ライズは怒っていた。
 いや、怒っているだけではなく戸惑っていた……ついでに言えば、呆れてもいた、自分自身に対して。
 
『貴方、私がヴァルファの軍団長の娘って事、忘れてないかしら?』
『いや』
『話を聞くとは言ったけど、断らせてもらうわ』
『話はまだ終わったわけじゃないんだが…』
『そもそも、会えるわけがないでしょう!?馬鹿にするのもいいかげんにして』
『ライズ』
『帰って』
『ライズは俺に頼み事をしたわけだが』
『だから何?それとこれとは話が…』
『報酬は?』
『……え?』
『いや、ライズも知っての通り、俺は傭兵なんだが……今思うと、あの依頼に対する報酬の話を、何も聞いてないんだが?』
『報酬……』
『そう、報酬……まあ、成功報酬にしても、手付け金の要求は当然だし、依頼遂行に対する協力ぐらいは望んでも罰は当たらないだろう』
『……報酬…』
『……と、いうわけで頼むぞライズ』
 
 ドルファンとプロキアの国境を、闇に紛れて密かに越えるまでは楽勝だったのだが……イエルグ家の領地に入り、シンラギが駐屯していると思われる場所に近づいたところで、油断はしていなかったが、いきなり襲われた。
 本当なら、簡単に叩きふせられる相手だったが……武器を抜いていなかった。
 もちろん、武器は持っている……が、敢えて抜いてないことを示してから、海燕に教えられた、短い言葉を……その意味も知らぬまま告げ、そして武器を抜いた。
 殺さず、右足を軽く傷つける。
 海燕に言われたとおりにするのは難しくなかった。
 それが、2人、3人と続き……5人目になると、なかなか大変で。
 殺そうと思えば、いくらでも隙はあった……が、おそらくは相手もそれを承知でこちらに攻撃を仕掛けているのだろう。
「……はっ」
 右足だけに防御を意識された状態で、敢えて右足に攻撃を仕掛ける……3人目から、ある意味なれ合うような雰囲気を感じてはいたが、それとこれとは話が別で。
 微かな手応え。
 そして、相手は剣をひいた。
「……ツイテコイ」
 ライズは剣を収め……心の中でぽつりと呟いた。
「(もう、逃げられないって事でもあるのね…)」
 
「……なるほど」
 強い軍かそうでないかは、野営を見るだけでわかるものだが……東洋圏最強の名に偽りはないらしい。
 簡素な、布で作られたテントの中にいた男は、ライズの顔をじっと見つめ……綺麗な発音で語りかけてきた。
「誰からの使者だ?」
 話が違う、と思いつつライズは短く答えた。
「海燕」
「……知らんな」
 もし、ここで自分が殺されたなら、海燕を呪い殺してやることを決めて、ライズは少し補足する。
「東洋人の傭兵よ」
「……」
 男は無反応……というか、武器を没収されているわけでも、拘束されているわけでもないが、自分の命の危険を覚えて、ライズは別の呼び名を口にした。
「死神」
「……」
 賭に勝ったのかどうかはともかく、少なくとも男は反応をみせた。
「少し待て」
 男は立ち上がり、3人の男にライズの知らない言葉で短い指示を出し、テントを出て行った。
「(この3人が相手なら……この場から逃げるのは可能だけど)」
 海燕というより、死神に対する興味はもちろん……どうにかなりそうだ、という予感のようなモノが、ライズをそこに止まらせた。
 そして男が帰ってくる…。
「失礼した…これから、ワンチャイ副将に会っていただく」
 と、これは海燕の想定内だが……少し不満そうにライズは呟く。
「グエン将軍…ではないのね」
「死神の使者である貴女に対して申し訳なく思うが、私にそこまでの権限はありません」
 男の返答に、ライズは、おや、と思った。
 少なくとも、この男は死神に対して敬意を抱いており……それを隠そうともしていない。
「それにしても、貴女は運が良かった」
「……どういう意味?」
「あれから何年も経ったせいで、死神のことを知らない隊長格も増えていますのでね」
「そう…」
 ライズはため息と共に、男の言うとおり幸運に感謝し、海燕を二度呪った。
「ただ、貴女はヴァルファ軍団長、ヴォルフガリオ殿のご息女ではないのか?」
「……っ!?」
 油断。不意打ち。
 ライズの心を、そんな言葉が走り抜けた。
 いまさら、表情を取り繕っても遅すぎるし……自分を見つめる男の目も、それを告げている。
「……娘が、父とは違う道を選ぶのはいけないこと?」
 ようやく絞り出した言葉……に、男の目が微かに和らいだ。
「部下ではなく、娘……それは、十分な理由でしょう」
 子供に対する大人の気配りのようなものを感じて、ライズは控えめにだが、不快感を表に出した。
「……まだ未熟者なので」
「いえ、海燕殿が、使者に貴女を選んだ理由がわかりましたから」
「………ちょっとっ!?」
 この男、そもそも『海燕』という名を知っていて……。
 その意味に気づいた瞬間、ライズは口を閉じ……肩をすくめた。
「……私が、ヴァルファ軍団長の娘でなければ、すんなりと通されたと言うこと?」
「まあ、そのあたりはご容赦を…」
 男は柔らかく微笑み……ライズはそれに、ややきつい目を向けて。
「……貴方、ただの隊長というわけではないわね」
「はは、どうでしょうか…」
 と、男はさらりとかわして。
「それより、海燕殿はお元気ですか?」
「元気…とは思うけど、私は貴方が知っている海燕を知っているわけではないから」
「なるほど……私の印象に残っているのは、あの人の強さではなく、肩の辺りに優しい目を向けて、よく独り言を呟いていたことですかね」
「最近はあまり見ないわ、その癖」
 そう答えながら、ライズは考えた。
 独り言の癖を見なくなったことに気づいたのは、いつだっただろう……?
 
「ワンチャイだ」
「……ライズよ」
 東洋圏最強と言われるシンラギククルフォンの副将ともなれば、さすがに貫禄はあるのだが。
 目の前の男よりも、自分をここまで連れてきてくれた若い男の方がよほど器が大きそう……などとライズは考えていた。
 まあ、軍の副将にも2種類あり……本質的に、そちらの方が貴重な人材であるのだが、ライズの人物評価は、いわゆる調整タイプの人材に対しては厳しくなるようだった。
「……1つ、聞いても良いかしら?」
「何だ?」
「グエン将軍の名は、『グエン・ベノ・ワンチャイ』だったと記憶しているのだけど、偶然なの?」
「私は副将としてグエン将軍の下にいる……名を名乗り合うことに、大きな意味があるとでも?」
「……貴方が、グエン将軍に、海燕からの伝言を『一言一句まで正確に伝えて』くれるの?」
「……不服か?」
「いえ、むしろほっとしたわ」
「……どういう意味だ?」
 ライズはちょっと笑い、『ワンチャイと名乗る男が、現れたときは、これをそのまま伝えればよい』と海燕に教えられたとおりの言葉を告げた。
「む、ぬぐっ…」
「グエン将軍に、『一言一句まで正確に伝えて』くださるのよね?」
「な、なるほどな……たしかに、あの男がよこした使者だ。良くわかった」
 あら、このあたりはホント海燕の読み通りね……と、ライズは普段滅多に見せない良い笑顔を浮かべて。
「男に二言はありませんわよね、ワンチャイ副将」
「ぐ、ぐぐぐっ…待っていろ」
 と、ワンチャイは立ち上がり……やや、腰が引けた姿勢でテントを出て行った。
 
 そして、頬を腫らして戻ってきた(笑)。
 
「さて、改めて話を聞こうか」
「……」
「話を聞こうか」
「グエン将軍には、会わせたくないって事かしら?」
「ヴァルファ軍団長、ヴォルフガリオ殿は常に顔を隠していると聞くが、別に珍しい配慮でもあるまい」
 そう言って、腫れた頬が痛むのか、ワンチャイは少し引きつったような笑みを浮かべた。
「私の代わりはいくらでもいるが、将軍の代わりはいない……シベリアで、シンラギの軍がどういう目に遭ったか知らぬわけでもないだろう」
「ええ、お互いにね」
 あの戦いで、ヴァルファは5人の将を失い……シンラギは、グエンと並び双璧と評されていた将軍を失った。
 シベリアと中華皇国……シベリアはヴァルファを、中華皇国はシンラギを、それぞれ疎ましく思っていたわけだが……罠にはめられた側がそれを口にするのはむなしいだけだし、己の愚かさを示すだけである。
 もちろん、両者共にそれに気づき……あくまでも戦いの中で起こったこととして、ヴァルファは、シンラギの目に見えぬ協力によって中華皇国の将軍を暗殺に近い形で2人討ち取り、シンラギもまたヴァルファから得た情報に従い、シベリアの将軍を1人と、皇帝と血のつながりのある中隊長を、そして軍監連中を亡き者とした。
 その結果、シベリアと中華皇国は一旦軍をひかざるを得なくなり……ヴァルファとシンラギも、大きな傷を負ったにせよ、致命的なダメージに至ることなく戦場から退避することが出来たのである。
 もちろん、ライズはそのことについて詳細を知らない。
 病に蝕まれ、戦えるような状態ではなかったとライズが信じるヨハン自らがそれを志願し、単身敵陣に潜入したことはもちろん、ヨハンが何を求めてそれを志願したのかも…。
「……あの場にいたのか、ヴァルファの娘よ?」
「いえ、話を聞いただけ」
「……そうか」
 と、目を伏せたワンチャイの仕草から、ライズの心にふっと浮かんだ。
「なるほど……あの時、シンラギは海燕の…死神の手を借りたのね」
「そうだ…というより、中華皇国とシベリアの裏切りに一番先に気づいたのもあの男だった」
「ああ、それで…」
 ワンチャイの目が、ライズの口をつぐませた。
「……将軍と死神は、それ以前からの縁がある」
「……」
「シベリアの一件をとっても、我らは死神に恩がある……だから、その使者であるお前の正体がヴァルファの娘であっても、話せることは話す……が、それ以上は聞かないで欲しい」
 相手の誠意に対して、こちらもまた誠意で返すべきだろう……目の前のワンチャイという男は、なんとなくそう思わせるものを持っていて。
「わかったわ…」
 と、ライズは頷き…姿勢を正した。
「カール・イエルグ伯は暗殺される可能性が高い」
「……」
 ワンチャイの目が、ライズに続きを促した。
「……シンラギには『名を惜しんで欲しい』と…これが海燕からの伝言よ」
 どこか遠くを見るような眼差しで……ワンチャイが呟いた。
「……名を、惜しめ…か」
「ええ、正直なところ私には良く意味がわからなかったのだけれど」
 1分ほど過ぎ……ワンチャイは大きく息を吐き出した。
「……恐ろしいな、死神は」
「……?」
「シベリアでの一件と言い……私は、あの男が死神という異名にふさわしく、人ならぬ存在ではないかと疑うことがある」
「……」
「少し待て……私では、判断できぬ」
 と、再びワンチャイは腰を上げて出て行き……30分ほど経って戻ってきた。
「待たせてすまない」
「いえ、気にしないで」
 ワンチャイはちょっと息を吐き……静かに語り始める。
「ヘルシオ公は、昨年の8月頭に『今後1年間にわたってヴァルファを牽制し、ドルファンを援護する』という親書をドルファン王家に送った」
「ええ、それが…」
「わからぬか」
「……残念ながら」
 どこか傷ついたようにライズが呟き……ワンチャイは、言葉を足した。
「つまり我らは、ヘルシオ公に最長で1年という期間で雇われた……期間内にドルファンがダナンを奪回したならば、その時点で契約は終了する…という条件付きでだ」
 それでようやく、ライズの頭の中で何かがつながりかける。
 腫れた頬を指先でそっとなぞってから……ワンチャイは噛んで含めるように、当時の状況の説明を始める。
「先の、ドルファンのダナン派兵に合わせて、プロキア軍と我らはダナンの背後へと軍を進ませ……ヴァルファは、なかばダナンを放棄する形でこちらに向かって軍を移動したため、戦闘になった」
 プロキア軍との混成で、軍の指揮権が与えられない状態では、シンラギとしても力を十分に発揮することも出来ず……そもそも、牽制するだけと思い込んでいたプロキア軍の戦意は乏しく、ヴァルファの前に大敗を喫した。
 その間、ダナンはドルファン軍に奪回され……ヴァルファは、プロキア領のコーグ付近に駐留せざるを得なかったのだが、それに危機を覚えたとの名目で、カール・イエルグ伯はシンラギを雇った。
 これは、5月下旬の事である。
 ライズは、ワンチャイの顔を……いや、その心をのぞき込むような視線を向けて。
「戦いの後、シンラギはすぐイエルグ伯の領内に…?」
「そうだ」
 それはつまり……シンラギとヘルシオ公が、使者のやりとりはともかくとして正式に接触していない事を意味している。にもかかわらず、プロキアはシンラギとの契約を打ち切り、アデラマ港から船に乗って出国出来るようにハンガリアに対して話を通したと発表しているのだ。
 数秒の沈黙を経て、ライズが再び口を開く。
「ヘルシオ公は、シンラギとの契約の際…」
「みなまで言うな…こちらも、ヴァルファとヘルシオ公の間でどういうやりとりがあったかは聞かぬ」
 と、ワンチャイは手でライズを制し。
「グエン将軍から、死神への伝言だ。ヘルシオ公は、したたかと言うより冷酷な人柄で……これから先、プロキアは一時の平穏を得るが、その後また荒れる…とな」
 自分はあくまでも使者なのだ……と、無理矢理に納得させて。
「……承りました」
 と、ライズは頷いた。
 
