「私はリンダ・ザクロイド・・・」
 自分の名前が相手に与えた効果を確かめるため、リンダはそこで一旦言葉をきった。
 だが、海燕は皮肉っぽく唇をゆがませただけだった。
「・・・さすがに異国の方ではご存じないようですね。」
「いや、ザクロイド家なら知っている。だが、お嬢さんの名前は知らないな。」
 その言葉を聞いて、リンダの眉がつり上がりかけ・・・ゆっくりと元の位置に戻った。
「ずいぶんと頭の良い方ですのね。そして自信家の様ですこと。」
「あなたの祖父なら少なくとも旧財閥の当主より遙かに尊敬に値する。旧財閥のようになりたくなければ、人間生まれながらに尊敬されうるなどと考えない方がいいな。」
「あなたの言葉を借りれば、私とあなたは対等で見下されるいわれはない。・・・そうおっしゃりたいのですね?」
 リンダは海燕の頭の上から足の先まで観察してから言い放った。それは少なくとも十分に威厳に満ちた貫禄のある口調であったが海燕には大した効果がなかったようである。
「ふむ、非礼をわびよう。お嬢さん、君は自分自身の輝きを確かに持っている。」
「リンダで結構ですわ・・・。」
 馬車に戻りかけたリンダはふと何かに気がついたように海燕の方を振り返って、静かに問いかけた。
「そう言えばお名前を伺ってませんでしたね?」
「丈・海燕。傭兵だ。また会う機会があれば好きに呼んでくれてかまわない。」
 リンダは軽やかに微笑むと馬車の中へと姿を消した。
 
「ごきげんよう、海燕さん。」
「おや、リンダじゃないか。」
 かたや鉱山の視察に訪れたザクロイド家当主の娘であり、かたや採掘現場で働くアルバイトではある。しかし気軽に声をかけてくるところを見ると、リンダにとって海燕は数少ないお眼鏡にかかった1人ということであるようだ。
「リンダ、知り合いかね?」
 その何気ない口調の中に微かな非難が混ざっている。だが、それを意にも介さずリンダは平然と海燕を紹介してのけた。
「こちら海燕さん。つい先日のイリハ会戦でヴァルファ八騎将の1人を一騎討ちで破った方ですの。」
「・・・いい耳をしているな。」
 海燕は少し驚いていた。
 軍の公式発表としてはそこまで詳しい情報を配布してはいない。
「ほう、救国の英雄というわけですか。」
「そんな大したものじゃあありません・・・」
 などと虚礼の見本とも言うべき空々しい会話が交わされ、やがてリンダの父が視察という本来の職務に立ち返ったところで、海燕はリンダを手招きした。
「何ですの?」
「この鉱山だが、ずばりいうと今は買わない方がいい。」
 それを聞いてリンダの顔つきが真剣になるあたりはさすがと言うべきか。
「理由は?」
「一見豊富な鉱床を持っているようだが、すぐに採掘不能になる。もうすぐ地盤がもろい層にぶつかる上に、水が出てどうにもならなくなる。東洋にはこの手の鉱山が多い。信じる信じないはリンダに任せる。」
「・・・今は、とおっしゃいましたわね?」
 それを聞いて海燕が嬉しそうに笑った。多分にこういう子供っぽいところを残しているのかもしれない。
「鉱床自体は優秀だが採掘不能となれば価格は近いうちに急落する。それと、将来技術力が上がったときこの鉱山は化ける。ま、投機対象だな。」
 海燕の説明を聞いてリンダは腕組みして考え込んだ。
「何故私にそれを?」
「今の現場監督と持ち主が嫌いでね。奴らに任せておくと今に死人が出る。」
「・・・いえ、何故父ではなく私に?」
「無駄な忠告はしない主義でね。豚に宝石を見せてもその価値はわからん。」
 それを聞いて、リンダは怒るより先にあきれてしまった。
「・・・豚。ザクロイド家当主を豚呼ばわり・・・くすくす。」
 リンダは海燕に向かって静かに頭を下げた。
「お礼を申し上げますわ海燕さん。あなたの忠告は決して無駄にはさせません。」
「上手くいったら今度食事でも奢ってくれ。味にはうるさくないから何でもいいぞ。」
「ええ、じゃあフィッシュ&チップスを山ほど送って差し上げますわ。」
「そりゃあいい。」
 二ヶ月後操業不能に追い込まれた鉱山は後日ザクロイド財閥によって二束三文で買いたたかれることになる。
 
