禁じられた遊び。
 いつの時代も子供達は親に禁止される事に興味を持つ。
 絶対に見つからない秘密の場所。正確には秘密の場所など存在しないことはルシアにもわかっている。本当に秘密の場所というものがあったならば多分自分はこの遊びをやめてしまうだろうということがわからないぐらい子供という年でもなかった。
 ルシアは土を盛り上げた小山の上に手製の十字架を突き刺して十字を切る。
 森の中で死んでいた小鳥であった。まだ巣立ちもしていないような幼いヒナ。親鳥の庇護が受けられなかったのか、それとも圧倒的な力を持つ獣に蹂躙された結果なのかはわからない。おそらく自分が祈ってやらなければ救われない小さな魂。
 ルシアは目を開けて赤く染まった西の空を見上げた。昼食も取らずに朝からほっつき歩いていた。家に帰ると空は星が瞬く時間になっているに違いない。そして両親に説教を受けてお祈りを捧げてから家族みんなで遅くなった夕食を取ることになるだろう。
 禁じられた遊び。
 あの小鳥の魂は安らぎを得ることができただろうか?
 夕焼けに背を向けるようにしてルシアは自分の帰るべき村の方角に振り返った。ルシアは海を知らない。暮れていく空を指さして母は教えてくれた。
『ルシア、あれが蒼色だよ。』
 蒼色に染まるべき空はうっすらと赤かった。迫りくる闇に対抗するように明るく輝いている。ルシアは首をひねねりながらも村への道、森の中に足を踏み入れた。樹木に遮られ、空はもう見えなかった。
 もしルシアが東の空を見ることができていたならおそらく目にしたに違いない。闇に抵抗を続ける赤い光はゆっくりと、だが確実にその勢いを弱めつつあったことを。
 村。集落が集まったもの。
 かつて村と呼ばれたもの。月明かりと全てを蹂躙しようとする執念深い炎に照らされて村の広場であった場所は明るかった。
 幼なじみのシリアの家。村長さんの家。お隣のキールさん家にお向かいのコニーさんの家。小さな村ではあったが今朝まで生命にあふれていた場所に今生命を思わせるものはない。ルシアはぎこちない足取りで自分の家へと歩いていく。
 こつん。
 肉の塊。ルシアはそう思った。決してこれはトニーなんかであるはずがない。一緒に遊びに行くといって今朝自分の足にしがみついた自分の可愛い弟の筈はない。ルシアは軽く首を振った。家はわりあいに原形をとどめていた。家の中に肉塊が2つ。村中に肉塊が転がっていた。ルシアの頭の中の何かがショートしていた。それは自己防護反応だったかもしれないし、単に現実として受け止めるのが困難だったのかもしれない。
 肉塊だったはずのものが微かに動いた。それを認めた瞬間、ルシアの頭の中でその肉塊は母へと姿をかえた。服が汚れるのも気にせずルシアは母を抱き上げようとするが凝固しかけていた血液がぬるぬるとその邪魔をする。母はもぐもぐと何かを喋ろうとしているのに気がついてルシアはそっと顔をよせた。
「あんたは無事だったのかい・・。また、あの遊びをしてたんだね・・。」
 非難するような口調ではなかった。といってもそれはあまりに弱々しく自分の思いを加えるだけの力を持たなかっただけかもしれなかった。
 自分の手の中の母がその瞬間重くなったのかそれとも軽くなったのかはわからない。どのみちルシアにはその後の記憶がないのだから・・・。
 聞いた話では、ルシアは虚ろな目つきで村中のあちこちに穴を掘り村民の遺体を埋め片っ端から十字架を突き刺していたらしい。かつてはどんな色をしていたかはわからないがルシアの服は髪の色のように真っ赤に染まっていたという。
『ついてくるか?』
 目の前の大きな男の短い問いかけに少女は微かに頷くとそのまま気を失った。村は違えど、たった1人の生き残りという点ではこの男も同様であったからなのだろうか?
 バルドーが死んでしまった今となっては、もはやその問いかけに答えられる人は誰もいなかった。
 
