あなたのでしょ?」
 俺は制服をはぎ取って二階堂に向かって何のことかわからないといった表情を向けた。
「俺は、俺の制服を着ているが?」
「関係ないわよ、だってそれはあなたの制服だもの。」
 何故そこまで確信が持てる?誰か目撃者がいたとでもいうのか?
「証拠は?」
「その制服があなたのだから。」
 二階堂は根気よく繰り返す。
「知らん。」
「私があなたの制服を見間違うわけがないのよ!だからそれはあなたの制服なの、わかった?」
 彼女のあまりの迫力に、俺はつい頷いてしまう。
「・・・ありがと。」
 そう呟いて彼女は教室を出ていった。
 やっぱり、彼女は可愛い。どんな相手であろうと礼を言うべき時は礼を言う真っ直ぐさがたまらない。
 その日俺は制服の上着を二枚重ね着して過ごした。
 
 こんこん。
「入れよ、鍵は開いてるから。」
 えへへ、と笑いながらかなが部屋の中に入ってくる。
「勉強教えて。」
「ああ、いいよ。」
「あのね、数学のここがね・・・」
「ああ、それか・・・ここはちょっと教科書の説明が悪いんだよな・・・先生の教え方も下手だし。あの教師が数学を担当している限り、ここで躓く奴は多いだろうな。」
 などと言いながら俺はかなのわからない部分を説明してやった。最初は傾きっぱなしだったかなの首が真っ直ぐになり、明るい笑顔になるまでにそう時間はかからなかった。
「あ、そうなんだ!大輔って教えるの上手。」
「じゃあ、この問題やってみ。」
「え?」
 俺はその定理を使わなければ解けない問題を考え、紙に書いてかなに見せた。
「・・・え、あれ?」
「わかったような気になったところで安心するからいけない。もう一度説明するからよく聞いてろよ。」
「・・・うん。」
 それを繰り返すこと3回、かなはやっと理解したようだった。少なくともすぐに忘れるようなことはないだろう。
 かなは大きくのびをして、そしてため息をついた。
「あーあ、同じ双子なのにどうしてこんなに差があるのかな?」
「かなは成績が悪い訳じゃないだろ?それにバレー部もやってるんだから妥当な所じゃないか?」
「でもね、大輔と比べると・・・それに大輔だって運動は出来るじゃない。部活に入ってないだけで・・・。」
「そのかわり、俺は性格が悪い。」
 かなが呆れたように俺の顔を見た。
「・・・二階堂さんだけにでしょ?もうちょっと優しくしてあげたら?・・・そうしたら、その、二階堂さんももっと素直に大輔のこと・・・」
 俺はどこか困ったように呟くかなに向かって白い歯を見せて笑った。
「ん、もうちょっとあの堅い性格がこなれてくると理想なんだ。」
「・・・二階堂さんも災難だね。」
「最初は向こうから突っかかってきたんだぞ?」
 かなはもはやあきらめてしまったのか、肩をすくめた。
 
「ちょっと早川君!ってきゃあっ!」
「だから人の顔面を指さすなというのに・・・」
 床ぎりぎりで二階堂の背中を支えながら俺は呟く。ある意味でまったく成長のない性格である。そんな無理な体勢のままで抗議してくる気の強さがじつに魅力的だ。
「だからって女の子を手荒に扱って良いと思ってるの!」
「だったら、受け身ぐらいとろうとしろよ。毎回毎回俺が支えてくれると思って油断してるだろ?」
 二階堂の顔が赤くなる。
 こら、もがくと危ない。
 俺が素早く彼女の身体を真っ直ぐに起こしてやると、二階堂は慌てて俺から離れた。
「で、何だよ?」
「あなた、夏休みは何か予定はあるの?」
「毎日をだらだらと過ごす予定がある。」
 それを聞くと、二階堂は無言で俺に向かって紙切れを差し出した。
 ・・・なんだこれ?進学塾の夏期講習申込書?
 俺は二階堂の顔を見つめた。
 すると、二階堂は俺から視線を逸らしながら説明しだす。
「これに参加しなさい!大体ね、学校のテストなんか簡単すぎて本当の実力なんかわからないのよ!ここで、白黒はっきりつけましょ!」
「日本という国の教育方針に真っ正面から喧嘩を売るのは大したものだが・・・あまり人前でそういう言葉を口にするのはどうだろう?」
 必死に学校のテストを受けている生徒からすれば鼻持ちならない台詞に違いない。だが、俺の言葉はどうやら彼女の冷静さを引き戻すには至らなかったようだ。ますます、顔を赤くして俺の胸ぐらをつかむように詰め寄ってくる。
「大体白黒はっきりって・・・これまで二階堂が俺に勝ったことがあったっけ?」
 ぶっちん!
「ごちゃごちゃ言ってないで、この申込書に必要事項を記入しなさい!」
 ありゃ、キレちゃった。
 費用は親が出すんだから、そんなこと決められるわけがないことなんてちょっと考えればわかるだろうに。
「・・・ま、親がいいって言ったらな。」
「絶対よ!来なかったら許さないからね!」
 どう許さないと言うのか?
 ちょっと興味がわいたが、確かに夏休みに二階堂に会えるのは悪くない。学校ではない場所で彼女をからかえると思うとなんかわくわくする。
 