「フィッシュ&チップスが届かないんだが?」
「あら?私とのダンスはそれだけの価値もないとおっしゃるの?」
 ドルファン城におけるクリスマスパーティーで、リンダと海燕は互いにダンスパートナーとして周囲を魅了していた。しかし、語られている内容と言えばなんとも色気のない話ばかりである。
「ステップもご存じないのではと思ったけどなかなか・・・」
「単純な法則と小数の例外。見てればわかる。」
 ダンスも一息ついて、二人は休憩する事にした。
「お嬢さん、どうかダンスの相手を・・・」
 下心丸出しで言い寄ってきた男に対して、リンダは冷たく言い放つ。
「生憎ですが・・・私、連れがおりますの。」
 と、リンダが海燕の方に視線を向けると、海燕はどこか残念そうに自分の側にやってきていた女性達に向かって呟いた。
「・・・だ、そうだ。」
 辺りの女性達を威圧するように海燕の隣に腰掛けると、リンダは海燕の対して侮蔑の視線を向けた。
「・・・人気者ですこと。」
「ま、今のうちだけだね。所詮外国人は強制退去の運命さ。」
 パーティの喧噪の中で、二人の間だけに奇妙な沈黙が訪れる。
「いつか私のことを『いい耳をしている』とおっしゃったわね。・・・でも、あなたの耳や目も大概高性能の様ですわね。」
「お褒めにあずかり・・・ま、それに伴う手足が無ければどうにもならないがね。」
 リンダは16歳、海燕は21歳。お年頃の男女として年齢相応の会話を楽しむには、この国という器は少し小さいのかもしれなかった。
 
 休日の公園には、親子連れをはじめとして子供から大人までたくさんの人々でにぎわっている。
 城壁を隔てて今も戦争が継続中という雰囲気はかけらもない。
「居心地が悪そうですわね・・・」
「戦争の合間の骨休めならみられん事もないがね・・・。」
 ベンチで腰掛けているリンダと海燕の間の距離はなんとも微妙である。友人と言うには接近しすぎで、恋人同士というにはやや遠い。
 この夏、リンダは18歳になり、海燕は23歳になった。一見お似合いのカップルと判断できなくもない。
「・・・ところで、『シンラギククルフォンの死神』さんは何のためにこの国まで流れてきましたの?」
「・・・あそこにいたときは違う名前を名乗っていたはずだが・・・。」
 リンダの口から突然シンラギククルフォンの名前を聞かされ、海燕はほんの少しだけ遠い目をした。
 全欧最強の呼び名も高いヴァルファに対し、東洋最強と言われる傭兵集団シンラギククルフォン。どちらが強いのかと言う議論はかわされるものの、直接激突したことはない。無論ヴァルファに至っては既に半壊しているためこれから激突することもほぼあり得ないと思われる。
 ただ、ヴァルファが『破滅のヴォルフガリオ』という個人の求心力によって結成、成長してきた新しい傭兵団であることに対して、後者は歴史で知る限り、ここ200年の世界の軍事バランスに影響を与えてきた集団である。
 中央高原の貧しい牧草民が起源とされていて、集団と言うよりは民族としての様相を呈し、傭兵としての収入だけで生活している一種の国家組織と言えなくもない。
「そこから姿をくらましたのがおよそ7年前・・・多分、ホラン内紛やターキール紛争での若い傭兵というのがあなたとは推測できるけど確信は持てないわね。」
 確認するようにリンダは呟いて、海燕の顔をじっと見つめた。
「面白い話だな・・・」
「あなたは・・・何を求めてこの国に?騎士としての地位なんか興味ないのでしょう?」
 リンダの瞳が軽い興奮で輝いている。
 それは若い女性としての冒険に対するあこがれか、それとも山師であった彼女の祖父の気質を受け継いだからなのかはわからない。
「・・・そんなつまらないことより、アフリカのダイヤモンド鉱山の事でも考えたらどうだ?寒い国の尻尾を踏んづけているぞ。」
「ふふふ、祖父の遺産を受け継いだのはお父様。お父様がその遺産を食いつぶしてしまおうが私には興味ありませんわ。」
 リンダと海燕の視線が一瞬だけ空中で絡み合う。
「・・・寒い国で生産される安い燐鉱石。ドルファンに輸出するためにはどうすればよいのかしらね?まずはザクロイド潰し、同時に不凍港の確保。」
 海燕の瞳がよく動くリンダの口元を興味深そうに見つめている。
「国内の意思統一を果たした雷帝がとうとう国外に目を向け始めた。ドルファンの動向なんか雷帝から見ればちんけなもので、ただのついでにすぎませんわ。・・・これから全世界が揺れる時代がくるのでしょう?」
「くっくっくっ・・・」
 突如耐えかねたように海燕が大きく笑い出した。その姿を見てリンダは怒るでもなく、満足そうに海燕を見つめている。
「面白い・・・これ程の女性に出会ったのは初めてだ。」
「あら?・・・女性では、の限定の誉め言葉ですのね。」
 挑戦的なリンダの瞳を軽くあしらうように、海燕は背中を向けた。
「話の続きはまたの機会にしよう。東洋の小さな島国から流れてきた俺の旅はこの国を出てから始まる。」
 もはや隠そうともしない覇気に満ちた声でそう告げると海燕は振り返りもしないで去っていった。
 その後ろ姿を見送りながらリンダは小さく呟いた。
「お祖父様、私やっと自分のすべてをかけられる人物に出会えましたわ。」
 ザクロイド財閥を一代で築き上げた傑物をして『自分を遙かに超える器』と言わしめたリンダ・ザクロイド。
 その体は興奮と喜びで小刻みに震えていた。
 
