D28年3月…。
ドルファンという国は、三角形を逆さにしたような形状になっており……ドルファン首都城塞は、その逆さにした三角形の頂点に位置して、マルタギニア湾に突き出す感じとなっている。
それはつまり、少しこぎ出せばすぐに潮流に乗れるという地形的な利点も加わって、ドルファン港が良港といわれるゆえんにもなっているわけだが。
さて、ドルファン港から西へいくと、外海に続くマルタギニア外湾と呼ばれる海域であり、東に行くと、マルタギニア内湾と呼ばれる海域となる。
マルタギニア内湾は、島が点在していて……大型船にとって航行が多少不自由になるが、漁師達にとっては良い漁場が方々に得られ、当然漁業が盛んな地域となっていた。
さて、国境近くというわけではないが、ドルファンの首都よりもゲルタニアとの国境の方が近いという位置にある小さな漁村から、2人の……というか彼らは親子なのだが、漁師が海へ出ようとしていた。
親の方は既に老人であり、息子は40を越えたばかりか……潮に焼けたその顔から年齢を推測するのは少し難しい。
祖父、曾祖父と、ずっと昔から海で生きて来たわけだが、孫は数年前にそろって村を飛び出てしまい、便りもない。
「海に顔向けできねえような生き方をするんでなきゃ、構わん」
村を出て行く前に、祖父と父親に言われた言葉は、まだ彼らの胸に残っているかどうか……母親は、数年経ってようやく、泣き言を言うのをやめた。
いや、1人の時にはまだ続けているのかも知れないが。
「……どうした、親父?」
船の舳先でじっと海を眺めている老人に、息子が櫓を使いながら声をかける。
ぎっ、ぎっ、ぎっ…。
何度、櫓の音を聞いただろうか……息子が答えを諦めた頃、老人がようやく口を開いた。
「今年は…良くねえ」
年の移り変わり、いわゆる暦の存在を知らないわけではないが、生粋の漁師であるこの親子にとって、この春先の漁から1年は始まる。
「良くねえ?」
「ああ…良くねえ」
息子はちょっと眉をひそめて…空を、いや、風を見る。
「夏が短いのは、今年に限ったわけでもねえだろ…」
2人の感覚として、今年は春が遅かった……1年の移り変わりは、いつだって、1年の移り変わりでしかなく、春が遅くても秋はやってくる。
だとすれば、夏がいつもより短くなるのは、子供でもわかる道理だ。
もちろん、魚が海から全くいなくなるわけはない。
暑い年、寒い年、魚は、ただ居場所を変えるだけで……その変化によって漁の場所を変えるのが、漁師というものであると、固く信じていた老人が言うのだ、『今年は良くねえ』と。
「夏が短いだけではねえだ…」
と、老人は、腕を伸ばして海水をすくい……ぺろりとそれを舐めた。
「……水の味がまるで違う」
「……」
「遠出しても、魚はいねえぞ……少なくとも、こんな船でいけるとこじゃ、漁にならねえ」
老人は、空を見上げ……風の動きを見つめてから。
「おめえは、覚えてねえか?」
「何を?」
親子とはいえ、老人の常といってしまえばそれまでだが、こんな風に話が不意に飛ぶ。
これに苦もなくついて行けたのは、老人の妻であり、男の母親だけだったが、何年か前に他界した。
「雪だ…おめえが、子供の頃、降っただろ…この水の味は、あの年とそっくりだ」
「雪…?」
漁師と言うより、海に生きる者として、いろんな人間と出会う……それは、様々な価値観と出会うということだ。
書物を読まなくとも、実物を見て無くても、雪がどういうものかは知っている。
「覚えてねえ…積もったか?」
「ばか、積もるワケねえ…ちらついただけだ」
老人は目を閉じた。
「……あの時は、生まれてくる子を諦めなきゃなんなかっただ…」
老人の呟きに、息子はようやく、おぼろげながらも父親のいう『あの年』の記憶を甦らせつつあった。
弟か妹、それが生まれる……と、頭を撫でながら話してくれた母親の微笑み。
あれは、生まれずに流れてしまったのではなく、生まれた後に流してしまったのか。
ぎっ、ぎっ、ぎっ…。
思考を巡らせても、櫓をこぐ動きは変わらない。
「このあたりの仲間ば、集めて……向こうと、渡りをつける準備、しておけ」
「……」
「漁と一緒だ…小麦、大豆……どこもかしこもダメって事はねえ…ダメなとこがあれば、ちゃんと良いとこ、良いとまではいかなくとも、マシなとこもある……あの年は、向こうがマシだった…」
わざわざみなまで説明させるな…と言いたげに、老人は息子に背を向けた。
「その代わり、向こうが困ってるとき…絶対に助けてやれ…漁師は海で生きるもんだ。海で生きる人間はみんな仲間だ…忘れんな」
「ああ、わかった…親父」
父から子へ。
父親が今自分に伝えたように、祖父もまた父親に伝えたのだろう…そうやって、ずっと海で生きると言うことを伝えてきた。
ぎっ、ぎっ、ぎっ…。
櫓をこぐ音に紛れて…小さく。
「俺は…どうする…」
伝えるべき子供がいなければ……海で親を亡くした子供、もしくは誰にも伝えてもらえなかった誰かに伝えるということになるだろう。
誰かに伝えられたからには、誰かに伝えなければいけない…人が生きるということは、そういうことだ。
6歳の時、初めて木剣を持たされた……相手は、木の枝を持った母親だった。
あれから10年以上経ち、今自分が手にしている武器はもちろん、場所も、雰囲気も、相手も違うのに、何故こんな事を思い出してしまうのか。
「ふっ」
踏み込む……その早さだけで、相手の顔に緊張が走る。
自分の踏み込みの速さ、それを相手は十分に知っているはずで……追撃しようとする衝動を押し殺して、新たに踏み込むことはせずに、腕の力だけで薙いだ。
当然避わされる……が、ライズが自分の誘いには乗らず、反対にライズの誘いに自分が乗ってしまった事を理解したまま、決して届かない攻撃が、ライズの目の前を通り過ぎていく。
「はっ」
反撃に注意しつつ踏み込む。そこは、自分だけの距離。
「ぅぐっ」
剣の柄で腹部をつかれて、男はよろめいた後……吐いた。
吐く物がなくなるのを待ってから、話しかける。
「……私の勝ちね」
「……そのようだ」
男は顔をしかめて腹をさすり……立ち上がった。
『私の勝ち』と口にしたモノの、勝敗という形式にあまり意味が無いことをライズ自身は理解している。
本当の命のやりとりに、次はないのだ……今自分が受けている訓練は、経験を積む事が目的なのである。
「やれやれ……もう少し粘ってみたかったが……合格だ、ライズ」
この男の口からそれを聞くのは初めてだったが……既に自分が見せられるモノは全て見せたという意味なのであろう。
まあ、それはそれとして…。
「……まだ、次があるの?」
「訓練には、ある程度達成感が必要だからな」
「この半年で、何回『合格』の言葉を聞いたと思ってるの?」
自分がここにいる経緯は抜きにして、自分が強くなっていくという実感は、確かにライズの気持ちを惹きつけたのだが……さすがに、そろそろ飽きたというか、あれから半年あまり、こんな事をしている場合ではないという気持ちの方が強くなっている。
剣や弓、ナイフなどの武器の使い方に秀でた人間が数名、斧や戦槌といった重量武器に関しては、ライズが扱うのでなく、対峙したときにどう対処するかという意味で、これもまた数名……己の能力にそれなりの自負は持っていたモノの、見知らぬ技や、戦い方に触れることが出来たという意味で、ライズはこの半年でかなり濃い戦闘経験値を得たはずである。
もちろん、ライズが指導を受けたのは戦闘だけではなく、医学や薬草の知識をはじめとして、1人で生きていくのに有用と思われる知識などの分野に及んだ。
大抵の分野において、ライズは優秀な生徒だったはずだが……教える側も、優秀な生徒には慣れていたようである。
それは、本来彼らが選ばれた人間を指導する立場にあることを示していたが……やはり優秀な教師は、それほど融通が利くモノではないのだろう、ライズは時として村から村への移動を余技無くされた。
「……」
東洋圏のどのあたりなのかわからないが、ここから抜け出し、南欧に戻るまでどのぐらいかかるだろうかを、ライズは真剣に考え始めている。
ライズについた教師は、みなライズが理解できる言葉を使えたが(おそらく、その意味でも貴重な人材だっただろうが)、ライズ自身は、東洋圏内の地域で使われている言語そのものに関してほとんど知識がない。
母の故郷に近い東洋圏の西端……その近辺で使用されている言葉を多少解する程度である。
言葉も通じない、路銀もない……これはまあ、非常の手段を用いればどうにかなるが、路銀を手に入れたところで、言葉の通じる相手を見つけ、今自分がどこにいるかを知り、どこに行けば南欧に戻れるかを……まあ、考えただけで気が遠くなるのだが。
沈思していたライズは、背後に突然現れた気配に、一呼吸程度反応が遅れた。
懐かしい……とは思いたくもないが、それだけで、誰なのかわかってしまう程度には慣れてしまった男。
振り向くより早く、意志を込めて腕を振るった。
がつっ。
「……殺す気でしたよね、今の」
「悪い?」
「1ヶ月ぶりの再会を、喜んでくれても良いと思うんですが…」
ため息をつきながら、男は、ライズの左手首をきつく握りしめて、ナイフを取り落とさせた……ちなみに、ライズの右手には剣があり、直前で攻撃を阻まれている。