「……ここまで1人で来たのに、1人で帰れないとでも」
「正直なところ、不安ですね」
 ライズをワンチャイに引き合わせた男……は、微笑みを浮かべて言葉を続けた。
「海燕殿と、同等の腕をお持ちならまだしも」
「……」
「くわえて、あの人ほど隠密能力に長けているわけでもない…」
「それで?」
「ワンチャイ副将は、『死神の恨みをかうと恐ろしい』と言ってましたが、あれで海燕殿のことが好きなのですよ」
 などと、屈託のない笑みを浮かべる男をライズはしばらく見つめ……。
「潜入するより、出て行く方が難しい……そういうことかしら?」
「……こちらにおける、シンラギの評判はよろしくないので」
 と、男はどこか含むところがあるように呟き。
「プロキアの有力貴族はもちろん、ドルファン、ハンガリア、ゲルタニア……内戦に明け暮れているトルキアもそうですが、シベリアにアルビアまで、我らと誰がつながっているかを確かめようと、目をこらしてうかがっているのですが、気づきませんでしたか?」
「……」
「しかも、貴女はヴァルファ軍団長の娘ときている……なかなかに、各国の想像力を刺激したと思いますよ、私は」
「……あなた、『海燕が、私を選んだ理由がわかった』と言ってたわね」
「……」
「海燕は、私をダシに…っ?」
 音もなく、ライズののどに剣先を突きつけ……さっきまで微笑んでいたはずの男が、ライズに冷たい視線を向けている。
 その眼光の鋭さというより、叩き付けられる殺気にライズの身体は麻痺させられた。
「あの人は……海燕殿は、貴女のことを心配したのですよ」
「……心…配?」
「……ええ、その意味がわからないほど、貴女は子供ですからね」
 男の、剣を持たない方の手が動き……そのまま、気を失ったライズの身体を受け止めた。
「……子供に色々と教えてやるのは、戦う者の義務……ですか」
 男の呟きは、はたして誰に向けられたものなのか…。
 
 そして、夏期休暇が終わっても……ライズ・ハイマーという名の女学生がドルファン学園に戻ることはなかった。
 
「やれやれ、頭が痛い…」
「薬をお持ちしましょうか?」
 ベイラム・オーリマン卿は傍らに控えるハインツを見つめて。
「特効薬はない」
「では、諦めるしかございません」
 さらりとハインツ。
「……まあ、キルギスキー卿も似たような状況と思えば、多少はマシだが」
「失礼ですが、キルギスキー卿よりも、追い込まれた状況にあると私は思います」
「ふむ……わかってはいるが、他人にそれを指摘されると面白くない」
 ちなみに、キルギスキー卿はシベリアにおいて、南欧地域に対する輸出入を統括する立場にあり……まあ、石炭・鉄鉱石・燐光石の輸入を認めるかどうかで、オーリマン卿とやり合う立場の人間である。
「燐光石がダメなら、石炭・鉄鉱石の一部でも輸入しろ……などと、商業会の連中から金でもつかまされたのか、一部の貴族連中にまでせっつかれてね」
「そういう問題ではないことが、見えていないのですね」
「それが、燐光石であろうと、石炭・鉄鉱石であろうと、変わりはないのだがなあ…」
 そう呟くオーリマン卿の顔がどこか哀しげで。
「だが、仕方がないのかもしれん……シベリアからドルファン港へという航路が作られることの重要さというか、脅威を理解してくれたのが、イングランドとアルビアだけなのだからな」
「何故イングランドが、ドーバー海峡を封鎖してシベリアの船に通過させなかったのか……などと、感じないのでしょうか?」
「視野が狭い……それに尽きる」
 そう、オーリマン卿は断定した。
「建国から200年、もはや価値観として、小国の視野が定着してしまった。国民はそれでよいかも知れないが、上に立つ者がそれでは……」
「……」
「むしろ、小国であればあるほど…広い視野を必要とするのだが……ゲルタニアやハンガリア、プロキアなどと小競り合いを長く続けてきたせいで、互いに世界を小さくしてしまったのだなあ…」
「鎖国がそれに輪をかけましたか…」
「ふむ、とはいえ……あの当時、この国にとって鎖国は必要だったのだよ、ハインツ」
「……」
「あの頃私は何も知らぬ子供同然だったが……ディムスは、そんな私に苦笑しながら説明してくれた」
 オーリマン卿は、ちょっと苦笑を浮かべ。
「私は、説明されて理解した……ディムスの息子は、説明されても理解できなかった……リンダ嬢は10歳にして、説明されることなく自分で解答にたどり着いた」
「……」
「今日を飢える者に対し、1年後を、ましてや10年後を語ることに無理があるのは承知だが……商業会の連中につかまされた金しか見えないような連中相手に…国の未来を語るのはむなしいな」
「……」
 ハインツの視線に何を感じたのか、オーリマン卿は首を振った。
「ピクシス卿も、ベルシス卿も、それが見えぬお人ではない……むしろ、私などよりよほどいろんなものが目に見えているはずだ。ただ、私もそうだが、ドルファン国内だけならいざ知らず、他国とやり合うのには単純に力が足りないのだよ。だから、あの2人はあれで、力の及ぶ範囲で精一杯にあがこうとしている…もちろん、それは私の想像に過ぎないのだが」
「……確かに、あの2人は卿のやることに対して口出しはしてきませんでした…」
 ハインツの、もの問いたげな表情に応じることなく、オーリマン卿は窓の外へと視線を向けて。
「力がないということは……哀しいことだな、ハインツ」
 その呟きに、ハインツは黙って目を伏せた。
 
