酒場は喧噪に満ちていた。
 頑丈そうなテーブルに、頑丈そうな椅子、食器……それに負けないぐらい頑丈そうな男達が、何人もできあがっているらしい。
 陽気な笑い声、酔いに任せて自分の手柄を大げさに膨らませて吹聴する男に、ツッコミを入れるヤジが入り交じり……いますぐにでも、殴り合いが始まりそうな雰囲気で。
「おっ、稼ぎ頭が来たぜっ」
 そんな声が上がると同時に、酒場中の視線がドアの方へと向けられた。
「アンタ、若けえのにすげえな」
「あの後、たんまりもらったんだろ?」
 2人の男が、カップを片手に近寄って気安く声をかける。
「気をつけな、その2人にたかられると、あっという間に一文無しになっちまうぜ」
 冷やかしの言葉に酒場中がどっと湧く。
 そんな連中には慣れっこなのか、男は眉をひそめるでもなく酒場の主人の前に革袋を置いた。
「奢りだ、連中に飲ませてやってくれ」
 その言葉に、酒場中がわき上がる。
「奢りって、これは…」
 革袋の中をのぞき込んだ主人が、困惑顔を向けた。
 4人家族が、普通に3年ほど暮らしていけるほどの金貨の量だ……いくら連中が酒を飲んだからといって…。
「余った分は迷惑料だ」
 普通の傭兵が手にできる報奨金の額ではないこと、全部ではないのだろうがそれをぽんと投げ出したこと、そして当の本人がびっくりするほど若いこと。
 一体、どれから質問すればいいのかわからず、酒場の親父はずしりと重い革袋を持ったまま言葉を失って。
「……心配しなくても、自分の分は残してる」
「いや、それはそうなんだろうが…」
「必要以上の金は重いだけだ」
 戦場から戦場へと渡り歩く傭兵家業の連中とは馴染み深い酒場の親父だけに、そのぐらいの理屈はわかっていて……いや、わかっているつもりだったが。
 ここまで、綺麗さっぱりと割り切った輩には初めて出会ったのか。
「……これだけの報奨金、いったい何人の賞金首を……というか、お城の連中から誘われたんじゃないのかい?」
「断った」
 短い返事が、その理由を尋ねることを拒絶していることを感じ取り、酒場の親父らしく沈黙を保つ。
「ワシが言うのもおかしな話だが、一杯奢ろう」
「いただこう」
 酒場の親父が差し出したカップを受け取りながら男が笑う……その微笑みが男をさらに幼く見せ、親父をはっとさせた。
 それほど強くはない酒ではあったが、男はカップの酒を一息で飲みほした。
「……うまいな」
「そうかい」
 損得抜きで、やはり自分の店の酒を誉められると嬉しくなるのか、親父が相好を崩す。
「なら…」
 もう一杯…と言いかけた親父の言葉を遮るように、男がゆっくりと立ち上がる。
「すまん、もうすぐ船の時間なんだ」
「船って…」
 既に日は暮れて……この時間、港から出る船の行き先は2つしかない。そして、男が傭兵であること考えれば……自ずと答えは1つ。
「スィーズランドかい?」
「ああ……次は、あそこで仕事を探すことにする」
 元々は、大トルキア帝国の一部で……200年以上前の、いわゆるトルキア大分裂によって帝国内に乱立した国の1つだが、建国当初から永世中立国をうたい、強力な武力を背景に確固たる地位を築き、今やいくつかの小国を吸収して南欧諸国内での文化の中心として存在する連邦国家である。
 世界各地で紛争が頻発する状況で、傭兵という武力さえもが売り買いされる……いわば、スィーズランドは南欧においてその元締めとも言える存在でもあり。
「そうかい…」
 今日初めて会った客にすぎないのに……理屈ではなく、酒場の親父は男に別れがたい思いを抱いている事に気付いて。
 親父は自分のカップに酒を注ぎ、ぐいっと飲みほしてから言った。
「また来ておくれよ……ウチは、安くうまい酒場なんだ。どんなに混雑しても、アンタの席は空けておく」
「……ありがとう」
 小さな子供に礼を言われたような、そんな不思議な気持ちに包まれながら、酒場の親父は男の背中を見送り……喧噪やまぬ店の中に視線を戻してため息をついた。
「やれやれ……奢ってもらった相手に挨拶もナシか、この連中は」
 