「と、いうか……いいかげんに、名前ぐらい教えなさい」
「ワンチャイです」
一瞬の間を置いて。
「…嫌がらせ?」
「半分は」
「……」
「まあ、私にとって名前は記号のようなモノですから」
グエン将軍、そして副将と同じくワンチャイと名乗った男は、そう言って薄く笑った。
「……」
「でも、こう考えると便利ですよ。グエン将軍や、副将の悪口を言いたいとき、いくらでもごまかせますからね」
「……貴方の悪口を、面と向かって言いたいときはどうすればいいのかしら?」
「そりゃ、私に面と向かって言ってくれれば」
「……私、貴方に従う義務はないわよね?」
「あれから半年も経ったって言うのに、今更何を」
「む、無理矢理にさらっておいてっ…」
あの後、目を覚ましたとき……ライズは船に乗せられていた。もちろん、逃げ道のない海の上。
これは些細なことだが、ライズの身体はきっちりと縛られていた……といっても、苦しいとか痛みがあるわけでなく、ただ身体の自由が完全に奪われていただけである。
「……っ!?」
「ああ、お目覚めですか」
「…っ?……っ!?」
あ、ちなみに、猿ぐつわが、装備済み。(笑)
「東洋圏は初めてですか?いいところですよ…東洋圏から帰ってきた西欧人の半分は諦めたようにそう言います」
「……っ!?……っ…っ!」
「ああ、残りの半分は、にこにこ笑いながらそう言って、一言付け加えますね『是非貴方も行くべきです』って」
「…っ…っ!?」
この時、ライズは海燕に対する怒りを忘れていた。(笑)
その代わり、目の前の男に対する殺意(以下略)。
「無理矢理さらったなんて、人聞きの悪い」
とんでもない、という風に手を振って。
「無理矢理保護しただけじゃないですか」
「……」
あの場所で自分がどういう立場にあったか……諭されて、それに気付かないライズではなかったから……しかし、男の言葉に対しては黙り込むことで抵抗した。
「何度も説明しましたが、あれはおそらく最高のタイミングだったんですよ」
「だからって」
「しかし、貴女はさらわれた」
「……?」
「シンラギは何を企んでいるのか、あの、ちょろちょろと目障りな東洋人傭兵は、シンラギの一味なのか、それとも無関係なのか…」
「……」
「シベリアが、何故ヴァルファバラハリアンに近づいたか……軍団長の正体そのものより、貴女の存在により強い理由があったと思いますね、私は」
「……わかってるわ」
「いや、まだわかってません」
と、男は即座に否定する。
「ドルファン王家の血筋をひく存在は、確かに利用価値がある……が、プリシラ王女しかり、貴女しかり、誰がどうやって言うことをきかせます?」
「……」
「力づくで、もしくは弱みを握る……貴女は、力づくに屈せず、死を選ぶでしょう。貴女は父親を追い出したドルファンという国に対して、憎悪と言うほどに激しくはないものの、嫌悪がある……ドルファン国民の命、はおそらく貴女の弱みになり得ない」
男はちょっと笑い。
「そこから先は、自分で考えて、海燕殿のものでも、私のものでもない、自分だけの答えを探し出してください」
「……」
「何も考えずに戦うのは、兵士の役割です……貴女は、父親の元を離れた瞬間、兵士であることを放棄した。言うなれば、貴女は、貴女1人だけの国を持ったのです……誰かの手を借りても構わない。ですが、最後は自分で考えて自分で決めるべきです」
男は、浮かべた笑いを少し変化させ。
「ただ、私が思うに、自分だけの答えは、真実である必要はないのですよ……あの人のように、深刻に考えすぎるのもどうかと思いますね」
「……貴方は兵士なの?それとも…」
「海燕殿は、兵士ではありませんね」
男と、ライスの視線が絡み合い。
「嫌な男ね…貴方」
「手強い敵は、いつも嫌われる…そうではありませんか?」
ひゅっ。
「……やっぱり、殺す気満々ですよね」
受け止めたナイフを、ライズに向かって軽く放りながら。
「…強さに対する尊敬を、無くしたつもりはないわ」
ナイフを受け取りつつ。
「それはつまり…」
男は言葉を切り、ちょっと笑って。
「まあ、いいです……そう、お待ちかねの実践を始めますよ」
「……実践?」
「はい」
「……」
「プロキアの状況は、ご存じですよね?」
ひゅっ。
かかっ、がつっ。
「こ、こんな言葉も通じない、東洋圏のどこかもわからない人里離れた場所に連れてきておいて、何をぬけぬけと…」
ぎりぎりぎり。
まさにお手本のようなつばぜり合い。
「貴女が巡ったのは、シンラギの特殊部隊を養成する村なんですけどね」
ただ、2人の『腕力』の差は、歴然としており……男は悠然と。
「東洋圏の各地に、こういった村がありまして……まあ、シンラギの人間でも、全体を把握してるのはごく一握りでしてね」
男の左手の動き、それをライズは見逃さなかったが…。
「い、今のは…」
「言ったでしょう…貴女は、海燕殿から預かった、大事な大事な『お客様』だって…」
「……」
「お目覚めですか?」
「……今度は、縛られなかったのね」
「お望みとあらば…」
などと、男があらかじめ用意していたのであろうロープを取り出してみせたので、自分の反応はそんなに読まれやすいのだろうかと反省しつつ。
「結構よ…」
と、ライズは自分の身体の具合をチェックし……どうやら、それほど長い期間眠らされていたわけではなさそうだとあたりをつけた。
途中で2度ほど目覚めかけたというか、水というか、スープのようなモノを飲まされた記憶がおぼろげにある……それも含めて、精々、3日というところだろう。
「で、ここはどこ?」
やや皮肉な口調で、ライズが問いかけると、さらりと答えが返ってきた。
「プロキアです」
「へえ、プロキ……プロキアっ!?」
東洋圏から、南欧の、しかも内陸にあるプロキアまでどれだけの距離が…。
一瞬の驚愕から立ち直り、ライズは男の……偽名なのであろうが、ワンチャイの目を見つめた。
最初の村……そこは、ほぼ間違いなく東洋圏だったはずだ。
わざと、そういう情報をライズに示したのなら話は別だが……2度、3度と、身体だけ移動を繰り返すうちに、ごく自然に自分は東洋圏のあちこちを移動させられていると思い込んでいたわけだが。
自分の間抜けさを自覚しつつ、ライズは敢えてそれを口にした。
「あそこ…私が最後にいた村って、本当に東洋圏だったのかしら?」
「世界は意外と狭いものですし、西欧人が思っているよりも、東洋圏は広いんです」
「……」
「……」
「……そういうことにしといてあげるわ」
「やだな、そんな恩着せがましい言い方。事実なんですからね、今のは」
疑ってくれと言わんばかりに、男が肩をすくめた……が、ライズは相手にしない。
最初にライズが見抜いたとおり、男が、ただの隊長の1人であるわけはなかった。
海燕とは別の意味で、雰囲気と能力がそぐわないというか……この男は、間違いなく深い闇の中の住人であることが良くわかる。
最初の一ヶ月を抜きにすれば、別の村に移動する必要があるときだけ男は現れ、そしてまた去っていった。
じゃあ男はその間どこにいたのか……というと、当然南欧地域にいたに違いないのだ。
何故、今になるまでそれに気付かないのか……と、ライズは言いようのない怒りに胸を振るわせ、それを吹っ切る為に別の話題を口にした。
「それで、実践って…いえ、私は何をすればいいの?」
「ああ、特に難しいことはありません……貴女は、ただちゃんと見てください」
「……?」
「これから私と共に、目の前で起こることをしっかりと見て、聞いて、ちゃんと海燕殿に伝えてください」
何が起こるの…という言葉をライズは呑みこむしかなかった。
そんなライズに向かって、男はわざわざ余計な一言を付け加える。
「あ、いざというとき、自分の身はちゃんと守ってくださいね」
プロキア南東部。
ドルファンのダナン地方と接しており、カール・イエルグ伯が統治する一帯がそう呼ばれる。
プロキアの首都から、南東部へといたる道筋……南東部の入り口にあたる位置に、グローニュという都市があった。
昨年……ドルファンで言うところの、D27年の6月に独立を宣言したカールイエルグ伯に対し、先の盟主に対してクーデターを起こしてその地位を乗っ取ったヘルシオ公は、それを認めなかった。
その直後の7月の戦闘、そしてヴァルファ単独による、11月の小競り合い以降……両者の戦線は膠着したままである。
いや、膠着もなにも……内乱の余波が今になって訪れたと言うべきか、ヘルシオ公が、東南部制圧に、全力を注ぎ込む状況にない、というのが実情だ。
しかも、カール・イエルグ伯は、自分の領内にシンラギククルフォンの軍を駐屯させており……武門の誉れ高いイエルグ家に対し、全力で戦って勝てるかどうか、たとえ勝ったとしても大きな傷を負うことは明白。
それは、隣国ハンガリアはもちろん、近年とみに領土欲を示しているゲルタニアにとっては、目の前に投げられる餌に等しいであろう。
戦って勝つ……だけではなく、周辺諸国に隙を見せない勝利が絶対条件なのである。
もちろん、これはプロキアに限ったことではない。
国同士1対1の戦いなど稀であり、大抵は、周辺諸国の動向を窺いつつ、時には手を握りあい、牙を研ぎ続け……その力を思う存分にふるえる瞬間を待つ。
