「そういえばキミ、『世界で3番目に強いって思ってた』とか言ってたよね?」
「ああ、既に5番目に訂正済みだが」
 俺は、特に屈託もなくピコにそう言った。
「あ、いや、何で3番だったの?過去に2人、キミより強い人に出会ったって事?」
「2人というか1人…な」
「…?」
「まあ、俺に剣を教えてくれた…剣だけじゃないが、師匠が言ったんだ。『どんなに強くなっても、自分と同等の相手が世界には必ずもう1人いる』って」
「ふんふん」
「師匠は俺よりはるかに強く、そして師匠と同じレベルの存在がもう1人いる。つまり、俺は3番目」
「あー、なるほど……で、キミは、あの神に仕えるか弱そうなシスターが強いって言い張ってて、それと同レベルの存在がいるだろうから、3番から5番にランクダウンってこと?」
「……ピコ。あのシスターはホントに強いんだぞ?俺の方が弱いんだから、正確に強さを計ることはできないが……もしかすると、師匠といい勝負ができるかも」
 ピコの表情から察するに、どうも信じていないようだ。
「……っていうか、キミの師匠ってどういう人?」
「まあ、一言でいうと……エロ仙人?」
「うわあ、キミのろくでもない性格を形成した、最高責任者って気がする」
「いやあ、俺はまだまだ師匠には遠く及ばない」
「……剣の話だよね?」
「……剣の話だとも」
 ピコはしばらく俺を見つめ……困ったように顔を背けた。
 どうやら、俺がピコと出会う前の……昔話を聞きたいらしい。
 聞いて愉快な話じゃないのは確かなんだがな……まあ、俺にしたって話すのが楽しいわけでもないし、直接聞かれるまでは無視だな、そうしよう。
 しかし……ライナノールは、今、何をしてるんだろうな。
 
「……貴女が生きて帰ってきたって事は、ボランキオの仇をとったって事かしら?」
「……」
 ライナノールは、黙って首を振った。
「わざわざヴァルファを抜けたのに……どういうこと?」
「あ、あの男が……私より、強かった……それだけだ」
「……意外ね」
「何がだ」
「負けたらその場で命を絶つ……そう思ってたから」
「……」
「……無様ね」
 ライナノールは、顔を背けて言った。
「な、なんとでも……言え」
「惚れたの?」
「ばっ、馬鹿なことを言うなっ!」
「ふふ、ボランキオは、決して貴女に手を出そうとはしなかったんですってね……それで、優しくされたの?それとも乱暴に?」
「ち、違うっ!ただ、触られたり、揉まれたりしただけだ!私はまだ乙女だっ!」
「へえ」
 ライナノールの顔が真っ赤になった。
「ち、違うぞ…わ、わた…私はっ、あの男を殺すんだっ。絶対だ、絶対に殺す…ただっ、ただっ、あの男を殺すためには、約束を守らなきゃいけないんだっ!」
「約束…どんな?」
「それは…」
 ライナノールは……俯いて。
「それは……2年…だ」
「2年?何が?」
「……バルドーのいない世界で…2年、生きていろ…と。もしそれで、1度でも楽しいと思ったり、笑えたりすることがあったなら…生きることを…諦めないでくれ…と」
「……そう」
「あ、いや…勘違いするなっ。殺しに来るならいつでも来いとも言われてるんだからなっ!いつでもだぞ。明日にだって…ただ、それであの男に勝てるかというと…そうだ、私は強くならねばならんのだっ!」
「勘違いしないで、ルシア」
「……?」
「理由はどうあれ、私は貴女が生きていて、とても嬉しく思っているのよ…」
 
 俺は、目の前の少女を見つめていた。
「……どうしたのさ。いつもみたいに、解説してよ」
 ピコが肘で俺の頬をつつく。
「あ、いや…解説といわれても」
 俺は困ったように頭をかき……呟くように言った。
「16歳、ライナノールの妹分」
「え?」「なっ?」
 ピコと少女、ほぼ同時に反応した。
「な、なになになに?じゃあこの娘、ヴァルファの一員ってこと?」
 などと、騒ぎまくるピコとは対照的に、少女は俺のことを刺すような視線でにらみつけている。
「悪いが、ライナノールが先客だぞ。俺の命はひとつしかないからな」
「えっ?」
 少女の表情が崩れた。
「ライナノールは…生きてる…の?」
「なに?」
 今度は、俺が首を傾げる番だった。
 そういえば、ライナノールはヴァルファを抜けたと言っていた……すると、今彼女はどこに?
 少女は、俺をじっと見つめ……口を開いた。
「私の名はライズ。少し、話を聞かせて…」
 
 何となく怒られそうな気がした(笑)ので、俺は詳細を伏せて、ライズと名乗った少女に、ライナノールのことを話した。
「そう…」
 ライズは頷き……呟いた。
「……良かった」
「あ、いや……人知れず自ら命を絶つという可能性も…」
「貴方に対して『約束』と口にしたなら、彼女は死なない…」
 ライズは、ちらり、と俺を見て。
「貴方、彼女に何をしたの?」
「い、いや…いざ尋常の勝負を」
「……まあ、いいわ」
 ライズはふっと息を吐いた。
「私にとっても仲間の仇であるのは確かだけど、ボランキオとの戦いは尋常の一騎打ちだった……私は、感謝すべきなんでしょうね、貴方に」
「いや、気にしないでくれ」
「……貴方が言うとおり、彼女は私の姉のような存在だったのよ」
「姉…か」
 謝るぐらいなら、死なないで欲しかったが。
 ライズに見つめられているのに気付いて、俺は軽く頭を振った。
「何故この国に?」
「軍団長に命令されて」
「そうか……まだ、戦いは続くのか」
「……おかしな人ね、傭兵のくせに」
 ライズはそう言って立ち上がった。
「そこが戦場でない限り、私は貴方の敵にはならない」
 俺は、軽く頷くだけで返事はしなかった。
 人の意志とは関係なく、戦いは始まる……つまり、彼女はまだ子供なのだ。
 
 
つづく
 
 
 ライナノール、やっぱ可愛い。

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