「今、私は奇跡を目の当たりにしてるのね…」
 しみじみと呟く王女の前で、海燕はため息をつき。
「メイドに八つ当たりするのはやめろ」
「東洋人っ!」
 と、眉をつり上げたメッセニに王女は呆れたような視線を向けて。
「話がややこしくなるから席を外して」
「ですが」
「でていきなさい」
 このあたりの使い分けはさすがに巧みというか……メッセニは一礼し、その場から立ち去った。
「学習しない人ねえ…」
「生真面目さが持ち味だろう…角を矯めて牛を殺すのはばかげている」
「そうねー…貴方は貴方で、色々と動いてくれているみたいだし」
 と、王女は海燕を見つめ。
「貴方の言うとおり、レッドゲートの開閉部分が破損してたわ」
「……そうか」
「……」
「……」
「あのねえ」
「何だ?」
「種明かしは貴方の義務だと思うわよ?」
 半分は怒り、半分は好奇心……そんな表情で、王女は海燕の説明を待っている。
「まあ、ヘルシオ公がプロキアにおいて反乱を起こしたときから何らかの密約があったと俺は信じているが……今このタイミングでヘルシオ公に雇われるぐらいなら、そもそもヴァルファにはダナンを放棄する意味がない」
「……で?」
「ヘルドマン家がヘルシオ公に恭順の意を表した以上、次にヴァルファが向かわされるのはイエルグ伯との戦いに決まっている」
「そりゃそうね」
「当然、ヴァルファの進軍は北から南へ……機動力に優れたヴァルファとしては、山間での戦いより、平坦な地形を選びたい……そうすると、テラ河流域を戦場に選びたい」
「と、すると…」
 王女はちょっと考え。
「ヴァルファは、まずテラ北河まで南下し、そこから東へと進軍ルートをとる…と」
「テラ北河を越えたら、もうドルファンだぞ」
「あら」
 今気づいた、という感じに王女が声を上げた。
「機動力を活かして、テラ南河を越える……と、ドルファン首都城塞までの道のりはパーシル平野だ、馬は気持ちよく走ることが出来るだろうな」
「あらら」
「この国の王室会議における五家評議会のあり方と、ある程度独立した形で存在する軍部のあり方が悪いとは思わないが、騎士団招集と編成に時間がかかりすぎて、有事の際に後れを取りがちなのは否定できまい」
「そうね…」
「ヴァルファの戦力で、正面から首都城塞を攻略するというのは無理だろう……だとすると、機動力を活かした急襲なり、奇襲なり…」
「ああ、はいはい、わかった、わかりました…みなまで言わない」
 と、王女はちょっと真面目な表情を浮かべて。
「レッドゲートだけじゃなく、他の門も点検させるわ」
「……」
「はいはい、人間も、でしょ。わかってるわよ」
「もちろん、今言ったのは可能性の1つに過ぎないんだが……急襲なり奇襲の類は、守る側に備えがあれば、それだけでどうにかなる事が多い」
「そうね…そう考えると、ダナンを奪回したってことで、こっちの気を緩ませるって狙いがあったのかも知れないわね」
「……」
「冗談よ……だったら、最初からダナンなんか、占領する必要はないものね」
 要求に従い、ドルファンへの宣戦布告を出すこともなく……いきなり牙をむく方がよっぽど成功する可能性は高い。
「と、いうか……この程度読めるやつが、軍部にはいないのか」
「いやあ、いるかも知れないけど、そういう人間は、冷や飯を食わされてると思うわよ」
「アンタがそれを言うのか…」
「権限ないのよねえ、この国の王女って」
 などととぼけたことを王女が口にする。
「権限云々は、やれることをやってから言うことだが」
「……そうね」
「まあ、俺が組織に属する人間じゃないから言えることなんだろうが」
「……王女、というか王家の人間のやるべき事って、何なのかしらね」
「人を守ることだろう」
「……守れそうにないときは?」
 少し考え……海燕は言った。
「人の想いを守るべきだな」
「……?」
「圧倒的な戦闘力の差によって、征服された国は過去に数え切れないほどあるだろうが……国が滅ぶのとはまた別物だ」
「……何が言いたいの?」
「戦争に負けたから国が滅ぶなんてことはほとんどない……国が滅ぶというのは、人がその国を求めなくなったとき……そうだな、見放したときだと俺は思う」
「……」
「適切なたとえとは思わないが……この国でも、最近トルクを支持する人間が増えているようだが……トルキア大分裂から200年以上が過ぎたというのに、トルキア人という意識が、価値観が生きている」
「……日常に対する不満を、外国人にぶつけるための口実ね」
 王女の口調は冷たい。
「そうかも知れない……が、少なくともトルキア人という意識でつながる事が出来る連中がいるのは事実だろう」
「……」
「自分はドルファン人だ……その誇りを、国民1人1人に抱かせることが出来たなら、ドルファンは決して滅ばない……俺が言う、人の想いを守るというのは、そういうことだし、上の立つ者の志として、そう間違ったものではないと思う」
「人の…想い、か」
 王女はため息をつき。
「なるほど……貴方にとって、国とは人そのものなのね…」
「俺がそう思うというだけだ…押しつける気はない」
「王族は人を…国を守る、か」
 王女は少し笑って……ぽつりと。
「なら、王族の想いは自分自身で守るしかないってことね……だとすると、王族の、人としての想いは…そもそも存在すら許されないのね…多分」
「好きな男でもいるのか?」
「いるわよ」
「……」
「そこで、何も言えないぐらいなら、最初からそんなことを口にしないで」
「そうだな、すまない…」
 と、頭を下げた海燕に向かって。
「カルノー・ピクシス」
「……」
「……仮に、私の好きな男がそうだとしたら、貴方はどう読む?」
「シベリアのサーカス団によって、王女は誘拐される」
 眉1つ動かさずに答えた海燕を……王女は、感情のこもらぬ瞳でじっと見つめ。
「……それで?」
「ヴァルファとの戦いがどう転ぶかはわからんが……その上で、シベリアは陛下および、五家評議会の面々の暗殺を企むだろうな」
「……」
「まあ、それからも色々あって国内が混乱し……そこに、ドルファン王家唯一の血筋である王女が、操り人形としてシベリアのお目付役と共に戻ってくる……そんなところか。まあ、カルノー・ピクシスはそれをさせまいとして、誘拐の際に王女をシベリアではなく別の国へと連れて行こうと試みるだろうが」
「……」
「そこで何も言えないなら、最初からそんな仮定の話はするべきではないし……そもそも、そんな単純な状況でもないから、ただの一般論に過ぎないが」
「そう…一般論…ね」
 と、王女がやや乾いた笑いを浮かべた。
「王家の血筋に連なる者を押さえる……昔から、侵略において珍しくも何ともない手段だろう」
 海燕は一旦言葉を切り…王女が、何も言わないことを確認してから言葉を続けた。
「内乱によってプロキアから追い出されたフィンセン公の亡命をゲルタニアが受け入れたのは、プロキア侵攻の口実として使えるからだろう……そもそも、ドルファンにしたって、20年近く昔にボルキアの貴族達の亡命を受け入れたのは、単に親交があったから…ってだけでもあるまい」
 王女がちょっと意外そうに海燕を見やり。
「…ボルキア貴族の亡命なんて、随分と昔のことをよく知ってるわね」
「それなりにな」
 王女はちょっと目を伏せて。
「……ボルキア革命によって、ボルキア王政は倒れてハンガリアが生まれたわけだけど……今、ハンガリアでたびたび爆破テロを起こしてる連中がいるでしょ。要するに、ドルファンは連中の亡命を受け入れる事で安全を買ったのよ。ハンガリアに対しては、人道的な理由で亡命を受け入れたと説明しておけば、それですむしね」
「なるほど…」
 海燕は頷き……少し考えてから顔を上げて、王女に言った。
「自分がシベリアの操り人形となった方が、国民を傷つけずにすむのかも……と思っているのなら、間違いだぞ」
「ええ、それもわかってるわ…この国が戦場になるだけだもの」
 王女は目が見えていないわけではない……とすると、さっきの『王族の人としての想いは、存在すら許されない』という呟きは何を意味しているのか。
 やはりまだ、自分の知らない事情がいくつも隠れているのだ……海燕はそう思った。
「ねえ、海燕」
「何だ?」
「貴方の故郷は……どういうとこなの?」
「……」
「日本……ジャンベルグの著書で言うところのジパング…だったかしら」
「……」
 海燕の視線に、王女は苦笑を浮かべて。
「あのね、海燕……私、セーラのいとこなのよ」
「…あぁ、なるほど」
「……さっき貴方が言った…人としての想い……貴方にはあるの?自分が、日本人としての誇りってやつ」
 どこか遠くを見つめる眼差しで宙を見つめ……王女が囁くように言った。
「故郷を遠く離れて…傭兵として各地の戦場を流れて……東洋の果てから、こんなとこまでやってきた……そんな貴方にも、日本人としての誇りはあるの?それとも、貴方は、日本を見捨てたから、こんな所まで流れてきたの?」
「日本…が1つの国であるように言われると少し困るんだがな」
 海燕は独り言のように呟き。
「日本、という国の中にたくさんの……そうだな、自治領があって、俺の故郷は、その自治領の1つというところか…」
「……」
「俺は、そこでは生きていくことを許されなかった…」
 海燕はちょっと言葉を切り……。
「生きていくことに、誰かの許可が必要とされるなら…だが」
 ……そう、続けた。
「……だから、国を出た?」
「いや、1度故郷を出た……が、そうだな…日本という国の中に、俺の居場所がないことだけがわかった」
「……」
「そして一旦故郷に戻って……養父に別れを告げ、故郷のみならず、日本という国を出た」
「……そう」
「養父に別れを告げる……ただ、それだけのことで、何十人も人が死んだ。それがたまらなかったな、俺には」
「……同情はするけど、肝心の質問にまだ答えてもらってない気がするわ」
 海燕は王女に視線を向け……答えた。
「最近、少し思うところがあってな……ない、とは答えられそうにない」
「……貴方にしては、随分と持って回った言い回しね」
「……日本という国を出て大陸に渡ったとき、俺の中には、この国に拒絶されたという思いしかなかったからな」
「……貴方の過去に、格別興味はないんだけど」
 興味がない…というよりは、聞くのが辛いという感じに、王女が視線をそらした。
「俺を拒絶したものが故郷であると同時に、血のつながりはなくとも、俺を護り育ててくれた養父達もまた故郷なんだな……切り離せるものじゃない」
「……」
「傭兵として世界各地を流れて、いろんな出会いがあって……失敗したと思ったこともあるし、今でも納得できないことも経験した……けど、今まで俺が歩んできた全て、それが俺の誇りだ……日本人としての誇り、とは少し違うかも知れないが、養父はもちろん、俺にそういう生き方をさせてくれた存在を俺は決して忘れる事はない」
「そう…」
 王女は俯き…もう一度呟いた。
「そうなんだ…」
「……はっきり言わせてもらえば、戦場ならともかく、俺が色々動いているのはアンタに言われたからじゃない」
「それ、はっきり言いすぎだから」
 と、王女は苦笑を浮かべ。
「貴方、この国の王様になったら?」
「無理だ」
「それほど難しい事じゃないわよ…貴方の目の前にいるブロンド美少女を、自分に惚れさせればいいんだから」
 以前の会話の影響なのか、自称『ブロンド美女』が『ブロンド美少女』に変更されたことに気づいているのかいないのか。
「そんな単純な話じゃないだろう…」
 と、今度は海燕が苦笑を浮かべ。
「100人を救うために1人を犠牲にする……王に求められるのは、そういう資質だろう。俺は多分……そういう選択の積み重ねに耐えられない」
「……」
「……なんだ?」
「私、嘘を見抜くのは結構得意」
「だろうな…」
 と、海燕はため息をつき。
「この前アンタが言ってた、『王や貴族が万能であるという幻想の時代は終わる』という言葉には同感だ……おそらく、いずれ王は人そのものになるというのが時代の流れなんだろう」
「…ぁ」
 王女は微かにほほを染め……ぷいっと、子供っぽい仕草でそっぽを向いた。
「ただ、それは50年、100年といった時の流れの中で起こるはずで……今はまだ、そういう存在が必要な事に変わりはないと俺は思っているが」
「……つまり貴方は、王の存在に懐疑的ってわけ?」
「いや……国民を守るという一点において、俺は王の存在を肯定する」
 王女の視線が再び海燕に向けられたが……さっきの照れたような仕草は消え失せていて、まるで仮面をかぶったかのように、感情そのものが読み取れない。
 時間にすればわずか2、3秒だったろうか……王女の唇がゆっくりと開いた。
「貴方……本当は、自分が嫌いなのかもね」
「……」
「……」
「そうだな…好きとは言えないな、確かに」
 海燕の答えを聞き、王女の口元に自嘲的な笑みが浮かんで。
「ヴァルファ軍団長と貴方は…多分、似たもの同士なのかも知れないわ」
「……会ったことがあるのか?」
「今更すっとぼけることもないでしょう……ヴァルファの軍団長は、ドルファン国王陛下の双子の兄、そして…」
 王女は海燕の目をじっと見つめながら。
「貴方がこの国から脱出させたヴァルファ軍団長の娘は陛下の姪……紛れもなく、ドルファン王家の血筋をひく人間」
「……何が言いたい?」
「さっき、貴方が言ったことよ……『王家の血筋に連なる者をおさえる』のは使い古された手段だって」
「……俺と、ヴァルファの軍団長が似たもの同士というのは」
 王女の、表情が崩れて。
「少しは、動揺ぐらいしなさいよ」
「王位に興味はない、ということか?」
 想定外というか、海燕の反応がは期待はずれだったのか…困ったように王女が呟く。
「さらっと、流さないでよぉ…」
「ふむ、だとしたら……ヴァルファは何のために戦う?」
「はーい、ブロンド美少女と二人っきりなのよ……1人でぶつぶつ独り言って、相手の自尊心とか考えたら出来ないと思うんだけど」
 海燕は、ちらりと王女に目を向けて。
「何より解せないのは、何故俺にそれを……なんだが?」
 王女はため息をつき……肩をすくめつつ、首を振った。
「何故って、貴方は……この国の人間を守るために動いてくれるんでしょ?」
「……」
「権限のない王女としては、渡せる情報を貴方に渡した方が多少はマシと思うから」
 渡せない情報もあるけど…という含みを残した王女の言葉に対し、海燕は特に目立った反応も見せず。
「その情報を手に入れられる時点で、他にやれることがない……とも思えないんだがな」
「……」
 王女はちょっと目を伏せ……ぽつりと呟いた。
「そうね、否定はしないわ」
 
「おっはよー、海燕」
「お、おはよう…ございます、海燕さん」
「…おはよう」
 女3人寄ればかしましいというが、まだ2人だから大丈夫……などと、海燕が思ったかどうかはさておき。
「……ハンナ、俺が以前言ったことを覚えているか?」
「だって、ソフィアが海燕に聞きたいことがあるって言うから」
「聞きたいこと…というと?」
 と、海燕がソフィアに視線を向けると。
「あ、あの海燕さん…ライズさんのこと、知りませんか?」
「と、いうと?」
「その…」
 どう説明すればいいのかわからない…そんなソフィアに代わって、ハンナが口を開く。
「行方不明だってさ」
「行方不明…?」
 などと、海燕がすっとぼける。
「夏期休暇が終わって半月も過ぎるってのに、まだ学校に姿を見せないんだよ……まあ、ボクは、里帰りでもしてるんじゃないかって思ってるんだけど」
 ハンナが、ソフィアに視線を向ける。
 そして、ソフィアは海燕をじっと見つめて。
「先月……海燕さんに、ライズさんがどこに住んでいるか、尋ねられて…その後です、ライズさんの姿が見えなくなったのは」
「ちょっと、ソフィア。海燕が、ライズをどうにかしたみたいな言い方しないでよ」
 ハンナの抗議を無視して、ソフィアは視線をそらさない。
「……海燕さん、何も…知らないんですか?」
「いや、わからない…さっきハンナが里帰りと言ったが、ライズの故郷はどこなんだ?」
「スィーズランド…だと思います」
「……船か」
「そういえば、一昨日はすごい風だったね……エドワーズ島のあたりで、船が転覆したとか誰かが言ってたけど」
「縁起でもないこと言わないでくださいっ!」
「ご、ごめん…」
 ソフィアの剣幕に負けて、ハンナが素直に頭を下げた。
 だが、ハンナは間違っていなかったのである…。
 転覆した船の乗船名簿に、ライズ・ハイマーの名が記されており……2人がそれを知るのは1週間ほど後のことになる。
 もちろん、少女の遺体は上がらなかったが……海難事故としては珍しくもなく、ごく普通に死亡者として処理されたわけだが…。
「ところで…学校の時間は大丈夫なのか、2人とも」
「あーっ」
 と、ハンナがソフィアの腕をつかみ。
「走るよ、ソフィア」
「え、え?きゃああっ!」
 走ると言うより引きずられて……ソフィアが遠ざかっていくのを見送ると、海燕はため息をついた。
「やれやれ…」
 そして……港の方角に視線を受ける。
 プロキアにおいてシンラギと接触した人間が、スィーズランドからドルファンへと向かう船に乗り、事故に遭う不自然さ。
 その不自然さこそが、わかる人間には死んでいないと悟らせるはずで。
 ドルファン王家の血筋が、プリシラ王女1人ではなく他にもいる……ただそれだけで、ある程度の抑止力となるのは事実だが……。
「……怒ってるだろうな、ライズ」
 少女の怒りは、後で甘んじて受けるとして……一介の傭兵でありながら、国の行く末を争う戦いの裏に足を踏み入れた自覚が、海燕の心身に緊張を強いる。
 ただ、海燕にとって解せないのは……プリシラ王女と同様、ドルファン王家の血をひくライズがドルファンに向かうのに任せ……ドルファン国王の双子の兄であるライズの父親がそのままにしておいた事である。
 シベリアならずとも、標的にされる恐れがあることをわかっていて……だとすると、それは娘として動いたライズが哀れでならない。
 だが、おそらくは……そうではない。
 王位継承権を失うだけでなく、政争に敗れてドルファンを出て……それから約30年。
 何故今になって、動いたのか。
 そもそも、シベリアの戦場であの仕打ちを受けたヴァルファが、シベリアを利するような行動を取るとも思えないのに……多分、その理由の中に、ライズの存在を含めた、何かが関係しているに違いない。
『ヴァルファ軍団長と貴方は…多分、似たもの同士かも知れない』
 あの時の王女の言葉は……ただ、国を追い出されたという意味なのか、それとも別の意味があるのか。
『軍団長を止めて…』
 ライズの、祈りにも似た願いに対して……ピコは『止めて』だけじゃ意味がわからない…とぼやいた。
 あれはつまり……ライズ自身も、自分の父親がやろうとしていることをきちんと理解できていないから、ああいう言い方しかできなかったはずで。
 父と娘。
 互いが納得する形で決着をつけられたらいいのだが……それが出来ないとき、父と、娘の想いを守る……あるいは、一方の想いだけを守る。
 その時、それを選ぶために……海燕は、色々なことを知る必要がある。
「よう、海燕」
 間合いの外から声をかけ、それから近づいてくる……それだけで、力量が確かなことをわからせる男。
 ドルファンに雇われた外国人傭兵の中では、きわめて少数の、優秀な傭兵の1人。
「グレッグか…道で会うのは珍しいな」
「まったくだ」
「わかってると思うが、早ければ来月にも戦いがある……少し気合いを入れておけよ」
「ああ…」
 年齢は離れているが、海燕もグレッグも……大人だった。
 そして、大人がいれば子供もいる。
 そう、それだけのことのはずなのだが……9月20日の夕方、その事件は起こった。
 