 自分を詳しく語る人ではなかった。元々は妻も子もある農民であったと聞く。農閑期に自らの体格をいかした職業として傭兵を選んだ男はやはりどこか普通とは違っていたかもしれない。酒に関してなら団にかなうもの無しとまで言われれる程のあの人が一度だけ酒に酔ったのを見たことがある。
「・・・村に帰ってみればみんな死んでた。・・・流行病さ・・。」
 そう呟いてあの人はルシアの膝の上で微かないびきをかき始めていた。今になって思えばあの時あの人は酔ってなどいなかったのかもしれない。ルシアの気持ちに気付いた上であの人は酒の力を借りて返事を答えただけだった様な気がする。
 あの人は死を迎えて初めて魂の安らぎを得たのだろうか?
 傭兵は命を奪う職業である。今の自分には祈る資格などあるはずもない。それでもあの人のために何かをしなければいけない。私は確かにあの人によって生かされてきたのだから。
 見事な一騎討ちだったと聞いた。あの人の望んだ一気討ちに応える必要のない勝ち戦の中でそれに応えたという東洋人の傭兵にはある意味感謝すらしている。あの人の亡骸は丁重に扱われ埋葬されたとも聞く。
 しかし・・・・
 乾いた足音。足音を隠す必要性がないのだろう。
 その少女は闇の中から急に現れたように見えた。別に驚くことではない、ルシアはこの少女とここで待ち合わせていたのだからむしろ当然のことである。
 少女は無言でルシアの手に何かを握らせた。ルシアは軽く頷いて口を開く。
「ありがとう。」
 そのままルシアは少女に背を向けて歩き出そうとしたが、その背中に声という名を借りた感情の塊がぶつけられたような気がしてその歩みを止めた。
「ライナノール。・・・あの男と果たし合いなんて本気なの?」
「やつの居場所を教えてもらったことには感謝する。・・・だが、止めても無駄だ。」
 ルシアは少女の方を振り返った。
 自分の行動を邪魔するようなら仲間である少女さえ斬りつけかねない雰囲気を身体から放出する。少女はルシアの身体から放たれる殺気に息をのみながらも、はっきりと口に出して警告した。
「・・・・負けるわよ。」
「・・・・だろうな。私はバルドーにも勝てないのだから・・。」
 表情とは逆のルシアの落ち着いた口調に少女の方が困惑したのかもしれない。
「勝つとか負けるとかじゃなく・・・あなたにもわかるときがくるかもしれないわ。・・・できることならわかってほしくないけど。」
 少女はルシアの方にのばし掛けた手をゆっくりとおろした。自分にできることは既に何もないとわかってしまったのかもしれない・・・。
「死なないでね・・。」
 少女は、自分を妹のようにかわいがってくれたルシアに対してやっとの思いでそう口にするのが精一杯だった。
「元気でね・・・ライズ。」
 軽く右手を挙げてルシアは再び少女に背を向けて立ち去っていった。今度は二度と振り返ることは無かった。
 
