「叔父さん」
「ジーンじゃないか…」
牧場を営むジーンの叔父は作業の手を休めて、ジーンを見つめた。
「今日は休みか?」
「ああ、叔父さん達に話があって……それで、休みをもらったんだ」
ジーンはちょっと笑って。
「しばらく手伝うよ。話は、昼飯の時でいいよな?」
「あぁ…」
「ジーン、何度も言うがあの男はろくなモンじゃない」
「そうだな、みんなそう言う」
怒るでもなく、ジーンは微笑みすら浮かべて叔母の作った昼食を口に運んだ。
「ジーン」
「叔父さん。あいつがろくでなしなら、オレだってそうさ」
人付き合いが苦手と言うより、人間が嫌いだった。
人間が嫌いなのに、人恋しい。
生まれ故郷であるスィーズランドでも、移住先であるドルファンでも、疎外感をいつも覚えていた。
「……あなた」
叔母が、叔父の袖を引いた。
そして、首を振る。
どうしようもなくろくでなしに惹かれてしまう女は確かにいる。
ただ、本当のろくでなしに、あれだけ多くの女が心を惹かれるとは、叔母には思えなかったのだ。
叔父とは違う、女としての感覚というやつだろう。
「……」
叔母は、ジーンを見つめて言った。
「ジーン、幸せになれとは言わないわ。でも、不幸にはならないで」
「はは……まいったな」
笑みを浮かべようとして失敗した……そんな表情で、ジーンは俯いた。
「オレは、この国を出るよ…」
静かに、ジーンは告げた。
涙も拭わず、テディはその手紙を見つめていた。
何度も何度も読み返し、その内容はもはや諳んじることができるほど。
傭兵として、戦場で人を殺す事が仕事の自分にとって、人の命を救うテディの夢はひどく眩しい。
どんな形であれ、テディの夢を潰すことを自分は避けたい。
テディの夢を大事に思う以上に、テディには幸せになって欲しいのだ…。
まさに、全編これ綺麗事で貫かれた手紙に、テディの涙は止まらないのだった。
「う…ふぅぅ…」
また、手紙の上に涙が落ち、染みになっていく。
「好きに…好きになった相手と背負う苦労が、本当の苦労なんかであるはずがないじゃないですか…」
嗚咽混じりの呟き。
そしてまた、テディは手紙を読み返した。
そのまま、どれぐらいの時間を過ごしていただろうか……テディは涙を拭って顔を上げた。
「キャプテンさん…私は医者になります。きっと…」
テディ・アデレード……リタイア。
「なんでさ…」
鎖国政策?
トルク?
それが、何?
ハンナは、走っていた。
石畳の道路はでこぼこしていて、速度をあげればあげるほどに、足が取られそうになる。
ハンナは、サーカス団の猛獣が逃げ出した日のことを思い出していた。
医者は、傷の手当てをしてくれた。
でも、心の傷をいやしてくれたのは…。
間違いを間違いだと指摘し、正してくれたのも…。
走りながら、ハンナの目から涙がこぼれる。
「行っちゃやだよっ!」
すれ違う人々が、ハンナを振り返る。
気にせず、ハンナは走り続けていた。
向かうべきゴールは、まだ見えない…。
「……」
少女の顔は、血の気が失せて蒼白だった。
それだけでなく、尋常ではない汗の量だ。
「リ、リンダお嬢様…」
「……黙りなさい」
セリナ運河に浮かぶ遊覧船……本来ならシーズンオフだが、そこはそれ、文字通り札束で頬をひっぱたき(以下略)。
いや、リンダの名誉のために補足すると、ちゃんと最初にリンダは頭を下げて頼んだのだ。その上での札束である。
「この程度が耐えられないようでは、あの人を追うことなど夢のまた夢…」
リンダの想い人は、ザクロイド財閥にとっての恩人だった。
あの時、オーリマン卿が吹っ飛ばされていたなら、ザクロイドはどうなっていたか。
もちろん、それとは関係なく、リンダは後を追う気満々だったのだが。
すれ違った船のうねりを受けて、遊覧船が揺れた。
「……っ!?」
座席にしがみつくリンダの指先が白い。
蝶よ花よと育てられ、努力はともかく我慢とは無縁で生きてきた彼女が、今、命がけでそれに耐えている。
「…っ、…っ!?」
二度、三度……船の大きな揺れが、彼女の身体を硬直させ、しかし、悲鳴をあげずに耐えていた。
恐怖は、乗り越えるモノ。
そして私は、リンダザクロイドだ。
「……プリシラ王女」
「な、なに?ノックもしないで」
プリシラ王女つきのメイド、プリム・ローズバンクはため息をつきながら言った。
「何をなさっているのですか?」
「べ、別にー♪」
口をとがらせ、ぴー、ぴーと口笛を吹くプリシラ。
「旅支度なら、自分がもてる重さにしないと」
「た、旅ぃっ?な、ななな、何で私が、旅の支度なんかしなきゃいけないのよ」
ずいずいと、足下の荷物をプリムの目の届かぬ所へ押しやろうとするのだが、重すぎて動かない。
「王室会議で正式に、傭兵の国外退去が決まるようですね」
「え、ええ、そうね…まあ、戦いも終わったことですし…おほほほ…?」
気が付くと、プリムの背後に、メイド長やらその他の人間がわらわらと。
「ちょ、ちょっと。何のつもりよ」
プリムは、それに応えず……ごくさりげない仕草で、ほうきを手に取った。
がん。
「……きゅう」
気絶したプリシラが、床の上に倒れるのをメイド長が支えた。
主人であるプリシラ王女を殴り倒しておいて、プリムは平然と言った。
「これで、2日は目を覚ましません」
プリシラ・ドルファン……リタイア?
「……なんだろう。キミが手を出してない相手程、キミに強く執着してるような気がするよ」
ピコが感慨深げに呟いた。
今日は朝から忙しそうに飛び回っていたが、いったい何を見て回ってきたのやら。
もう、ゴールしてもいいよね
思えば遠くに来たもんだ。
たぶん全30話になりそうだけど、23話ぐらいは必要ない。(笑)
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