 ぷるるるる・・・
「はい、二階堂ですが?」
「あ、僕は時子さんの友人で早川と言いますが・・・」
「ああ、あなたが早川君・・・ちょっと待っててね・・・時子、電話よ・・・」
 あなたが?
 ちょっとひっかかるが、まあいい。
「なんで、あなたが私の家の電話番号を知ってるのよ!」
「・・・なんのために生徒名簿がある?」
「それもそうね。」
 ・・・ちっ、つまらん。まともに答えすぎたか。
「で、何よ?」
「ああ、塾の申し込みの件だが『1週間の短期集中コース』なら行かせてやっても良いと親が許可をくれた。」
「わかった、一週間コースね。・・・ふふふっ、入塾試験が楽しみね。」
 にゅうじゅくしけん・・・何やら聞き覚えのない単語が俺の鼓膜を通り抜けていったような気がするが・・・
「と、言うと?」
「その塾はレベルが高くてね、審査試験があるのよ。それで5段階にクラス分けさせられるの・・・もちろん、不合格の可能性の方が高いらしいわ。」
「ほほう・・・そりゃ大変だ。」
「じゃあね、入塾試験に遅れるんじゃないわよ!」
 そして電話が切れた。
 
「なんだこりゃ?」
 試験問題を見て俺は自分の目を疑った。どう考えても中学生レベルの問題ではない。さすがに習ってもいない問題を解けると思うほど俺は自分を高く評価はしていない。
 どうりで入塾試験を受ける奴らの顔つきが『勉強できます』という感じのやつらばっかりなわけだ。
 二階堂は?
 と思って、彼女の方を見ると彼女もまた真剣な表情でテスト用紙と向かい合っている。むう、彼女も甘く見ていたようだな。
 しかし、すごすごと引き下がるのは俺の性に合わない。
 まず、出来る部分を完璧にクリアした後で、自分の知識を総動員すればいくつかは何とか糸口がつかめる問題があるはず。
 そうして俺は自分の全知全能を傾けてテストに取り組んだ。脳味噌に汗をかくような思いを繰り返してやっと入塾試験が終わった。
「はい、終わりです。」
 試験管の声に合わせて俺は鉛筆を置いた。
 むう、平均して5割がいいところだろうか?
 確かにこれなら二階堂の言うとおり差がつきやすい。でも、普通の学校教育では絶対に習わないような問題を解く意味があるのか?
 などと、思いながら俺は彼女に声をかけた。
「おい、なんだよこの塾?こんなの意味があるのか?」
「知らないわよ・・・」
 心なしか元気がない・・・むう、つまらん。
 なんとか励まして元気を出させてから、からかわねば。
「気にすんな、習ってない問題は解けないよ。それもあんな試験試験した問題は得に。」
 俺とは違って、彼女は特にテストの結果に過敏に反応するところがある。今日のことはかなりのショックだったに違いない。
「・・・」
 ぽすっ。
「な、何?」
 俺は何も言わずに、二階堂の髪の毛が乱れないように優しくなで回す。
「元気出せ・・・お前がそんなだとつまらん。」
「な、何言ってるのよ!」
 おお、ちょっと元気出てきたか。でもまあ、今日はからかうのはやめておこう。
 