「……ねえ」
「……」
「…ねえってば?」
「ん?」
 左肩の上に視線を向けた。
「どうした、ピコ?」
 怒ったような、困ったような、微妙な表情を浮かべて……ピコは、夜風に逆らうように4枚の羽根を忙しく動かし続けながら言った。
「なんで、誘いを断ったの?」
「約束しただろ」
「約束って……まさか」
「ピコの仲間を見つけるまで、世界中を旅してやるって」
「……」
 4枚の羽根の動きを止めて、ピコは海燕の肩にしがみついた。
 首筋に這い寄り、掠れ声で呟く。
「ね、ねえ…それって、あの時から…ずっとなの?」
「ピコには恩があるからな……10歳やそこらの子供が言葉も何もわからない外国で、怪我だらけで倒れて……ピコがいなきゃとっくに死んでた」
「あ、あれは…あんなの…最初だけじゃない。キミは子供だったのにびっくりするぐらい強くて…教えたらすぐに言葉も覚えて…私がいなくても、充分に生きていけたはず…」
「あの時だけじゃないだろ……ピコのお陰で色々助けてもらった、危険を教えてくれたり、いろんな事を調べてもらったり…」
「それはそうだけど、助けられなかったことだって…」
 涙を流しながら、海燕に剣を向けた少女……そして、その少女を斬って一粒だけ流れた海燕の涙の記憶。
 アレを思い出すだけで、ピコの胸が痛む。
「そりゃ神様じゃないから仕方ない……助けられるときは助けてくれた。だから、俺はピコに対して出来ることをやろうとしてる、それだけだ」
「……」
「もう断ってしまった話だ……それに、ピコの服装は全欧っぽいだろ。だから、きっとピコの仲間も……手がかりぐらいは見つかるさ」
 手がかりと言い直したあたりが、戦場から戦場への生活によって楽観論を戒める精神構造になった表れだろうか。
 そして、2人の前に大きな船のシルエットが見えてくる。
「……南欧、というか全欧地域に行くのは初めてだな」
「そうだね……キミはずっと、西へ、西へ、旅してきたから」
 それは同時に、海燕の故郷からはどんどん遠ざかっていくことを意味して。
「どうした?」
「ううん、何でもないよ」
 ピコが硬い笑みを浮かべ。
「……もう、10年だよね」
「ん?」
「キミと私が出会ってから」
「そうだな…もう、10年なんだな。俺の人生のちょうど半分だ…」
「まさか、レディに歳を聞いたりしないよね?」
「すまん、ちょっと気になっただけで」
 海燕が笑う。
 無防備な笑顔……ここ数年、それを自分以外に見せた記憶がピコにはない。
 さっき、酒場の主人に向けた笑顔はそれに近かったように見えたが……それは、この10年で海燕が身につけた処世術としか思えず。
 まだまだ若く見られるが、この10年で少年は青年になり、強さには磨きが掛かり、処世術を身につけたことで、今回のように傭兵ではなく、仕官の声がかかることも増えてきた……いや、声がかからないことの方が珍しくなっている。
「キミってさ…」
「ん?」
「……なんでもない。ほら、もたもたしてると船が出ちゃうよ」
「あ、ホントだ」
「もう、私がいないとホントダメなんだから、キミは」
 