 がしゃーん。
 窓ガラスの割れる音で宿舎にいた傭兵は異変に気がついた……もちろん、その前から不穏な気配に気づいていた傭兵もいたのだが。
 がんっ、がしゃーん、がんっ。
『外国人傭兵は出て行けっ!』
 がしゃん、がんっ…がんっ。
 おそらくは、窓ガラスを狙っての投石なのだろうが……狙いを外して壁にぶつかる石の音の方が、窓ガラスが割れる音よりも生々しく響く。
「顔を出すなっ、ケガをするぞ」
 どこかで、そんな声がする。
 様子を見るためには窓に近づく必要があり……それは、外の様子を確かめずに表に飛び出す事以上に危険を伴う行為なのは間違いない。
 そもそも、外国人傭兵宿舎全体が狙われたわけではなく、道路に面した一部分に対しての攻撃だけに……まあ、窓に近づかなければケガをすることもないのは、明らかで。
 がんっ、がしゃーん…。
 一定間隔を置いてリズム良く刻まれる音と気配から、海燕は、それが少数によって為されている事を悟って、安堵のため息をついた。
 今後はともかく、少なくともこれがそのまま暴動のきっかけにはなるまい…と思ったからである。
 先月20日の夕方、フェンネル地区の軍施設の近くにおいて、高等部の女生徒が外国人傭兵3人に暴行を受けたという事件から約2週間。
 その翌日には、軍施設の近隣に住む住民の抗議デモが……そして今日、血の気の多い連中の一部が、こうした行動に出たということだろう。
 女生徒を暴行した3人は逮捕され、既に軍法に従って処刑されている……が、時としてドルファンの人間がドルファン国民としてひとくくりにされるのと同じように、外国人傭兵は外国人傭兵としてひとくくりに見られるのは仕方のないことで。
「非があるだけマシだな…」
 ベッドに腰掛けたまま、海燕は呟いた。
 何もしていないのに、罵られ、石を投げられ……傭兵をやっていたら、そんなことは珍しくも何ともない。
『この国からでていけっ』
 ふっと、自分の右肩のあたりに視線を向け……ピコがいなくて、こんな光景を見せずにすんで良かったと、海燕は微笑んだ。
 海燕がそれに慣れたように、ピコがそれに慣れることはなく……怒って飛び回り、そして哀しげな表情を浮かべて海燕の肩に戻ってくる。
「ああ、違うな…」
 ピコに見せずにすんで良かったのではなく、あの何とも言えない哀しげなピコの顔を見なくてすんだ……ピコではなく、自分にとって良かった……そういうことだろう、と海燕は自嘲した。
 騒ぎを聞きつけたのか、それとも通報があったのか、地区警備班がやってきて……投石を続けていた青年数人を取り押さえていく。
 表の騒ぎが収まってから、海燕はベッドから腰を上げ……割れた窓ガラスの掃除を始めた。
 ちょうど掃除を終えた頃、海燕と同じ第一次傭兵徴募でやってきた仲間が2人ほど海燕の部屋に顔を出し。
「補佐、大丈夫だったか?」
「ああ、他の部屋はどうだ?」
「たいしたことない…道路に面した部屋だけだからな…精々、窓ガラスが10枚ってとこだ」
「つーか、アンタの部屋が一番道路に近いから…」
「俺は平気だ、みんなにケガがないなら何よりだな」
「……冷静なんだな」
「傭兵の扱いは、どこでもこんなもんさ……今更騒ぐほどのことじゃない」
「そうか…」
 
 この後、メッセニ中佐本人が宿舎を訪れ……軽挙妄動を戒める旨と、念のため外出を控えろ、と伝えていったのだが。
 
「投石が怖くて、傭兵はやってられないわな」
「まあな」
 その夜、シーエアー地区の酒場で。
「ケツの青いガキが5名……トルクかぶれの連中だとよ」
「どうでもいいさ」
 と、グラスを傾けた海燕をちょっと見つめて。
「どうかしたのか?」
「いや……俺と同じ一次徴募でやってきた連中にはな、手柄を立てて騎士に取り立ててもらう……なんて、夢見がちのやつがわりといてな」
「あー」
 と、グレッグは何とも言えない表情を浮かべ。
「まあ、当時の状況でここにやってくるやつは、ほとんどがそうだろ…夢見がちと言うか、目が見えてねえだけだっつー話もあるが」
「……多分、傭兵以外の生き方が出来ただろうし、これからでもそうするには遅くはないやつらにな……ああいう想いはして欲しくなかったな、と」
 呟くように言った海燕に、グレッグは視線を向け。
「……まだ20ちょいだろ、海燕」
「ああ…」
「……なんていうか、お前さんは変わってるな」
 ジョッキに残ったビールを飲み干してから。
「ああいうことがあって何も感じない方が、本当は、ずれてるのさ……俺はもう完全にそっち側の人間なんだが」
「……」
「腕は立つ、戦場の表も裏もよく知ってる……見事なまでに傭兵をやってるってのに、お前さんは、どこかまっとうな感覚を残したままなのさ。それを変わってるって言ったんだ」
「そうか…」
 グレッグと海燕は同時に新しい注文を出し……ほぼ同時に新しい酒がテーブルの上に置かれた。
「……どう思う?」
「……どう思う、とは?」
「今日の騒ぎは……トルクとやらの宣伝に使われたんじゃねえかって話さ」
「あり得る話だ……が、笛を吹けば踊るだけの何かがあるんだろう、トルクには」
 鎖国をやめてから1年半、ドルファン国内の状況はあまり良くないと言える。
 昨年は天候不順のせいで農業生産が落ち込み、今年は平年並みに落ち着きそうだが……税率の引き上げに加えて、燐光石もそうだが、物価の上昇によって生活が悪化したと感じている人間が大半だろう。
 そういう意味で開国のタイミングが悪かったとも言えるが……日常における有形無形の不満を、外国人にぶつけるというトルク思想の一面は、それなりに魅力的に映るのか。
「ただ……俺の経験からすると、みなが等しく窮乏の状態にあるなら、人はそれに耐えるな」
 海燕は、グラスを少し傾けて。
「あるところにはある……それが不満を生むもとだが、この国の外国人がはたして『あるところにはある』に属しているかというと、俺はどうかと思うが」
「……もっともな話だが、俺が言ってるのはそうじゃなくて」
 だん、とグレッグのジョッキが、やや大きな音を立て。
「何故、ゲルタニアや、ドルファンで、なんだ?大トルキア帝国の中心だったヴァン・トルキアではなく、その周辺の、しかも帝国に吸収された形の、ゲルタニアや、ドルファンで、トルク勢力の支持が高まるってのは、どこか作為的としか思えないぜ、俺には」
「……大国の圧力に屈しないための同盟という見方と、各個撃破するより1つにまとまっていた方が面倒が少ない……という見方が出来るな」
「……」
「侵略する側、侵略される側に、それぞれ理由があるなら……それは、時代の流れってやつだろう」
「……相変わらず、とんでもないことをさらりというな、海燕は…」
「それが傭兵ってもんだろう……与えられる立場がないから、何でも言える」
「……お隣のゲルタニアで、トルク思想政権を作ろうって動きが表に出てきたらしい」
「情報が早いな」
「……年の功ってやつさ」
 グレッグが、ジョッキをあおった。
「俺は東洋圏からやってきたお前さんと違って、ずっとこのあたりで傭兵をやってきたからな……直接利害関係のない、傭兵仲間なんかが色々と情報を送ってくれるのさ。もちろん、その代わりに、俺の方からも情報を返すんだが」
「なるほど……それで、ゲルタニアはどうなりそうなんだ?」
 グレッグはジョッキを持ち上げかけ……そのまま静かに下ろした。
「ゲルタニア・プロキア戦争においてゲルタニアを勝利に導いたハインリヒ・ゲーツ大佐ってのがいてな……こいつを党首に抱いた新党を結成して、共和党との総選挙に持ち込むだろうってことだが……まあ、圧勝だろうってさ」
「ほう」
 曲がりなりにもゲルタニアの現コール首相は、トルキアの内乱に手を突っ込み、どうやら、領土の拡大に成功しそうだというのに……それでも負けるというのか。
「……作為的であろうがなかろうが、内から外から圧力をかけられて、ドルファンも再び鎖国政策をとらざるをえなくなる……ってとこだな」
「トルキア半島を一色に染める……と、はて、どこにとって都合がいいのか」
「俺が知るかよ」
 トルキア半島と大陸との部分に位置するのは、スィーズランド連邦で……。
 強大な軍事力および、文化の中心地でもあるスィーズランドにとって……いや、スィーズランドに限らず、いわゆる大国にとって、行き過ぎた排他的思想は天敵と言っても良い。
「……閉じた世界か」
「え?」
「永世中立を謳うスィーズランド連邦は、トルキア半島を守る強力な盾であると同時に、自分たちを半島へ押し込める蓋でもある……外に飛び出そうとも、海を渡ればアルビアが構えている」
「……」
「個人としては、外に飛び出すことは出来るんだろうが……国という組織そのものに意志というものがあるなら、なかなか辛いのかも知れないな」
「……国という組織か…面白い考え方をするんだな」
「人が生まれて死ぬように、国だって生まれれば死ぬさ……別に、東洋ではありふれた思想なんだがな。まあ、このドルファンという国は、建国から200年あまりも生きているといえる」
「……」
「ドルファンと同時期にトルキア帝国から分裂して国を興したゲルタニアとハンガリア、そしてプロキアは既に王政が終わったわけだろう…」
「……さすがに、その話題はやめようや」
 と、グレッグがやんわりと釘を刺した。
「そうだな」
 
 この夜、グレッグが語ったゲルタニアの行く末についてはほぼ実現した……が、それとは別に、シベリアのイクルーツクにおいて、駐屯軍におけるクーデターが勃発。
 おそらくは何年もかけて練られた計画だったのだろうが……例年、10月中旬ともなればこの地域は既に雪が降り始めており、近隣都市との交通が制限され、大規模な軍の出動が非常な困難を伴うはずだった。
 が、この年に限ってこの地域は冬の訪れが遅く……クーデター軍の意図を見抜いた雷帝が即座に近隣都市の駐屯軍に指示を出し、短期決戦でクーデター軍をつぶさせ……他地域との連携を許さなかった。
 首謀者であるスミノフ大佐は、クーデターから10日後の深夜に自決し、軍は大佐の指示に従って降伏。
 シベリアは、危機を最小限で回避した……いや、危機の根を残したまま事態を収拾させたと言うべきなのか。
 いつの時代も、多くがそうであるように死人はわりと雄弁なものなのだが……スミノフ大佐の関係者および、身の回りに残された物は何も語らなかった。
 
