「さて、と…」
俺は、マリーゴールド地区の立派な屋敷の裏門を通り抜け……そのまま西に向かって歩き始めた。
「……どこ行くの?」
「ん、病院。ちょっとテディのご機嫌伺いに」
「……他の女を相手したその足で会いに行くかな、ふつー」
「はっはっはっ、俺は普通じゃないからなあ…」
「ああ、うん…世間一般には、普通以下って言うか、クズ野郎とか、女の敵とかいうよね、きっと」
「女の1人も幸せな気分にさせられずに人格者と呼ばれるぐらいなら、俺はクズ野郎と言われても女性を幸せな気分にさせられる方を選ぶね」
「……ここ、『幸せにする』じゃなくて、『幸せな気分にさせる』ってとこがポイントだから」
「誰に向かって喋ってるんだ、ピコ?」
「さあね……」
ピコがぷいっとそっぽを向き。
「人格者って呼ばれた上で、女の人を幸せにするって選択肢はないんだ?」
「それは難しいぞ、ピコ?」
「そう?本当にそうかな?」
「はっはっはっ……世に人格者と呼ばれる男ってのは、大概女を不幸にするモノさ」
俺は自信たっぷりにそう答えた。
はったりではなく、俺にはそれに関して自信がある。
「……」
さて、病院が見えてき……。
「……ど、そうしたのっ?」
いきなり、物陰に隠れた俺を心配したのか、ピコが聞いてくる。
「い、今の…フードを目深にかぶっていたが…ありゃあ…」
「ねえ…女性トラブル?」
俺は回れ右をして……教会へ向かった。
ん、教会…?
なんか、大事なことを忘れてるような……。
ばあんっ。
「おや、これは…」
「ぜーるびすぅっ!」
「な、なんですか…ここは、教会で…」
俺は、ゼールビス神父様の胸ぐらをつかみ上げて言った。
「メネシスがいる」
「……は?」
「メネシスがいるってんだよ、この国に」
ゼールビスは、指先でくいっと眼鏡の位置を調節し、何でもないように言った。
「ああ、ご存じなかったんですか?彼女なら、カミツレ地区のラボで日夜研究を続けて……」
「なんだ、知ってたのか……」
俺は、つかんでいたゼールビスの体を放した。
「随分と余裕じゃないか、色男」
「ああ、彼女は例によって、世俗のことに興味はありませんからねえ…たまにドルファン病院で患者を診たりしてるようですが」
ゼールビスは苦笑を浮かべ。
「私が、この国にいるなんて知りませんよ……って、どこへ行くつもりです?」
「もちろん、メネシスに会いに」
「……会ってどうします?」
「そりゃあ、愛しのゼールビスがここにいるぞって…」
「やめてくださいよ……今さらどの面を下げて」
がっしと、ゼールビスの首筋を捕まえて。
「この面を下げて、お前が、メネシスと、会うんだよ」
一語一語、区切るように言う。
「面白そうな話をしているな」
「おお、ライナノール。元気そうだな」
「ふ、ふん……まあな。貴様を殺すために腕を磨かねばならん。元気なのは当たり前だ」
相変わらず、というか修道服に身を包んだライナノールがそっぽを向いた。
そして、何故かピコが優しい目でそれを見ている。
「それで…なんだ、その…メネシスというのは?」
「おお、昔なじみでな……この、女心を理解しない、化学バカのことに昔から惚れてるんだ、これが」
「……」
「……どうした?」
ライナノールは斜に構えて。
「ゼールビスをだしに、貴様が手を出すつもりだろう」
「何をバカな」
俺は心外だと言わんばかりに手を振った。
「本当に心から惚れている相手がいる女に、手を出したりするものか」
「……」
ライナノールが俺をにらみつけ……ふっと動揺したように目を背けた。
はて?
「と、いうか……彼女が、貴方のことを殺したいほど憎んでるって事忘れてませんか?」
「はっはっはっ、細かいことは気にするなよゼールビス」
俺は、ゼールビスの首を締め上げながら言った。
「メネシスが幸せになるのなら、俺が憎まれるぐらいは何でもないことさ、違うか?」
「はあ…私の意志は無視ですか?」
「男は、女に幸せを与えるために存在する。男であるお前の意志はどーでもいい」
ゼールビスがため息をつき。
「あなたは、ひどいことを言いますね…」
「ひどいのはお前だ、ゼールビス…メネシスの気持ちを知りながら無視し、あまつさえ行方をくらましたまま、連絡すらしなかったそうじゃないか」
「……それってさ、いつもキミがやってることじゃ…」
むう、ピコは何か誤解しているようだ。
手を出してから消えるのと、手を出さずに消えるのは全然違うんだが。
「ゼールビス。まずは手を出してから考えろ。それからでも、全然遅くないぞぉ」
「〜〜〜っ!!!」
うなりを上げてほうきが飛んできた。
「2人とも、私の前から失せろぉっ!」
ライナノールの怒号に押し出されるように、俺とゼールビスは教会から飛び出した。
「嫌われてるなあ、ゼールビス」
「……まあ、否定はしませんが」
と、何か言いたげにゼールビスが俺を見る。
「さて……行くぞ」
俺は、ゼールビスを抵抗できない状態へと…。
「あら?」
震えた……と、いうか思い出した。
教会には、シスターがつきものだ。
「神父様に、何をなさっていらっしゃるの?」
「俺たち、友人だよなあ、ゼールビス」
さすがに苦しいかと思ったのだが、意外にもゼールビスも合わせてくれた。
「もちろんですとも」
「あら、そうでしたか…」
シスターは、微かに目礼し……教会の中へ姿を消した。
「……」
「……」
「ゼールビス…あのシスターとは、一体どういう関係なんだ?」
「そのあたり、少し複雑でしてね……できれば、メネシスのことは伏せていただきたい」
「そうか……お前はお前で、苦労してるんだな」
ゼールビスは、意外そうに俺を見つめ。
「貴方は、過去以外で何か苦労してるんですか?」
あ、ピコが反応した。
どうも、俺の過去に興味津々なんだよなあ…。
俺の様子を見て何を思ったのか、ゼールビス神父様はため息をついて。
「まあ、街の男たちが言うように、私は貴方をお気楽な女たらしだとは思ってませんけどね…」
うわ、慰められたよ…それも、よりによって、ゼールビスに。
「と、いうか…ライナノールをどうするつもりですか?」
「まあ、生きてりゃ、何かしらいいことがある」
また、ゼールビスがため息をついた。
「……貴方は女で身を滅ぼしますよ、きっと」
つづくの。
伏線をはるだけはってスルー。
時々、それに憧れます。
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