「……」
 志穂は少々呆れながら眼鏡の位置を指先で調節した。
 志穂の視線の先には、花壇の側で無防備に眠っている少年の姿がある。もちろんその少年を志穂は知っていた……同じ学校だから、という理由もあるが、この少年はある意味有名だから。
「……葉月君」
 軽く肩を揺さぶってみる。
 日は既に西に傾いている……春とは言え、これからの時間帯は急に冷え込むため、起こしてあげる方が親切だろう。
「ん…」
 祖父がドイツ人のクォーター……眠そうな青い瞳が志穂の顔をじっと見つめた。多分、状況が把握できていないのだろう。
「……誰?」
「その質問に意味があると思えないけど……?」
「……何時だ、今?」
 軽く頭を振り、少年は地面に視線を落とした。
 その仕草がどこか内気そうな子供を思わせて、志穂を軽く狼狽させる。
「4時過ぎだけど……いつから寝てたの、葉月君」
「何故、名前を…」
「同級生だもの…」
「ごめん……俺、知らない」
「でしょうね…」
 志穂は小さくため息をついた。
 かたや、この街の少女の間で知らない者はいないと思われる学生モデルの少年に比べ、志穂はただの優等生でしかない。
 しかも、成績に関しては少年は志穂の上をいっていた。
「直接話したこともないから仕方ないわね…」
「じゃあ、どうして俺を…」
「葉月君、有名だもの……同じ学校でなくても、知られてるわよ」
「どうして…?」
「どうして…って」
 志穂は、自分が思い描いていた少年の姿と実際に話してかんじた姿とのギャップに少々戸惑った。
「スポーツ万能、成績優秀……は同じ学校じゃないと意味無いわね。モデルとしていろいろ雑誌に出てるでしょ、だから…」
「……そういう雑誌、読むのか?」
「……これでも女の子だから」
 志穂の口調に微かな怒りが滲み出たのに気付いたのか、少年は困ったように俯いた。
「ごめん……変な意味じゃない」
「慰めてくれなくても良いわよ……自分でもわかってるから」
 生真面目で、多少まわりから浮いている優等生……同じ様にまわりから浮いていると言っても、少年とは全然違う。
「名前…聞いてなかったな」
「有沢…有沢志穂」
 不器用さを窺わせる話題の変え方に、志穂はどことなく自分に似たものを感じた。
「……みんな、知ってるのかな?」
「え?」
「さっき…この街の女の子ならみんな見てるって」
「と思うけど……」
「だったら……どうして」
 急に少年の横顔が幼く見えた。
「ちょっと、意外…」
「何が?」
「ううん、葉月君……モデルやるような性格に思えないから」
「やりたくてやってるわけじゃない……」
「え?」
 拗ねたような子供の仕草。
「……人を捜してる」
「……」
「だから、モデルを続けてる……俺は、俺はここにいるって言いたくて」
 返答を期待されてるとは思えなかったので礼儀正しく沈黙を続けていた志穂だが、ここで初めて口を挟んだ。
「葉月君がでてる雑誌って地域が限定されてるから……それでかもしれないわ」
「……」
「連絡、とれないの?」
「名前も知らない……いや、知ってたのかも知れないけど、随分昔の事だから。ただ、最後の日、桜が降ってた」
「そう、桜…」
 志穂は視線を宙にさまよわせた。
 後一ヶ月もしないうちに自分達は高校生になり、そして桜の花が咲く。
 毎年、同じように人の目を楽しませる桜の花だが、同じ花は二度と咲かない……同じ花は、人の記憶の中にだけ咲くものだ。
「もうすぐ、春ね…」
 春、という言葉に込めたモノがわかったのか、少年は静かに頷いた。
「きっと、現れるわよ……葉月君と同じ花の記憶を持つ人が」
「……」
「私は……」
 志穂はそっと目を閉じる。
 浮かび上がるのは小柄な少年の姿。
 いつかは、彼と同じ花の記憶を共有できる日か来るのだろうか。
 
 
                   完
 
 
 つい最近、プレイヤーが最初に選ぶ部屋の種類で出てくる友人が変化することに気付きました。(笑)
 これまでずうっと当たり前のように志穂が登場していたので、高任は『くうっ、主人公の友人の中でも志穂は親友』などと思っていたのですが、違うのですね。(笑)
 いや、それ以前に吉井さんをはじめとした高任の知人の多くが最初に登場させたのが志穂というところが、なんとも言えません。
 ま、それはさておき……高任は、葉月がモデルやってる理由がこうだと思いこんでいたんですが、それはあまりにお約束過ぎなんですかねえ?

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