「…朝だよ、起きて、起きてってば…」
「……むう」
 ピコのだだっこパンチを受けて俺は目を覚まし……ため息をついた。
「……服を脱がせたぶん、間に合わなかったか」
「な、何の夢を見てるのさ、朝っぱらからっ!」
「ん、ああ……パーティで美しい女性と知り合ってな、『このままでどうぞ』と誘われたんだが、『いや、あなたの身体をぜひみたい』と……」
「……」
「何度か頼み込んで、その女性がようやく服を脱ぎ始めたところで…」
 俺は首を振って……大きくため息をついた。
「なるほど、まさに夢の女」
 
 どこおおぉぉぉんっ!
 
「……今のネタ、わかる人どれぐらいいるかなあ?」
「わかったらわかったで、怒られそうだけどねっ!」
 ピコ様はお怒りだった。
「それで……こんな朝っぱらから、どこに行くんだ?」
「教会だよ」
「……」
「もうね、キミのその性根が矯正できるとは思えないけど、何かにお祈りするというか、そういう時間をキミは持つべきじゃないかと思うんだ」
「……」
「ねえ、聞いてる?」
 
「待ぁぁぁてぇぇぇっ!」
 いや、待つけどさ。
「ピコ、俺が死んでもいいのか?」
「死ぬのっ!?キミは神様にお祈りすると死ぬのっ!?」
「まあ、都合の良い神様なんてモノを信じてないのは確かなんだが…」
 俺はすれ違った女性に軽く右手を挙げて挨拶し。
「教会には、あのシスターがいるんだぞ?」
「……キミはまたわけのわからないことを」
 うわ、ため息つかれたよ。
 わからないって幸せだよなあ……彼女がその気になったら、俺なんて瞬殺されるっていうのに。
「さあ、教会に行くよ」
 ……俺が死んだら、テディとかジーンとか、他にも色々泣かれるだろうなあ。
 
「フン、この教会に何か…よ…」
「ライナノールッ!」
 がしいいっ。
「生きるというのはな、生きるというのは、すべてを諦めるという意味じゃないんだっ!わかるかっ、生きると言うことは喜びなんだっ!悲しみなんだっ!怒りなんだっ!」
 がくがくと彼女の身体を揺さぶりながら、俺は魂を込めて語り続けた。
「諦めるというのは、すべてを手放すことだっ!なるほど、そこには怒りもない、悲しみもない…だが、そのかわりに喜びもない。ただ、心の平穏を得るためだけの…」
「ま、待て待て待て、貴様ぁっ!」
 ライナノールの手が俺の手を振り払った。
「か、勘違いするな。わ、私の知り合いがこの教会にいて…私は、ちょっと留守を頼まれただけだ…」
「むう…」
 俺が、ちらりと服に目をやると、彼女はちょっと恥ずかしそうに横を向いた。
「こ、これは…仕方ないだろう…他に、服がない…から…な」
「そ、そうか…良かった……ほんとーに、良かった」
 なるほど、今なら神様とかいう存在に祈ってもいい。
 じゃきぃっ。
「……隙を見せたら殺すと言ったはずだ」
「もちろん、忘れていない……が」
 俺は、ライナノールの持っているそれに目をやって。
「お前の腕では、俺をほうきで殺せはしないだろう」
「……」
 彼女の目が、俺からゆっくりとそれへ……。
「こ、これはっ、違う…掃除中だったからだ!留守を頼まれて、仕事も頼まれたんだっ!今の私は居候だからなっ!」
 真っ赤になって、言い訳にならない言い訳を続けるライナノールを、ピコが何故か優しい目で見ていた。
 そして俺は、ふっと恐ろしいことに気が付いてしまった。
「まさか…この教会のお前の知り合いって…」
 あの、シス…
「はっはっはっ、それは私です」
 教会の入り口から、穏やかな声。
「お前は…」
「相変わらずですねえ、貴方は。今はなんと名乗って…」
 俺はやつに飛びかかり、あっという間に地面に組み伏せた。
「ライナノール。警備隊に連絡だ。お前も知ってるだろうが、こいつは国際指名手配犯で、莫大な懸賞金が……」
「そ、それを言うなら貴方もでしょう?○×公爵やら、△王が、生死を問わず貴方の首に報奨金を出す…と」
「ふん、家庭を顧みない男が、国を治めるなどと片腹痛いな」
「……妻と愛人、それと目に入れても痛くない愛娘を2人、毒牙にかけたと聞きましたが…」
 ああ、あれか…と、遠い目をしてピコが頷いている。
 ふう、やはり人は誤解を受ける生き物だ……まあ、この男もそうだが。
「……なるほど、ここは分けにしておこう」
「ははっ、それはどうも…」
「だがひとつだけ訂正するぞ…あれは、愛だ。毒牙などと言われる筋合いはない」
「まあ……そうですね。そうしておきましょうか…」
 俺が背中からのいた瞬間、やつは弾かれたように起きあがった。
「……ったく、ひどい目に遭いました」
「セールビス…で、いいのか?」
「ええ」
 ゼールビスは、指先で眼鏡の位置を調節し、言葉を続けた。
「貴方と違って、偽名など使いませんよ」
「……それでよく、入国できたな」
「宗教関係者……ですからね」
「ほう…しかしお前が、神父様……ねえ」
「ははっ…生活に困ったこともない貴族のボンボンが神学校を卒業し、救いを必要とする人々に何を語れるというのです。絶望を二度三度と経験した人間こそが、神父という職業にふさわしいと私は思いますけどね」
「なるほど、そいつは同感だ」
 俺が笑い、ゼールビスも笑う。
 そして、それまで呆然としていたライナノールが、おずおずと声をかけてきた。
「き、貴様…ゼールビスと知り合いだったのか?」
 俺はゼールビスを見て、ゼールビスも俺を見た。
「まあ…そんなところで」
 と、ゼールビスが答えた。
「……そうか、フン」
 おや、ゼールビスのやつ……ライナノールには嫌われてるっぽいな。
「ああ、私はヴァルファを抜けましてね」
「……」
「意外…でしたか?」
「お前、ヴァルファにいたのか?」
 ゼールビスはため息をつき。
「貴方の記憶のほとんどは、女性に消費されるようですね」
「もちろんだ」
 今度は背後でピコがため息をついた。
 
「ねえ…あの神父様が国際指名手配犯って…?」
 教会からの帰り道、ピコが尋ねてきた。
「ん、ああ……ボルビアの皇太子を爆弾で吹っ飛ばした」
「……」
「その巻き添えを食って、大勢の人間が…」
「警備隊に連絡しよ」
「ああ、待て待て…」
 俺は手を振った。
「濡れ衣だ…あいつは一言も弁解しないがな、たぶんはめられただけだ」
「どういうこと?」
「あいつは元々化学者だ……それも、天才と呼ばれた、な」
「そんな人が…」
「やつの作る爆弾なら、ターゲットだけを殺し、他に被害を与えるようなことはない。単純に濡れ衣を着せられたか、道路を造るのに必要だ、などと請われて作った爆弾を盗まれるなり、不正に使用されるなりしただけだろう」
 ピコは俺をじっと見つめて。
「でもそれは……キミが思っているだけだよね」
「ああ。でも、それで十分だろう」
「……」
「……どうした?」
「いや……キミに、神様って存在が必要ないことがわかったよ」
「……?」
 
 
つづく
 
 
 『ひやでも良かった…』。
 夢の酒(?だったかな…)という落語ネタが主で、もう1つは内緒。

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