「……夏が終わってしまったなあ」
「毎日毎日毎日、ビーチに出かけて、まだ足りないの?」
「アレは仕事じゃないか、ピコ」
「半分どころか、9割以上が趣味でしょっ!」
「好きなことを仕事にする…それはとても素敵なことだ」
「他に、趣味とか好きなことを持ってればね」
 俺はちょっとピコを見つめ。
「まるで、俺が女性の水着姿以外に好きなモノがないような言い方だな…」
「ごめん、間違えた。キミは、女の人とベッドの上で『愛』を語り合うのが、大好きだもんね。水着はむしろ邪魔だよね」
「別に俺は着たままでも…」
 
 どかぁぁぁーん!
 
「いつもより、高く飛ばされております」
「余裕なのが余計に腹立つよねっ」
 俺はくるりと身体をひねって地面に降り立ち、そこからダッシュで逃げ出す。
 そして、何食わぬ顔をして。
「なにやら向こうの方で爆発があったようですよ、ほら、例の…」
「まあ、それは怖いですわね…」
 などと、道行く女性に話しかけたりする。
「……タフだね、ホントタフだよね、キミは」
「心・技・体……心が一番難しい」
「そうだね、一番難しいのは心だよ、確かに…?」
「…?」
 ピコ、そして俺がそちらに目を向けた。
 人並みが……左右に割れて。
「暴れ馬っ!?」
「ちぃっ!」
 馬車を引く馬が、狂ったように駆けている。それも、二頭。
 御者台で、何とかそれを鎮めようとしているのは、銀髪の美女。
 馬車の動きを見極めてギリギリまで接近し、俺は馬車に手をかけた。
 ぐんっ、と引っ張られる勢いに合わせて強く地面を蹴る。
 脇腹が悲鳴を上げたが、今しばらく泣いていてもらうしかない。
「鎮まれ、お前達っ!」
 御者台の美女は、奮闘していた。
 いや、間違いなく名手と呼べる腕前を有している……だが、馬のパニックというのは仲間に伝播する。
 馬の群ならば、先頭……つまり、集団のリーダーを制することで全体をコントロールできるが、軍馬や、乗馬など、ある程度人間によって調教された馬の場合、引き離すか、もしくは同時に落ち着けようとするしかない。
 そして、彼女は1人だった。
「よう、手伝おうか?」
 敢えて、気楽に。
 驚きはなかった。
 返答は、短い。
「頼む」
 オッケー、いい女だ。
 女の手から、手綱を取る……彼女は、二頭の手綱を同時に操ろうと試みていたのだ。
 目があった。
 彼女が右手をひく。
 難しいことはなかった……俺は、彼女の動きに合わせるだけで良かったから。
 
「助かったよ…あらためて礼を言わせてくれ」
「御者台に座る君の姿に一目惚れしてしまってね、気がついたら飛び乗っていた」
「はは、よく言う…」
 グラスを置いた、彼女の手首には包帯が巻かれている。
 夜の……まだ、宵の口だが、酒場に俺と彼女はいた。
「…私もいるけどね」
 もとい、俺の肩にはピコがいる。
「アンタ、あの、テディとかいう看護婦といい仲なんだろ…すっげえ目で睨まれたぜ、オレ」
「ぷぷ、ばれてる…」
 ピコの含み笑いは聞き流す。
 愛は、すべてに平等だ。
「俺は傭兵だからな、この国に長くは居られん」
 グラスを傾け。
「明日ではなく、今日を…今を生きる人種だ…」
「……口説いてンのか、それ?」
 グラスを指先で持ち上げたまま、彼女が俺を見つめる。
 見つめ返す。
「オレ、自分で言うのも何だけど、面倒な女だぜ」
「そうかな?」
「そうさ…」
 また、見つめ合う。
 そして、ピコがオレの肩の上でわたわたと。
「ちょっ、ちょっと、何普通に口説いてるの?ここ、ここはっ、お子様連れのお客様も安心、仕事中でも上司に怪しまれない、清潔、安心をモットーとしたHPなんだからね?」
 彼女が、ふっと笑った。
「……こうしようぜ」
「ん?」
 そして、マスターに酒を注文した。
「別に、口説かれてるわけでも、口説いてるわけでもない…これは、ただのギャンブルだ」
 彼女の前に、そして俺の前に新しいグラスが置かれた。
「アンタ、酒は強いんだろうな?」
「ああ」
「俺は、俺の身体を賭ける…場合によっては心もな」
 俺は何を賭ければいいんだ……とは聞かず、何も言わずにグラスを手に取った。
 そして、彼女も。
 賭が成立した。
「わー、わー、勝っちゃダメだよ!負けるんだよ!?」
 ただ1人、ピコだけが騒いでいた……。
 
 朝が来た。
 自分の部屋……それは覚えている。
 ベッドのそばのテーブルには水差しとコップが置かれていて……オレは、水を飲んだ。
 もう一杯飲んで、オレはメモの存在に気がついた。
 綺麗な字……それを、意外に思う反面、当然だと受け取る自分がいる。
「……あの野郎」
 メモを投げ捨てた……が、自分が笑っているのがわかる。
 
『オレは、盗人になるつもりはない…今夜はこのまま帰らせてもらう』
 
「……何言ってやがる」
 呟く。
 オレは、面倒な女だって…警告はしたってのに。
 心だけ、盗んでいきやがった…。
 
 俺は、ピコの頭に巻かれている鉢巻きに気がついて尋ねた。
「……ピコ、その鉢巻きは?」
「……」
 ピコは何も言わない。
 見れば、何か書いてあるようだ……俺は、顔を近づけた。
 
『俺の名は…健全化推進協議会』
 
「ふむ……ピコの他に、構成員がいるのか?」
「いるよ」
 ピコが名前を挙げたが、俺にはよくわからなかった。
 管理人とか、HPとか…はて、どういう意味だろう?
「と、とにかく、私は許さないからねっ!」
「何を?」
 
 どかぁぁーん。
 
 
どんぱんぱん
 
 
 実はあの二頭の馬は爆発音に驚いて……かも知れない。(笑)

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