 トルキア大分裂によって生まれた国の1つ、ドルファン王国。
 国名が示すように王立制……ではあるが、いわゆる普通の王立制とは少し違っている。
 トルキア大分裂によって国が乱立したのは事実だが、もちろん帝国側がそれを黙っていたわけではない。
 求心力を失っていたとはいえ、まだまだ強力な政治力を、あるいは軍事力を駆使して、各地の独立の動きを封じ込めようとしたのは当然である。
 もちろん、ドルファン王国が存在する以上、その戦いに勝利したのも当然だが……血の厚みで剣の厚さが倍になったと称される、大小120あまりの戦いにおいて後に王となったディーン・ドルファン(始祖である王の名前にちなんで、王家男子は、名前の頭文字が全てDに統一されるのは別の話)に寄り添うようにしてその勝利を支え続けた4人の親友の存在がある。
 ベルナルド・ベルシス、カール・ピクシス、ステファン・エリータス、トーマ・ミーヒルビス……が、その4名である。
 王となったディーン・ドルファンはこの4名の親友に深い感謝を示し、ベルシス家、ピクシス家、エリータス家、ミーヒルビス家の4家を王立議会という形で参加させ、王立制でありながら、ドルファン王家を含めた5家による連立制度をしくことで、親友達の友情に応えたのである。
 建国当初は、4家の権力は同一とされていたが……時は流れ、世代は移り、建国当初の固い友情はおとぎ話の世界になり……。
 建国より100年、ドルファン王家を上位、ベルシス家が筆頭、ピクシス家が次席、残るエリータス家とミーヒルビス家が参位という風に順番が定められた。
 その後、ミーヒルビス家は失態を重ねて除籍され、当時隆盛していた別の力ある貴族カイニス家が新たに連立制に組み込まれたりもしたが、さかのぼること50年程前まで大きな動きはなかった。
 前国王に、双子の男児が誕生した……それが始まりと言うより、きっかけとなったと言うべきか。
 双子が生まれた場合、後々のために一人を殺すことが珍しくもない世の中である。
 しかし、前国王は陸戦の雄とよばれるドルファン国を統べていただけに、良くも悪くも剛毅な人柄で、自身も惰弱な兄をけ落とす形で王の地位についたため、『優秀な方が国を継げば良いだけの話よ』と家臣達の進言を一笑に付し、議会における筆頭ベルシス家に双子の兄の、次席ピクシス家には弟の後見者となる事を命じた。
 しかし、剛毅なのは間違いなかったが……これは一国を統治する主君としては少々配慮に欠けた決定だったと言わざるを得ない。
 ベルシス、ピクシス両家からすれば、自らが後見する人物が国王の座に着けば当然……と考えるのも無理はなく。
 当時、ピクシス家の上にいたベルシス家は追い越されぬように、ピクシス家は己の地位を上げるために……あるいはそれ以上の野望を抱いて、静かながらも激しい暗躍を開始する。
 その結果、肝心の後継者としての能力の優劣には関係なく、後見者としての能力が勝負の分かれ目となり、長子相続なら、あるいは国王としての能力比較でも、スムーズに国王の座に着いたはずの双子の兄の方は13歳の時点で後継者資格を失い、20歳で国を追放され……その後、異国の地で病死したとまことしやかに噂されている。
 そして、双子の弟を国王の地位につけ、自らの長女と娶せたピクシス家は、現在ドルファン王家に継ぐ筆頭の地位を占め、それまでずっと筆頭の地位にあったベルシス家が次席に甘んじ……この両家の間ではいがみ合いが続いている。
 なお、トルキア大分裂以降、かっての大帝国内部および周辺では国家間の争いのみならず、新たな独立運動などの紛争が絶えず起こっており、侵略と武力蜂起、それに伴う謀略の数々に疲れ果てたドルファン国は、30年前から半鎖国政策を採っていた。
 しかしながら、近年隣国プロキアがしばしばドルファンの国境を侵す事を繰り返し……高まる外圧と、全欧最強と称される傭兵軍団をプロキア側が雇い入れたという情報の前に、鎖国政策を強固に唱え続けていたピクシス家がついに折れた。
 スィーズランド連邦を通じ、外国人傭兵を雇い入れることを決定したのである。
 
 そして、D・D(デュラン・ドルファン)歴26年、4月1日。
 一人の東洋人傭兵が、ドルファンへと入国した。
 男の名は、海燕・丈……外国人傭兵第一次募集約320名の中で、ただ一人の東洋人である。
 
