「今日は夕方から叙勲式だね。キミの人格とか素行には問題ありまくりだけど、戦功だけならずば抜けているから、楽しみだね」
 などと、ピコがのんきなことを言う。
「おいおい、ピコ」
 俺は微笑みを浮かべて言った。
「叙勲式なんか出ずに、この国を出る船に乗るに決まってるじゃないか」
「うわあ、人間のクズっぽい発言に、何故かほっとしてる私がいるよ…」
「……爆発は無しか?」
「あのねえ…」
 ピコはため息をつき……そっぽを向いたまま話し始めた。
「全部が全部肯定はしないけど、ひどい別れ方をすることで、前に向かって歩ける女の人がいるのは認めるよ」
「……そうだな」
「それとは逆に、美しい思い出を必要とする人もいるんだね」
「まあな」
「たぶん……キミは、私が思うよりもずっと深く、相手の女の人のことを考えてる……ような気がする」
「まあ、全部が全部、うまくいくとは限らないが」
「ただ…さ」
 ぐりんと、ピコの目が俺を向いた。
「最初から1人に絞ればいいだけの話じゃない?」
「はっはっはっ。それは難しいな…」
 ピコはため息をつき……呟いた。
「その点で、やっぱり私はキミとは分かり合えないよ…」
「ははは…」
「何がおかしいのさ」
「お互いに理解し合ったその先には、たぶん、何もないぞ」
「……どういう意味?」
「意味は無い、ただ俺はそう思うだけだ」
 そう、そこには何もない。
 過去も、未来も、そして今さえも。
 
「叙勲式。そして契約解除の後、国外退去…」
 その流れに沿えば、傭兵連中がドルファンを出国するのは3月16日の事になる。
「だが俺は、そんな常識には捕らわれない」
 クソの役にも立たない叙勲式なんか知ったこっちゃないし、厳密に言えば契約違反の出国も、だからどうしたって話だ。
 それに、女性達とも最後の別れは済ませてある。
「……」
 済ませてあると言ったら、済ませてあるんだ。
 ピコの視線から逃げるように、俺はこれから乗る船を見上げた。
「……おや?」
 俺の肩で、ピコがいきなり笑い始めた。
「あははは。全員を出し抜くわけにはいかなかったみたいだね」
「そうか……彼女は、出入国管理局の人間だからなぁ」
 しかし昨日の今日で、旅支度とは……なかなかに素早い。
「どうする?どうするの?」
 なんだか楽しそうだな、ピコ。
「別に、俺は船に乗るだけだ…」
 
「国を追い出されるのには、いい日ね」
「良く晴れているが、沖に出ると揺れるぞ」
 彼女……ミューは、俺をじっと見つめてきた。
 思えば、この国にやってきて初めて会った女性は、彼女だったか。
「メッセニ中佐の事は吹っ切れたのか?」
「他人事のように言わないで…貴方が、吹っ切れさせたのよ」
 これは、手強い。
 ミューの微笑みを見て、俺はそう思った。
「安心して」
「何を?」
「貴方がこの船に乗ること、誰にも言ってないから」
「そのつもりなら、偽名を使ったさ」
 たったったっ…。
 ひたと俺を見つめていたミューの視線が動いた。
 真っ白なドレス。
 彼女は、ウエディングドレスをまとって、俺の胸に飛び込んできた。
「……キャプテンさん」
 ソフィアだった。
「うわあ、わざわざジョアンとの結婚式を抜け出してやってきたんだこの娘…」
 どこか呆れたようなピコの呟き。
 俺の後を追いかけるつもりなら、最初から結婚式をすっぽかせばいいだけの話で……そこを、わざわざ式の途中で抜け出してウエディングドレスのままやってくるのが、ソフィアのソフィアたる所以というか、悲劇のヒロイン回路というモノだった。
 俺はちょっとばかり、ジョアンを気の毒に思った。
「……来ちゃいました」
 俺の身体にしがみついたまま、震える声でソファが言う。
「何が『来ちゃいました』だ…」
 反吐でも出そうな口調。
 俺とソフィア、そして呆気にとられていたミューがそちらを振り向いた。
「よう、キャプテン」
「ジーンか」
「ソフィアだっけ?教会は大騒ぎだぜ…まあ、おかげでオレも、この船に乗ることができたんだけどよ」
 ジーンはそう言って、船から身を乗り出すようにして大声を上げた。
「悪い。その馬車、戻しといてくれ」
「おい、仕事放棄か?」
「へっ……昨日付けで、やめちまったよ。今日のは、ちょっとした手伝いだ」
 そしてジーンは、穏やかな笑みを沖に向けた。
「運が良かった…ホントにな」
「…キミにとっては運が悪かったよね」
 だから、何でそんなに楽しそうなんだピコ。
 ふっと、ミューがため息をついた。
「どうした?」
「聞いたことない?1匹見つけたら30匹はいると思えって…」
 
 ミューの言う30匹は大げさだ。
 うん、大げさだ。
「うんうん、今まさに、キミの人としての器が問われているよね」
 うむ、この状況を前にしてやたら楽しそうなピコの人格にも、多少問われるところがあるような気もするが。
 まあ、それはそれとして…何名か、腑に落ちないメンツがいるのが気になって仕方がない。
「プリム」
「はい」
「プリシラに頼まれたのか」
「首になりました」
「……?」
「メイドの分際で、主人に手をあげましたからね…仕方ありません」
 そう言って、プリムは目を伏せ。
「貴方に、責任をとってもらおうと思いまして」
「うん、そこはちょっと論理が飛躍したような気がする」
 世界は広い、というか、女は怖い。
「えーと、パン屋の娘さんだったか?」
「ひどい、私の身も心も奪っておいて」
 心はともかく、身体に関しては濡れ衣だ。
 彼女は涙を拭い、そして恥じらうように微笑んだ。
「順序は違うけど、新婚旅行ね」
 ……確か、どこかの国で、これはと見初めた女性を誘拐して、無理やり結婚してしまうという風習があったような。
 うん、世界には様々な文化があり人がいる……頭ごなしにそれを否定するのは良くないことだろう。
 
 そして、船の出港の時間がやってきた…。
 
 
さあ、旅立ちの時
 
 
 ソフィアに対する悪意が半端ねえ。(笑)
  

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