そして、このままではらちがあかないと判断したのはどちらか、あるいは両者か。
ヘルシオ公の方から、話し合いの場を持つ意志があることを伝え、イエルグ伯はそれを承諾した。
話し合いの場は、その南東部入り口の都市であるグローニュと決定……ライズが、プロキアに連れてこられたのは、ちょうどその時期である。
話し合いの初日は、両者から代理人が出され……まあ、予想通りだが終始平行線をたどって何も決まらなかった。
それはそうだろう、イエルグ伯は独立を訴えているし、ヘルシオ公はプロキアという国そのものが危うくなるそんな要求をのめるはずがない。
領地を治める貴族が寄り集まって、1人の盟主を決め、それに従うことで成立しているのが、プロキアという国である。
プロキアという国を形成する貴族の数は、大小合わせて百を数える……それらがばらばらになれば、より大きな周辺の力によって食われるだけだ。
ヘルシオ公は、『何故それがわからない?』と訴え、イエルグ伯は『もはや貴殿を盟主とは認められない。独立独歩の道を歩むのみ』と突っぱねるだけ。
文句があればかかってこい……と、ある意味潔いというか、小気味よいとも言える態度なのだが。
はてさて、『独立』を求めるイエルグ伯のそれに嘘はないにしても……独立した後、イエルグ伯は、何をするつもりなのか。
少なくとも、どういうビジョンを描いているのか。
あるいは、ただ、何者かにそそのかされているだけなのか。
それは……ドルファンという国に執拗に戦いを仕掛けるヴァルファバラハリアンにも似て……目的はともかく、その後何をしたいのか……が、周囲に伝わってこないのだ。
目的が周囲に伝わらない以上、心憎からず思っている人間も、協力を申し出ることは難しい。
無論、裏では様々な働きかけを施しているのではあろうが。
「『カール・イエルグ伯は暗殺される可能性が高い。シンラギには名を惜しんで欲しい』……それが、海燕の伝言だったわ」
「半年前、しかもドルファンから動くことなく……恐ろしいまでの読みですね」
「そうね…」
と、ライズは頷き。
「ただ、ヴァルファの動きさえ読めれば、ヘルシオ公とイエルグ伯の戦いが膠着することは目に見えてたはず……早く決着をつけたいのはヘルシオ公の方で、イエルグ伯は、事態の推移を見守り、状況が変わるのを待つ事が出来る」
もちろん、事態の推移が不利になる可能性も当然あるが、極端な話、そのまま自分自身をドルファンに売るという逃げ道もある。
ダナンに自治権が認められていたように、新たなプロキアとの国境線を守る盾として、その程度の便宜は認められるはず。
同時に、ダナンは国境を守るという価値が低下……それはそのまま、ベルシス卿の地位低下を示し、ベルシス卿と仲が悪いと見られるピクシス卿に働きかければ、さほど難しくない話のように思われる。
ライズは……ワンチャイの目を見つめ。
「『名を惜しめ』ってことは、暗殺を実行するのが、シンラギって事になるけど」
「私は何も言いません…貴女が見て、聞いて、考えるんです」
イエルグ伯に雇われたはずのシンラギが、イエルグ伯を暗殺する……だとすると、昨年5月以降のシンラギの動きは、全てヘルシオ公との契約に基づいたモノだと言うことで。
今一度、ライズはワンチャイを見た。
シンラギが暗殺を実行するとしたら、それは『誰が』実行することになるのか。
「まさか、貴方…」
ライズが何を考えたのかわかったのだろう、男はちょっと笑い。
「だとしたら、止めますか?」
「……」
「いつ、どのようにして、貴女は、私を、止めますか?」
「……?」
微かに、ライズの顔に困惑が浮かぶ。
「考えてください。これを止めるとどうなるか。どのようにして止めれば、誰が傷つき、誰が得をするか。貴女が得をさせたいのは誰なのか、あるいは、損をさせたいのは誰なのか」
ライズは、男を見つめ続け。
「海燕は…『シンラギには、名を惜しんで欲しい』そう言ったわ」
「それも、1つの答えでしょう…貴女が考えることを放棄したのでなければ」
「……」
黙り込むライズ。
「しかし、名を惜しむ、ですか……いい言葉ですね」
男は、笑って。
「その手で、数限りない命を屠り、数多くの裏切りと策略を目の当たりにしてなお、そうした言葉を本気で口に出来る……私は、そういう海燕殿が大好きなんですよ……そして多分、グエン将軍も」
「でも…」
どこか遠慮がちのライズの言葉に、男は頷いて。
「それとこれとは、別です」
「ええ、わかってるつもりよ」
「我々が名を惜しんでも、彼らはそろって我々に汚名を着せようとする」
「……?」
「じきにわかります…彼らの…というか、ヘルシオ公のやり口がね」
話し合いの2日目……代理人ではなく、直接の対談。
「カイル、お前は残れ……というより、今すぐハーベンに向けてたて。目立たぬように、な」
カール・イエルグ伯の長男、カイル・イエルグは、軍での暮らしが長く、余計なことを口にしない習慣がついている……にもかかわらず、目の動きで父親に理由を求めた。
「ワシとお前、2人そろって現れたら、ヘルシオめ、手を打って喜ぶぞ」
父親の言葉の意味を理解したのか。
「なら、父上ではなく、俺が」
「そういうわけにいかんのだ……奴に口実を与える」
「だったら、こっちが先に…」
「いかん」
カールは首を振った。
「名より実、というがな……長い目で見れば、名の方が得なのだ、特に、人の上に立つ人間の場合はな」
「殺されたら、長い目も何も…」
「確かにな、ワシは終わる」
「……父上」
「だが、それを望もうと望むまいと、人はいつか終わる」
カールは口元に笑みを浮かべ。
「人に限らず、家はいつか絶える、国は滅ぶ……まあ、年寄りの言うことだ、まだお前が理解する必要はない」
「……っ」
父親の言いたいことは理解できずとも、父親が何をやろうとしているか……それが、痛いほどにわかって。
「ヘルシオが聞けば、鼻で笑うだろうがな……ワシは、父が、祖父が、曾祖父が治めてきて、お前が生まれ育ち、今、孫が育ちつつある故郷を愛しているのだよ」
「だったら」
「故郷は、常にプロキアと共にあった……多少のうぬぼれが許されるならば、イエルグ家が、プロキアを守る力となった時もあるだろう…だが、多分、プロキアという国そのものが我らを守る力となったことの方が多いに違いない」
カールは、ちょっと言葉を切り……そして笑った。
「そう思ったら、ワシはプロキアというこの国を愛するしかないだろう」
「……」
薄くなった頭を撫でて。
「少し綺麗事を、口にしすぎた……つまるところ、フィンセン公を盟主と仰いだプロキアには耐えられたが、ヘルシオを盟主と仰ぐこの国には耐えられんのだ、ワシは……」
「……ならば、話し合いなど無用でありましょう父上」
カイルの口調にぶれはない。
「1度引き返し、あらためてヘルシオ公に宣戦布告すればよいのです……勝ちではなく、ただヘルシオの首をとるだけなら、出来ないこともありますまい」
「それも考えた」
「では…」
「今、フィンセン公はどこにいる?」
「は?」
「ゲルタニアで新政権が発足したことは知っておろう。フィンセン公は、ゲルタニアに亡命中だぞ……政権が変わろうが、いや、以前よりひどくなったと見ているがな、ヴァン・トルキアへの介入だけでなく、プロキアはもちろん、ドルファンに対してもちょっかいを出そうとして爪を研いでおるわ」
「……」
「偶然かどうかはともかく、動けんのだ……先の内乱からようやく2年、ここでもう一つ本格的な内乱など起きれば、このプロキアという国がそれこそ消える……」
眉根にしわを寄せて。
「あるいは、ヘルシオでも、ゲルタニアでもないどこかの誰かが、ワシが暴発するのをじっと待っているやも知れんのだ……臆病と言われても、ワシは動けんし、動かん」
「浅慮でした…」
「よい、気にするな……この、動けないという状況を利用して、ヘルシオが好き勝手やっているのは事実だからの。腸がねじ切れるほどに口惜しいわ」
「……いわれてみれば、最近ハンガリアでは、旧ボルキアの名を掲げるテロが、続発していると聞きます」
「……トルキアは内乱、ハンガリアはテロ、ドルファンも、ピクシスの陰険野郎と、ベルシスのくそじじいの争いに加えて、ヴァルファも絡んだ戦争状態であるし……ゲルタニアをのぞけば、どこもかしこも身動きがとれんときた」
「逆を言えば、チャンスとも言えます」
「そうだ、誰にとっても…な」
父親は、息子の目を見て。
「ワシは、戦闘指揮でお前に勝るとは思わん……が、我らのチャンスは相手にとってもチャンスなのだ。くどく聞こえるかも知れんが、今一度心に刻んでおけ」
一瞬の間を置いて。
「こうして話せるのも、今日が最後かもしれんからな」
「……」
長くも、短くもない沈黙を経て。
「先の、フィンセン公に対する反乱もそうだったが、奴は口先でなんと言おうと、己の利だけを求めている……良いか、決戦は避けよ」
カールは、息子の肩に手を置き。
「ヘルシオは、じっと待つことができん男だ…それは、昔から変わらん。良いか、カイル…自分1人で決着をつけようなどと思うな、ただ耐えるのだ。こちらが耐えているウチに苦しくなって、ヘルシオはまた別の過ちを犯す……それを待て」
ぽんと肩を叩き……微笑む父親に。