「やっと…ついたね」
「そうだな」
「陸路ならまっすぐ行けるのに、なんでわざわざ船で遠回りしなきゃいけないんだか…」
「そりゃ、これから戦争の相手になる国の中を通過するわけに行かないからな」
 手すりにもたれ、海燕は空を見上げた。
 船が着いたからすぐ入国……というわけにもいかない。
 船の上で待機し、入国管理局局員による審査というか、書類の記入等の手続きを経て、やっとドルファンの国に足を踏み入れることが出来る。
「まだなの…?」
「いまさら焦るなよ、ピコ……っと、順番が回ってきたようだ」
 一目で制服とわかる服に身を包んだ赤毛のショートカットの女性が、海燕の方に近づいてくる……が、ピコは隠れる素振りも見せない。
「入国管理局の者ですが…」
 と型どおりの言葉を口にし始めた女性の前で、ピコがひらひら飛び回る……が、その姿が見えていないのは明らかで。
「……失礼ですが、言葉は大丈夫ですか」
「ああ、平気だ。気を遣ってくれてありがとう」
 流暢な言葉に対してではなく、わざわざ礼を言われたことに驚いた感じで……女性はちょっと海燕の顔を見つめ、気を取り直すようにわざとらしく咳をした。
 ずっと半鎖国政策をとっていた国だけに、かなりの時間がかかるのでは……と覚悟していたにもかかわらず、あっさりと入国許可が下りた。
 ドルファン国の大地というと語弊があるが、波止場に降り立った海燕がちょっと首を傾げた。
「……どうしたの?」
「いや、ちょっと懐かしいような感じがした…」
「この国は、ちゃんと四季があるみたいだから……キミと私が出会った国と、気候的には結構似てると思う」
 海燕はちょっとピコを見つめ。
「だから……ここを選んだのか?」
 傭兵を募集していたのはドルファンだけではなく、それこそ星の数ほどあったわけだが……『ここ、ここに決めなよ。絶対ここがいいって』と強く主張するピコに押し切られ……もちろん、海燕本人に特に希望があったわけはないのだが。
「それだけじゃないよ。傭兵として戦功をたてれば、騎士としてとりあげてもらえるって話だったし」
 ここ、重要なポイントでしょ…と言いたげなピコの顔をじっと見つめ、海燕が口を開こうとした瞬間。
「や、やめてくださいっ…」
 ピコと海燕が、同時にそちらを向く。
 柄の悪そうな3人組が、おとなしそうな少女を取り囲んでいる。
「ほら、キミの出番だよ」
「……ピコ?」
「女の子が困ってるんだから助ける、これ常識だよね?」
「それは、言われなくてもそうだが…」
 ピコのやる気というか、そのあたりに違和感を覚えて仕方がないというか。
「おいコラ、東洋人の兄ちゃんよぉ、何見てんだ…あぁ?」
 などと、言ってる状況でもなくなった。(笑)
 剣を抜くまでもなく、目の前の男を殴り飛ばし、それに気付いてやってきた2人目を蹴り飛ばし、3人目の大男は担ぎ上げて海へと投げ込んだ。
「うんうん、そうこなくっちゃね」
 鮮やかな海燕の姿に、満足そうにピコが頷く。
「あ、あの…助けていただいてありがとうございました。あらためてお礼に上がりたいのでお名前を教えていただけませんか?」
「礼は必要ない。俺は降りかかった火の粉を払っただけだ」
「あ、で、でも…」
 困惑顔の少女を置いて立ち去る海燕の耳を思いっきり引っ張って、ピコが叫ぶ。
「何やってるのキミはっ、せっかくのチャンスに」
「……俺は傭兵だぞ、ピコ」
「ずっと、傭兵ってわけじゃないでしょ」
 幾分真面目な表情で海燕はピコを見つめ。
「名前を教えて、親しくなって、何が残る?戦争が終われば、俺はこの国を去るし、あの娘だって、争いとは関係なさそうな女の子だ……無理に接点を探しても、お互い不幸になるだけだろう」
「……キミの言ってることは正しいと思うけど…でも、でもね…」
「と、いうか……俺はあそこの物陰で待機してたらしい男の方が気になるが」
「え?」
 海燕に促されて、ピコがそちらに視線を向ける……と、確かにそんな感じの人影が見える。
「あの3人組も、おおかたあの男に雇われてやった事じゃないのか……俺があの男のかわりをやって、知り合っても馬鹿馬鹿しいだけだ」
「……もういい、わかったよ」
 海燕の肩に腰掛けて、ピコがぷいっと横を向く。
「……傭兵の宿舎はシーエアー地区…港の近くだな、今日はゆっくり休もう」
「……うん」
 
