「……ねえ」
「断る」
「面倒だから?」
「そうだ」
 俺は今、ドルファンとプロキアの国境……テラ河にいる。
 先日の大雨で増水……といっても、今はだいぶん穏やかになっていて、場所を選んで渡河しようとおもえば、できるだろうという感じ。
 まあ、ドルファン軍がそれを阻止するために布陣しているわけだが。
 その河の中州に1人。
「ドルファンには、俺と水遊びしようってやつは1人もいないのかっ!?」
 などと、おそらくはヴァルファの将軍の1人であろう男が、挑発するように声を張り上げていたりする。
「もう12月なんだ、水遊びの季節じゃないよなあ」
「……そういう意味じゃないと思うよ」
 と、ピコがため息をつく。
「まあ、河を挟んでるせいで、攻めるに難く、守るに易いお手本みたいな状況だからなあ……別働隊の存在がなければ、にらみ合うだけにらみ合って、現地解散の戦いだ」
「戦争は国に帰るまでが戦争だよ」
「うむ、それは名言だ」
 俺は大きく頷いた。
 まあ、それはそれとして……あの中州で頑張ってる男のやっていることには、この戦いにおいて何の意味もない。
「じゃあ、なんで頑張ってるの?」
「坊やだからさ」
 ふっ、一度言ってみたかったんだよな……さすが、ピコ。
 
 俺の読み通り、被害もなく戦いは終わるはずだったのに、撤退したヴァルファを追撃しようと突出した部隊がでて、1人たりとも帰ってこなかった。
 無駄死にとしか、言いようがないな。
 
 テラ河の戦いから帰ってきた俺は、挨拶まわりのために約1ヶ月を費やし、終わった頃にちょうど年が明けた。
「挨拶する相手、多すぎないっ!?」
「クリスマスも挟んだからなあ」
「……と、いうか…子供達のプレゼントとか、キミ、お金とかどうしてるのさ?」
「はっはっはっ、あるところにはあるもんだよなあ」
「……ま、まあ……キミが、私利私欲に走ってるわけじゃないから、深くは突っ込まないけど…」
「金は所詮道具だからな……人を幸せにする事だけを考えればいいんだ」
「う、うーん…」
 ピコが首を傾げつつ…頷いた。
「……」
 俺は、さりげなく脇道に入った。
「ど、どうしたの?」
「あ、いや…ちょっとな…」
「なに、会いたくない女でもいたの?」
「うむ、確かにその通りだが…たぶん、間違ってるぞ」
「……?」
 ピコが、後ろを見た。
「あ、シスター」
「……っ」
「ちょ、ちょっと…どうしたのっ!?」
「馬鹿、わざわざ脇道に入ってきたって事は、俺のことを追いかけてるんだって…」
「キ、キミっ、神に仕えるシスターにまで手を出しちゃったのっ!?こ、この、罰当たりっ!」
 俺はピコに反論することもなく、曲がり角を曲がったところで壁に手をかけて飛び越えた……。
 
「……あら」
 シスターは自分の胸元を見つめ、微笑んだ。
「これは、一本とられましたわね」
「あ、いや……貴女の思惑を外すことだけ考えていましたので」
「いえ、ご自分ではお気づきになっていないようですけど、以前より一皮剥けたようですね…」
 俺の手は、シスターの胸を……まあ、ダイレクトに表現すると。
 わしづかみ。
 もちろん、ピコは俺の耳元で金切り声を上げている。
 それはそれとして……この、シスターは一体何者なんだろう。
 まあ、考えるだけ無駄かも知れない。
 今もひしひしと、全身に……まあ、彼女がその気になれば、俺が死ぬのは明らかだ。
 ただ、彼女の胸に触れている分…その瞬間を察知することだけはできそうだが。
 ふっと、シスターの視線が……。
「ま、待ってくれ」
 声を出した。
 シスターの視線の先には、ピコがいる。
 見えているかどうかはわからないが、その存在をしっかりと感じているのは間違いないだろう。
 そして、ピコもそれに気付いたようだ……脅えたように俺の背後に回った。
「……」
 シスターは黙って俺を見つめ、俺もまた彼女を見つめた。
 やがて…。
「貴方……まだ強くなれますわよ」
「いや、さほど興味は…」
「あら、もったいない…」
 シスターはため息をつき、ちょっと笑った。
「その気になったら、いらっしゃい……また、稽古を付けてあげるから」
 皮膚の下、筋肉のわずかな動きに促されて彼女の胸から手を離す。
 彼女は軽く頭を下げて、俺に背中を向けて去っていった。
 
 そして。
 
「何あの人っ、何なのあの人っ。こわいっ、すっごく怖いっ!」
「……だから、前から言ってるじゃないか…」
 俺にしては珍しく、ため息混じりに呟く。
「……ごめん、ホントにごめん…今の今までまったく、気付かなかった」
「まあ、俺もピコのことは言えないんだが…」
 ああ、ちょうど1年ぐらい前か、あれは…。
 あの時、遊ばれるまで俺もまったく気付かなかったしな。
「世界は広いよなあ…」
「……そうだね」
「と、いうわけで……俺は世界で5番目に強い」
「……世界中を巡ったら、100番ぐらいになったりして」
「世界で100番なら、捨てたもんじゃないだろう」
「あはは、まあ…ね」
 俺とピコは、笑いあった。
「あ、キャプテンさん」
「おや、ステイシー……今日はお休みかい?」
「ふふっ、新年ですもの。今日は国中どこもかしこも、お休みですよぉ」
 彼女は、ドルファン銀行で働いている。
 栗毛を短くカットした、小柄な女性だ……まあ、銀行襲撃のあれがきっかけで、お知り合いになったわけだが、今のところただのお知り合いだ。
 ……というか、彼女には恋人がいて、幸せなのだ。俺の出る幕はない。
 もちろん、彼女とはそのまま別れた。
 別にピコの視線が気になったとか言うわけでは決してない。
「……彼女には恋人がいて、幸せなんだぞ?」
「……キミの判断基準は、私には難解なの」
 ピコはぷいっとそっぽを向いて。
「さっきは……私のことを守ろうとしてくれたくせに…」
 ぼそぼそと、呟いたのだった…。
 
 
つづく
 
 
 つづく…だけのよう気がする今日この頃。

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