「せ、せめて、護衛の兵を…」
息子の言葉に対して父親は首を振り。
「良いか、話し合う場を設ける意志があると言ってきたのはヘルシオだ……ワシはそれを愚直に守る。そうでなければ、ヘルシオの非を天下に問うことは出来ん」
一旦言葉を切り。
「そして、殺されるのは、イエルグ家当主のワシでなければならん」
「……」
「まあ、ヘルシオの考えているところは、こんなとこであろうな」
と、父親は口元を歪めて。
「ワシを殺されて、お前がすぐに報復の軍を出す……その背後から、シンラギの連中が牙をむく」
シンラギの裏切りを耳にしても…カイル・イエルグは顔色1つ変えなかった。
「ふむ、軍を把握することに関して、お前はやはり非凡だな」
と、父親は1つ頷き。
「いいか、良く聞け……『シンラギとはもう、話がついている』」
「え?」
と、息子の表情が動いた。
「お前の軍は大打撃を受け、本拠ハーベンに引っ込む……シンラギはそのまま、東洋に帰る…その後、ヘルシオは『これはすべてシンラギが仕組んで書いた筋書きであり、自分の意図ではない』と発表して、知らんぷりを決め込む」
「……」
「ふっふふ…」
父親は薄く笑って。
「ワシは、そこまで悪くはなれんな…」
「しかし、父上…それは…」
「シンラギは、ヘルシオに引き受けた仕事は果たす……それと同じように、ワシから引き受けた仕事も果たす……そういうことよ」
息子は、ただ父親の顔を見つめた。
「お前がハーベンに引っ込めば、シンラギは帰っていく。いいか、話はついているから、決して争うな、わかったな」
「……」
「どういう風に話がついているか、細かく説明をすると、お前の率いる軍から緊張感と動揺が失せる……お前は混乱を最小限に抑えつつ、ハーベンへと引き返して体勢を立て直す指揮官でいろ」
「……」
動かない息子の視線に、父親は苦笑を浮かべて。
「お前を非凡だと思うのは父親としてのワシの欲目かも知れぬ……何から何まで、ワシがお膳立てしてやらねばならぬなら、お前はヘルシオとやり合えん」
自分の死を、糧にしろ……ある種壮絶な父親の言葉に、期待と愛情を感じて、息子はようやくに、それを受け入れる事に決めたのだった。
「直接顔を合わせたところで、どこかで折り合えるとは思わんのだがな」
「最初から、そうケンカ腰では、まとまるモノもまとまらないと思わんか、イエルグ伯爵」
穏やかに笑って、ヘルシオ公はイエルグ伯を見つめた。
「そうやって微笑みながら、フィンセン公に牙をむくタイミングを窺っていたか?」
「……」
「いや、むしろヴァルファにはたらきかけ、隙そのものを演出したのであろう?」
ヘルシオ公の顔から笑みが消え……長いため息をついた。
「ゲーツ・フィンセン公は、残念ながら盟主の器ではなかった」
「それはワシも認めよう…だが、おぬしはどうだ?」
「……今になって文句をいうぐらいなら、あの時、ただちに兵を挙げるべきだったのではないかな?」
「ダナンにヴァルファがいた……トルキアには、シベリア軍もいた。あの状況で、ワシは動けん」
「つまり、イエルグ伯爵…貴方は、プロキアを守るために、私が盟主の座に座ることに異を唱えなかった」
「そうだ」
「では、何故今…プロキアを守るために、私に力を貸してくれない?」
「さて、な…」
イエルグ伯の座る椅子が、ぎしり、と音を立てた。
猜疑心の強い人間に対して、微かに含みを持たせた言動は良くも悪くも効果的だ。
ヘルシオ公は、既に結末が見えていながらも、イエルグ伯の理由を探ろうとする。
「どうした、殺らねば殺られるぞ…だが、この老いぼれの首をかききって、それですむと思うなよ」
「……死ぬ気か」
「おう、ワシは見事殺されて、おぬしが盟主の器をもっていないことを、天下にさらしてやるわ」
敢えてカードをさらす……ヘルシオ公の性格を読んだ上での、計算された挑発。
ヘルシオ公はちょっと笑い。
「イエルグ伯爵……確かに、カイル・イエルグには、才能があり、人望もある」
「……」
「だが、貴殿の息子は1人ではない」
「何が言いたい?」
「私には、2人の兄がいた……父が自慢する、優秀な兄達だったよ」
イエルグは、ヘルシオの2人の兄を知っていただけでなく、交友もあったから……頭で理解するよりも早く、それを悟った。
「そうか……『やはり』おぬし…」
「ははぁ」
ヘルシオの口が開いた。
どこか、寒気のする笑い。
「なるほど…『やはり』ずっと前から、疑ってはいたわけだ…」
「……ぬかったわ…こやつ」
自嘲気味に、イエルグは呟いた。
この期に及んでまだ、自分はヘルシオという男をどこかで信じようとしていた……それが、悪い方向に裏切られた事を、悟ったのである。
相手の裏を取ろうとする策は、逆に裏を取られると極端に脆いという宿命を自ら持っている。
自分がヘルシオに裏を取られたと悟りつつ、その半分しかわからないことにどうしようもない敗北感を覚える。
ヘルシオは立ち上がると……部屋の隅の、石で出来たテーブルの上に置かれていた花瓶を手に取った。
イエルグは、椅子に座ったまま、それをじっと見つめ。
「まさか、それで殴り殺す……とは言うまいな」
「いや、これは…こう、使う」
ヘルシオの手から、花瓶が落ちる。
がしゃーん。
思いの外、大きく響いたその音と同時に、完全武装の、おそらくはヘルシオの近衛兵が部屋の中になだれ込んでくる。
だがそれは、イエルグが予想していた光景であったが、予想以上ではない。
「……」
椅子に座ったまま、イエルグは考える。
「イエルグ伯、お覚悟…」
近衛兵が、そろって剣を抜いた。
それを振り下ろすのは1人か、それとも全員か。
剣を抜いた近衛兵ではなく、イエルグの目はヘルシオの姿を探して部屋の隅へ。
そこでようやく、全てを悟った。
「ヘルシオっ、貴様ぁっ!!」
怒号とほぼ同時に、突き上げるような衝撃に襲われてイエルグの意識は途絶えた。
グローニュ会談と呼ばれた、両者の話し合いに水を差したのは、テロ行為だった……と、後の歴史は語っている。
イエルグ伯をはじめ、対談の場にいた人間、後近衛兵が数名が、おそらくは仕掛けられていた爆弾によって命を失った。
なお、爆弾の仕掛けられた場所によるモノだろうが、部屋は中央から入り口にかけて破壊されており、その点近衛兵にとっては不運だったと言えるが、反対にヘルシオ公は幸運に恵まれた。
破壊の程度が少ない部屋の側にいたこと、さらに分厚い石で出来たテーブルによって身体が守られたことなど……現場にいた人間の中で、唯一の生存者となったのだった。
遅れて現場に駆けつけた人間の手によって、テーブルの下から助け出されたヘルシオ公爵は、治療を受けながらイエルグ伯爵をはじめ、死んだ人間に対する哀しみと、このようなテロ行為に対する怒りを表明し、死者の魂を慰めるために、犯人を捕まえることを誓ったのである。
もちろん、イエルグ伯の息子、カイル・イエルグはそれを『ヘルシオ公の陰謀』だと言い立てて、軍事報復を宣言し、兵を挙げた。
そして、シンラギがそれを裏切った形で背後から襲撃、イエルグ軍は、本拠であるハーベンへの撤退を余儀なくされた……までは、ほぼ筋書き通りだったのだが。
撤退してきた軍に対し、ハーベンの城は、その門を固く閉ざして、受け入れようとはしなかったのである。
「カイル様、いくら呼びかけても、応答がありません」
「ふむ…」
カイルは小さく頷き……舌打ちをした。
「キリルだな」
「キリル様…ですか?」
「いきなり攻撃を仕掛けてこないところに、甘さがある……ヘルシオ公の手ではあるまい」
「しかし…」
「キリルの名を出して呼びかけ……いや、俺が行こう」
と、カイルは、周囲の制止の声を振り切って、城門へと近づき……顔を上げ、声を張り上げた。
「顔を出せ、キリルっ!」
「……」
「父を殺され、その涙も涸れぬウチから、兄弟ケンカを始めようというのかっ!この親不孝者がっ、恥を知れっ!」
ひゅっ。
「…っ」
城壁の上から降ってきた矢を、避けざまにつかみ取り……カイルは、それをへし折った。
「これが、お前の返事か……血を分けた兄への、これが、お前の返事だというのだなっ!」
息を吸い。
「我が父、カール・イエルグは、ヘルシオ公によって、謀殺されたっ!その喪も開けぬうちに、我ら兄弟が殺し合うのは、父の望むところでは無かろう……我らはここを去るが、みなの者、キリルを守ってやってくれ」
門に向かって一礼し、カイルは背を向けて歩き出した。
「よ、よろしいのですか…カイル様」
「よい…兄弟で争ったところで、ヘルシオを喜ばすだけだ」
「しかし…」
カイルは、ぎりっと音を立てて歯を噛んだ。
「…今になって、『動けぬ』と言った父上の気持ちが良くわかる」
「それにしても、何故こんな時にキリル様は…」
「こんな時だからだ……やはり、ヘルシオ公は、父上を殺す気でグローニュへと呼んだのだ、間違いない」
カイルは息を吐き。
「ハーベンに入れぬとすると……軍を1つに固めておくわけにはいかぬな」
政治的策謀はともかくとして、軍事行動に対してのカイルの判断力は、プロキア内では屈指と言える。
「…コーグ、カラード…」
攻めるに難く、守りに易い……かつ、連携が可能な拠点。