 傭兵宿舎では、一人に一部屋が与えられ……戦場で剣を抱いて眠りにつき、戦いが終わればお払い箱の生活をしていた2人にとって、それは新鮮な驚きがあり。
 もちろん、豪華な部屋であろうが、質素な部屋であろうが、海燕にとっては同じなのだろう……ベッドの上で、静かな寝息を立てている。
 もちろん、怪しげな人間が近づけばピコが教えるまでもなく、すぐに目を覚ます。
 ピコのために、と開けたままの窓辺に腰掛けて……夜空に浮かぶ月を見上げながら、ピコは自問する。
「……私のせいなのかな」
 自分がいなければ、海燕はこの前の国で仕官して……平和ではないにせよ、それなりに落ち着いた日々を過ごしていたのではないだろうか。
『助けられるときは助けてくれた…』
 チクリ、と胸が痛む。
 その胸の痛みは自分への罰だ……いや、罰と言うには軽すぎる痛み。
「……キミを、助けてあげられるのに、助けなかったことがあるんだよ、私は」
 あの後……海燕から目を離せなかった日々が続いた。
『元気だせとは言わないけど…食事はとらないと』
『お金はあるんだし、しばらくぱーっと遊ぼうよ』
『ねえ、この国にいったらいいことがあるような気がする』
 いろんな言葉をかけて……でも、本当に言いたいことは言えなくて。
『死のうなんて、考えちゃダメだよ』
 その言葉を口にしたら、本当にそうしてしまうような気がしたから。
 あの胸が張り裂けてしまいそうな日々の記憶も、やがて遠くなり……今では、チクリとした痛み程度になり果てて。
 それなのに、あの夜、あの少女と海燕が同じ部屋で……あの光景を思い出すだけで、ピコは自分の胸をかきむしりたくなるような気持ちに襲われる。
「……」
 ベッドの上で眠る、海燕に視線を向けた。
「キミを……幸せにしたいんだよ、私は……多分」
 
「おはよう、もう朝だよ」
「おはよう、ピコ」
 間髪入れずに帰ってくる明瞭な返答……元々起きていたのではなく、傭兵としての生活の長さと、戦う人間としての海燕の資質の高さ故だ。
「ほらほら、早く着替えて、今日から鈍った身体を鍛え直さなきゃ」
 ふっん…。
「鈍ってるように見えるか?」
 目にも止まらぬという表現にふさわしく、一度抜かれたはずの海燕の剣は、風斬り音だけを残してすでに収められている。
「そりゃそうだけど…騎士養成所に通い、教官の指示に従うこと……決められてるから、仕方ないじゃない」
「騎士養成所を傭兵連中が使ったら、騎士の連中はどうするんだ?」
「……一緒に訓練するんじゃない?」
「……傭兵と正規軍の連中が仲良くやっていけるとは思えんが」
「一緒に戦う仲間なのにおかしいよね」
 と、ため息をつくピコに、海燕が苦笑する。
 海燕と共に、数々の戦場を渡り歩いて……それでも尚、そんな疑問をなくさずにいられる性格を微笑ましく感じたのか。
「まあ…この剣も、もう換え時だからちょうどいいが」
 と、呟いた海燕に、ピコがびっくりしたように言う。
「え、もう?」
「前も言ったが、手に馴染みすぎた武器は、使わない方がいいんだ……自分が思うより先に、気持ちをくんで動いてしまうから」
「それはそうだけど…まだ、半年も使ってないから」
 自らの手足のように武器を扱う……それが理想とされるはずなのに、海燕はそれを否定し、自分に馴染んだ武器は次から次へと換えていく。
 ピコと初めて出会ったときに持っていた異国の剣……海燕にとっては故郷の剣なのだろうが、それを使わなくなって久しい。
 もちろん、手入れは欠かさないようだが……他の武器と違って、決して捨てようとはしない。
 『父にもらった刀なんだ』とは言ったが、多分理由は別の所にあるのだろう……あの少女を斬った剣だけに、海燕としても複雑な感情があるだろうとピコは推測している。
「さて、ピコに怒られる前に出発するか」
「キミも、なかなかわかってきたね」
 
