「必ず殺す技と書いて、必殺技…かぁ」
なにやら肩のあたりから、物騒な呟きが聞こえてきたが、気にしないことにする。
そう、俺は今忙しい。
軽んじるわけではないが、物事には順序ってやつが必要だ。
「あ、あの…キャプテン…さん?」
「こうして君に触れられる……私は今、健康の喜びをかみしめているよ」
「あ、あの…検温を…」
「美しい指だ…」
「そ、そんなことは…」
「この指は、無数の患者に対して愛を捧げてきたのだろう…それは、とても素晴らしいことだ」
「わ、私は…看護婦です…か…ら」
テディの顔が真っ赤だ。
さすがの俺も、初日からこんなにとばしたりはしない。
一日、一日、午前、午後と、彼女に対して愛を語ってきた成果が今、こうして実を結ぼうと…。
「そっか…ダメージ与える必要ないんだ。あ、でも、怒りを抑えなきゃ使えないや…」
何かを諦めた…いや、悟りを開いた呟き。
それに遅れて。
「爆睡、ピコスリープ」
「ふぬぅっ…」
な、こ、この…強烈な、睡魔は…。
「きゃ、キャプテンさん…?」
く、ふぅ…なめるなよ、ピコ……4日間、不眠不休で敵陣を突き抜け…命を拾ったこともある俺に…このような…。
重くなる瞼をカッと開いて、心配そうな白衣の天使の姿を焼き付ける。
俺の胸の中で、高らかに鳴り響く進軍ラッパ。
愛だ、愛はすべてを凌駕し、すべてを救う。
テディが、はっと、口元に手をやって。
「ま、まさか具合が?」
いや、違う。
「今、先生を呼んできます」
ああ、行かないで…かんばっく、かんばーっく。
睡魔が、俺の意識を絡め取る……。
「……ぐう」
「……退院まで、1ヶ月以上かかるとされてたのに」
「うむ、治ってしまったようだ」
悲しげに眉をひそめ。
「こうして気軽に、君と会えなくなるのは辛い。でも君は、きっと健康な私の姿に笑顔を浮かべてくれるのだろう…だから、私は退院する」
「あ、は、はい…そうですね…」
「君との再会を願って、敢えてさよならは言わない」
「あ、あの、お身体は大切にしてください…」
耳元で、楽しげな笑い声。
「ぷぷっ、相手にされてない」
ふむ、それは見解の相違だな。
テディは、周囲に誰もいないことを確認すると、ちょっと顔を赤らめて。
「あの…私の住所です」
と、オレの手に、メモを握らせたのだった。
「騙されてる、この男に騙されてるっ!」
などと、テディの周りを狂ったように飛び回るピコ。
騙すなどとは人聞きの悪い…。
オレは悲しげに首を振った。
誤解されることは悲しいことだ。
「愛、それは決して後悔しないこと…か」
「キミが後悔しないのはわかってるよ。せめて、相手を後悔させないことって、言い直してよね」
「……」
「な、何よ…」
「ピコは、愛を知っているな」
「な、何なのいきなりっ!?」
ぱたぱたぱた。
「いや、誉めているんだ」
ぱたぱたぱた…。
あんまり高く飛ぶと、風に…。
「ひゃあっ」
言わないこっちゃない。
俺は、病み上がりにも関わらず、くるくると回転しながら飛ばされるピコの姿を追ってかけだした。
ピコは、ピコは俺にとって、大事な大事な…。
「ツッコミ役だからな」
どこぉぉぉーん。
「ふう、変形の誘い受けとはな…腕を上げたな、ピコ」
「…疲れた…何かすごく疲れた」
「また、魔力が切れかかっているんじゃないのか?一度帰って安静に…」
「キミを野放しにする方が問題あるよ」
と、ピコはため息をつき……立ち直った。
「ところで、どこに向かってるの?」
「墓地だ」
ピコはちょっと首を傾げ、あ…という形に口を開いた。
「そっか…そうだね…」
「戦場は、人が死ぬところなんだピコ」
……ピコは、何も言わなかった。
墓地を後にする俺……と肩を並べて歩いているのはメッセニ中佐。
「……東洋人」
そう呟き、首を傾げ。
「貴様、本当に東洋人か?入国書類には、東洋圏から来たとあったが、どう見ても、欧米人種にしか見えないぞ?」
「ああ、あれか…」
俺は小さく頷き。
「東洋圏の方から来たんだ」
「……」
むう、冗談の通じない男だ。
ここは、笑うかツッコミを入れるところだろうに。
「……彼女は、仕事ができるはずなんだが」
彼女、というと…入国受付の赤毛の美女か。
「……誰かさんに迫られて、書類のチェックどころじゃなかったよ、あれ」
はて、そうだったかな。
「とすると、名前も偽名か、貴様」
「傭兵にとって、名前はただの記号だ」
「ふん」
面白くもなさそうにメッセニは鼻をならし。
「まあいい……しかし、貴様。さっきのアレ…クレアさんに対する態度は、何のつもりだ?」
「今、彼女に必要なのは、気力だ…」
「……」
「悲しみは気力を生まない……ならば、怒りか憎しみしかないだろう」
「貴様…敢えて憎まれ役を」
「ヤング教官は、俺が殺した…嘘をついたつもりもないな」
そう言って、俺は、指先でピコの頭を撫でてやった。
「馬鹿な…男だな」
「そういうアンタは、不器用そうだ」
メッセニが、狼狽を隠さずに俺を見つめた。
海からの風が、草をならして吹き抜けていく……。
どんどん。
『こんちわー、東洋圏の方から来ました』(笑)
というわけで、キャプテンは東洋人じゃありませんでした。
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