「戦争は悲しいことだ」
「あ、うん…そうなんだけど…」
ピコは、ちょっと俺を見つめて。
「なんか、キミが言うと素直にうなずけなくなってきたよ…」
今さらだが、俺は南欧の小国ドルファンに雇われた傭兵だ。
戦いの抑制力としての目的もあったんだろうが、悲しいことに、こうして戦いが始まってしまった。
そう、俺は今戦場にいる。
そして、おそらくは……負け戦になるだろう。
「なんで?」
「こっちの方が、弱くて、愛が足りないからだ」
戦争は悲しいことだ。
だが、実際の戦いにおいて、弱いことと、愛が足りないことは、罪悪につながる。
「聞けい、ドルファンの犬ども…」
敵軍、ヴァルファバラハリアンの指揮官なのか……1人の男が歩み出る。
「ネクセラリア。この俺が相手をしよう」
と、それに受けて立ったのが、教官…ヤング大尉だった。
「いや、既に勝勢は明らかなのに、一騎撃ちって…?」
俺の肩で、ピコが首をひねる。
「まあ、こちらとしてはありがたい…」
「……逃げないの?」
「教官という立場を抜きにして、ヤングはいい男だ。放ってはおけんだろう」
「……勝てそう?」
「互角だな」
「じゃあ、キミが加勢すれば…」
俺は、首を振った。
「あの2人、わけアリのようだ……今は、見守るしかない」
「……」
「……なんだ?」
「いや、その……ヤングが負けて死んだら、美人の奥さんはさぞかしショックを受けて、『ちゃああんすっ!』なんて、考えてないよね?」
「……その手があったか」
「さっさと、加勢してこぉぉいいっ!」
どこおぉぉぉんっ!
「むう、距離、方向、すべてが完璧……やるなあ、ピコ」
「き、貴様…邪魔だてするか」
「何のまねだ、キャプテン」
ぎりぎりぎり…。
ネクセラリアの槍を左手でつかみ、ヤングの剣を右手に持った剣でおさえたまま。
「既にこの戦いの勝敗は明らか……何か言いたいことがあれば、このような無粋な獲物を持たずとも、拳で語り合えば良かろう」
ぎりぎりぎり。
言葉が届かないのは、悲しいことだ。
と、いうか……ネクセラリアはともかく、ヤングが俺に殺気を向けてきているのは何故だろう。
はて、噂の美人妻を一目見ようとしたあの日のことか?
それとも、偶然を装って、接近を果たしたあの日の……?
「ふむ、それは誤解だ、大尉」
「何も言っていないぞ」
「だったら、何故、殺気を…」
「自分の胸に聞くがいい」
自分の胸…?
清廉潔白。
「ふむ、やはり誤解があるようだ」
「き、貴様ら、何をごちゃごちゃと…」
ネクセラリアが槍を手放した……その瞬間。
「ごふっ」
俺の当て身をくらって、ネクセラリアが吹っ飛ぶ……崩れた均衡は、一気に終局を迎えた。
「がぁっ…」
ヤングが、剣を持ったまま俺の腕の中に倒れ込んでくる。
あ、もちろん、当て身だよ……普段の行動から軽く見られるけどね、俺って強いから。
愛とは、相手が求めるモノを与える行為……それをつきつめると、『相手が望まないモノ』が何であるかもわかる。
それはつまり、戦いは、愛と対極の位置にあるということだ。
そして。
「味方に、何攻撃してるのさっ!」
どかあぁぁぁーん!
うん、ピコの攻撃には愛を感じる。
俺は、ヤングの身体を抱えたまま……敵軍から距離をとる方向へと吹っ飛んだ。
「……ごめん」
「いやいや、なかなかの破壊力だったぞ、ピコ」
俺はベッドに横たわったまま……震える腕を上げて、ぐっと親指を立てた。
「そんな…大怪我するなんて…いつもより、ちょっと…いや、かなり、ものすごく威力はあったはずだけど、まさか、そんな…」
「ん?ああ…」
あの時俺は、ヤングの身体を抱えていた。
ヤングは、鎧と剣を持っていた。
そして俺は、ものすごい勢いで鎧と剣にぶつかっていった……まあ、そういうことなのだが、黙っておこう。(笑)
「それで…ヤングは?」
ピコが、首を振った。
「遠くからだったからわからなかったけど、あの戦いや、一騎撃ちの中で、既に深刻なダメージを受けていたんだね、きっと…」
うむ、ますます黙っておこう。(笑)
「キミは…それがわかってて、ヤングを失神させたんだね。私は、そんなこともわからずに…」
「いや、そうじゃない、そうじゃないんだピコ…」
「優しいね、キミは」
何でこんな時だけ、ものすごく好意的な考えをするんだピコは。
だからといって、結果的にピコが殺したと告げるわけにも…。
むう、こういうときこそ、愛だ、愛の出番だ。
かちゃり。
病室のドアが開く音がして。
「あ、目が覚めたんですね…良かった」
愛が、現れた。
「君に会うために、ハーデスの元から逃げてきた」
「え、えぇ?」
「いや、ひょっとしてここは…ヴァルハラなのか?さもなければ、このような美しい女性が存在するはずも…」
「あ、あの…宗教観が、無茶苦茶では…」
「かもしれない……だが、君の美しさは真実だ」
手を握る…いや、握りたい。握りたいのにぃぃぃ。
健康って、大切だよなあ、チクショウ。
「……」
あ、殺気。
どぉぉーん。
「い、今のは…一体…?」
目の前で、俺の身体が天井近くまで跳ね上がり、そして落下した現象に対して、何らかの納得できる理由を探しているのだろう。
どうやら、この看護婦は、真面目な性格らしい。
ピコはピコで、寸前で俺の体調を思いやって手加減してくれたようだし。
ああ、この世は、愛に溢れている。
捨てたモンじゃない。
続くかも
ヤング死亡。
加害者ピコ。
このような陰惨な結末を誰が予想したであろうか。(笑)
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