 こんこん。
「…プリムか」
「横暴でわがままな王女に虐げられる日々を送る、薄幸の美少女メイド、プリムです」
「……実は王女と良いコンビなんじゃないのか」
 と、海燕がため息をつきながらドアを開けると。
「『あれ』と良いコンビなどと言われたら、祖母に申し訳が立ちません」
 などと言い放つ少女が……静かに頭を下げて。
「海燕様、『あれ』が貴方を連れてこいと騒いでます」
「……俺も人のことは言えないが、王女を『あれ』呼ばわりか」
「『あれ』は『あれ』でございます……その人となりにふさわしい応対だと、私は信じておりますが、それが何か?」
 少女の名はプリム・ローズバンク。
 元々、城勤めのメイドとして働くのは身元のしっかりした人間を選ぶだけに……王家専属のメイドともなれば、代々その仕事に就くという家系も生まれてくる。
 ローズバンク家は、そうした家柄で……祖母のレイス・ローズバンクは、現国王の双子の兄であるデュノス公つきのメイドを務めていた。
 デュノス公に心酔していたらしく、公が政争に敗れて国を出たとき、メイドの職を辞したらしいのだが。
「これから俺は、戦争に備えて訓練にいそしむつもりなんだが」
「それが、海燕様のやるべき事であることは百も承知ですが、メイドにはメイドの戦いがございます」
「頑張れ」
「騎士は、美しい女性を守る義務がございます」
「俺は騎士じゃなく、傭兵だ」
「それは形式にすぎません」
 『美しい女性』をスルーした海燕の返答に対し、プリムもまたスルーで返すことで、それを規定の認識へと昇華させ。(笑)
 ……と、プリムはちょっと目を伏せて。
「私の見るところ、海燕様の本質は、気高い騎士そのものでございます……ですから私も、海燕様に敬意を払うことに対してやぶさかではございません」
「……本音は?」
「海燕様を王女に押しつけると、私は楽が出来ます」
「……なるほど」
「というか、私にきつくあたればあたるほど、海燕様を連れてくる可能性が高くなる……などと、余計な知恵をつけてしまった感があります」
「……」
「見事な悪循環ですが、諦めてください」
「ああ、諦めてくれプリム」
「……」
 プリムは無表情で海燕を見つめ。
「1つお伺いしたいことがあります」
「なんだ?」
「海燕様は、仕官を求めてこの国に来たわけではないのですか?」
「そのつもりはないな」
「……貴方の目から見て、この国はもうダメということですか」
「いや、仕官する気がないというだけだ…条件がどうこうという話でもない」
 と、さすがに『この国はもうダメ』という言葉を、規定の認識へと昇華させることがためらわれたのか。
「……それほどまずい状況なのですか、この国は」
「ドルファン王家を支えるはずの、ベルシス家とピクシス家が対立……外に目を向ければ、ゲルタニアとプロキア……まあ、難題が山積みだな」
 そう単純な話ではないと知りつつ、海燕は目に見えることだけを並べた。
 プリムはそんな海燕の顔を見上げ。
「……祖母がよく言ってました、デュノス公が王位についてさえいれば、と」
「俺は、デュノス公だけでなく、陛下のこともよく知りはしない…何とも言えないな」
「私も同じです……祖母が言うように、デュノス公が素晴らしい方だったかどうかを確かめる手段もありませんし」
「何か、不安な事があるのか?」
「……どういう意味でしょう?」
 堅く透明な壁……プリムがそれを全身にまとう気配を感じて、海燕はそれ以上踏み込むのを避け、曖昧な言葉を口にした。
「今日は少し…心に余裕がないように思えるが」
「…貴方を、王女の元へと連れて行くための演技です」
「何の用事か…は、教えてもらってないのか?」
「連れてこい、と」
 
「優秀ね、プリム」
「……恐れ入ります」
 と、嫌みに思えるぐらいプリムが王女に向かって恭しく頭を下げる。
「プリムの顔も立ったし、俺は帰るぞ」
「だーかーら」
 王女は慌てて、自らの身体をもって入り口をふさいだ。
「ここまでやってきておいて、ごねないでよ」
「さっさと、用件を言ってくれ」
「あ、いや、用件と言われると…」
「……」
「……」
「……帰るぞ」
 と、海燕が王女に向かって一歩踏み出し。
「あ、私の身体に触れたら人を…」
 ふっと、王女の目の前から海燕の姿が消えた。
「…呼ぶか、ら…?」
「後ろです、王女様」
 プリムに言われて、王女が後ろを振り返る。
「え?」
 海燕は、王女ではなくプリムに目を向けて。
「『やはり』見えたか?」
「……離れた位置にいましたから」
 と、どこか言い訳じみた口調でプリムが答えるのを……見つめ続けた。
「プリムに興味があるの?」
「光栄です」
 王女の言葉に乗っかって、そう頭を下げたプリムにはもう隙がなく。
「軍部に人がいないのに、メイドの人材には恵まれてるな」
「恐れ入ります」
 と、プリムが再び頭を下げる。
「いや、プリムはメイドとしては今ひとつだと思うけど…」
「別に、とぼける必要もあるまい」
「プリム…私は海燕と話があるから、下がってなさい」
「はい、王女様」
 と、プリムがいなくなってから。
「あのさ、海燕」
「わざと傍若無人に振る舞ってるのはわかってる」
「……だったら」
「そんなのは、プリムもとうに見抜いてる……だが、それはプリムを人ではなく物としてとらえるやり方だろう。それを続ける限り、プリムは絶対に王女に対して心は開かないだろうな」
「……」
「祖母がデュノス公つきのメイドだったということで警戒するのはわからんでもないが……」
「そうね、考えてみるわ」
 と、王女がはあっさりと引き下がる……納得したと言うより、話題を変えたいのだろうと海燕は判断し。
「で、何の用事だ?」
「……この前、大丈夫だった?」
 『この前』が、例の投石事件を指すことに思い当たって。
「別に、慣れて…」
「やめてっ」
 思いの外、強い口調になった事に王女自身が驚いたのか。
 戸惑ったような表情で海燕を見つめ…首を振り……ぽつりと呟いた。
「……そういう、言い方はやめて」
「……俺はもちろん、傭兵連中にケガはなかった」
「そう……まあ、そう聞いてはいたけどね」
「心配してくれたのか、すま……いや、ありがとう」
 海燕の言葉に王女は顔を上げ…慌てて顔を背けて、ぶつぶつと呟き始める。
「わ、わかってるわよ…王女なら、他にちゃんとやるべき事があるって言いたいんでしょ…」
「……何か、あったのか?」
「え?」
「プリムもそうだが、今日は少し様子が…」
「……」
 王女は何も言わず、ただ海燕の目を見つめて。
「……正直なんだな」
「貴方に嘘はつきたくない……それだけよ」
「そうか、ならこれ以上は聞かん」
「お願い、そうして」
 
 それから数日後の10月26日……プリシラ王女の生誕日に、ドルファン地区を中心に怪文書がばらまかれた。
 ここ2、3年、プリシラ王女の生誕日になると決まってヴァネッサの活動員が、プリシラ王女が国王の実子ではないという怪文書を城下で配布し、逮捕される事が続いていた。
 今回の怪文書は、偽王女は国外に追放しろというものであり、内容の過激さが増しているにも関わらず、その根拠については相変わらず何も語られていない。
 それだけなら、いつものこと……なのだろうが。
 この怪文書に憤ったトルク思想支持者が、警備隊の到着より先に、ヴァネッサの活動員に対して暴行を加えたのである。
 ヴァネッサは言うなれば王政打破を目指す方向のグループであり、怪文書の内容そのものが事実であるなら、手を取り合うことも可能だっただろう。
 ただ、自分たちの国を治める王家の人間の素性への言及……それに耐えられなかったのだろう、ヴァネッサとトルクはこれを境に、水と油の関係になっていく。
 どちらがどちらに譲歩しても、活動員はその思想に疑問を感じて離れていく……戦略的な意義があるとしても、思想でつながる組織は、そういった意識の硬直性から抜け出すことは困難だった。
 
 11月……ゲルタニアで総選挙が行われ、ハインリヒ・ゲーツを党首として発足した新トルク党が圧勝して第一党となり、コール元首相率いる共和党は、ゲルタニアが共和制に移行して以来、初めて野党の立場へと身をおとした。
 王室会議は、このゲルタニア新政権に対してどう対応するかに追われ……その、情報に対する対処が遅れた。
 
 プロキア南東部において独立を宣言したイエルグ家……まずヴァルファは、イエルグ家領地の入り口と言えるグローニュへと向かい、そこを守備していた軍勢を易々と打ち払った。
 もちろん……というと語弊があるが、グローニュにはシンラギはおらず、イエルグ家の領地の中心都市であるハーベンにいたから、両者はこの時点でまだ激突していない。
 ヴァルファはそのままハーベンへと向かい……その目前にて行軍を停止。
 威嚇、陽動……情報が飛び交う中、ヴァルファはそこからぴくりとも動かず、きっちり1週間が経過してから、突如国境線に向けて進軍を開始。
 今ここで語られている情報は全て後追いの情報であり……特に『国境線に向けてヴァルファが進軍を開始した。念のため注意されたし』などと情報をよこしたのは、プロキアのヘルシオ公、その人なのである。
 その情報を受けて、ドルファンは軍部各大隊に非常態勢を取らせたのだが……プロキアから早馬でドルファンに向けて情報を送る間に、騎馬隊中心の編成軍であるヴァルファも移動する。
 だとしたら、まだ国境警備隊から何の連絡も来ていないのは変ではないか……もしくは、ヘルシオ公の情報は、『早すぎたのではないか』という疑問を感じる人間は、少なからずいたが、それどころではない。
 ゲルタニアの新政権への対応についてもそうだが、慌ただしく騎士団出撃の承認へ。
 それに遅れて、プロキアのヘルシオ公からの釈明の使者……ヴァルファの動きは、自分が意図した物ではなく、あくまでもヴァルファ単独の判断によるものであり(以下略)。
 その使者がもたらした情報によってわかったのは……ハーベンの目の前から転進したヴァルファに対し、シンラギククルフォンは追撃を開始。
 シンラギの追撃をかわしながら、ヴァルファは南へ南へ……おそらくは、テラ河中流域の国境線を目指して小都市カラードを通過したところで、シンラギが追撃を断念と言うより、陽動作戦を恐れてイエルグ家本拠であるハーベンへと退却したとのこと。
 そのままヴァルファが国境を越えたとするならば、騎士団との交戦地域はパーシル平野か……ならば、先のダナン派兵と同じく6〜8大隊規模の出兵が必要と、軍部および五か評議会の面々がそろばんをはじいたところに、国境警備隊から汗とほこりにまみれた伝令が到着。
 11月25〜26日にかけて、プロキアの南部からダナン、ゲルタニアとの国境部において、大雨に見舞われ、テラ南北の両方の河川において氾濫が起き、軍が渡河できる状況になく、ヴァルファのまた氾濫した河を目の前に停滞している模様との連絡が。
 ならば、財政的にも3〜4大隊規模の出撃で何とか……などと、この国の迷走ぶりの見える結論が出て、騎士大隊2、3、5の3大隊が出発したのが12月1日のこと。
 もちろん、この中に外国人傭兵連中は含まれている。
 