 本来は統制のとれた空間なのだろうが、いろんな国籍を持つ傭兵連中が加わっただけで騎士養成所は雑多な雰囲気に包まれており。
 既に訓練らしきモノを始めている連中を見て、ピコがぽつりと呟いた。
「……なんか、弱そうな人ばっかりなんだけど」
「気が重くなるようなことを言うなよ」
 味方のレベルが低い……それは死の危険の高まりを意味していて。
 おそらく、スィーズランド連邦がドルファンに派遣する傭兵を選別したわけではないだろうから……レベルが高いというか、長く生き延びてきた傭兵達がそろってここに来ることを望まなかったのか。
「ヴァルファヴァラハリアンか…」
 全欧最強と名高い傭兵軍団、ヴァルファバラハリアンがプロキアに雇われた……その事実が、半鎖国政策をとっていたドルファンをして外国人傭兵の雇い入れに踏み切らせたのだが、ある意味それが裏目に出たのか。
 かつてシベリアで、海燕はかの傭兵軍団と対峙したことがある。
 全欧最強と称されるヴァルファに対して、東洋最強と称される、シンラギククルフォンの激突……とは別の、フリーというか、単独で雇われた傭兵としてシンラギ側と同じ陣営に海燕はいた。
 まともにぶつかり合えば、さぞかし見物人にとっては最高の見せ物であっただろうが……最高の傭兵団が最悪の雇い主に雇われた、愚劣な戦いとしかいいようがなく。
 ヴァルファの誇る13騎将のうち5名が命を落とし、天を走るシンラギの両翼と呼ばれた片翼が軍団ごと消滅し……そしてお互いの雇い主は無傷。
 シンラギの残った片翼であるグエンが吐き捨てた『クズどもが』の言葉が、今も海燕の耳に残る。
 それはそうと、ヴァルファとこの連中が戦えば……人数的な優劣ではなく、勝敗は火を見るよりも明らかで。
 別に傭兵同士だけが戦うわけでも……だが、かつて陸戦の雄と恐れられたドルファンの雄名と、海の覇者と異名をとるアルビア王国との同盟により、ドルファンはここ20年ほど平和な日々を過ごした。
 伝説にして、ドルファン史上唯一の聖騎士、ラージン・エリータスがこの世を去り……陸戦の雄の名を支えた騎士達が代替わりした今……内陸国として港を求めて周辺国に数々の戦争を仕掛け続けるプロキア軍とどっちが上か。
 既にプロキア軍は国境都市ダナンを占領したとの噂が本当ならば、明日にも戦いの日々が始まる。
「……キミ、怖い顔してる」
「この戦争、負けるぞ」
 ピコだけに聞こえるように……もちろん、ピコの姿が見えないのと同様、声も聞こえないから、独り言をぶつぶつと呟いている妙な東洋人などと見られないための配慮だが。
「キミが言うならそうなんだろうけど…」
 と、ピコはちょっと首を傾げ。
「でも…差し迫った危険な感じはしないんだよ?」
「……ピコが言うなら、そうなんだろうが…」
 今戦えば確実に負ける……それは傭兵として生き抜いてきた海燕の目から見た判断だ……が、この時点でプロキア国内で内戦が勃発し、それどころではなくなっていることを海燕は知らなかった。
 
「……結局は、どういうこと?」
「ダナンを占領したのはヴァルファの連中で、その報を受けてプロキア軍が国境に向けて進軍中に首都でクーデターが発生というか……勝ち残った方が、ドルファンに対して敵対意志はないと言ってきた」
「……じゃあ、戦争お終い?」
「本音はともかく、今プロキアは内戦の後始末でがたがただからな……ただ、ダナンを占領中のヴァルファが不穏というか、そりゃ元々の雇い主がゲルタニアに亡命するは、プロキアの新国王は新国王で、ヴァルファとの契約は無効とか言い出せば無理もないというか」
「……傭兵って悲しいよね、やっぱり」
 ピコがため息混じりに呟く。
「……というか、ヴァルファの攻撃に対して、ダナンが戦うことなく占領された方が気になるが」
「……国境都市なのに?」
「……なんか、シベリアでのイヤな記憶を思い出させるな、この感じは」
「雇い主同士が結託してるとか?」
「全面的に……ではないだろうが、この国の一部が向こうと手を握り、向こうの一部がこっちと手を握り…ってとこか」
 ピコは少し考え…。
「そうだね……国境都市を無血占領して、正規軍が首都を離れた瞬間にクーデターじゃ、出来すぎだよね。しかも、勝っちゃったんでしょ」
「ああ…」
「あれ……って事は、プロキアの新国王、ヴァルファ、国境都市を治める領主の3者が、事前に示し合わせていたって事にならない?」
「……で、新国王は、ヴァルファに対して契約は無効。国境都市のダナンを解放せよ……と言ってるわけだが、ただの猿芝居か、もう1人か2人、それらを演出した黒幕がいるって事になる」
「……なんか、ややこしくって頭いたくなってきた」
 と、ピコがこめかみをおさえた。
「……まあ、そういうわけで戦争がお終いって事にならないはずだ」
「でも、すぐに戦争…じゃないよね?ずっと養成所で訓練してろって事?」
「……半年や1年で終わらない感じだな、この戦争は」
 そんな海燕の呟きに、ピコはどことなくホッとしたような表情を浮かべたのだった。
 
