ムー〇ン谷……じゃなくて、ドルファンに春が来た。
 悲しいことだが、春と秋は戦争の季節だった。
 欧米最強の傭兵軍団ヴァルファバラハリアンに占領された国境都市ダナンを解放すべく、ドルファンは騎士団8大隊を派兵した。
 むろん、その中には傭兵も含まれる。
 ジーンとテディは、それぞれ彼女たちらしい言葉で俺を見送ってくれたし……酒場の娘をはじめ、ここではちょっと公表できない立場の女性も、もしかするとこれが最後の逢瀬になるかも知れないと、ロマンティックな想像に心を酔わせて仮の別れにのぞんだりもした。
 ハンナは、あれ以来会ってはいない……彼女は、自分でそれに気付く必要がある。
 
「……それで、今度は勝てそう?」
「んー、負けはしないだろう」
 暗に、勝つことも出来ないが…と含ませた俺の言葉に、ピコは小さく頷いた。
 ダナンの背後からはプロキアが圧力をかけ、ヴァルファはダナンで逼塞させられる状況を嫌って、ドルファンではなくプロキアに主力を向けた。
 今、ダナンに残るのは、規模にして半大隊程度だった。
 対するドルファンは8大隊……この戦いの勝敗でギャンブルを成立させるのは至難の業だろう。
 
「……キミならどうする?」
「逃げる」
「だったら、何で…」
 そう言って、ピコは……戦場に目を向けた。
 戦いと呼べたのはわずかに数時間……ドルファン軍は、包囲の一部を解いてそれを待っている。
「……ねえ」
「断る」
「なんで?」
「面倒だから」
 それも、後をひくという意味で。
「あ、また1人やられた…」
「勝てもしないのに挑むやつがバカなんだ」
 剣を抜いてから及ばぬは通じない。
 及ぶ及ばないは、剣を抜く前に判断することで……剣を抜いた後でそれを悟ったなら、黙って死ねばいいだけのことだ。
「……キミなら勝てる、よね?」
「勝てる……が、相手だけでなく、ドルファン軍の中に敵を作る。面倒な上に、ばかばかしいな」
「……そうだろう…けど…」
 ピコにだって、そのぐらいのことはわかっている……わかっているはずなのだが。
 うなだれてしまったピコを見て、俺は大きくため息をついた。
「……仕方ない」
 剣を手に、俺は歩き出す。
 いつか俺は、女で身を滅ぼすことになるだろう…。
「や、それはそうだろうけど…キミが今言っていい台詞じゃないよたぶん」
 ……むう、ピコのやつ本格的に俺の心が読めるようだ。少し気をつけねば。
 
 夕日を浴びながら、俺はヴァルファ八騎将のひとりである、不動のボランキオを討ち取った…。
 
 そして、ダナン攻防戦から約1ヶ月が過ぎ……6月2日。
 カミツレ地区、遺跡区にあるトルキアの歴史を物語る神殿跡において、俺は1人の女性と向かい合っていた。
「……良く来たな」
 ああ、もったいない……と、俺は彼女の声を聞いた瞬間にそう思った。
 彼女が、死ぬためにここに来たのがよくわかったからだ。
 さって、どうしようかな……などと俺が考えている間にも、彼女はべらべらと語り続けていて……早い話、彼女はこの前の戦いで俺が討ち取ったボランキオに惚れていて、軍団を抜けてその仇を取りに来たらしいのだが。
 じゃきぃっ。
「いざ、尋常に勝負っ!」
 二剣を構えた彼女……ルシア・ライナノールを冷めた目で見つめ、俺は言った。
「断る」
「……なんだと?」
 むう、意外そうな表情を浮かべる彼女こそが、俺にとっては意外なのだが。
「いいか、お嬢さん」
「お、お嬢さん?」
 ライナノールは目を白黒させた。
 おや、まっすぐなだけじゃなく、純情そうだな……ふむ。
「お嬢さんはどうか知らないが、傭兵ってのは、たいてい金のために戦うんだ」
「そ、そのぐらい私だって…」
「じゃあ、金よこせ」
「な、なに?」
「俺に戦って欲しいなら、金をよこせ……言っておくが、俺は高いぞ」
「ふ、ふざけるなっ!」
 あ、怒った怒った、いい感じ……悲劇のヒロインって役割に酔っぱらってるやつは、まずは酔いを醒まさせてやらないと。
「ふざけてるのはお嬢さんの方だろう」
 俺はちょっと肩をすくめて。
「お嬢さんは俺を殺しに来た……ってことは、俺が勝ったらお嬢さんは死ぬよな」
「無論だ。もとより死は覚悟の上」
「でも、お嬢さんは俺に勝っても死ぬつもりだろ?」
「……あの人のいない世界に、何の意味がっ…」
 ああ、また酔っぱらって……。
「なるほど、この戦いは確かにお嬢さんにとっては意味があり、価値があるかも知れん。じゃあ、逆に聞くが、この戦いは俺にとってどんな価値があるんだ?」
「……そ、それは…」
 ……こんな純粋なお嬢さんが、良く傭兵なんてやってこられたな。
 俺は別の意味で感心しつつ、さらに舌を回転させていった……。
 
 それから約30分後、俺はパンと、手を叩いて言った。
「よし、契約成立だ」
「う、うむ…」
 頷くライナノールの表情は、微妙に強張っている。
「どうした?お嬢さんは、ボランキオに生きていて欲しかった、そうだろ?」
「あ、ああ…そうだ」
「つまり、お嬢さんにとっては、命というモノはかけがえのないモノだ。そのかけがえのない命をかけて戦えと、お嬢さんは俺に要求している……ここまでは間違ってないな?」
 ライナノールは、また頷いた……が、その表情と気配は、明らかに詐欺師に騙されているカモそのものだ。
「俺が勝ったら、お嬢さんは俺の言うことに何でも従う……なに、大丈夫だ、死は覚悟の上だったんだろう?つまり、それなら何だってできるし、何があっても平気だ。命はかけがえのないモノだ。だから大丈夫だし、平気だ」
 俺は、彼女が何かを言う前にもう一度手を叩いた。
「よし、そうと決まれば戦おう」
「あ、ああ…そう…だな…」
 どこか不安そうに立ち上がったライナノールだったが、さすがに名の知れた戦士だけあって、剣を手にするや、気力を充実させて構えをとった。
 もちろん、俺だってやる気満々だ。
「さあ、尋常に勝負」
 別に、尋常じゃなくてもいいけどね。
 
 
つづく
 
 
 ライナノール、可愛い。
  

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