「……どうかしたのか、海燕」
「いや、出兵に至るまでのやりとりが気持ち悪くてな」
「まあ……な」
 と、グレッグが曖昧に頷く。
「川が氾濫して足止めされてるから3大隊で……って、俺たちがそこに到着したとき、渡河し終えてたらどうするつもりなんだか」
 と、これはため息をつきながらジェフ。
 さすがに、今度の戦いそのものにどこかうさんくささを感じているのだろう。
 騎士団各大隊に非常態勢を取らせたのが先月の20日、出撃承認が23日……で、実際に出発したのが12月1日。
 『ヴァルファの動きに注意しろ』というヘルシオ公からの連絡が届いたのが、先月の19日の事なのだ。
 情報は早すぎ、ヴァルファの動きは鈍すぎる……そういう意味でも、今回の出兵に大部隊をさけないという判断は間違ってはいないのだろうが。
「やれやれだな…」
 と、ジェフが再びため息をつく。
「ガキの前では、そういう態度を取らないでくれよ、ジェフ」
「わかってるさ…お前さんらの前だけだ」
 ジェフはちょっと肩をすくめ…『みんなの様子を見てくる』と、グレッグと海燕のそばから離れていった。
「それで、今回の動きをどう見る、軍師」
「だれが、軍師か」
「お前だ、お前」
「……ヘルシオ公は、何が狙いなんだろうな」
「と、いうと?」
「そもそも、イエルグ家の本拠であるハーベンに、ヴァルファ単独で向かわせたってことは……ヴァルファ単独で、イエルグ家を倒すことが出来ると判断したわけだ」
「……」
「正確に言うと、イエルグ家および、シンラギを相手にな」
「まあ、尋常な判断じゃねえよな……シンラギが裏切るって保証でもない限り」
「そうだとしたら、何故ヘルシオ公は時間をかけるんだ」
「……」
「ヘルドマン家が恭順を示したのは8月末……ヴァルファをグローニュなりハーベンへ向かわせたのは11月に入ってからだ」
「秋の収穫を待って……じゃないのか?」
 トルキア半島における唯一の内陸国でプロキアは、長年にわたってあちらこちらへ戦争を仕掛け続けてきた歴史がある。
 それが、プロキアという国の宿命と言ってしまえばそれまでだが……先年、フィンセン公に対して反乱を起こしたヘルシオ公の件をとってもわかるように、おそらくプロキアの財政はがたがたのはずで。
「……国を富ませるために始める戦いが、国を痩せさせていくのは皮肉だな」
「だから、負けるわけにはいかねえんじゃねえか、戦争ってやつは」
「まったくだ…」
 
「さて…いい感じに、河が氾濫してくれましたな」
「……いい感じも何も、ハーベンを目の前にしてのあれは天気を見ていたからだろう、キリング」
「それはそうですが、人の心はともかく、天候はこちらの思うようにはなりませんからな」
 と、苦笑するミーヒルビスから河の対岸へと目を向けて。
「…にしても、動きが鈍いな」
「その気になれば、城壁まではいけたでしょうな」
「レッドゲートへの細工は見破られたそうだな」
「まあ、それを隠せと指示したわけでもありませんし、そのぐらいの危機感もないとすれば、泣けてきますからな……」
 と、ミーヒルビスはちょっと言葉を切り。
「……ライズ様のことですが」
「よい、放っておけ」
「ですが…」
「多忙の父親に代わって、厳しく鍛えてくれるそうだ」
「……それでよろしいのですか」
「キリング……お前は我に内緒でライズに護衛をつけていただろう?」
「……」
 ミーヒルビスが沈黙でそれに答えた。
「あれは、これから先、1人で生きてゆかねばならん……普通の生き方を望むのは、我のわがままであったと、今にして思う」
「では、グエンに礼状でも出しておきますか?」
「怒るな、キリング…お前も、ゼールビスに同じ事を望んだのではないのか?」
「あれはダメです……もはや普通の生き方が出来ない以上は、男として生きるしかありません」
「……まだ、あやつは子供だと思うがな、我は」
「子供と言えば……とびっきりの子供が1人、どうしますか?」
「うむ……」
 と、軍団長の視線が軍の右へと移動し、ミーヒルビスがそれを追う。
「……子供故に、逆手に取るか」
「と、仰いますと?」
「死神は、子供を殺すような男ではないのだろう?」
「……御意」
 
「ちっ、川を挟んでにらめっこなんて性にあわねえ」
 ヴァルファ軍団長と軍師の2人にとびっきりの子供と評された、ヴァルファ8騎将の1人、スパン・コーキルネイファはしびれを切らして馬腹を蹴った。
「若っ!?」
「俺は、老人みたく気が長くないんだ」
「ですが、今突出すれば敵の思うつぼで…」
 と、コーキルネイファの後を追うのは、元ボルキア騎士のセバス。
 爆破テロによって、ボルキア皇太子が吹っ飛ばされた際に巻き添えになったコーキルネイファの父親と主人部下という垣根を越えて親交の深かったセバスは、瀕死状態だったコーキルネイファの母親に頼まれてまだ幼子だったコーキルネイファを連れて、王制打倒の争いに揺れるボルキアを脱出してからずっとコーキルネイファの世話を焼いてきたわけだが、ヴァルファに身を寄せてから既に10年以上の時が過ぎている。
「おいっ、ドルファンのクソどもっ!俺と水遊びしようってやつはいねえのかっ!?」
 馬を駆り、ようやく増水が収まってきたテラ河川の中州で、ドルファン軍に向かって名乗りを上げるコーキルネイファ。
 性根もそうだが、姿そのものが本当の子供のように小柄なコーキルネイファを侮って、ドルファン側から、2,3人が飛び出してくる。
「なんだなんだ、これが陸戦の雄と呼ばれた、ドルファンの騎士ってのか……」
 ほんの数秒で打ち倒した相手を、河へと蹴り入れ……コーキルネイファが、嘲笑する。
「俺は、ヴァルファ8騎将が1人、迅雷のコーキルネィファ…そらそら、それだけ雁首並べておいて、腰抜け揃いかお前らはよぉ」
 
 さて、少し前後する形になるが、ドルファン軍にて。
 
「東洋人、東洋人はいるかっ!」
 と、第二騎士団に組み込まれている傭兵部隊の所にずかずかとやってきた騎士が数人。
「俺のことか?」
「お前以外に東洋人はいないからな…」
 と、グレッグに背中を押されて、海燕がそちらに顔を出した。
「俺が海燕だが…」
「ほう、貴様がそうか…」
 と、海燕の前に立ったのは……巨漢の騎士。
「指揮官がお呼びだ」
「指揮官が…?」
「貴様は黙って着いてくればいい、余計な口をきくな」
 と、左右を騎士に囲まれ……海燕は、ある予感を覚えつつもついて行く。
 そして。
「ジェフ、任せた」
「ああ」
 と、グレッグが距離を置いて後を追う。
 指揮官が呼んでいる……わりには、何故か部隊から離れた方向へと向かっていくが、海燕は口を開かない。
 もちろん、心と体は最初から戦闘態勢に入っている。
「貴様、ちょろちょろと怪しい動きをしているらしいな」
 それに関しては事実なので、海燕は何も答えず……ただ、正面に立つ騎士の顔を見上げていた。
 右の2人、左の2人は……正面の騎士の力量によほど信頼を寄せているのか、およそこれから戦おうという気構えがほとんど感じられない。
「それに、ダナン派兵の際、貴様の周りで騎士が数人行方がわからなくなっている」
「戦死したんだろう」
「そうか、戦死か…」
 巨漢の騎士が、壮絶な笑みを浮かべた。
「ならば、貴様もここで戦死するんだな」
「理由は?」
「貴様が東洋人だから…それで十分だ」
「最近流行のトルクってやつか」
「度胸だけは認めてやる……俺の名を冥土の土産代わりに持って行け」
 そういって、巨漢の騎士が大剣を抜く。
「俺の名は、カール・フェルドマン…」
 遅れて、左右の4人が剣を抜く……いや、4人そろって手首を押さえて剣を取り落とした。
「ほう」
 仲間4人が戦闘能力を奪われたというのに、動揺を見せることなく楽しそうににやりと笑う……その瞳の奥に、どこか常軌を逸した輝きを海燕は認め。
「ぬぅ…っん」
 唸りを上げてなぎ払われるはずだったカールの剣が、海燕の身体をかすめてその後方へと投げ出された。
「……?」
 一瞬惚けたような表情を浮かべたカールが、ふっと腕を持ち上げ……己の両手首が切断されている事に気づいて悲鳴を上げる。
「対陣中なんだから、せめて鎧は着けておけ」
「き、貴様…」
「一応聞くが、誰にそそのかされた?」
「貴様…貴様…お、おのれぇえ…」
 手首を失った両腕を振り上げ、海燕に向かって一歩踏み出した瞬間……カールの身体がずれた。
「あで…?」
 腰から下を残して…上半身だけがごろりと地面に転がった時、カールは既に絶命していた。
「さて…」
「し、知らない、俺はただ中隊長に言われて」
「なら、死ね」
 と、グレッグの剣が、背後から騎士の首を飛ばした。
「……心配性だな」
「友情にあついと言ってくれ……と、こいつはどうかな」
 グレッグが、身動きすることも忘れて腰をおとしている騎士の1人に剣を突きつける。
 2人、3人、そして最後の1人も、何も語らず……いや、最初から何も知らなかったのか。
「さて、埋めるか」
 と、何でもないことのようにグレッグが言い。
「川に流せたら、楽なんだがな…」
 海燕も、平然と答える。
「……気にするなよ」
「……何をだ?」
 カールの大剣をスコップ代わりに、先日の雨と河の氾濫の影響か湿った地面を器用に掘り起こしながら、グレッグが背中を向けたまま言う。
「前に、俺と違ってまっとうな神経ってやつが残ってるって言っただろ……殺さずに済ませる方法はなかったか…なんて、馬鹿なことを考えているように見えるぜ」
「……」
「あのでかいやつ、あれで第5大隊の中隊長なんだぜ……兵を率いる立場の人間が、川を挟んで軍が対峙するこの状況で、こんなばかげた行動を取る……いずれ近いうちに味方を全滅させかねないような馬鹿は死んだ方がマシさ」
「……気を遣ってもらってすまんな、グレッグ」
「言ったろ、俺は友情にあつい男だってな」
 
 そして、5つの死体を埋めて戻ってきた2人が目にしたのは。
「……ガキがなんかわめいてるぜ、海燕」
「そのようだな……」
「……」
「……」
「……行ってこいよ」
「……」
「ガキには、しつけてやる大人が必要だ……あのガキは強さがあだになって、まだきちんとしつけてもらえなかったんだろ……東洋で言うところの、縁ってやつじゃないのか、これも」
「…グレッグ」
「俺は、そんな面倒なことはごめんだね」
 と、グレッグは肩をすくめた。
 