「見て見てっ、あんな可愛い女の子が、怖そうな犬に襲われようとしてるよっ?」
「だから…言われなくても助けはするって」
 やはり違和感を覚えつつ、海燕が犬を追い払う。
「…お兄ちゃん」
 海燕を見上げる少女の目がキラキラと輝いていて。
「ロリィの王子様…?」
「……」
 まわれ〜右っ!
「ちょ、ちょっと、キミ、なんでいきなり逃げ出すのさっ!?」
「いや、接点がない以前に、なんか関わりたくない」
「あの女の子と知り合いになれば、お姉さんとか、友達とかいるかも知れないじゃないっ?」
「それはそれで、ひどく失礼だと思うぞ」
 
「……とか言ってるから、こうなるんだよ」
 5月1日。
 今日は、春の訪れを祝う五月祭が、ドルファン城の南、サウスドルファン駅を中心に催される。
 ドルファンの気候的にはとっくに春はやってきているのだが、これは大トルキア帝国の頃から続くお祭りで、トルキア帝国の首都はドルファンよりずっと北方に位置したことに加え、ドルファンの気候が帝国内部において極めて温暖な地方であったことから生じたずれである。
 国境都市が以前ヴァルファによって占領されたままという不穏な状況のせいか、例年より人出は少ないとのことだったが、右を向いても、左を向いても、人、人、人の群。
 なのに、海燕の知り合いは一人もいない。
「知り合いがいなきゃいけないのか?」
「だって、一人は寂しいじゃないっ」
「……」
 器用だが、武骨な海燕の手……その人差し指が、やさしくピコの頭にのせられる。
「1人じゃないだろ?」
「ひ、一人みたいなもんじゃない、私の姿は誰にも見えないし、声だって聞こえないんだからっ」
 そう叫ぶピコの顔が赤いのは、怒りか、それとも別の感情か。
「は〜い、お兄さん、ちょっと人数足りないからこっちに来て…」
 何かのイベントのスタッフらしき人間が、海燕の腕をひく。
「何の用だ?」
「おっと、何も知らないか?五月祭名物に、花嫁コンテストってのがあってね」
「…どう足掻いても花嫁は無理だと思う」
「ははは、最後まで聞きなよ」
 と、男は陽気に笑い。
「花嫁コンテストだけじゃ片手落ちだってね、去年からナイスガイコンテストを実施したんだが、これが人の集まりが悪くてね。不愉快な言い方かも知れないが、アンタ東洋人だろ。この国じゃ珍しいからね」
「なるほど、人寄せか」
「で、どうだい?」
「参加しなよ。何事もチャレンジってね」
「……」
「後ろに誰かいるのかい?」
「いや、……まあ、人寄せになるかどうかわからないが、参加させて貰おう」
「そうかい……っと、アンタ何か芸は出来るかい?」
「芸?」
 と、海燕はもちろん、ピコも首をひねる。
「いや、観客の前でダンスを披露したり、マジックをしたり、おひねりをばらまいたりして、容姿とそれらの芸を総合して投票してもらうんだが…」
「……最後の1つは買収っぽいが、まあそれっぽいことならある程度は」
「そうかい、それは良かった……さ、会場はこっちだ、ついて来てくれ」
 