カイルは、信頼できる配下に指示を飛ばし、軍を3つに分ける事を決め……自らもその1つを率いて、ドルファンとの国境近くの小都市へと向かったのだった。
ヘルシオ公のもくろみは、全てとまでは言わずとも半ば達成されたわけだが……。
「……誰だ?」
闇の中、カイルの声が飛ぶ。
「変に大声を出さないあたり、なかなかに肝が据わってらっしゃる」
「気付くのが遅れた…そっちがその気なら、私の首はもはやつながっていない」
それ以上は口にする必要もあるまい、とカイルは闇に向かって笑いかけた。
「……イエルグ伯との約束の、確認に参りました」
「シンラギの手の者か…」
カイルは、息を吐き……闇の中の気配に向かって頭を下げた。
「見た目は派手だが、こちらにはほとんど……いや、ちょっとした負傷者をのぞいて、被害はなかった、礼を言う」
「そういう、約束でした…礼には及びません」
「明かりをつけるわけにはいかないのか…少し、落ち着かんのだ」
「申し訳ありません…私の顔を知らないことが、お互いのためと思いますので」
「そうか……して、父上との約束とは?私は、父上から争うな、としか聞いていないのだが」
「ヘルシオ公は、我らとの約束を反故にしました……よって、我らは、ヘルシオ公に報復いたします」
「……」
「貴方が望むのであれば、ヘルシオ公の首を取っても良い」
沈黙だけが支配する深い闇を…カイルの言葉が斬った。
「いや……私は、自分の手でヘルシオの首をねじ切ってやろうと思う」
「……」
「父の敵だからというわけでもなく、プロキアという国をまとめるためには、私自身がそれだけの力量を周囲に示す必要があるだろう」
「……そうですか、では、我らは、貴方の目的を生かしたまま報復いたします」
「…あ、すまぬが…キリルがどうしているか、知らないだろうか?」
「無事よ」
カイルはちょっと息を飲み。
「……2人、いたのか…」
くっくっ、と、カイルが自分自身に向けて小さく笑った。
「貴方の弟をその気にさせたのは、2人の側近ね……この2人は、ヘルシオ公の息がかかってるわ」
「そうか……こうなってしまったからには、どうしようもないな」
たとえ一時の気の迷いだったとしても、もはや本当の意味で和解することはできないのだ。
「……良い弟なのだ、あれは」
闇の中の2人に聞かせるというわけではなく、自分に言い聞かせるような口調で。
「自分を自分以上に見せたがるところを、父上はいつも気にしていたがな……私は、父上に目をかけられたが、あれは父上に愛された」
カイルは、ふっと口をつぐみ。
「すまぬな……部下には話せない話を聞かせた」
闇は何も答えず、カイルもまた、答えを期待してはいなかった…。
「殺せ…と、言われたらどうするつもりだったの?」
「まあ、失敗したことにしますかね」
「……狸ね」
男は、それには答えず。
「で、どう見ました、あの人を」
「嫌いじゃないけど、人の上に立つ人間としては、あっさりしすぎているんじゃないかしら」
「同感ですね…」
「それで……どう、報復するの?」
「さて、どうしましょうか……グエン将軍からは、『お前に任せる』と言われてるんですよ」
「……喉でも潰す?」
「結構残酷なところがありますね、貴女は」
「死人に口なし、という皮肉なんだけど…」
男はちょっと考え。
「……申し訳ありませんね、ヘルシオ公には、もう少し声を出してもらう方が良いかなと思いますので」
「別に…ちょっと言ってみただけ」
「ただ、ヘルシオ公は疑い深い人ですからね……近づくのは難しいですよ」
「……これが終わるまで、私は貴方と一緒に行動しなきゃいけないのよね?」
「そうですね…強制はしませんが」
2つの影は、プロキアの首都に向かって道なき道を駆けてゆく……。
「……っかしーなあ?」
セバスと、その幼なじみだという老女、アニタに見送られながら村を出て。
そのまま海岸に沿うようにしていけば、いずれはドルファンとの国境にたどり着くはずだったのだが。
「ありがとうございました、本当に、なんと言っていいか…」
「あ、いや、気にすんなよ…俺はただ通りがかっただけで…」
「いえ、あなた様がいなければ、あの娘達は今頃…」
などと、小さな漁村において、拝まれ続けられていたのである。
春になり、男がそろって海に出て行く時を待っていたのか……10人ちょいの野盗の集団が村を襲った。
とても豊かとは思えない、こんな漁村を襲ったところで……と思うのだが、そこはハンガリアという国の状態を示していると言えなくもない。
ヴァルファにいた頃、野盗のたちの悪さは耳にしていたから、スパンは彼らに容赦しなかった……というか、1人も逃がさなかった。
本当なら、1人は生かして、他に仲間がいないかどうかを聞き出すべきだったのだが、生憎スパンはそこまで頭が回らないし、野盗もそこまで気を回さなかったようで。
野盗の死体は、村の女が数人で何度か船を出し……海にぽいっ。(笑)
老女が欠けた歯を見せて笑い、『魚の餌ですじゃ…骨をのこして、みんな綺麗にしてくれますわい』と、海に生きる人間の逞しさを、スパンに教えた。
まあ、土に生きる人間だったら、畑の肥やしにすることで、土に生きる人間の逞しさを教えてくれたであろうが。
今、スパンは困惑の中にいるが……結果として、これは幸運をもたらすことになる。
漁を終えた男達が戻ってきた後、国境線を巡回する哨戒部隊と悶着を起こすこともなく、船でドルファンとの国境を越えることが出来たのだから。
情けは人のためならずとは、このことであろう。(笑)
こんこん。
2度、3度……さて、4度目のノックをするかどうかを考えている途中で、ドアが開いた。
「……何の用?」
半開きのドアから顔だけのぞかせて……警戒しているわけではなく、ただ単に何かの邪魔をされていらだっているだけと、グスタフは判断した。
「研究のお邪魔をして申し訳ございません、メネシス様」
「……は?」
ずり下がった眼鏡の位置を、メネシスは指先で戻し。
「誰かと思えば…」
「グスタフでございます」
グスタフはにこりと笑い。
「本日は、セーラお嬢様の診察をお願いに…」
「前にも言ったけど…」
グスタフの言葉を遮って、メネシスが顔を背けた。
「お礼なら…」
「だから、アタシは、何もしてあげられないから、何ももらうわけにいかないって、言ってるでしょ」
そう言ってドアを閉めようとするメネシスを制し。
「メネシス様がご所望の資料、お渡ししてもよろしゅうございます」
「……」
「その前に1つお聞かせください」
「……なに?」
「メネシス様が求める資料、海燕殿と何か関係がございますかな?」
メネシスは身体を硬くした。
『始めに断っておくが、このことは周囲に知られないようにしてくれ。それを知られると危険が及ぶ可能性がある』
海燕の言葉が甦る。
「アタシは、自分が知りたいことしか研究しない……つーか、誰よ、海燕って?」
「セーラお嬢様の恩人でございます」
「……」
「海燕殿は、去年の5月まで、セーラお嬢様の家庭教師をしていました」
「と、言われてもねえ…」
グスタフはちょっと笑って。
「まあ、メネシス様が警戒なさるのも無理はありませんが…何はともあれ、セーラお嬢様に、会ってくださいませんか?」
「……そこまで言うなら、いいよ」
「また、お会いできて嬉しいです、メネシス先生」
「……医者に言う言葉じゃないね、それは」
メネシスの言葉に、セーラはちょっと笑って。
「メネシス先生は、御自分が医者ではないと仰いましたから」
「……テディの話から、もうちょっと儚げな感じの娘をイメージしてたんだけど」
「アデレードさんの前では、ちょっと猫をかぶってるんです」
メネシスは、じろりとセーラを見つめ。
「あの娘…テディは、人を見る目はあるよ」
「……」
「アンタが猫をかぶっているというなら、それは最初からじゃないね……だとすると、アンタは最近、変わったってことだろう」
セーラは何も言わず、ただメネシスを見つめ返した。
「ま、細かいことはいいや…」
メネシスのそれは、気圧されたわけではなく、意味が無いと悟ったからだろう。
「で、今日はアタシが呼ばれたわけだけど、何の用さ?」
「先生は…」
あ、と小さく声をあげ、セーラは一旦言葉を切り…。
「海燕先生は、何を調べようとしているのですか?」
「……本人に、聞けばいいじゃないか」
「いえ、それは…」
と、やや寂しげな微笑みを浮かべて、セーラは首を振った。
「約束したんです……大人になるまで会わないって」
「は?」
「私が…一方的に言い出したことだったのに、海燕先生は…約束してくださったんです」
「……あー、早い話、会えないから、直接は聞けないってことだね」
「はい」
「……じゃあ、あんたにそんな目をさせて、頬をこけさせているのは、あの男ってことかい?」
「これは、義務です……この国のため、この国で生を営む人のため、力を尽くすこと。人の上に立ち、人の営みを左右する立場のピクシス家に生まれた者として、それは為さねばならない約束事ではありませんか?」
『……私の家族は、巻き添えで、殺されたのです、メネシス』
遠くて、近い記憶。
メネシスは、家族を知らない……だからこそ、彼の言うそれを、本当の意味で理解はできなかった。
家族のため、国のため。
だったら、家族もなく、国もない自分は……自分以外の何のために?