「……てめえか、ボランキオのおっさんと、ライナノール姉ちゃんを殺った東洋人ってのは」
 確か、ライナノールは天涯孤独のような事をネクセラリアが言ってたような…と、首をかしげた海燕の言わんとするところを悟ったのか。
「俺は、ガキの頃からヴァルファで育ったんだよ…ライナノールは俺の姉ちゃんみたいなもんだったんだ」
「そうか…そういうことか…」
「死神だかなんだかしらねえが……てめえが、ヨハンのおっさんも殺した。違うか?」
「そうだ」
「……けっ」
 目を伏せ、コーキルネイファは足下に唾を吐いた。
「勘違いすんなよ……ボランキオのおっさんもライナノール姉ちゃんも、俺より弱かったんだからな」
「お前が強いのは見ればわかる」
「そうかよ……確かにな、俺もてめえが強いのは見ただけでわかったぜ」
 コーキルネイファの目は、新しいおもちゃを見つけた子供のように楽しげで。
 それとこれとは別、と割り切ったのではなく、1度に1つのことしか集中できない、子供特有の無邪気さであり、残酷さであるように海燕は思えた。
「まあ、ぐだぐだ考えるのも、べらべらしゃべるのも趣味じゃねえ……さっさと抜けよ。やろうぜ、一騎打ちってやつをよぉ」
 海燕が剣を抜く……その瞬間、既にコーキルネイファの身体が海燕の懐に飛び込んでいた。
 そのまま、海燕の腹に軽く蹴りを入れて素早く距離を取ると、楽しそうに笑う。
「どうした、挨拶だぜ、今のは」
「そうだな、俺も一応挨拶を返したぞ」
「あん?」
 いぶかしげに首をひねったコーキルネイファの目の前に、頭部を包むカブトの飾りが落ちてきた。
「……」
「なんだ、あまりにも無防備だったから、わざと挨拶させてくれたんだと思ったが違うのか?」
 海燕に挑発され、コーキルネイファがようやく自分の獲物を抜いた。
 剣より短い…といってもナイフよりは遙かに長い、小太刀のような武器だが、柄の部分が妙に太いし、武器を収める鞘もどこか物々しい作りで。
 先ほど見せたように、素早い動きを身上とする戦い方をするのだろう……コーキルネイファの身体を包む鎧は、海燕が身につけている軽装鎧に近い。
「(……何かあるな)」
 海燕が注目したのは、コーキルネイファの手元である。
 速さを活かすため、重量をそぎ落とした防具を身につけているのに……武器もそうだが、手袋もまた妙に分厚い。
 つまり、あれはそぎ落とせない重量で…必要な何かなのだ。
「おらっ、こねえならこっちから行くぜ」
 本当に、待つということに耐えられないんだな……と、苦笑しつつ、海燕はコーキルネイファの攻撃をしのいでいく。
 手数は多いが、自分の速度によほど自信があるのか、スピードそのものが単調で……もし、それに強弱がつけられるなら、これは手強い…と、海燕。
 ただ、瞬間的な足の速さはともかく、海燕がコーキルネイファに速度負けしているということではなく……経験から来る予測と、無駄のない体さばきが、徐々にコーキルネイファを圧倒し始める。
 どむっ。
 海燕の蹴りをまともにうけて、コーキルネイファの身体が吹っ飛んだ……いや自ら飛んで衝撃を逃がしたのか、すぐに立ち上がって鼻の下を指先でこすり。
「…やるじゃねえか」
 と、楽しげに笑うコーキルネイファ。
「剣に意識をとらわれすぎだな、怖いのか?」
「……なん、だと」
 コーキルネイファの顔が、憤怒に染まった。
 一歩踏み込んだところを逆に海燕に踏み込まれ、カウンターの形で再び蹴りをもらって今度は本当に吹っ飛んだ。
「かっ、げふっ…げふっ」
「すぐ頭に血が上る…悪い癖だ、直せ」
 と、挑発を重ねながらも、海燕に油断はない。
 先ほど『自分はボランキオやライナノールより強い』と言い切っただけのものを、まだ見せてもらっていない。
 そして、今以上のものがある…と海燕の肌は感じている。
「…ったく、昼飯が無駄になったぜ」
 胃の中の物をはき出し……立ち上がったコーキルネイファの表情が、変わっていた。
「アンタ…強えな」
「それなりにな…世界は広い」
「はははっ、そっか世界は広いのか…」
 無邪気に笑って…コーキルネイファが、海燕を見た。
「何度も、俺を殺す機会があったよな?」
「ガキに手を抜かれても、腹ただしいだけだ」
「そっか…わりぃ、わりぃ」
 こきっと、首をならして。
「一応さ…俺もみんなに気をつかってんだよ……あんまり、力の差を見せつけちゃまずいってな……ガキの頃から世話になってるし」
「それでやられてたら、洒落にもならん」
「負け惜しみ…と思ってるのか?」
「いや…さっきも言ったが、お前が強いのは見ればわかる。妙な言い方になるが、本気で手を抜きすぎなんだ、お前は」
 コーキルネイファが、じっと海燕を見つめて。
「あんた……俺を殺す気がねえのか?」
「わがままなやつだな…」
 ため息混じりに呟き、海燕の方から踏み込んだ。
「……へっ」
 早々と間合いを見きったのか、コーキルネイファがギリギリまで引きつけようとした瞬間、海燕の剣が加速した。
「…っ!?」
 皮一枚余して鼻先をかすめていく海燕の剣を……呆然と見送るコーキルネイファ。
「…今ので死んだぞ、お前」
「確かに…な」
 海燕が剣の軌道を修正したのが、嫌になるほどわかったのだろう……コーキルネイファは、素直に頷いた。
「自分の危険も見抜けないガキが手を抜くのは、百年早い」
「へっ、へへっ…言い返しはしねえよ、今はな」
 と、コーキルネイファが笑い……ゆらゆらと、身体を揺らし始めた。
 右、左、右、左……その規則的な身体の動きとは別に、手に持った剣が不規則に揺れ動く……そして。
「…っ!?」
 いきなり、コーキルネイファの姿が海燕の目の前から消えた。
 ぎゃりぃぃっ。
 まさに間一髪、左脇の下から切り上げられる寸前、そこに剣先をつっこんだのは、見えたからではなく、ほとんど勘だった。
「……ちっ、同じ事言ってやろうと思ったのによ」
 そう言い捨てて、コーキルネイファは再び距離を取った。
 と、ととと…。
 先ほどの動きに、フットワークが加わり……コーキルネイファは、海燕を中心に、円を描くように軽やかに舞い始める。
 右へ、左へ、そして背後へ……死角死角へ回ろうとする動きを、海燕は無理に追わなかった。
 右を見ようとした瞬間に左に回られると、さっきのように完全に姿を見失うからだ。
「すげえなあ、アンタ…」
 周囲を舞いながら、コーキルネイファが楽しげに言う。
「アンタの周り…これ以上近づくとやばいって気配が、ぷんぷんするぜ…」
「でも、隙が出来るまで待てない…そうだろ?」
「その通りだよっ」
 海燕まで3歩、その3歩ですべて方向を変え、右脇腹を狙って斬りあげてきたコーキルネイファの剣を、海燕は剣を持ち変える動きで受け止めた。
 コーキルネイファの口元に浮かんだ笑みを認めて、海燕は瞬時に剣を手放した。
 「なっ?」
 ぎぃぃいんっ。
 耳障りな音と共に、コーキルネイファの剣と海燕が捨てた剣がふれあった部分で火花が散る。
 おそらく、勝利を確信しすぎていたのだろう、コーキルネイファは、迫り来る海燕の拳を見つめたまま吹っ飛び……容赦なくそれを追った海燕は、倒れたコーキルネイファのみぞおちに蹴りをおとす。
「ぐはっ…」
 絶息するように呻いたコーキルネイファにとどめを刺さず……海燕は先ほど手放した自分の剣を拾い、そしてコーキルネイファの剣を拾い上げた。
「……」
 さっきのあれは一体何だったのか……と、剣をしげしげと眺める海燕に。
「……俺の、親父の形見…だ」
 倒れたまま、コーキルネイファは…言葉を続ける。
「俺の親父は…ボルキアの…王宮工部…?…とにかく、なんか、色々とからくりをつくる職人を統…括?…まあ、隊長みたいなもんだったらしい……」
「そうか、勝手に触って悪かった…返すぞ」
 近寄って、海燕はそっとその剣を置いた。
「殺せよ…俺は負けたんだ。それは、お前にやる…からくりの使い方は…自分で考えやがれ…結構面倒くせえってだけは教えてやるよ…」
「お前は、1人で大きくなったのか?」
「どういう…意味だよ」
「お前はガキだ……ガキは大人に世話になって大きくなる」
「馬鹿に…してんのか」
「ガキは殺さない……それが戦場のルールなんだよ、誰も教えてくれなかったのか?」
「ガキじゃねえ…俺は…ガキじゃねえぞ…殺せよ…殺せ…」
 涙を流しながら、何度も繰り返す。
「俺は…ガキじゃねえ…負けたら殺される…それがルールだろ」
「……」
「俺はこれまで数え切れないぐらい殺してきたんだよ…そんな俺が、負けて殺されないなんて…許されるわけねえじゃねえか…」
「……お前の親父は、負けたから死んだのか?」
「殺されただけだ…ボルキアの皇太子と一緒に吹っ飛ばされたんだとよ」
「そうか、悪かったな…」
「うるせえ…殺せよ…負けたら死ななきゃいけないんだよ…」
「だったら立て……涙を流して寝転がってる姿は子供以外の何ものでもないぞ……殺して欲しかったら立ち上がってみろ」
「く、くそっ…ばかに…しやがって…」
 身体をねじり……ふらつきながらも、なんとか立ち上がったコーキルネイファに向かって。
「立ち上がる余力があったのに、お前は寝転がって、殺せ殺せとわめいていたのか…やはりお前は子供だな」
 海燕の目的が自分を子供扱いすることにあるとさすがに気づいたのか、コーキルネイファは悔しさにまた涙を流して。
「く、くそ…くそ…」
 よろけながら、海燕に向かって、1歩…2歩。
「ほら、迎えが来たぞ…」
 と、海燕が拳を振りかぶり。
 小柄とはいえ、コーキルネイファの身体が半回転して中州で跳ねた。
「……強すぎる子供の扱いは大変だな」
 海燕に声をかけられてセバスは苦笑し、コーキルネイファの身体を抱え上げた。
 何も言わず、ただ黙って頭を下げ……コーキルネイファの身体を背に乗せた馬の手綱を手に、河の中へ……彼らが自軍へと戻っていくのを見送ってから、海燕もその場に背を向けた。
 
 結局、このテラ河を挟んでにらみ合った両軍はそのまま退くことになる。
 功名に駆られて先に退いたヴァルファの軍を追撃した部隊は全滅の憂き目にあったが……大きな被害もなく、この戦いは幕を閉じた。
 国境を越えることなくプロキア領内へと姿を消したヴァルファがどこへ行ったのか……ドルファンがプロキア領内を調査するわけにもいかないため、プロキア側からの情報、もしくは商人など、民間の情報たよりになるのだが、いずれもヴァルファの所在は不明という答えが返ってくるのみである。
 もちろん、ドルファンとしては国境警備隊および、哨戒部隊を増強してヴァルファに対する警戒を続けることになる。
 
 さて……ヴァルファというより、コーキルネイファがどうなったかというと。
「…う」
「おお、気がつかれましたか、若」
「……どこだ、ここは?」
「まあ、プロキアですかな…」
「部隊は、戦いは…痛っ…たた…ってーっ!?」
「にらみ合いのまま終わりました…部隊は、ヴァルファを抜け…めいめいが自分の行き先を目指して旅立ちましたよ。みな、若によろしくと言っておりました」
 と、セバスは腹を押さえて呻いているコーキルネイファに対して心配する素振りも見せずに、カップを差し出した。
「そっか……負けたんだな、俺は…」
「負けましたなあ、若は」
「負けたかあ…」
 カップを受け取り、それを飲み干して……コーキルネイファは再び横になった。
「くっそ…負けたのかぁ…」
「ですが、若は生きております…本当の意味でまだ、負けてはいませんな」
 5分、10分と……穏やかに時は過ぎ、コーキルネイファが口を開いた。
「……セバス」
「なんですかな」
「俺、ずっと納得できなかったんだ……軍団長や、ミーヒルビスのおっさんが、今度の戦いに、俺たちやセイルの兄ちゃんが関係ないって言ったことを」
「……」
「ずっと一緒にやってきて…それはねえだろうって言うかさ……戦うなら数が多い方が…強い方がいいに決まってるのに…」
「勝ちにも色々あるのですよ、若……負けにも色々あるように」
「……わかんねえよ」
「それはそうでしょう…若が負けたのは初めてですからな」
 何か言いたげにセバスを見て……だが、口元まで出かかった言葉を呑みこんで、コーキルネイファは、ぽつりと呟いた。
「……強かったな、あいつ」
「まあ、ヨハン殿を倒したほどの男ですから」
「俺だって、本気でやったらヨハンのおっさんには負けねえ…今なら、もっとだ」
「さあ、それはヨハン殿もそう思っていたかも知れませんし…あの時より強くなっているのは自分も同じだと、あの男も言うでしょうな」
「……いわねえよ」
「は?」
「……あいつ、多分、そういうことは言わねえ……多分…だけど、絶対だ」
 セバスはちょっと微笑んで。
「若も、剣で人を知ることが出来るようになられましたか」
「難しいことはわかんねえっていつも言ってるだろ……なんとなく、そんな気がした…そう、思っただけだ」
 コーキルネイファは、ごろんとセバスに背を向けて。
「あいつ…なんか言ってたか?」
「さて…私は若の身体を抱えて、逃げるので精一杯でしたから」
「嘘つけっ…あいつ、俺のこと…ガキだって…ガキは殺さないって…くそっ…」
「馬鹿にされた…そう思いますか?」
「そういうわけじゃ…ねえけどよ……あいつ…多分、俺のこと…勘違いしてるんだ。俺は確かに、こんな外見だけど…」
 コーキルネイファはちょっと黙り込み……腹を手で押さえながら、身体を起こした。
「セバス、なんか食うもんねえか?なかったら別にいいけどよ」
「まあ、若は2日ほど気を失ってましたからな……」
「……みんな、もう行っちまったか」
「ヴァルファから離れた以上、集団で移動するわけにもいきませんでしたので…若に代わって、私がみなを散らせました…申し訳ありません」
「みんな…笑ってたか?」
「そうですな…故郷に帰るという者、どこかで傭兵を続けるという者…どこか寂しげに、でも笑って……若に泣かれずにすんだのは良かった、と」
「な、なんで俺が泣くんだっ!?」
「みなとの別れを前にして…我慢できましたかな?」
「……」
「……」
「……セバス、お前はこれからどうするんだ?」
「おや、随分と察しが良くなりましたな、若は」
「……」
「そうですな……故郷のボルキアは、ハンガリアなどというけったくそ悪い名前の国になってしまいましたし」
「俺は大丈夫だ」
「若…」
「俺は…大丈夫だ…から…セバスも…」
「あ、あぁあぁ…やはり泣かれるではありませんか、若は…」
「セバスは、家族のようなじゃなくて、家族じゃねえか…家族との別れで泣いて何が悪いっ!?」
「……っ…と」
 セバスが慌てて背を向ける。
「隠すな」
「いや、しかし…」
「セバスが泣いてくれて、俺は嬉しいぞ……セバスも、俺のことを家族だと思ってくれているからだろ…」
「……ハンガリアに、墓がございます。残された余生、それを守って生きてゆこうかと…思って…」
「そうか…セバスはもう60だもんな…」
「私のことはともかく…それで、若は…?」
 コーキルネイファは黙り込み……セバスも、答えを急かすことなく見守って。
 やがて、ぽつりと。
「……ドルファンへ行く」
「なんですと?」
「違う…ドルファンじゃなくて、あいつだ。あいつは、今、ドルファンにいるんだろ……俺のことさんざん馬鹿にしやがって……」
「……また、負けますぞ」
「だから違うって言ってるだろ…その、あれだ…どういうやつか、みてやるんだよ…それで、あれだ…今度は俺が、あいつを馬鹿にしてやるんだよ」
 セバスが、ため息をつき。
「しかし、若…ドルファンに行くといわれても」
「ゼールビスも、ライズも、セイルの兄ちゃんもライナノール姉ちゃんも平気で出入りしてるじゃねえか…なんとかなるだろ」
「……」
「……」
 セバスは再びため息をつき……孫を見る爺のように優しい目を向け。
「まあ、色々と学んでください、若…何をやろうとと、若の人生ですからな」
「セバス……俺がドルファンに行くのは、今すぐじゃないぞ」
「……それは、まあ…その方が」
「セバスと一緒に、セバスの故郷に行く……セバスが守るって言う墓を、俺にも見せてくれ」
「……若」
「俺も、セバスの年まで生きてたら…セバスの墓を守って生きる……そして、死んだらセバスの墓の隣に埋めてもらう」
「……」
「……め、迷惑だったら、やめるけどさ」
「……」
「……セバス?」
「……」
「なんだよ……セバス、どこかケガでもしてるのか…大丈夫なのか、なあ、おいってば…?」
 コーキルネイファの言葉に対し、顔を手で覆ったまま、セバスは首を振り続けた…。
 
