「夏はいいねえ…」
「キミ…夏はテンションあがるよね」
「ああ、なんせ…」
「女性が薄着になるからでしょ?」
俺は、遠い目をして、ニヒルに呟いた。
「俺は海の男だからな」
「はいはい、もう、そのぐらいじゃツッコまないから」
「うーみの男だっ、艦隊勤務〜♪」
俺の肩で、ピコが耳をふさいでいる。
「ねえねえ」
「16歳、金髪お嬢様っ!?」
そう口にした後、身構えたのだが……どうやら耳をふさいでいたピコには聞こえなかったらしい。
「こっちよ、こっち」
金髪の少女が、俺を手招いていた。
ん、あの少女は…。
「えーっと、お・に・い・さ・ん?」
「別におじさまでも構わないが?」
「わ、いつの間に」
いつの間にかそばに来ていた俺に、少女が目を見張った。
「私レベルになると、10メートルは既に間合いの中だよ」
多少サバを読みつつ、何でもないことのように言う。
「それで、何かご用ですかな、プリシラ王女」
「ええ、あそこのアイスが食べたいの。買ってきてくださら……」
台詞の途中で少女の表情が凍り付いた。
ふむ、名付けるなら驚愕ではなく、破滅……か。
10秒ほどで解凍された少女は、わたわたと手を振って言い訳を始めた。
「な、なんのこと…かしら?わ、私、プリ…プリムといってですね…ちゅ、中級貴族の娘なのです。お、おほほほ…プリシラ王女といえば、輝くような美貌に、溢れんばかりの知性、その声は威厳と優しさに満ちて、耳にした者を自然に跪かせると聞きますわ。わ、私などを王女と取り違えるなんてとんでもない話でございますわよ。おほほほ…」
「……とりあえず、面の皮は相当厚そうだね」
「それは言わない約束だ、ピコ」
「というか、キミ、良く一目で王女だなんて見破ったね」
「入国して三日で、権力者の娘は全部チェックしたからなあ」
「あー、うん、すごいね…そこまでいくと、清々しいよ」
台詞が棒読みだった。
俺はピコの顔をのぞき込み。
「夏バテか?家に戻って休む…より、何かうまいものでも…」
「ううん、できることなら、一撃で決めたいな、と思って」
「なるほど……強敵は、初太刀で倒すのが鉄則だからな」
「ちょっとっ!無視しないでくださるっ!?こんな美少女を前にして独り言をぶつぶつと」
「ほう、プリシラ王女には遠く及ばないんじゃなかったのか?」
「あ、いえ…美少女といっても…ピンからキリまでありまして…」
いきなり手を取り、距離をつぶす。
「え…」
「だが、君は美しい…きっと、君の前では、かのプリシラ王女の美貌も色あせて見えることだろう」
「え、あ…う…」
かかかかかか。(赤)
やれやれ、初心なお嬢さんだ。
「わ、わわ、わかってて…いじめないで…」
「ああ、すまなかった…」
と、俺は手品のようにアイスを取り出して少女に捧げた。
「え?」
「それで、プリムだったか?息抜きならつきあってやる。どこか行きたいところがあるなら言ってみろ」
「……な、何かたくらんでる?」
「イヤなら、まっすぐ城に帰れ、今頃大騒ぎだろ、きっと」
少女はしばらく俺の目を見つめ…ぽつりと、呟いた。
「お、お願い…します」
「んー」
何か腑に落ちないような表情で、ピコが頭をかいている。
「どうした、ピコ」
「あの王女様、キミの守備範囲外だったの?」
「きちんと、エスコートはしただろう?」
「キミのエスコートは、夜のベッドが終点じゃない」
俺は、ちょっと苦笑を浮かべた。
「……何さ?」
「いや、さすがにいきなり王女に手を出すわけには…」
「出すじゃないキミは」
「……まあ、な」
「それも、『危険であればあるほど、愛の価値は高まる』とか言って、だしまくりだったじゃん、これまでずっと」
「いやなに、明日は朝から仕事だから」
「……まあ、いいけど」
そして翌日。
「海の男だ、艦隊勤務〜♪」
今俺は、ビーチにいる。
夏だ、水着だ、太陽だ……ん、何か混ざったか、今。
監視塔に陣取り、海水浴を楽しむ女性の姿をじろじろと…。
「うおっほん」
不幸な事故など起こらぬよう、真剣に注意を配っている最中だ。
男は、訪れる危機を自分一人で何とかすべきだが、女性は、時として愛に溢れた男性の助けを受けるべき、受けるべきなのだ。
「ピコ、俺を眺めているぐらいだったら、ビーチに異常がないか目配りしてくれないか?」
「今、このビーチで最も危険な存在を注視してるつもりなんだよ、私は」
俺の名はキャプテン。
長く、旅を共にしてきた相棒に誤解を受けるのはとても悲しいことだ。
とてもとても悲しいことだ。
「……っ!?」
俺は監視塔から飛び降り、浜を走った。
寄せてきた波を飛び越えるように身を投じ、そのまま沖に向かって一直線に泳いでいく。
「流されてる。気持ち右に方向を修正してっ!」
サンキュー、ピコ。
ざざざざざ…。
海の男を名乗っているのは伊達じゃない……伊達じゃないんだけどな。
「何やってんの、急いで」
焦りを抑え込み、手を伸ばす。
「そこ、沈んだ」
潜る、つかむ、引き上げる。
とりあえず、胸を圧迫して、水を吐かせられるようなら吐かせて……今度は、人1人抱えて、浜まで。
うおおおおりゃあああ。
「……ねえ」
「ん?」
「完治して…ないの?」
「いや、治ってるぞ」
ピコは、何も言わず……こつんと、自分の頭を俺の頬にぶつけてきた。
「夜のベッドにエスコートできないぐらい、体調が万全じゃないんだね」
「いや、気のせいだ。俺はいつだって、愛を語っているし、今のところ夜のベッドで語る必要性を覚えていないだけの話だ」
「……キミの言う『愛』は理解できないけど、少なくともキミは優しい人だって思うよ」
「優しくなければ、生きていく価値がない」
「……」
「見ろよピコ、夕焼けが綺麗だぞ…」
ピコが顔を上げた。
「……ホントだ」
穏やかな、夏の夕暮れだった…。
ぱんぱん
第1話でミューを赤面させていたことから、若造ではない予想はついていたはず。
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