戦いが始まった。
 もちろん、俺は真面目に戦うつもりはない……と言っても、別に悪い意味じゃない。
 実力を出せずに負けた、もう一度ちゃんと戦えば俺に勝てる……そんな風にライナノールが考えてしまうような勝負にしなければ、彼女は自ら死を選んでしまうだろう。
 俺はずるい男を演じる必要がある……それだけのこと。
 
「貴、貴様っ…卑怯だぞっ!」
「え?」
 俺はさも心外だと言うように首を傾げて見せた。
「『尋常に勝負』ってかけ声もかけたし、剣も構えてた。そもそも、最初に踏み込んだのお嬢さんだったろ?」
「ぐ、ぐぐっ…う…」
「はい、俺の勝ち……おっと、お嬢さんの剣を返さなきゃな」
 と、俺は地面に踏みつけていた剣を、ライナノールに手渡した。
「も、もう一度だっ!もう一度勝負しろっ!」
 ……かかった。
 俺はライナノールには見えないように、にやりと笑った。
「よし、わかった」
「そ、そうか…なら」
「その前に…契約は守ってもらおうか」
「……え?」
「今お嬢さんは言ったよな『もう一度勝負しろ』と。つまり、お嬢さんはちゃあんと、さっきのあれがまともな勝負だったって頭の中では理解してるのさ」
「え、え…?」
 俺はぱんと手を叩いて。
「心配するな、ちゃんともう一度勝負はしてやる。約束する。だからお嬢さんも、俺との約束は守ってもらうぞ。お嬢さんが約束を守らないと言うなら俺も約束は守らない。二度と勝負しない」
「え、いや…それは…困る」
「わかってる。だから俺との約束は守ってくれ…そうすれば、俺はもう一度お嬢さんと戦う。当然だ、俺は約束したことは守る男だからな」
 俺はまた手を叩く。
 さっきの話し合いの時から、ひとつ話がまとまるたびに俺は手を叩いてきた。
 その繰り返しによって、ライナノールはこうして手を叩かれると、話がまとまってしまったかのような錯覚を覚え始めているはずだ。
 俺はまずライナノールを安心させるために、剣を手放した。
 武器を手にしていない相手に襲いかかるような性格ではないのはわかっている。ただ仇を討ちたいだけなら、名乗ることなどせず、だまし討ちで十分だからな。
「とりあえず、お嬢さんも剣を収めたらどうだ?」
「あ、ああ…」
 俺に勝ちたい、俺を倒したいという気分があるからこそ、彼女はまず、俺との契約というか約束を守らねばならないと思いこんでいる。
 ライナノールは剣を収めて俺を見た。
「そ、それで…私に何をさせようと言うのだ…?」
 勘が悪いのか、それとも純粋なのか……おそらく後者だろう。
 
「ま、まて…貴様…一体何を…」
 ヴァルファ将軍が身につける深紅の鎧……戦場に生きる傭兵として、少し興味があるなどと、ライナノールの鎧を脱がせていたのだが。
 まあ、ここはひとまずひいて…何回かクッションをおきながら進めていくべきかな。
「なるほど……思ったより軽い。名工に手がけられたのであろうな、この継ぎ目など、目立たないが見事なモノだ」
「う、うむ…まあな…」
 などと頷くライナノールは、やはり満更でもなさそうだ。
「……じゃあ、お嬢さん、鎧を身につけてくれ」
「む、もういいのか?」
「ああ……ただし、お嬢さんが負けたら、また俺の言うことを聞いてもらうぞ」
「う、うむ…わかっている」
 
「ふむ、さすがに良く鍛えられているな…」
 俺の手が、ライナノールの太腿を撫でる。勝負に負けるたびに鎧を脱がされて、当然俺の手がそのたび身体に触れるわけで…どうやら狙い通りにかなり危機感とかそういうモノが麻痺しているなあ……そろそろいけるかなぁ。
「ま、待て待て待てっ…」
「ああ、この関節の柔らかさは男には無いモノだ…少しうらやましい」
 と、彼女の抵抗をはぐらかすために、別の場所へ。
「強いだけでなく美しいな」
 肌に刺激を与えながら、とにかく誉めて誉めて誉め倒していくうちに、ライナノールの身体から力が抜けていく。
 ああ、このままいけそうなんだけど……どうも彼女は乙女のようだ。
 こんないい女を相手に、何やってんだボランキオ。
 さて、どうしたもんだか……っ。
 微かな気配。
 微かな気配だったが故に、俺は危うく、それに気付いたという身体の反応を出してしまうところだった。
「なあ、ライナノール」
 穏やかに呼びかける。
「こ、今度は…なん…だ?」
 微かに上気した顔が、色っぽいんだけどなあ……ここは、いろんな意味で我慢だ。こんないい女を死なせたとあっては、男が廃る。
「2年間……生きてくれないか?」
「な、何の…話だ?」
「ボランキオのいない世界で…2年でいい、生きてみてくれないか?」
 優しく、肌を撫でながら。
「お前の気持ちが分かるとは言わないし、そもそも俺はボランキオの仇でしかない……ただ、俺は子供の頃に両親はもちろん、兄2人、姉1人、弟1人を殺された。生き残った姉が1人いたが、貴族の慰み者にされてな、助けに行った俺の目の前で自ら命を絶った」
 ライナノールの目が、俺に向けられた。
 別にそれを狙ったわけではないが、自分の同類を見つめる目だった。
「……2年間生きてみて、何ひとつ楽しいと思えることがなかったなら、もう俺は止めない。でも、何かひとつ楽しいことが…笑えることがあったなら……生きることを諦めないでいてくれないか」
「……それだけか?」
「ああ…それだけだ」
「……貴様を、殺しにきてはいけないのか?」
「いや、それは構わん。2年待つ必要もないからいつでも来い」
「そうか……わかった」
「……ありがとう」
「……い、いつまで私に触れているつもりだっ!はなせっ!」
 ライナノールは俺の手を逃れ、恥ずかしげに鎧を身につけた。
「つ、次からは…馬鹿正直に戦ったりしないぞ。貴様が隙を見せれば、容赦なく殺す。いいか、ちゃんと私は宣言したからなっ!」
「ああ」
「わ、私は約束を守る…だから、貴様も守れっ」
 そう言い捨てて、ライナノールは走り去った……そして。
「……へえ」
 俺は、今初めて気付いたという表情と口調で動作で。
「い、いたのかピコ…い、いつから…だ?」
「さあ…ね」
「な、何か……聞いた、か?」
「聞いたって…何を?」
「いや、その…俺の昔話…とか?」
 ピコは何も言わず、じっと俺を見つめている。
「それは…私に聞かせたくない話?」
 ここが正念場だ。
「……聞いて愉快な話じゃない。ピコは優しすぎる」
 ピコは、それについて何も言わなかったが……ぽつりと。
「帰ろうよ…」
 俺は、頷いた。
 
 
せーふ?
 
 
 セーフですか?
   

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