ワンワンワンワンっ!
 激しい犬の鳴き声。
「むう、これは間違いなくかわいらしい女の子に対する……どうした、ピコ?」
「いや、なんでもないよ、行ってらっしゃい」
「ああ」
 俺は走り出し、角を曲がった……そこには。
 
「ふむ、これはどうやら俺の守備範囲外…」
 
 どかぁぁぁーん。
 
 きゃいん、きゃいん、きゃいん。
 吹っ飛ばされてきた俺の身体に脅えて、犬は去っていった。
「……べ、別に助けないとは言ってないだろう」
「そう誤解されるのは、普段の行いだよっ」
 俺と、ピコの、いつもの(?)やりとり。
 ここ、ドルファンでは、4月のはじめから被害の伴わない、爆破テロが数多く報告されており、いわゆる『空砲テロ』と呼ばれて、市民達の精神を脅かしているのだが、それはまた別のお話。
「あ、あの…」
「やあ、お嬢さん……怪我はなかったかい」
 立ち上がり、にっこりと微笑む。
「な、何事もなかったように…強い…」
 呻くような呟きが、肩のあたりから……聞こえない、聞こえない。
「あ、はい…」
 少女は、犬の去っていった方に目をやり……。
「えっと、助けて……くれた?」
 と、首を傾げた。
「ふむ、どうだろうねえ」
 そう笑って、俺はふっとそちらに視線を向けた。
 近づく足音……そして、少女が現れた。
「大丈夫かロリィっ!?」
「俺はロリじゃねえっ!」
「……?」「……?」
「いや、失敬……古傷がね、少し疼いただけなんだ」
 それは、とても悲しいことだ。(笑)
「え、えっと…?」
 駆けつけてきた少女が、俺と、おそらくは知り合いである少女(ロリィ?)へと、視線を向けて。
「さっき、犬の鳴き声が…ほら、ロリィって、いつも犬に吠えられるだろ…だから」
「あ、うん…えっと…」
 ロリィが、ちらっと俺に視線を向けて。
「この人が…助けて…くれたかな?」
「いや、俺は何もしてないさ…」
 と、俺は少女に手を伸ばし。
「君が、この娘を思う心が、この娘を助けたんだよ、きっと」
「え、あ…そ、そう…なのか?」
 と、納得のいかない(そりゃそうだ)少女とは対照的に。
「そっか…お姉ちゃんが助けてくれたんだ…」
 けがれのない精神が、見事に昇華されていた。
「おや、姉妹かい?」
「あ、いや…まあ、そんなもんだ」
 なるほど、仲の良い幼なじみ……というところか。
 ふっと、少女が俺を……おそらくは格好を見つめ。
「アンタ、傭兵かい?」
「ああ、そうだ」
「……まあ、世話になったみたいだから仕方ないけど」
 そう、前置きして。
「アタシは、レズリー…そしてこの子はロリィ」
「そうか、俺の名は…」
 数秒の沈黙。
 俺はふっと肩のあたりに顔を向け。
「なんだっけ?」
 ピコが豪快に俺の肩から滑り落ち、少女2人がずっこけた。
「何、ボケてんのっ!」
「あ、いや…この国での、俺の名前…何って書いたっけ?」
「偽名ばっかり使ってるから、そんなことになるんだよっ!」
 ああ、もちろん、俺はともかく、ピコの姿も声も聞こえない2人には、かなり奇異な光景に映ったはずだが。
「えーと、ナンダッケさん?」
 むう、不審者を見る目つきだ。
 それはとても悲しいことだ。
 俺は、遠い目をした。
「……国を捨てたとき、俺は名前も捨てた」
「え…」
「国を捨てて以来、俺は別の名を名乗っている。俺がそれを名乗ること、それは2人に対して嘘をつくことだ……それを、許してくれるだろうか?」
「そっか…わけアリなんだな、アンタ」
「傭兵は、わけアリの連中だらけさ」
「いいさ……何があったのは聞かない。それでも、アンタの今の名前を教えて欲しい」
「ありがとう」
 微笑む、そして…。
「キャプテン」
 耳元で、ピコ。
「俺の名は、キャプテン」
「キャプテン?」
 レズリーは笑い、ロリィは首を傾げた。
「あからさまに、偽名って感じだな」
「人生は旅のようなモノだという……俺は、俺という人生の旅の舵を取る。それで、キャプテンとつけた」
「そうか…キャプテン…船長か」
 レズリーはちょっと笑い、何かを言いかけたときに学校の鐘が鳴った。
「いけねっ、おい、ロリィ」
「うん、お姉ちゃん」
 2人は俺に背を向け…。
「あ、じゃあな…また」
「ありがとう」
 そういって、学校の中へと……なるほど、この建物は学校だったのか。
「人生という旅の舵を取る…それでキャプテン、ねえ」
「今思いついたにしては悪くないだろう」
「思いつきで、入国しないでよ…」
「いいじゃないか、入国できたんだから」
 俺は笑い、ピコは呆れた。
「……っ!」「…っ」
 俺とピコ、2人はほぼ同時にそちらに目を向けた。
 ざっ。
 塀を越えて、姿を現す少女。
「なんて、ジャンプ力…」「くそ、脚とスカートが邪魔だっ」
 
 どかあぁぁぁーん。
 
「あ、あの…大丈夫?」
「いや、君が大丈夫なら何も問題はない」
「ご、ごめんね…ちょっと急いでたから…その、ごめん、踏んじゃって」
「気にするな、俺は違うが、世界は広い」
「え?」
 少し遅れて。
 
 どこぉぉぉーん。
 
 ふっ、ピコのやつ……結構初心だぜ。
 そう、俺の名はキャプテン。
 人生という名の旅の舵取りをする、孤独な、愛に生きる男だ。
 なんだか、この時点でものすごくネタばれしてしまった気もするが、男は細かいことを気にしちゃいけない。
 
 
続くよ
 
 
 5分で読める、連作モノ。
 うん、それはとても大事なことだ。
 
『いや、高任さん、アンタ、そんなもん書いてる暇があったら…』
 
 ぶつ。
 
 それはとても悲しいことだ。
 とてもとても悲しいことだ。

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