「……先生?」
「聞こえてるし、聞いてる」
そう答えながら、メネシスは、テディの言葉を思い出そうとしていた。
『あの人は、命がけで、たくさんの人を救ってくれたんです』
「何故……救った」
「え?」
救えるから…か。
できるから、それをする。
メネシスは、暗い緑色のフードを深くかぶって、ぶつぶつと呟き始め……セーラは、何かを感じたのだろう、メネシスの思考の邪魔をせぬように、じっと見守っている。
金をもらった、料理が美味しかった……だけではなく、東洋人の傭兵に、自分の何かが動かされたのは確かで。
何かが通じたとすれば、通じるだけの何か……共通する思いを持っている。いや、持っていなければいけない。
「アタシと、あの男の共通点…」
5分、10分……メネシスは、ぽつりと呟いた。
「ああ、そうか…」
自分たちの知識は、世のため人のために活用され、多くの恩恵をもたらしている……それだけの自負はある。
なのに、戦場を渡り歩く傭兵とは比べるまでもないが、化学者の地位は決して高くない…というか、低い。
メネシスの師であるガリレアが、それなりの地位にあり、発言力を持っているのは、結局のところ、その生まれによるものだった。
「あいつも、アタシも…同じ、人なんだ」
奴隷から王侯貴族まで、身分階級がきわめて強固な時代にあって、メネシスのその呟きは、時代を変えうる発言であるといっても支障はない。
それゆえに、本当の意味でメネシスの呟きが世の中に理解されるのは、ずっと後のことになる。
『ピクシス家に生まれた者として…』というセーラの言葉は、本来、メネシスのそれとは相反するのだが……海燕の存在が、2人をつないだ。
「海燕が何をしたいのかを、アタシは知らない」
「……」
「ただ、何を調べようとしているかは、知ってる」
灯台に続く道を、海燕は歩いていく。
一本道であり、両脇は海……身を潜めるような場所はない。
強いて言うならば、右手の方……小さな湾の向こうに、ズィーガー砲が備え付けられた小高い丘が見えており、そこからなら、海燕の動きを視認することは可能だろう。
ほどなく灯台にたどり着き、海燕は海に視線を向ける。
ズィーガー砲は、ある程度角度を持って配置されているが、基本はドルファン港を守るためのモノである。
この岬の左手からやってきた船に対しては、海に突き出た岬そのものが壁になって、きわめて狙いをつけづらくなってしまう。
「……まあ、こっち側だろうな」
海燕の視線は、自然と左側に。
もちろん、海燕は真剣に、何者かが上陸した形跡を探しているのではない。
上陸ルートが、そのまま出国ルートになる……などと単純に考えてはいないが、『このルートに目をつけているぞ』と知らせることで、微かな圧力を与える。
ギリギリの場面において、そうした微かな圧力が効いてくることもあるからだ。
戦場に臨むため、兵士が自らを鍛え上げるように、打てる手を全て打ち、その瞬間までにどれだけのことを積み上げられるか……それが、戦いの本質である。
海燕は、戦いに向けて妥協するほど自信家ではなかったし、怠惰でもない。
傭兵が何故そこまでする……と、この国に限らず、そう言われたことは数え切れないほどあるが、戦いの場に臨む以上、それは自分に課せられた義務だと思っている。
もちろん、雇い主にそれを禁止されたときは、表だってはやらなかったが。
「……」
崖の下に目を向けると、砂浜などはなく、全てが岩場である。
ただ、夕日を背に受ける形であり、影になった崖下の視界は極めて悪い。
「……降りるか」
手と足、そしてナイフを駆使して、海燕は崖下の岩場へと降り立った。
夜の闇の中だとまた勝手が違うだろうが、ここから上に登るのはそれほど苦労するとも思えない。
だとすると、小舟でここにたどり着けば、上陸そのものはたやすいとも言える。
人を上陸させ、船に残った人間が、また沖の船まで戻る……よりも、そのまま、もしくは破壊してから船を流す方が現実的か。
「……っ」
ふ……と、気配を覚えた。
崖の上ではなく、海の方から。
足場はほとんど無いが、海燕は、ギリギリまで海に近寄った。
崖の影になった部分の先……きらきらと、夕日に照らされて金色に輝く海がある。
2分、3分……それは、ゆっくりとこちらに近寄ってきて、波間から顔を出した。
「……こんにちは」
「久しぶりだな」
海燕は頭を下げ。
「あの時は世話になった」
「……いえ」
少女は、少し顔を背けて……波打ち際の、水面の下に隠れているであろう岩にでも腰掛けたのか、上半身を起こした。
濡れた肌を、軽くウエーブがかった髪が隠す。
ちゃぷん、と魚が跳ねるような音を立てて、尾ひれが軽く水面を叩いた。
「……驚かないんですね」
「不思議だな、とは思うが、驚きはしないな」
「……不思議?」
「いや、以前会ったときは、人間の姿をしていたからな」
「ピコ…さんは、出来ないんですか?」
「少なくとも、俺の前でやったことはなかったな……ただ、俺が死にかけていたとき、怪我を治してもらったことがある」
「……」
「人は、足が速い者もいれば、手先が器用な者もいる。もちろん、その逆も。人ならぬ者も、それぞれだと俺は思うが」
「……そうかも、知れません」
深い海の色をした瞳を持つ少女……アンは、少し目を伏せると、肩越しに海を見つめた。
「私も、あまり自分の種族以外の方を知っているわけではありませんから」
そう言って、アンが身じろぎもせずにずっと海を見つめ続けているものだから、自然と、海燕もアンの視線を追うことになった。
あまり、風は強くない。
ただ、波の音を聞きながら、そうしてしばらく2人して輝く海を見ていた。
「……私が、怖くはありませんか?」
「…何故?」
その返答に対し、海燕はアンが少し困ったような表情を浮かべたような気がした。
「それは……その…私が、人ではないから」
「俺は、人ではないピコと10年あまりも一緒に過ごしてきたんだが?」
「……私は、貴方の身体をつかんで海に引きずり込むことも出来ます」
それは、どこか子供が拗ねたような理由に思えて……海燕は、それに合わせて答えた。
「俺も、抵抗はするぞ」
そこで初めて、アンはちょっと笑い……海燕を見た。
「人は、海の中では生きていられませんものね」
「それは、つまり…」
海燕は少し迷ったが、それを、口にした。
「アンは、人が怖いんだな」
「ええ、その通りです」
「……すまなかった。あの時は怖い想いをさせただろう」
「そうですね…」
再び、アンの視線が海へ。
見られる事が苦痛なのかと、海燕はアンから視線を外し……空と海の境、水平線に、見るともなしの視線を向けた。
「……そんなに」
「ん?」
アンには視線を向けずに、促した。
わざわざやってきたということは、何か、話したいことがあるのだろう。
「そんなに…簡単に忘れられるのですか?」
「……何を?」
「あの時、貴方は……必死でした。私は、それを、少し怖いと思って……だから、逃げたんです」
「……」
「……今も、あの時と同じ、貴方はピコさんと一緒にいないのに…落ち着いて…落ち着いているように見えます」
「…まあ、落ち着いてはいるな、確かに」
アンの視線を感じて、ようやく、海燕は視線を向けた。
「アンの言うことを信じるなら、ピコは何かに巻き込まれたわけではなく、自分の意志で俺の前から姿を消しているわけだからな」
深い海の色……その瞳は、多分、自分ではない何かを見ようとしているように海燕には思えた。
「ピコはピコで、考えるところがあるんだろう…」
「ですが…」
「もし、この世界を去ることを決めたのなら……ピコは最後に、必ず俺に会いに来る。それがわかったから、俺は落ち着いていられる」
「引き留め……るんですか?」
「……」
「ごめんなさい…立ち入ったことを、聞きました」
「気にするな…」
海燕はアンに向かって少し笑いかけてやり、再び水平線に目をやった。
夕日が沈んでゆく西の空の明るさとは対照的に、東の空はやや青みがかって、夜の世界の浸食が始まっていた。
「ピコさんは…ずっと貴方と一緒にいて、誰か他の人に姿を見られたことはないんですか?」
「ない、と思う……少なくとも、俺の知る範囲では、ない」
「……」
「ただ、姿は見えないが、何かしらの気配を感じたやつなら、いないこともないが」
「……」
「そういえば、あの時アンと会ったのも、この時間帯だったな」
「……はい」
「……俺の故郷の言葉で、夕方の薄暗い時間帯を、逢魔が時という」
「おうまが…どき?」
「元々は、何か災いが起こりやすい時間帯ということで、大禍時(おおまがどき)という言葉が転じたらしいんだが」
人ならぬモノと出会う……それが、はたして災いなのか。
「……私の姿は、人の目には映りません」
ぽつりと。
海燕は、アンの仲間が……既にこの世にいないと聞いたことを思い出した。
『寂しいか?』と、言葉にするのはたやすいが、だからこそ、それを口にするのがはばかられた。
「……貴方は、ピコさんに命を助けられたと、言いましたね」
「ああ」
日本と行き来する船がある港なら、日本の言葉を解する人間は少なくなかっただろう。
そこで、大陸の言葉を学んでいくという手段もとれたに違いない。
ただ、海燕の乗った船は嵐で沈み……着の身着のまま、後は養父からもらった刀一本だけで、異国の海辺に打ち上げられたのだった。
もちろん、そのまま海の藻屑にならなかったことは、幸運と言って良いだろう。
命を狙われ続け、居場所が与えられないという理由で国を捨てて大陸を目指した海燕だが、ただ子供だからという理由だけで助けてもらえるほど、大陸の情勢は平和ではなかった。
それでも、あまり人が立ち寄らない場所に流れ着いたのは、やはり海燕にとっては運がなかったと言えるだろう。