 本来受ける必要のない果たし状である。しかも、金にならない命のやりとりに傭兵がのこのことやってくるはずがないのだ。それでもルシアにはその東洋人の傭兵がやってくるに違いないという予感があった。
 ヴァルファヴァラハリアン八騎将の証の深紅の鎧。軍団を抜けた今となってはこの鎧を身にまとう資格はない。自らの服を血の色に染めていた自分をあの人に見つけられてからもう十年以上の歳月が流れていた。
 氷炎のライナノールと呼ばれる前は、この赤毛が血の色に見えたのかもしれない。通り名は『血塗られた』『返り血の』等であった。またその通り名に恥じぬ血塗られた戦いを繰り返してきた。それも今日で終わる。
 女でありながら傭兵というのは珍しい。その上全欧最強と言われるヴァルファヴァラハリアンの八騎将まで駆け上がったのは奇跡であるとすら言われる。女性である武器を使ったなどという輩には敵味方かまわず自らの血で死化粧を施してやった。
 あの人の側にいたかった。
 あの人の姿を見失いたくなかった。
 あの人に必要とされたかった。
 そんな全ての思いや夢を奪った男。
 勝とうが負けようが私は今日をもって命を絶つ。命を奪うことが悪であるならばいつも死に場所を求めていたあの人は天国にはいけないだろう。あの人の側にいる。それこそが私の願い。
 瓦礫を踏む音がした。
 反射的にルシアは振り返る。若い。それでいて不相応な雰囲気。そして哀しい表情をしていた。
「よく来たな・・・」
 感謝している。それがルシアの正直な気持ちであった。
 二刀流。
 左手に持った剣は炎のような激しい撃ち込みと防御に使う重い剣。右手に持った剣は僅かな隙も見逃さない速さを重視した軽い剣である。
 まず右手に持った剣が宙高くはじき上げられた。続けて激しく撃ち込まれた剣を受け止めた衝撃で左手に持った剣を取り落とす。
 そして死神の鎌がルシアの首元に突きつけられた。不思議と恐怖はない。
「1つ聞きたいことがある。」
 ルシアの問いかけに東洋人の男は剣を下ろした。緯線で続きを促す。
「バルドーの遺体はこの国に埋められたと聞いたが・・?」
「・・・海沿いの共同墓地の一角で彼は眠っている。」
 海か・・・。
 ルシアは軽くため息をついた。
「おまえに1つ頼みがある。」
 男は微かに眉を上げたようだった。
「バルドーの墓が見える場所に埋めて貰いたい。・・・ただし、バルドーの側はだめだ。死んでまであの人の負担にはなりたくない・・。」
「逃がしてやってもいいが・・どのみち軍には関係のない私闘だからな・・。」
 ルシアはゆっくりと頭を横に振ると赤毛が太陽光を浴びてきらきらと輝いていた。
「さっきからちらちらとこちらを窺っている気配がある。おまえも所詮この国では厄介者なんだろう。逃げられるものではないさ・・。」
 男の哀しそうな表情が強くなった。ルシアはそれを見ても特に思うところはない。ただ、ルシアの最後の言葉は・・・
「ごめんなさいバルドー・・・」
 それが男の耳に届くことはなかった。
 
「気にすることはないわ・・・敗者には死を。それが昔からのルールなのだから・・。」
「死を望んでいるものは死ぬ以外のことでは魂の安らぎを得られないのかな・・?」
 潮風の吹きつける共同墓地の一角に墓地全体を見下ろすことのできる小高い場所がある。氷炎のライナノールこと、ルシア・ライナノールはそこに眠っている。誰も訪れることのないその一角に佇む2人の姿を見て、シスター・ルナが伏し目がちな瞳を僅かに潤ませながら呟いた。
「詳しい事情は知りませんが、あのような穏やかな死に顔を私は初めてみたように思います・・・。」
 潮風にのって教会の鐘の音が微かに響いていた。
 
 
 

 友人と話してて、何やら公式設定にはバルドーの家族の設定とかあると聞いてびっくりしました。慌てて一部分書きなおしましたよ(笑)。いずれその公式設定とやらをじっくり読んでみたいものです。しかしみなさんは迷いませんでしたか?ゲーム中にルシアをどうするかで。とどめをさすか、あのいけすかないゲス野郎に身柄を奪われるかの選択。ナンセンスものなら2人で協力して全員叩き殺して国を捨てるとこですがそれをやったらおしまいだし。(笑)
 個人的にこういう滅びの美学的なものに心が動くんですが、嫌いな人には耐えられない話でしょうねこれは。キャラとしてはかなり上位に来てるんですけどねこの人。いや、ミューとかもお気に入りだからひょっとすると赤毛好きなところがあるのかもしれません。といってもライナノールは赤毛じゃないよね。ただ、赤という色の連想として赤毛の方が話を作りやすかったから。(笑)
 でもこのゲームってこういう脇役キャラが生きてるから素晴らしいですよね。ゲームの完成度とすればこのゲームは間違いなく心の中のトップ3に入ってます。

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