「しかし、少数精鋭ってのも行き過ぎのような気がするが・・・」
 結局俺と二階堂は、全部で5段階のクラスのうち一番下のクラスで合格した。と言っても1クラス20人弱の構成で、いきなり有名私立校を目標にしたとんでもなく偏ったテキストを渡されて気が滅入った。
 はっきり言ってこの塾は俺にとって意味がない。自分の知らないことを教えてくれるのはいいのだが、調べてみるとそれは高校に行けば自然と習うことになる内容がほとんどだったから。
 しかし、親に無理矢理通わされている奴も多いのか、ストレス抱えてそうな人間が一杯だ。 講師も含めて。
「早川君、授業を聞いてるかね?」
「ええ、もちろん。」
 講師が不快そうな表情を見せた。
 そりゃそうだ、あからさまに馬鹿にしてるからな。すると黒板に何かの図形を書き終えてにやにやと微笑みながら俺を立たせた。
「ここの長さを答えろ。」
「・・・7.5。」
 講師は意外そうな表情を見せた。人それぞれの集中の仕方があると言うことさえ理解していない人間にあれこれ指図されたくはない。
 俺は講師の了解も得ずに腰を下ろした。
 それが気にくわなかったのか、講師は再び俺を立たせた。
「じゃあ、これは?」
「2と4分の1。」
「じゃあ、次は・・・」
 少々大人げないような気がしたが、俺はほとんどの問題を即答してやった。自分ながらこういうことになると良く頭が働く。
「何故、君はここの塾に?」
「遊びに。」
 その後、授業にはならなかった。まあ、他のみんなにとってもストレス発散になっただろう。楽しそうに笑ってたからな。
「早川君・・・」
 帰りに、塾の入り口で二階堂に服の裾を引っ張られた。
「何?」
「ごめんなさい・・・」
「は?」
 何のことかさっぱりわからない。俺は彼女に謝られるようなことを・・・あ!
「いや、違うぞ!あの講師が気に入らなかっただけだ。それに俺は遊びに来てるんじゃなくて、二階堂に会うために来てるから全然おっけーだ。」
 二階堂の右手をとりあえず、よけた。
「私のこと・・・馬鹿にしてるの?」
「いいや。」
 むう、これが狼少年の悲劇ということか。
「あれ、君たちってつき合ってたんだ?この時期に余裕だね・・・」
 同じクラスの少年達にからかわれて二階堂が真っ赤になる。
 俺は二階堂の頭を抱え込むようにして奴らを牽制した。
「これは俺のだからな、見るな。」
 俺の腕の中で二階堂が必死で暴れるが絶対に放してやらない。わしゃわしゃとした髪の毛の感触が気持ちいい。
 おお、なんかこういうからかい方も新鮮でいいな。でも、からかうと言うよりは俺の本音なのだが。
 そして次の日、二階堂が塾に現れなかった。
「すいません、二階堂は?」
 出席を取る女性に俺は手を挙げて尋ねてみた。すると、若い事務員さんはノートを開いて彼女は体調を崩して休みだという。
「あ、じゃあ俺も帰りますので欠席にしといてください。」
「え?」
 みんなの視線を感じながら俺は塾を後にした。
 
 二階堂の家のチャイムを押した。
「はい・・・え、早川君よね。」
 上品そうなおばさんが俺を見て呟く。初対面のはずだが、好意的な視線だからあまり気にしないことにした。
「あの子、熱を出して寝込んでるの・・・わざわざごめんなさい。」
「はい、そうですか・・・じゃあ、お大事に。」
「ええ、ありがとう・・・。」
 そして俺は門を出たところで何の前触れもなく振り向いた。
 む、二階の右の窓にあやしげな人影が消えたな・・・やっぱり仮病か。
 などと考えていたら、上手い具合に二階堂のお母さんが買い物にでも出かけるらしい。
 俺はその後ろ姿を見送って、先ほど人影のあった窓の下へと移動した。
「二階堂さーん、あーそ−ぼ−!」
「小学生みたいな真似しないでよ!大体塾はどうしたの塾は!今日が最後の日でしょ!」
 がらがらっと窓が開いて、眉をつり上げた二階堂が顔を出した。
「いやあ、二階堂が心配で心配で勉強が手につかなくて・・・」
「だ、誰のせいだと思ってるのよ!」
 変だ、会話がかみ合っていない。
「だいたい何なのよあなた!からかったかと思えば、急に優しくしたり、そしてまたからかったりして・・・それも、ずっと・・・ずっと私のことずっと馬鹿にしてたんでしょう!」
 むう、それを説明しようとすると俺の心の中のゆがんだ愛情を説明しなきゃいけないから面倒なのだが。
「お前が元気ないとからかい甲斐がない。」
 あ、やべ。
 二階堂は目に涙を浮かべたまま窓を閉めて引っ込んでしまった。『馬鹿っ!』と言う一言だけを残して・・・
 