足と腕、それぞれ片方が折れており……海燕は、高熱でもうろうとする意識の中、骨をつぎ、板きれをあて、刀を杖代わりにして歩き出した。
今自分がいるところが日本なのか、それとも大陸なのか……その時、海燕にはそれすらもわからず、命を狙いに来る連中がやってくる事を恐れたからだ。
それが、何日目だったのかはわからないが……海燕は、人の気配を覚え、剣を手元に引き寄せた。
3人の男……風体はあまり良くない。
そもそも、体力がないため……海燕は横たわったまま、彼らの会話に耳を澄ませたが、何もわからなかった。
彼らは倒れている海燕に気付き、下卑た笑いを浮かべて身体を軽く蹴った……が、海燕は動かなかった。
この時、海燕は密かに決めていた。
自分の持っている剣を盗んでいこうとしたならば、この男達を殺そうと。
結果として、この男達が、海燕の命をつないだことになるが……海燕自身、あの瞬間に、自分が国以外のモノも捨てたのだと思っている。
常に飢えた状態が続いていたせいだろう、海燕の怪我はなかなか癒えず、かつてそうしていたように、海や山で自ら獲物を捕るという事も出来なかったため、苦闘は続いた。
後になってわかったことだが、この近辺は山賊の巣になっていた。
大陸に渡ってからの2ヶ月、海燕は大陸の人間と接することもなく、ひたすら傷が癒えるのを待ちながら山賊連中から姿を隠し、あるいは隙を突いて殺すという、殺伐とした生活を続けていたのである。
ひとり、ふたり、と仲間が消えていく……恐怖と怒りによって、山賊が総力を挙げて、山狩りを行ったのは言うまでもない。
多勢に無勢、満足に食事もとれない、そして病み上がり……山賊に追われ、応戦し、奪った食い物を口に入れ……その繰り返しの中で、肉体のみならず、精神的な張りも失った海燕はついに倒れた。
いや、その状況で数ヶ月にわたって生き延びたことを賞賛すべきだろう。
そして、その賞賛すべき数ヶ月が、海燕に、ピコと出会わせる機会を作った。
「……最初から、貴方にはピコさんが見えていたのですか?」
「……どういう意味だ?」
沈黙、そしてアンの瞳が、海燕ではない何かを映す。
「ずっと昔……私は、1人の人間を助けました」
ふっと、アンの口元に力ない笑みが浮かんで。
「いえ、本当は…私がその人を海に引きずり込んだんです」
「……」
「私は、その人を知っていました……でも、その人は私を知らなかった。いいえ、私の姿が見えなかったから、当然なんですけど」
この世界に残る……これは、アンにそう決意させた出来事なのだろう。
「好きになったんです……わけもわからず、好きになってしまったんです……好きで、大好きで、いつもその人のことばかり考えて……でも、その人には、私の姿さえ見えない」
「……」
「……それが、憎くなりました」
人ならぬモノ……人はそれを、時として魔と呼ぶ。
だが、少女のそれは、あまりにも人間的だった。
「……途中で、怖くなったのか?」
「そうですね……その人が死ぬ、その人がこの世界からいなくなる、そのことに恐怖を覚えて、私はその人を助けました」
ぱちゃんっと、アンの尾ひれが水をかき混ぜるように動いた。
「……息を吹き返したその人は、私が見えるようになっていました」
海燕は、ちょっと海に視線を向け……しばらくしてから『そうか』と呟いた。
アンはそれ以上何も言わず、ゆっくりと尾ひれを動かし、パチャパチャと水音を立て続けていた。
そうしているうちに、夕日は完全に沈んで……あたりは薄闇に包まれた。
「…星が、綺麗ですね」
「そうだな…」
夜空を見上げ、海燕は……故郷の空を思い出そうとする。
「……ずっと、ずっと遠い昔も、私は同じ空を見上げていました」
「そうか……空は、変わらないか」
「人も、変わりませんね……変わるのは、心だけ」
「……仕方がない、といえば怒るか?」
ぱちゃん。
顔に向かって飛んできた水を、首を傾ける動きで避けた。
怒ったからそうしたのか、と思ったが、アンは笑っていた。
「また、こんな風に話し相手になっていただけますか?」
「……俺は今、いろんな相手から命を狙われている」
「……」
「今、俺と関わると、ろくな事にならないぞ」
「あの…」
どこか、申し訳なさそうな口調で。
「私の姿は、人の目には映りませんって…さっき、言いました」
「だといいんだが、絶対とは言えまい」
「……」
「ここは、人目につかなさそうだったからな……だから、会った」
ぱちゃん。
また、顔に向かって水が飛んできた。
ぱちゃん。
ぱちゃん。
ぱちゃん。
どうやら、当たるまで続けるつもりなのがわかったので、海燕は何度目かの攻撃を甘んじて受けることにした。
ぴちゃ。
「ふむ…」
攻撃が止んだので、海燕は顔をぬぐった。
「……私のことが見えるようになった人は、その後どうなったと思いますか?」
薄々わかってはいたが、海燕は首を振った。
「……さあな」
「……」
「ただ、アンと幸せに暮らした……という結末ではなさそうだな」
水は、飛んでこなかった。
「……すみません」
「何が?」
「私、嘘をつきました…」
「そうか」
ただ一言、短く答えて……海燕は、アンが何について嘘をついたのかを聞きはしなかったし、アンもそれを語ることはなかった。
『おやすみなさい』と告げてアンが波間に消えてからも、海燕はしばらくそこで立ったまま、暗い海を眺めていた。
国を、ではなく故郷を捨てた頃を思い出していた。
今思えば、自分は何も知らなかった子供だったと海燕はつくづく思う。
まだ10歳にもならぬ子供が腰に刀を差し、旅を続けるというか……それがどれだけ目立つことなのか、当時は思いもしなかったのだ。
そっとどこにでもいる子供のように……本当に、さりげなく姿を消したならば、あのように命を狙われ続けることはなかったのかも知れない。
そうすれば、自分の巻き添えで殺された人たちも、死なずにすんだ。
生死は常に表裏一体のモノだが、海燕のゆくところには死だけがあり、ただ1つの生は、自分の命だけ。
山、川、谷、海……故郷を離れてからいろんな場所を巡ったが、故郷へと戻る道中は、ほとんど海辺の道を歩んだ。
その時は既に、故郷ではなく、国そのものを離れる決意を固めていたからだ。
故郷を離れ、国を捨て……実際にこの手で殺した人間の数を競うならば、おそらく自分に匹敵する存在はほとんどいないだろうとも思う。
初めての戦場で人を殺し……自分が人を殺したという意識に耐えかねて戦場を去った人間は少なくなかった。
戦場で人を殺し続けて、人を殺すたびに重みを増していく何か……それに耐えかねて、戦場を離れた傭兵がいた。
それとは逆に、人を殺し続けて、それを目的にしてしまったやつもいる……が、そのほとんどは、何かしらの心の負担が、心のそのものをねじ曲げてしまった結果だろうと海燕は思っている。
「……」
海燕が見つめる暗い海。
海燕とて、人を殺すことに、痛みを覚えないわけではない。
「俺は、人としての情が薄いか…欠けているのかもしれないな…」
人を殺して殺して殺し続けてきて、それでも正気でいられる。
心を通わせた相手を、心に痛みを覚えつつ、いつもどおりに斬り捨てられる。
人ではないピコに、『人として、かくあるべき』などと説教される。
「ははっ…」
海燕は小さく笑い……暗い、断崖に目を向けた。
一応、気配を探り……それから、ナイフを手にして、崖に取り付いた。
手がかり、足がかかりは少なくなく、登るのは難しくない……深夜、ここから上陸するのは、たやすい。
手をかけ、念のためにもう一度気配を探り……勢いよく、崖の上に。
左手には灯台が、右手には教会、その墓地へと続く道が伸びている。
道の上に白い砂がまかれているのは、灯台守の仕業なのか……その道を、海燕は歩き始める。
教会には一瞥もくれずに通り過ぎ……シーエアー地区の港区に足を踏み入れた。
港は、良くも悪くも、人や物資、そして文化的なものの入り口になるがゆえに、わりとどこの国でも、地方でも、猥雑な気配を漂わせることが多い。
猥雑という言葉に問題があるなら、開放的と言い換えても良い。
この、ドルファン首都城砦において、このシーエアー地区の港区では、やはり夜になってもどこか空気が騒がしい。
「よう、海燕」
「グレッグか」
「どうだ、一杯」
と、グレッグがジョッキをあおるしぐさをしながら近づいてくる。
断ろうと思ったが、その理由を百も承知のグレッグが言うのなら、何かわけがあるのだろうと海燕は思い直し。
「……お前が良いなら、付き合おう」
「そうか、悪いな」
「ふむ、こんな店があったのか…」
「お前さん、行きつけの店ができたら、ほかの店には目もくれないタイプだな」
「ああ…」
「アンジー、注文だ」
「はいー、ちょっと待ってくださいー」
と、赤毛の娘が食器を片しながら、元気な声を返してくる。
「あの娘が、目当てか?」
「違う」
と、グレッグは首を振り。
「こう、ブロンドで、すけるような白い肌の、一目見たら忘れられないようなのがいるんだ…例によって例のごとく、緊張してまともに口もきけん」
どうしたもんだか……という感じに、グレッグは肩をすくめた。
「……シベリアからやってきた、としか聞こえないんだが」
「ブロンドに白い肌ってだけでそう決め付けるのは…」
「お前が、俺をここに誘った、ということを踏まえての判断だが」
グレッグはにやりと笑い。
「おもいっきり、俺の好みなんだよ」
「あはは、グレッグさんったら、また誰かさんの話してる」
「心配すんなよ、お前もいい女だぜ、アンジー」
「ありがと、グレッグさんもそこそこいけて……」
アンジーの目が、海燕に移り。
「わ、珍し…東洋の人だ」
