小春日和……そんな言葉がふさわしく、良く晴れて温かい日だった。
 俺とピコは、ぶらぶらと街をうろついていた。
「へえ、シベリアからやってきたパリャールヌイ・サーカスの公演がフェンネル地区の広場で行われるみたいだね」
「さすがピコだな、フラグ立てご苦労さん」
「え?」
 その瞬間、周囲は喧噪に包まれた。
「みんな逃げろ、サーカスの猛獣6頭が逃げ出してこっちに向かっているらしいぞー!」
「解説ご苦労」
 既に、俺は走り出している。
「……どうした、ピコ?」
「キミ、ようやく主人公の自覚を持ってくれたんだね?」
「美女と野獣と言うだろう、襲われているのはきっと美女に違いない」
「……」
「いや、美女じゃなくても当然助けるぞ」
「女性限定だよね?」
「百歩譲って、子供なら善処しよう」
 
「きゃああぁー」
「むう、23歳、夢見がちな婚活娘が襲われて…」
「解説はいいからっ」
「……?」
「何考えてんのっ!?」
「あ、いや…まあ…」
 俺は首を傾げつつも、剣で猛獣を牽制しつつ、『失礼、お嬢さん』と断ってからその身体を抱いて近くの建物内へと移動した。
「お嬢さん、お怪我は?」
「……」
 見られていた。ものすごく見つめられていた。
 俺は敢えてその視線をスルーしつつ、猛獣たちの動きを観察して、ひとつの確信を得た。
「お嬢さん、ここから動かないように…」
 と言ってから、俺は建物の外へと飛び出し……。
「ちょ、ちょっと、ちょっと。キミ、どこに向かってるのさ?」
「ドルファン地区の、城南区だ」
「な、なんでさ?」
「そこには、国立銀行がある」
「……」
 ピコはしばらくぽかんと口を開けていたのだが、やがて猛烈に抗議してきた。
「いったい、何を言ってるのさキミはっ!今キミがすべきことは…」
「ピコ、この前俺が倒したクマを覚えているか?」
「え?」
「パワーもそうだが、猛獣の武器は爪と牙だ……サーカスから逃げ出したというあの猛獣たち、人を追いかけ回して、身体をぶつけたりはしているが、攻撃はしていない」
「……どういうこと?」
「つまり、あの猛獣たちは、きちんと、訓練されているって事だ」
 何かに気付いたように、はっとピコが顔を上げた。
「陽動っ!?」
「その通りだ」
「つまりキミは、この騒ぎを起こした連中のねらいが、銀行襲撃にあると予想したんだねっ!?」
「あ、いや、それはどうかわからんが…」
「え?」
「フェンネル地区からシーエアー地区に……当然、街の警備隊は連絡が回り次第こちらに集結する」
「あ、うん…だから…銀行の警備も…手薄になって…」
 俺は、よりいっそう強く大地を蹴った。
「千載一遇のチャンスだっ!」
「……………へ?」
「男は、人生に一度、黄金を抱いて飛…じゃなかった、飛ぶか飛ばないかの決断をしなければいけない」
「キ、キミの人生、女性問題で高飛びの連続みたいなもんじゃないっ!」
 失礼な。
「敢えて言おう……ちゃああああんすっ!」
「最悪だ、キミ、それは最悪だよっ!主人公としては、目も当てられないよっ!」
「人は、自分という人生において、みんな主人公なのさ」
 ドルファン国立銀行が見えてきた。
「じょ、冗談だよね、冗談って言ってよ…」
 俺は、無言で銀行の裏口から中へと飛び込んだ。
 いきなり、二本の剣が俺を襲ってきた……低い攻撃で、しかも連携がとれている。
「ちぃ、先客がいやがったかっ!俺の金に手を出そうたあ、いい度胸だお前らっ」
「キミの金じゃないよっ!?」
 おそらくは見張りの2人を瞬殺し……休日出勤か、3人ほど銀行員が縛られ、床に転がされているのを確認しつつ、まっすぐ地下の金庫室に向かって…。
「なんで、そんなに銀行の間取りに詳しいのさっ!?」
「俺は、いざというときのための努力は惜しまない。長いつきあいなのに、知らなかったのか?」
「知らなかったよ、知りたくもなかったよ」
「静かに」
 声を潜め、気配を探り……俺は、十分すぎる自信を胸に飛び込んでいった。
 
「……なるほど、銀行の地下にトンネルを掘って、そこから運び出す、と」
 トンネル、といっても長い距離じゃない。
 かつて使われていた地下水路を利用し、そこから銀行真下に向かって掘り進めたという感じで、船まで用意し手やがった。
 少なくとも、賊の一味にドルファンの内情に詳しい人間がいるのは明らか。
「……ピコ、そんなに引っ張らなくても大丈夫だ」
「ダメだからね、ここで引き返せば、キミはヒーローでいられるんだからっ」
「つーか、こんなクソ重い金塊抱えて、高飛びなんかできないって…仲間がいるならともかく」
 俺は、もう一度周囲を見渡し……船から金塊のつまった袋を抱え、銀行の金庫室へと戻すことを繰りかえした。
「信じてた…私は、キミを信じてたよ…」
「そうか?」
 なにやら別の意味でものすごく信用されていた気もするが。
「……この連中、きれいさっぱり命を絶ちやがったな」
「……せめて1人は、生かしておきたかったね」
「そのつもりで、脚や腕の腱を切断したんだがな…こいつなんか、気絶した仲間にとどめを刺してから死んでやがる」
「うん…あ、そこに転がってるの、銀行の偉い人なんじゃないの?」
「そのようだな……オレは上の、女性銀行員の方が気になるが」
 さて、まずは縛られた人を助けて、それから警備に連絡を入れてもらって……苦労した割には、何も得られない一日になりそうだ。
「……名声、名声が得られるって」
 
「深夜の訪問は、美女以外はお断りしているんだがな」
「それは失礼した」
 闇の中に、ピエロの仮面だけが浮かび上がっている。
「英雄気取りは、怪我の元ですよ……東洋からのお客人…?」
 ピエロが首を傾げた。
 それはつまり、俺の情報を入国管理局の資料から得たって事だ。
「そんな無粋な仮面は取ったらどうだ、もう、お前の正体は分かっている」
「そうなの?」
 いや、はったりに決まってるだろ、ピコ。ほら、ピエロも無言だし。
「俺が、何故あれほど迅速に銀行に駆けつけられたか、不思議に思わなかったのか?」
「そりゃ、やる気だったもんね…」
 だから、邪魔するなって、ピコ。
「……何が言いたい?」
「お前達の計画が成功しては困る連中がいるってことさ……まあ、シベリアも、一枚岩ってわけじゃなさそうだ」
「なるほど…情報がリークされていたのか」
「……そういうことだ」
 ピエロがじっと俺を見つめてきた。
「……敵、というわけでもないのか。おかしな男だな」
 そう呟き、ピエロは現れたときと同様、闇の中にとけ込むようにして姿を消した。
 
 
                 続く
 
 
 『敢えて言おう……ちゃああああんすっ!』
 で、大爆笑してもらい高任がいるのですが、今さらジョジョネタってどうなんだ?
 

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