 夕日に染まるドルファン港。
 この国で得たものは決して少なくない。
 まず、陸戦の雄と言われるドルファン国の『聖騎士』と言う称号に『破滅のヴォルフガリオを一騎討ちで倒したという名誉』そして・・
「海燕殿・・・今度のこと誠に残念です。」
 腐敗の進む騎士団の中にも人物というのはいる。もちろんそれらの人物が重用されないからこそ腐敗であり、外国人排斥なのであるが。
 十数人の騎士達が海燕を見送るために港へ駆けつけてきてくれた。
「なに、気にすることはありません。」
 海燕の返答に対して別の若い騎士が口を開く。
「いえ、この国を救った最大の功労者はあなたです。そのあなたに対してこの国はこんな仕打ちを・・・」
 海燕は若い騎士の言葉を遮った。
「救ったというのは大げさです。この国はいくつかの危機の一つをやっとどうにかしただけにすぎません。これからこの国を真に救うのはあなた達だと私は確信しています。」
「海燕殿!」
 固い握手をかわした騎士達から1人また1人と離れていく。
 実力・人柄ともに優れながら重用されない人間からの信頼。時として何よりもまさる財産となりうる。
 ゆっくりと船に向かって歩いていく海燕の視線の先には、おそらくこの国で得た中で最も大きな宝物が立っていた。
「残務処理は終わったのか?」
 リンダが小さく頷いた。
「ええ、お父様達にも何とか生活していくだけの財産が残せたわ。・・・全く、一時はあなたの旅立ちに間に合わないかと思いましたわ。」
 そう呟いてリンダは港に立ち並ぶ騎士達を眺めた。
「ああいう人たちが世界各地にいるのね。あなたの狙いが少しだけわかりましたわ。」
 海燕は黙って頷いた。
 リンダはしばらく海燕の顔を眺めていたが、やがて普段の彼女からは考えられないぐらい自信のない声で問いかける。
「あなたが私に近づいたのは偶然ではありませんわよね・・・?」 
 海燕は再び黙って頷く。
「あなたが私を選んだのは・・・・パートナーとして?それとも女として?」
 海燕はリンダの頭を優しく抱え込んだ。
「そのどちらも欠けた人物を俺の隣に置くつもりはない。」
「それを聞いて・・・少し安心しましたわ。」
 がらんがらん・・・
 出航を告げる合図が鳴り響く。
 海燕の隣に立つリンダがふと首を傾げた。
「そう言えばまだ行き先を聞いてませんでしたわね・・・」
「・・・ホランだ。あそこならかりに内紛が起こっても他国からの介入は考えにくい。・・・そうだな、6年でリンダを玉座に座らせてやる。」
「・・・考えにくい、か。絶対ではありませんのね?」
「失敗したらのたれ死にだな、嫌なら帰れ。」
 リンダは楽しそうに首を横に振った。そして海燕の腕をきゅっと抱きしめる。
「かまいませんわ・・・リスクも無しに何かを得ようなどとは思っていませんことよ。」
 それに・・・
 と、リンダは口の中で小さく何かを呟いた。
 ・・・世界とあなたを天秤にかけても、きっとあなたを選びますわ。
「さあ、出発だ。」
「ええ。」
 リンダと海燕。常人には計り知れない器を持つ二人が、今自分に見合うだけの世界を求めて旅立つ。
 二人の顔を照らす夕焼けはいつもより赤かった。
 
 
                   完
 
 
 『みつめてナイト』のリンダファンの人は「ふざけるな!」と言うところでしょう。勘のいい人はぴんとくるかもしれません。
 これは『みつめてナイトR・大冒険編』のリンダの性格設定ですから。(笑)
 あくまで個人的な感想ですが、リンダのキャラ設定って結構好きですけどなんかエンディングでへなへなじゃないですか。悪い意味で落差があるというか・・・。
 ま、大好き状態の喫茶店の会話とかは好きなんですけどね。(笑)
 で、『R』なんですが。(笑)私みたいにひねくれた人間にとってはあのしゃれにならないシナリオが結構ツボにはまってしまいまして。ゲームの売りはどうやら着替えシステムだったらしいんですが、そんなもんどうでもいいです。(笑)
 もう、裏切りや闘争のオンパレード。どろどろの人物関係が最高でした。場を和ますためのギャグが私にとっては邪魔なぐらいで。(笑)
 ただ、ゲームとしては???ですけどね。ほとんど同じ内容を何回もクリアしなきゃいけませんし、いただけません。
 ゲームには一応、愛と勇気の善人シナリオもあるんですが、やっぱり復讐と裏切りのブラックシナリオがおすすめです。(おすすめしてどうする。)
 一周10時間ぐらいで最低三周しなきゃいけません。しかも大筋は同じです。ユーザーの忍耐力が試されますが・・・・ってこのゲーム『みつめて・・・』のキャラを使う必要性があったのか?(笑)
 まあ、水着とか、ぶるまとか、ウエディングドレスとか、体操服に着替えさせたい人には必要性があったのかもしれない。

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