「夏も、終わったねえ…」
「いや、待て待て待てっ!?」
俺はぶんぶんと首を振った。
「男が故郷を求める季節、それが夏。そして男は女性から生まれてくる。つまり、男にとって、女性は故郷なんだっ!」
「あ、うん、そーなんだ……でも、終わったから、夏」
……どうやら、夏は終わったらしい。
「……というわけで、今年も王女様から、誕生パーティの招待状が来てるけど?」
「早いな、展開」
「それで、どうするの?」
「行かない」
ピコはちょっと首を傾げて。
「なんで?王女様だよ王女様」
「別に2人きりになれるわけでもないだろうし…」
俺はちょっと言葉を切った。
「なに?」
「いや、この国の貴族連中やらが顔を出すわけだろう?」
「……」
「あー、つまりだな……俺を見つけた瞬間に、手袋をたたきつけてくるかも知れない連中の心当たりが両手の指では足りないんだな、これが」
「キミってさ……とことん、フリーダムだよね」
深くて重いため息をピコが吐く。
「……この国から逃げ出すのも時間の問題かぁ」
「はっはっはっ、まだ大丈夫だと思うぞ」
「うん、まあ……キミのそのあたりの判断力に、口を挟むつもりはないから」
さすがピコだ。
この絶対の信頼感こそが、長きにわたって旅を続けてこれた理由といえるだろう。
「……諦めた、とも言うけど」
次の日の夜。
どんどんどんっ。
「……何の音?」
「風の音」
「あ〜良かった」
どんどんどんどんどんっ!
「ちょっとぉっ、開けなさいよぉっ!」
「自分もノリノリだったくせに…」
俺はドアを開けた。
「フラワーハリケーンっ!」
俺の顔面を襲うバラの花束……を、余裕を持ってかわしておいて。
「花束をそんなに手荒に扱うモノじゃない」
「な・に・を・ぬ・け・ぬ・け・とっ!」
ぶん、ぶん、ぶん、ぶんぶんっ!
息の続く限り振り回したようだが、俺には当たらない。
「……に、2年連続で、私の誕生パーティをすっぽかすって、どういう了見よっ!」
「……王女様が、こんな夜更けに1人、男の部屋にやってくるってのはどういう了見なんだか」
ピコの呟きはもちろん、王女には届かない。
「いやあ、俺が出席したら、誕生パーティが一転、決闘騒ぎになったぞたぶん」
「あー、あー、あー、そうねっ」
王女は、こめかみのあたりをしきりに指先で揉みほぐしつつ。
「あっちこっちで、色々やらかしてるみたいじゃない、貴方」
「満たされない女が多い国は、将来がとても不安だ」
「その割には、やたらピンポイントで綺麗所と噂になってるみたいだけどっ!?」
「……男って生き物は、金を持つと、とにかく美女に手を出したがるからなあ」
困ったもんだと、俺は首を振る。
「金持ちの家系に、とかく美男美女が多いのは、そういうことなんだろうが……女性の魅力を外見だけに求めるのは、即物的としか言いようがないな。嘆かわしいことだ」
ぶん、ぶぶん、ぶん、ぶん、ぶぶんぶん。
「……ぜーはー、ぜーはー、ぜーはー……」
「水でも飲むか?」
「……いただくわ」
「いいか、プリシラ……女は1年かけて子供を1人産む。それに対して、男はただ種を提供するだけだ。1日1人どころか、それ以上だって可能だ」
「……」
「つまりだな、男にはいくらでも替えがきくが、女というのはかけがえのない大切な存在なんだ。女を大切にしなかったり、ましてや殺すなどもってのほか……女を軽視する男は、ろくでもないやつに決まってる」
「なんか、貴方は貴方で、ろくでもない男のような気がするのだけれどっ!?」
「……だったら、さっさと帰ればいいのに」
ピコが窓辺に腰掛けて、ぽつりと呟く。
と、いうか……お城で大騒ぎになってなければいいのだが。
俺が何も言わなかったからか、プリシラはきっと俺のことを睨んで言った。
「あ、あなたわかってるの?このままじゃ、この国にいられなくなるわよっ?」
「まあ、そうだろうなあ…」
いつものことだ。
俺はただ、満たされない女性に愛を与えているだけだというのに、世間はそれを認めようとしない。
「こ、このっ……ろくでなしっ…」
「確かにな。俺は金をもらって戦争をする、ろくでなしの寄生虫だ」
「……」
ものすごい目で、王女が俺を睨んだ。
「……意気地なし」
「と、言うと?」
「わ、私が…この国の王女だからって…だから、手を出さないんでしょ」
いやいやいや、と、ピコが首を振っていた。
はっはっはっ、俺はかつて女王様にまで手を出した男だからなあ。
「気晴らし程度ならつきあってもいいがな、王女様の慰み者になるのはごめんだ」
「……」
「たった1日…一晩……いや、ただの一刻でも、王女様が本当に俺を求めるのなら、いくらでも手を出すし、俺だって放ってはおかない」
俺は顔を上げ……王女の顔を見てため息をついた。
「まあ……そういうことだ」
怒りか、動揺か……王女様は青白い顔をして、部屋を出ていった。
「……どこ行くの?」
「まあ、城に帰るまでは…影ながら護衛を務めるさ」
ピコは何も言わず、俺の肩に乗ってきた。
王女の背中を見守る俺に向かって、ピコ。
「……王女様に本気で惚れられたらどうするの?」
「そりゃあ、手を出す」
まあ、あの王女様の場合、それはなさそうだが。
「……何で?」
「……おそらく、王女様は、自分が王女様って事をコンプレックスに感じているから…かな」
「難しいこと言うね」
「ああ、人間って生き物は、自分が人間であることを難しく考えすぎる」
「……キミがフリーダム過ぎるんじゃなくて?」
「考えるのは悪くないんだ。考えすぎて悩むのが良くない」
「ふうん…」
俺は静かに王女様との距離をつめ……剣を一閃。
「……王女様、よく『行き』は無事だったね?」
「はは……王女様1人に翻弄されるほど、城の警備は甘くないってことさ」
そう言って、俺は闇に向かってウインクした。
つづく
ふりーだむ。
それは所詮幻想。
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