 そして海燕は。
 
「ヴァルファ8騎将の1人を倒しておきながら、何故首を取らなかったっ!?」
 などと、傭兵部隊を監視する立場の騎士に詰問されていたり。
「ガキだったからな」
「何?」
「戦場で非戦闘員を殺すのは、ドルファンの軍法で固く戒められていることだろう。非戦闘員といえば、女子供を指す」
「……」
「あいつはガキだった…だから尻を叩いただけで許してやったのさ」
「くっ、くくくっ」
 詰問と言っても、周りを傭兵に囲まれた中、騎士3人が海燕を前に声を荒げているのである……グレッグが耐えかねたように笑い声をあげると、それは傭兵全体に広がった。
「何がおかしいっ!?」
 と、声を荒げた騎士の背後に、いつの間にやらジェフが忍び寄っていて。
「5月の戦いで、海燕はヴァルファ8騎将の1人である不動のボランキオを討ち取った……覚えているか?」
 と、ナイフを首元に当てた。
「そ、それがどうした…?」
「ヴァルファ8騎将といえば賞金首のはずなのに、海燕には何も渡さなかったそうじゃねえか」
「そ、それは…俺の知ったことでは…」
「金が全てとは言わないがな……あんたら騎士連中と同じだけ働いても給金は安い、戦功は認めてもらえない……俺たちゃ、何のために戦ってんだ?」
「せ、戦功を上げれば…いずれ騎士として…」
「もう、誰も信じちゃいねえよ、そんな話…」
 気がつけば、他の騎士2人の背後にも、傭兵がぴたりと張り付いていて。
「街を歩けば石を投げられる、物は買えない……そのあたり、どうにかしてから、えらそうな口を利きな」
「ジェフ」
「……優しすぎるぜ、お前は」
 舌打ちし、ジェフがナイフをひいた……と、他の2人もそれにならう。
「き、貴様ら、こんな事をしてただで…」
 と、今度は海燕が剣を抜き。
「俺はジェフが言うように優しいわけじゃない…死体を片付けるのが面倒なだけだ」
「……」
「……」
「す、すまなかった…剣をひいてくれ」
「そうか…まあ、好きに報告しろ」
 
 騎士3人を追い払った後、グレッグ、ジェフ、海燕の3人は集まって。
「ジェフ」
「何だ?」
「やばいのか?」
「……この前の、女学生に暴行した事件の後は特にな」
「さっきのが、冗談ではなくなるか」
「つーか、ジェフよ……海燕の下にいる連中は、いずれは騎士に…なんて甘ちゃんがいるんだぜ、さっきのはねえだろ」
「悪かった…が、あの程度のガス抜きは必要だったと思う」
「街の人間の対応はともかく…俺は、戦場で剣を抱えて眠る…みたいな暮らしをずっと続けてきたから、待遇が悪いと言われても、あまりピンと来ないんだが」
 という、海燕の言葉にグレッグとジェフは渋い表情を浮かべて。
「俺は東洋圏には行かない」
「俺も」
「ふむ、そんなもんか……」
「と、いうか……戦場で金を稼いで、しばらく遊んで暮らす……その繰り返しを続けてきた連中にとって、これほど長期にわたって規則的な生活を強いられることに我慢がならなくなってきてるのさ」
「なるほど…」
「まあ、この国にきた直後なら何でもないんだろうが……いろんな意味でたまってるって事さ」
「そうか…俺はどうやらそのあたりに疎いようだ、すまない」
 と、海燕は素直に、グレッグとジェフの2人に頭を下げた。
「……また誰かが、この前の馬鹿みたいなことをやらかすと、本気でまずいと俺は思う」
「戦争が何ヶ月に一回じゃ、なあ…基本血の気の多い連中だし」
 などと、今後について語り合うも……自分たちでどうにか出来るはずもなく。
「さっさと戦争が終わって、この国とおさらばできれば話が早いんだがな…」
 ため息混じりに呟いたジェフの言葉が、真実にもっとも近いのか。
「……どうした、海燕?」
「いや、ちょっとな…」
 今更ながら、海燕はあらためて疑問を抱いたのだ。
 第一次傭兵徴募……第二次、第三次と違って、何故、3年という契約だったのか。
 傭兵ではなく、どこかの国が紛れ込ませた人間ではないか……と、海燕が目をつけていた連中は、既にもういない。
 だが、3年という期間を定めたのはドルファンで……だとすると、ドルファンにとって必要な人間が、傭兵の中に紛れ込んでいる…とは思えないか。
「わからん…な」
 
 D27年も、残すところ3週間……。
 来年に思いをはせるのではなく、年末をどう乗り切るかに意識を向ける……ドルファンの国内状況は、前年のそれより確実に悪化を続けていた…。
 
 
続く。
 
 
 ちょっぴり、ぎゅっと濃縮果汁気味……1話で4ヶ月近く進めちゃいました。(笑)
 いや、まあ、ちょっと割愛したイベントの影響が後で出てくる覚悟は決めました……何はともあれ、これを書いてると、某森先生の『私、今生きとる』と名言が頭をよぎる事この上ないです。そろそろ、『あれ、こんな話だったっけ?』などと首をかしげて、『久しぶりにプレイしてみるか』などと、再プレイを始める読み手が出てくれば幸いです。
 
 と、いうわけで、ピコに続いてライズが姿を消しました。(笑)
 ライズ大好きな、知人の電話はしばらく無視しようと思ってます……いや、ちゃんとパワーアップして帰ってくるから。
 とりあえず、『報酬…?』と、どこかうつろに呟くライズの姿を想像して、ハートキャッチされてると幸いです。
 まあ、ライズの護衛については……多分、バレバレでしょう。もちろん、護衛が、主な任務というわけではありませんが……それとは別に、ルーナが何を考えてあの情報を海燕に託したのか……あたりは、現時点における深読みを楽しんで頂きたい。
 もう、好き勝手やってるように見えますが、世界状況そのものは、原作に忠実です……いやあ、ヘルシオ公の行動怪しすぎですね。
 傭兵3人による、女学生への暴行は原作通りですし、トルクによる投石事件も…外国人寄宿舎施設を、傭兵宿舎と解釈すれば、完全に原作通りです。このあたりの設定、ゲームプレイとして伝わってこないのは惜しいな…と。
 
 と、いうわけで……スパン・コーキルネイファ。
 原作では、あっさりやられて、背景もなく、しかもちょっとおばか風味で……いい戦いは、いい相手がいて生まれると思うので、せっせと背景を捏造。
 原作では、ヴァルファ8騎将の最年少……となってるため、ライズより年下なのか……ふーん、でもな、ちょっと変更。
 ボルキア難民という設定にして、ライズよりちょっと年上……いや、ハンガリアを追われたネクセラリアがヴァルファに……あたりでつながりが出来そうだ、と。
 というわけで、コーキルネイファを見守るセバス……当然、執事のセバス(ちゃん)がイメージ。ここ、2重の意味で笑える人は、コーキルネイファの背景に、ピンと来るかも知れません。
 さて、原作におけるコーキルネイファの必殺技をどうしよう……最初に浮かんだのはエレキテルなのですが、なんというかギャグにしかならないような気がして。
 これはもう、無邪気な天才にしてしまうしかないか……と。
 無邪気で残酷で…でも、子供のように素直な親愛の感情に溢れて……まあ、そのためにも、セバスは必要だった、うん……つーか、こいつも後で登場します。
 前も言った気がしますが、一騎打ちで倒されなかった8騎将はのその後登場しないけど、どこへ行ったのか……が、サブテーマでもありますので、そのためにも背景が必要なのです。
 
 シンラギククルフォン。
 高任の中で設定は出来てますが、この物語の中では多くは語られません。
 ちなみに今、ライズはシンラギの虎の穴で特訓中……寝言は『海燕、殺す』で。(笑)
 いや、軽い冗談ですが。
 
 ゲルタニアの政変動向。
 原作にほぼ忠実。
 ゲルト人ってのがウイークリーに出てくるのですが、これがゲルタニアという国名の由来に関わる民族とすると、新政権は、ゲルタニアにおいてトルク…トルキア人優遇政策を打ち出すわけです。
 とすると、ゲルタニアの人口比率は、トルキア人が高いはず…?
 ゲルタニアが王制から共和制に移行してから、おそらくは十数年……トルキア帝国時代からの変遷に、なにやら色々とドラマがありそうですね。
 ゲーム原作者と、そのあたり語り合えるものなら語り合ってみたいものです。
 個人的には……というか、高任は世界史についてはあまり詳しくないので、なんとなく19世紀末の民族主義が出てきたイスタンブールあたりがあるいはモデルになってるのかな、という気がしてます。20世紀はじめ…第一次世界大戦後のローザンヌ条約の調印による住民交換からもわかるように、純粋トルコ人よりも、非トルコ系が多い人口構成で、海運がらみでギリシャ人が多かったとか。ただ、あまり民族問題を前面に押し出すと、これは19世紀に意識が引っ張られてしまうので、色々と目をつぶって、無理矢理12〜16世紀に意識を押しやってますが。(笑)
 
 王女というか、プリム。
 高任の趣味です。
 ええ、『あのクソアマ、ぶっ殺してやる』なんて事は口にしません……そう、心の中で思うだけ。この春、ティーナと入れ替わりというわけでもありませんが、メイドの補充みたいな……とすると、プリムは15歳か18歳じゃなきゃ…原作外見的には、15〜16歳設定で行きたいところ。
 祖母のレイス・ローズバンクにたたき込まれた、メイド心得を胸に、ドルファン王家に忠誠を尽くす……かどうかは、今後のお楽しみということで。
 
 では、合い言葉は『え、原作に忠実ですよ、この話』で、お願いします。

前のページに戻る