「かな、二階堂の家に見舞いに行ってくれないか?」
「え?・・・自分で行けば?」
 至極もっともな意見であるが、多分俺が行くと物が飛んでくる可能性が大だからな。
「うむ、実は泣かせてしまった。」
「大輔!」
「いや、反省はしてるよ。うん、海よりも高く山よりも深く・・・」
「ふざけているようにしか聞こえないけど・・・」
 それはそうだ、俺が反省してるのは自分自身にであって、他人に対してではない。二階堂を泣かせてしまうなんて、自分自身の未熟さに腹がたつ。
「うむ、あのぐらいで泣いてしまうなんて、本当に体調が悪そうだったからな。やはり、心配だ。」
 何か言いにくそうにかながもじもじしているのを見て、俺は視線で『どうした?』と問いかけてやった。
「やっぱり・・・二階堂さんて大輔の気持ちに気がついてないんじゃないの?」
「そこがいいんじゃないか!・・・どうした、かな?」
 床に額をうちつけたかなを気遣って、俺は声をかけた。かなは額を赤くして涙まで浮かべている。相当痛かったらしい。
「私・・・大輔と姉弟なのが嫌になってきた・・・。」
「心配するな、俺は大歓迎だからバランスがとれている。」
 
「うおっ!」
「・・・何よ。」
 真夏の日差しも凍り付かせるような目つきで二階堂が俺を睨んでいる。
「何故髪を切った!綺麗でつやつやしたロングだったのに!」
 正確に言うと、元々セミロングに近いロングがセミロングになったぐらいである。長さにすると15センチぐらいだろうか?
「うるさいわね、私の勝手でしょ、悪い!」
「まあ、いいや・・・二階堂は二階堂だし。」
「今の髪型についての感想を言いなさいよ!」
「うーん、もしショートにしたらどんな感じになるんだろう?」
 俺は二階堂の右手を慌ててかわした。
 むう、スイングが鋭い。完全復活は近そうだ。ありがとう、かな。
「で、こんな所に呼び出して何の用?」
「は、俺は二階堂に呼び出されたと思ってたが・・・?」
「またふざけてるんじゃ・・・」
 と言いかけた彼女は口をつぐんだ。さすが長いつきあいだけに、俺の態度からふざけていないことを理解したらしい。
 だが、甘いな。
 彼女が成長するように、俺もまた成長を続けている。
「ふん、じゃあ希望の所に連れて行ってやろう。」
「別にどこも行きたくないわよ。」
「なら、俺の希望の場所に行くぞ。」
「それは嫌。」
「相変わらずわがままだなあ・・・」
「『相変わらず』って何よ!わがままなのはあなたでしょう!」
 ああ、これだよ・・・やっと俺の日常が帰ってきた。
「何がおかしいのよ!」
「いや、別に・・・」
 と、俺は二階堂の手を握って歩き出す。
「え、ちょ、ちょっと・・・」
 面白いぐらいに二階堂の顔が真っ赤になる。
 さて、大好きな女の子をつれて、今日はどうやって遊ぼうか。誰になんと言われようと、彼女は誰にも渡さない。彼女の全ての表情は俺の物だ。
 
 
                    完
 
 
 怒りの二階堂時子の部屋の第1段。(笑)
 たまにはこういう主人公を・・・などと書いてみましたが、こ奴の行動については賛否両論でしょう。人間性についても・・・そこ笑わないように。(笑)
 しかし・・・TLS2の安藤といい、この二階堂といい、なんで脇役なんだよ!
 と、熱い憤りのままに書いたお話です。

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