「なにさっ、この国の人間は全然見る目がないんだからっ…」
 と、コンテストが終わって一人プリプリと怒っているピコ。
「やはり、フラフープがまずかったか…」
「怪しげなダンスや、大食いよりよっぽど良かったよっ」
「まあ、珍しいって事は、この国の美的感覚にそぐわないって事にもつながるわけだし……というか、元々大した容姿でも」
「何言ってるのさっ、キミは格好いいんだからね。何年か前、仮にも一国の王女様にあんなに懐かれてたこともあったんだから、もっと自信もちなよ」
「ああ、そんなこともあったな……と、いうか、アレは一応東洋圏だったが」
「ハハハハ、無様だな東洋人」
「また出たよ、この人…」
 呆れたようにピコが呟く……もちろん、相手にピコは見えていない。
 先日、騎士養成所に現れて、そこで訓練する傭兵連中に向かって散々イヤミを言って去っていった男……だが。
「……っていうか、きっとあの時の仕返しだよね」
 ドルファン国に到着した当日の、港での出来事……この男が、あの時物陰から出番を窺っていた男であることは、海燕もピコもわかっていて。
 ドルファン国史上唯一の聖騎士の称号を受け、陸戦の雄と称されたドルファン陸軍と同時に全欧にその名を知らしめたラージン・エリータスの息子らしく。
 人を人とも思わぬ傲慢な態度、自らの出自からくる選民思想……それほど顔を合わせたわけでもないのに、人としての欠点を数え上げればキリがないのはすぐ知れた。この国の王立会議に名を連ねる名門エリータス家の血筋とはいえ、所詮は三男坊で、家を継ぐことも出来ない穀つぶしである。
 こうして他人に威張り散らすのも心の中の屈折が原因だと思えば、哀れなモノで。
 多少険があるのは性格的なモノだろうが、涼しげな目元に輝くようなブロンド……実物を見たことはないが、伝説の聖騎士ラージン・エリータスなり、今現在エリータス家を切り盛りしている女傑のマリエル・エリータスは、さぞかし、美男美女であったのだろうと思わせる容姿ではあるのに。
「さらばだっ、東洋人……フフ、フハハハハッ」
 男の…ジョアン・エリータスの背中を見送りながら、ピコが呟く。
「……あの人ってさ、ひょっとしなくても孤独な人?」
「友達いなさそうだよなあ…」
「そうだよ、いつも一人でいると、キミもあんな風になっちゃうよ?」
「それはさすがに、イヤだな…」
「大丈夫、キミはあんな風にはならないよ、絶対に」
 と、一体どうしたいのか、ピコが取りなすようなことを言い。
 ふっと、海燕が何かに気付いたように顔を上げた。
「どうしたの?」
「いや……ひょっとして、俺はあの男と知り合いって事になるのか?」
「……」
「……」
 ピコと海燕はしばらくお互いの顔を見つめ合い、同時に首を振るのだった。
 
 
 
 
 まあ、例の長編を書く勇気は湧いてきませんが……そうだよね、久しぶりにみつめてナイト書いてみたいよなあ、そういえば、ピコの話は書きようがないとかいって投げ出したけど、あれから数年経ったせいで、やりようによっては書けるような気がしてきたなあ……などと。
 今となっては、既にみつめてナイトが発売されてから10年……知らない人には、こんな感じのゲームだよ、と紹介しつつ、知ってる人には、大嘘だ、みんな騙されてるよっ、などとツッコミを入れさせるようなお話を目指しつつ、(笑)例の長編の構想を適度にちりばめて、読み手の想像力をびしばし刺激させられたらいいなあ……などと、綺麗事はおいといて。(笑)
 まあ、詳しくは述べませんが、ただいま現実逃避中。(笑)
 一応は続き物で、プレイヤーの3年間……をいろんなイベントを紹介するような感じで書いていきたいと思います。
 というか、ピコをヒロインとして書くなら、こういう形しかないか……と。
 
 余談ですが、ゲームの中で示される情報に準じた部分と、ゲームの中で示された情報をさらりと無視して作り上げた仮想歴史というか世界になってます。
 高任自身も大好きなゲームですし、作品その物の雰囲気を壊さぬように出来るだけ心がけますが……そこ、偽チョコの例のあるからなあ、などと歯茎を見せて笑わない。
 つーか、久々に書くので前半部分ちょっと熱意が空回りしてるっぽいですが、トルキアおよび、ドルファンの歴史の記述を読んで、にやりと笑ったり、ちょっと待てよ、とかつっこめる方は、かなりのファンというか、マニアだと思います。(笑)
 つーか、旧家の両翼がピクシス家とエリータス家だとしたら、建国時からの功臣はその2つの家ってことになるはずで。
 じゃあ、ゲーム開始当初に名を連ねていたベルシス家とカイニス家は……はて、建国から200年、何があったのか……というか、何をでっち上げようか、などと。(にやり)

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