「ねえ、ねえってば…」
「……ピコ、今の俺には睡眠が必要なんだ…なんせ、今朝方まで忙しかったからな…」
「そうだね、どこかの誰かと、ベッドの上でさぞかし激しく戦ってたんだよね…」
「いや、ベッドの上じゃなく…」
 
 どかぁぁぁーん。
 
「……おはよう、ピコ。良い朝だな」
「はぁ、はぁ、はぁ…朝っぱらから、この男は…」
「すまなかったな、ピコを起こさないようにそっと帰ってきたつもりなんだが…」
「……できれば、酒場からまっすぐ帰ってきて欲しかったよ」
「はっはっは。酒場と市場には、その国の状況がよく現れるからなあ」
 ピコはため息をつき。
「その言葉に騙されてた時期もあったよ、確かに」
「ん?今から朝市を見に行こうというお誘いじゃなかったのか?」
「終わってる、もう、どう考えても朝市は終わってる時間だから」
「と、すると…」
 俺は顎に手をあてて、考えた。
 さて、ピコは一体俺に何を求めて…?
「訓練所っ、訓練所に行かなきゃいけないよねっ?ほら、入国管理所で渡された傭兵のしおりにもちゃんと書いてあるからっ」
「ピコ、訓練ってのは弱い人間がやるもんだぞ」
「……」
「クマや、虎が、訓練をするか?しないだろ。強いやつは、ただ強い。そして、俺は強い男だ」
「……」
「……ピコ?」
「いいから、とっとと行くのっ!」
 
 どこぉぉぉーん。
 
「良く来たなゴロツキども!オレが、ここの主任教官であるヤング・マジョラム大尉だ」
「……む」
 俺の表情の変化に気がついたのか、ピコが小さく頷いて耳元で囁いてきた。
「うん、あの人…ただ者じゃないね」
「ああ」
 と、俺は頷き。
「おそらく、美人の妻がいる」
 
 どこぉぉーん。
 
「さすがだな、ピコ。周囲を巻き込まないように、角度を考えて俺を吹っ飛ばすとは」
「うん、まあ、そのつもりだったんだけど…」
 ピコが困ったように、建物の方に視線を向けた。
「なんだ、一体?」
「爆弾テロか?」
 ……大騒ぎになっていた。
「おい、大丈夫かっ!?」
「ええ、なんとか…いきなり、すごい衝撃に突き上げられて…気がついたら、外で倒れてました」
「そうか…無事でなりよりだ」
 と、教官……ヤングが、笑みを浮かべた。
 男の笑顔だ。
 こんな男には、いい女が寄り添う。
 ぐい。
 耳を引っ張られた。
 そして、耳元でぼそぼそと。
「ねえ、これ以上魔力の無駄遣いをさせないで」
 
「何か誤解があるようだが」
「理解でしょ」
「いや、誤解だ」
「へー」
 長く、共に旅を続けてきた相手に、理解してもらえないのは悲しいことだ。
 だが、言葉にせずともわかってくれる…というのは甘えでしかない。
 だから、俺は、言葉を尽くす。
「いいか、ピコ」
 真面目な表情、真面目な口調で……もちろん、真面目な気持ちで。
「俺は、愛に満たされている女性に対して愛を語ることはない」
「へー」
「ピコ」
「でもさ、キミって…やたら、人の奥さんとか、彼女に手を出すよね?それも、敵に回したらまずいような権力者の相手ばっかり…」
「違うんだ、ピコ」
「何が違うのさ」
「彼女たちは愛に満たされてはいなかった…それどころか飢えていた」
 俺は目を閉じ……仕事にかまけたり、別の女にかまけて自分のことをないがしろにされていた(美しくもはかない)女性達の姿を、次々と思い浮かべた。
 つーっと、俺の頬を涙が伝って落ちた。
 彼女たちの悲しみ、俺は、それを少しでもやわらげてやりたかった。
 その行為が、ピコの目には……ただ、身勝手な男のそれと同じに見えたのだろうか。
 悲しいことだ。
 俺が流した涙には、千の、いや万の言葉に等しい重みがあったはずだ。
「ところでさ、権力者の奥さんって、たいてい美人だよね」
「金や地位で女性を好きにしようなど考える男が多いことは認める。同じ男として、慚愧に耐えないことだ…」
 俺は、沈痛の面もちで、首を振った。
 悲しいことだ、それはとても悲しいことだ。
 愛とは与えることだ。
 与えずに求める、それはこの世界を滅ぼすもとになるだろう。
「……もういいよ」
「ありがとう、ピコ」
 ピコはちょっと顔を背けて。
「少なくとも……キミが、女性に恨まれたことはないみたいだからね…」
「いやあ、そうでもないぞ。ちょっとしたボタンの掛け違いというか……そうだな、スーシャとは不運な別れ方をすることになったし、ユンにはひどい誤解をされて……」
 
 どかぁぁぁーん。
 
「……大丈夫か、ピコ」
「誰の…せいだと…」
 魔力切れだ。
 こういうときに心細くなって、憎まれ口を叩く女性は少なくない。
 ピコもまたそうなのだろう……何を言われても、にっこりわらって聞き流してやらなければ。
「気にするな、ゆっくり休め…」
「…わかってない…絶対わかってない…」
「今夜は俺がそばについててやるから…欲しいモノはあるか?」
「…心の平穏…かな」
「そうか、手をにぎっていてやろう」
「え、ちょっと…」
 小さな、小さな手……それを、そっと、指先で包んでやる。
 誰にも見えない、誰にも触れられない……小さな、小さな命のぬくもり。
「……ばか」
 それは、小さな呟きだった。
 
 
まだ、続いちゃう
 
 
 なんか、楽しくなってきました。
 いえ、決して高任の欲望とかそういうモノと強くリンクしているわけでは。
 最初の予定では、さっさと名前を出すつもりだったのですが…このまま最後まで出さないのもアリかなあ。

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