「うおおおおおっ!俺様、一生の不覚ぅぅっ!」
「ど、どうしたのさ一体?」
慌てた感じに、ピコが羽をぱたぱたさせてやってきた。
「ど、どうしたもこうしたも…」
俺は、傭兵仲間から奪ってきたドルファンタイムスを机の上に広げて、ピコに示した。
「えーと、何々……12月2日、サーカスの猛獣6頭が脱走。猛獣から逃げようとして転んだ女児をかばった女学生が顔に傷を…」
「くそおおおぉぉっ、こんな事になるんだったら、銀行なんかほっとくんだったぁぁっ」
俺はあらためて頭を抱え、床の上でのたうち回った。
「……銀行を救うんじゃなくて、襲撃する気だったくせに…」
ピコはため息をつき……。
「あ、いや……お金よりも、人命を重視する姿勢は…誉めてあげるべきなのかな…」
「俺のっ、俺の判断ミスで、少女がキズモノにいぃぃっ!」
ピコは何故か、こめかみのあたりを指先で丁寧に揉みほぐし始めた。
「……私が把握してるだけでも、3桁以上の女性をキズモノにしてきたくせに…何言ってんのこの人…」
「愛情溢れる行為を、傷扱いするとは何事だっ!?」
「あー、うん。キミの場合、心の底まで、そのことを疑ってないって事だけは認めてもいいかな…」
やはり長年苦労を共にしてきただけあって、ピコはわかってくれたようだ。
「……さて、こうしてはいられん」
俺は着替えを済ませた。
「ちょ、ちょっと…どこ行くのっ!?」
「病院に決まってるだろうっ」
そう告げて宿舎を飛び出す。
「……いや、もう1週間も前のことだし、退院してるんじゃないかなあ?」
「身体の傷は癒えたとしても、心の傷が1週間で癒えてたまるかっ」
「……格好いい、台詞のはずなんだけど…」
ぱたぱたぱたと飛ぶ速度を上げたピコは、俺の肩に止まって一息つき……。
「あ、いや、そうじゃないよっ!だから、病院に行っても、怪我した女生徒はもうそこにはいないんじゃないのって…」
「病院には、患者の情報がぎっしりだぞ、ピコ」
「……えーと」
ピコが首を傾げた。
「病院患者のカルテを盗み見るなら、こんな真っ昼間じゃなくて、夜中の方がいいんじゃない?」
「……それは、あまり誉められた行為じゃないな、ピコ」
「……なんだろう、キミに諭されるって、凄いショックだよね」
はて、どういう意味だ、ピコのやつ。
俺はちょっと首を傾げたが、気にしないことにした。
「え、あの……患者さんの情報を、軽々しく外部に漏らすわけには…」
「ああ、確かにテディの言うとおりだ…」
「え、ええ、ですから…ん…」
俺は、テディの口を一旦キスでふさいでやる。
ああ、根が真面目なテディだが、今は休み時間だから何の問題もない。
強いて言うなら、俺の背後で指の関節をぽきぽきならしているピコの方が問題というか何というか……。
「……ぁ…」
唇を離し、テディの目を見つめてやる。
「……ペトロモーラさんにも、同じことするんですか」
潤んだ目で、テディが言う。
「俺の唇はひとつしかない…テディがそうであるように」
そうささやいてからもう一度。
「……ん…」
テディが目を閉じた。
ピコ、ぽきぽきぽきぽき、うるさいぞ。
テディもテディだ、『同時に』2人の女性にキスするなんて器用なことができる男がこの世にいるとでも言うのか?
「……キミの頭の中で、ものすごく都合の良い解釈が為されている気がする」
「……一応言っておくけど、ぎりっぎりっで、セーフなんだからね」
「……キスしただけじゃないか」
俺は、肩の上のピコに目をやった。
「挨拶だぞ、あれは」
「ただの挨拶で、その場にへたり込んだりはしないでしょっ!」
「……看護婦の仕事はハードだからなあ」
俺は遠い目をして、言葉を続けた。
「誰にでも務まるという仕事ではないのに、いわゆる社会的な地位の高い連中が彼女たちを下賤な輩と蔑む」
「……」
「パンとワインを得るために自ら手を汚さない事…それが、彼らの言う高貴さの拠り所であるならば、なるほど、俺をはじめとして庶民はみな汚らわしい人間なのだろう。しかし、俺に言わせれば、そういう彼らは、高貴で無垢な寄生虫に過ぎない」
「……汚らわしい寄生虫が、私の目の前にいるけどね」
ピコの呟きに、俺はひどく傷ついた。
いや、傷つきはしたが……それは確かに真実なのだ。
「そうだな……俺は、戦争という愚劣な行為に寄生して生きる存在だ」
「あ、あれ…そういう意味じゃ…」
「どう言いつくろっても、戦争というやつは、高貴な連中の思惑によって起こる……俺は奴らを寄生虫と蔑みながら、やつらからパンとワインを…」
「そ、そんなこと無いよ…キミは…キミは、寄生虫なんかじゃないから」
「……優しいな、ピコは」
俺は笑ってみせたが、ピコは黙ってうつむいてしまった。
……黙ってうつむいていたはずのピコが、今は何故か、俺のことを虫を見るような目で見つめている。
「ピコ、みみずだって、おけらだって、アメンボだって、みんなみんな、生きているんだ」
「……へえ」
そういえば、冬だったな。
ドルファンの冬は随分と暖かそうなのに、ピコの声は震えがくるほど冷たかった。
「ハンナの心の傷をいやすのには、あれが最適だと俺は思ったんだ」
「顔の傷、痕にはならないって言ったよね、私」
「だから、心の傷の話なんだが…」
「……キミが、心の傷を作ったりしなければね」
「出会いがあれば別れがある、それが生きるということだ…」
「……へえ」
むう、2回目の『へえ』が出た……俺の経験的に、これはまずい。
やはり18歳未満は良くなかったか…といっても、キスしただけなんだが。(オプション含む)
まあ、それはそれとして、ここはひとつ状況の変化をもたらす何かが欲しいところだが……と、俺は周囲に視線を巡らせたのだが。
「……見つけた」
「ん?」
道の上にパンがごろごろと転がって……ああ、あのかごから転げ出たモノか。
そして、その持ち主と思わしき、23歳、夢見がちな婚活娘がじっと俺のことを見つめて……おや、この前の。
「……っ!?」
油断していたつもりはなかったが、婚活娘は瞬きする間もなく距離をつめて、俺の左手をがっしりとつかんでいた。
「指輪、無しっ!指輪の痕、無しっ!独身確認っ!」
すっ。
いや、女は魔物と言うが……彼女のそれは、まさに芸術だった。
「先日は、危ないところを助けていただいて…」
笑顔と口調の両方を目の奥の光が裏切っているのだが……俺の反応をうかがいながら、目立たぬように、自分のキャラを変化させているのだった。
彼女にかかれば、その辺の男共はいちころだろうに…。
「あの、失礼ですが年収は…?」
なるほど、謎はすべて解けた。
残念ながら、俺は彼女にとって守備範囲外の存在だろう。
彼女が求めているのは、愛ではないのだから。
たーまやー
たぶん、一気に書き上げないと完結しない。
そんな気がする今日この頃。
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