「おう、海燕ってんだ……どうだ、アンジーの相手に?」
「んー、悪くないけど街の人の目が怖いかな、やっぱ……ぁ」
しまった、という感じに、アンジーがー口元を手でふさいだ。
「気にするな。街の空気ぐらい、ちゃんとわかってる」
海燕がとりなすように言うと、アンジーはちょっと笑って。
「今更、トルキアがどう、とか言われてもなんだけどね、私は」
「気を使ってもらって感謝する。だが、東洋には『長いものには巻かれろ』という言葉があるからな…まあ、人前では調子を合わせておくのが無難だ」
「私にとっては、お客さんか、そうでないかの方が大事です」
と、笑って…アンジーは、離れていった。
それからしばらくして。
ざわ…と、酒場の喧騒がひときわ大きくなり、潮が引くように静かになっていく。
やわらかく曲線を描きつつ背中まで伸びたブロンドの髪、冷たくさえた美貌、首筋から胸元への抜けるような白い肌……優雅ささえ感じさせる足取りで、海燕たちの座るテーブルへとやってくる。
「なんともはや…場違いだな」
「褒め言葉と受け取るわ」
にこりともせず、グレッグの前、そして海燕の前にジョッキを並べ。
「ごゆっくりどうぞ」
一礼し、そのまま厨房のほうへと姿を消した。
そして、酒場に喧騒が戻ってきた。
男たちは口々に『珍しいな』『うわさには聞いてたが』などと、あまり言葉にできない卑猥な言葉も含めて、連れと話し合っている。
「……めったに出てこないのか?」
「給仕、じゃなくて、料理の係なのさ」
「なるほど…」
と、海燕はうなずき……。
「グレッグ」
「え?」
グレッグがジョッキを持つ手を止めた。
「死ぬ気か?」
「おっと、あぶねえ…うっかりしちまったぜ」
やべえ、やべえと首を振りながら、グレッグは、ジョッキをテーブルの上に置いた。
「飲めもしない酒に金を払うのは、あまり愉快じゃないんだが」
「俺だってそうだ」
と、グレッグ。
「とはいえ、殺意はもちろん、敵意は感じなかったがな」
海燕は、指先でジョッキを軽くはじき。
「そもそも、そのつもりなら、こんなまずい手は使わないだろう」
「確かに…な」
グレッグは困ったように呟き……海燕を見た。
「海燕、悪いが今夜はちょっと付き合ってくれるか……正直、俺はあまり表に出たくないんだ」
「……ああ」
深夜、閉店してからかなり時間が過ぎ、女が裏口からそっと現れた。
といっても、別に身を隠しているという感じはまったくなく、こつ、こつ、こつ、と、足音を忍ばせるでもなく、歩き出す。
足音だけでなく、その、身のこなしや、発する気配そのものまで、隠そうとしていないのが、奇妙と言えば言えた。
やがて、女が足を止め……振り返る。
「何か用?」
一呼吸おいて、海燕は姿を現した。
正直、試すようなつもりで気配を絶っていた……それを悟られたのはこれまでに数えるほどの経験しかなく、少なくとも、今年に入ってから海燕が手にかけた連中よりもはるかに、気配を察知する能力に長けていることになる。
「ノエル・アシェッタ、か?」
「そうよ」
それが、何……という表情で見返してくる。
気配が、周囲で動いた。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……そこでようやく、女の視線が動き、微かな動揺を示した。
海燕のそれに気づいていながら、これには気づいていなかったとでもいうのか。
奇妙な話だな、と海燕は眉をひそめつつ……剣を抜いて、女に向かっていた矢を叩き落とした。
「……」
叩き落されたそれを見て、初めてそれに気づいたような……それが、演技なのかどうか、海燕の目は、油断なく女を見守っている。
いきなり、左右から6本。
左の3本を剣で、右の3本を女を抱いて飛ぶことでかわした……もちろん、女の動きも見逃さないだけの余裕を持って。
少し間が空いた……その意味を、海燕は考えた。
「そうきたか…」
おそらく、何人かが弓を持ち替えたのだ。
飛来する矢の数は同じでも、その速度がそれぞれ違う。
女を抱いたまま、海燕は剣と、動きで、それらをかわしていく……女は海燕の腕の中で、ただ怯えているように思えた。
もちろん、ただ逃げるだけではなく……攻撃する人間の位置関係を、一方向にまとめるように誘導しつつ、である。
「そこの段差だ」
耳元で囁き、海燕は女の体を動きとは逆方向にとんっ、と突き放した。
女は段差に身を伏せ、海燕は矢に向かって飛び込んでいく。
連携はともかく、力量的にはルーナとは比べようもない。
ひとり、ふたりと人数が減り、逃げようとする気配を感じた瞬間、海燕はそれを指示した相手に向かって飛び込んだ。
「……っ!?」
「構わん、去れっ!」
微かな躊躇が、犠牲を1人増やし……2人の気配は消えた。
「……終わったの?」
そう言って現れた女を見て、海燕が捕らえた男はぎりっと歯ぎしりを響かせた。
「裏切ったのか…」
「……?」
女が首をかしげる。
「何故、裏切った。裏切りは、死…それを知らぬお前ではあるまい」
「……貴方の言ってることがわからない」
「……っ!?」
「私は、貴方たちの仲間なの?」
男と、海燕は……おそらく、似たような気持ちで、女を見つめた。
「私はノエル、ノエル・アシェッタ……少し前から、港の酒場で料理を作って働いている……わかっているのは、ただそれだけ」
闇の中へ吸い込まれそうな表情で、女は、男と、海燕に向かって問いかけた。
「私は……誰?」
続く
T県ですか、いいところですよ。観光で初めてT県を訪れた人間の半分は、あきらめたようにみんなそう言います。(笑)
さあ、ライズ復帰に、ノエル登場です。
……うはははは。(もはや、笑うしかない)
最初の漁師の親子(無駄に何枚費やしているんだか)といい、こうなると、書いててますます楽しいですね。
でも、プロキアにおける、イエルグ伯の暗殺とか、原作そのまんまなんですよ。
……爆発じゃなく、近衛兵に斬殺させただけという違いはありますが。
とりあえずこの回は、最後の1年の前の序章というか……ドルファンを取り巻く混沌とした環境を、なんとなく感じ取ってほしいな、と。
しかし、スパンは、無事にドルファンにたどりつけるのか。(笑)
気がつくと、東洋圏にまで流れていきかねないところがあるというか、正直、このスパンというキャラクターに愛着がわいてきました。
物語に対する役柄はともかくとして、当初の予定よりちょっとばかり、格好良い場面が与えられそうな気配です。
ドルファンの頭脳とも言うべきメネシスは、セーラからの情報を得て、歴史に埋もれそうな謎を解くことができるのか。
今まで、出番のない、ジーン・レズリー・キャロル・スーの4人に、出番は与えられるのか?
ロリィのアレを出番と言い張るつもりなのかと言われると、そっぽを向いて口笛を吹くしかありませんが。(笑)
さあ、父の敵を討つために、立ち上がれ、カイル・イエルグ!
……書きはしませんけど、プロキアという国がこの後どうなっていくかについて、ちゃんと形は出来上がってますからね。
などと、駄法螺を吹いた後で、ちょっとばかりまじめな話。
この物語の時代背景について、以前ちょっと触れましたが……まあ、文化というか技術水準に関しては、ぎゅっと目をつぶってもらうことにして。(笑)
主人公である海燕の出身、日本の状況については、室町幕府というか、南北朝時代をイメージしております。
うわあ、国に居場所がなくて、南北朝かよ…すげえあからさまだなあ、などと思うかもしれませんが。(笑)
まあ、ロシアじゃなくて、プロキアは……雷帝つったら、普通イワン4世の代名詞ですし、世界の主流というか、海洋国家を目指してひたすら海を目指したのは、北方戦争の頃のピョートル1世だし、港は港でも、不凍港となると、これはクリミア戦争にまで手が届いてしまいますから…かなりとりとめもない感じで描いてます。
まあ、原作では、中華皇国(まあ、中国でしょう)と、国境をめぐって争っていたりするわけで……普通に考えたら、清国末期、19世紀後半の時代を想定しているのは……ネルチンスク条約を結んだ時期(17世紀後半)の可能性もありますが…間違いないでしょうけどね。
と、いうわけで……基本は、16〜18世紀、拡張時代のロシアというイメージです。
まあ、ロシアという国は、イワン3世のロシア統一(15世紀終わり頃)からロシア革命に至るまで、ひたすら拡張を目指していたという、周辺諸国にとっては迷惑な国なのですが。
つーか、そもそもドルファンってどこよ?(笑)
と、これは発売当初から、色々とユーザーの間で語られていたようですが……まあ、プリシラ王女とのイベントから、イタリアだろ、イタリアしかねえよ…的な流れになっていたような。
つーか、公式ガイドに使われている港の写真って、思いっきり(ぴー)じゃねえか、などといわれると、何も言い返せなくなりますが。
スペイン・ポルトガルのイベリア半島、ギリシャ、旧ユーゴスラビア、ブルガリアを含めたバルカン半島……あたりの特徴も原作では混ぜてくれやがっているのは明らかです。
まあ、ぼんやりとした視点で、地中海沿岸……あたりで思考をストップさせておくほうが無難でしょう。
ゼールビスが、かつてボルキアの皇太子を……とか、『東洋人』との出会いとか、トルキア半島、あたりから、高任の心理的には、バルカン半島を重視していますが。
つーか、シベリアの脅威云々を考えると……ねえ。(笑)
まあ、これだけでもわかるように、こう、時代背景については、遠くを見るような視点で、ぼんやりとイメージしてください。
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