「あら、キャロルじゃない!」
「あ?ああ、スーか?」
 ロムロ坂でばったりと出会ったスーとキャロル、年齢こそ4つ違うがれっきとした友人同士である。
「どうしたのよこんな平日に・・・って、そう言えば休みが不規則とか言ってたわね。」
 最初怪訝そうだったスーの瞳が、理解したという風に和らいだ。スーが勝手に納得したとおり、キャロルの勤めるレストランはある意味決まった休日がない。ある程度の希望は聞いて貰えるが、みんなが休みたいと思う日曜に都合良く休めるというわけにもいかないのだ。
 そう言うわけで、キャロルは1人でぶらぶらとロムロ坂や国立公園あたりで何か面白いことはないかとうろついていた訳なのだ。
「じゃあ、スーは?」
「ちょうどお店の配達と御用聞きが終わったところ・・・。」
 スーは右腕に下げたかごを少しだけ持ち上げてキャロルの目にさらして見せた。
「ねえ、立ち話も何だから・・・そこの喫茶店にでも・・・」
「おっけー。」
 店に帰らなくていいの?などとキャロルが言うわけもなく、2人はいそいそと喫茶店へと向かった。
「さて、と・・・私はコーヒーにするけどキャロルは?」
「そーだね・・・じゃあ、ライムソーダで。」
「キャロル・・・それつまんない。」
「いーじゃない、別に。」
 唇をとからせたキャロルには構わず、スーは店員に注文を告げた。そしてキャロルの方に向き直って開口一番、
「ねえ、いい男いない?」
 心持ちキャロルの両肩が下がる。一呼吸遅れてため息まで吐いてみせる。
「スー・・・あんた、また振られたの?」
「『また』とは何よ、『また』とは!」
「べーつにー・・・」
 眉をつり上げたスーのものすごい視線を避けるようにしてキャロルは辺りを見回した。さすがに平日ということで客の入りは良くない。
「じゃあ、あんたはどうなのよ、キャロル?」
「ぐっ、それを言われるとつらいわ・・・。」
 キャロルはそう呟いて、芝居がかった動作で右手をぎゅっと握りしめる。
「ほーらみなさい、人のこと言えないじゃないの。」
 と、何故か得意がるスーに向かってキャロルはにやりと微笑んで見せた。
「なんて、ね。」
「え?」
 スーの表情が強ばった。
「まあ、私も20歳になったことだしね・・・あはは、最近ちょっといい感じの人がいるんだ・・・。」
 とちょっと照れくさそうに笑ったキャロルがお冷やに手を伸ばす・・・と、その手ががっしりとスーに捕まれた。しかも両手。
「吐きなさい、吐け、吐くのよ!」
 とんでもない三段活用である。
「やーよ、最後まで上手くいくとは限らないから・・・それに、」
 はあ、とため息混じりにキャロルはテーブルの上に身体を投げ出した。スーは慌ててキャロルの手を放してしまう。
「やっぱねー・・・今の職場で働いてるとちょうど休みが取れないのよねー・・・。」
「キャロル・・・」
 スーが心配そうにキャロルを見つめている。
 自分自身そういう経験が豊富(笑)なだけに、スーはキャロルを元気づけようと口を開いた。
「じゃ、じゃあさ、職を変えたら?」
「へ?」
 何を言い出すかな?という表情のままキャロルが体を起こした。ちょうどそのタイミングで店員がテーブルにカップを2つ並べていく。
「その人・・・何の仕事してるの?」
「え、あ、仕事って言うか・・・」
「何?無職なの?ダメよそんなの・・・まさか学生?年下なんてのはね・・・」
 スーの恋愛講義が始まる前にキャロルはスーを遮った。
「違うって・・・まあ、騎士みたいなもので・・・」
「ああ、そういうこと・・・じゃあ、同じ職場って訳にもいかないわねえ・・・。」
 スーはそっとコーヒーの入ったカップを唇に近づけた。が、ふと何かに気がついたようにカップをテーブルに戻す。
「お城ならどう?」
「お城?」
「そ、お城。うちの父さん顔が広いから、お城のメイドとかならなんとかなるかも・・・」
「お城のメイド・・・ねえ・・・」
 キャロルはライムソーダを一口含んで空を見た。お城の中を走り回っていれば、偶然出会うことがあるような気もする。
「まあ、メイドに空きがあるかどうかわからないけどね・・・」
「ん・・・今と同じぐらいお給料がでるならやってみたいかも・・・。」
「よしっ、決まり!」
 決定と言わんばかりにスーが立ち上がった。
「じゃあ、父さんに聞いてみる。・・・そのかわり、いい男がいたら紹介してよね。」
「はいはい・・・期待しないで待ってるわ。」
 
 ぱんぱんっ!
 クラッカーのはじける音と共に、その場のみんながキャロルに向かっておめでとうを繰り返している。
「キャロル!転職おめでとう!」
「ありがとう、みんな!」
 何やら話はとんとんと進み、キャロルは城勤めのメイドとして働けることになった。かなり、仕事はきついらしいが給料はこれまでの1.5倍!
 しかも、城勤めのメイドとなれば世間への聞こえも良い。これ以上はないって位の好条件の転職といえよう。
「おめでとう、キャロル!」
 かつての仲間達に頭を下げていたキャロルに向かって花束が差し出された。キャロルは高鳴る鼓動を押さえながらそちらを振り向く。
「おっそーい!何してたの、海燕ったら・・・」
「もちろん、花を選んでいた。」
「んなわけあるかー!」
 キャロルは大真面目な顔の海燕に向かって突っ込みを入れた。もちろん、海燕の身体にはかすりもしない。
「いやあ、遅刻しそうだったから花を買っていってごまかそうかと・・・」
「あーもー・・・どうせ買うならもっと残る物にしてくれればいいのに。」
 ぶつぶつと言いながらも、キャロルはその花束を大事そうに抱え込んでにっこりと笑った。
「ま、これで一応は同じ職場って事になるのかな?お城で見かけたら声ぐらいはかけてよね。」
 冗談めかしてキャロルが海燕の肩を叩く・・・が、海燕はそれに対してほんの少し妙な表情を見せた。
「同じ職場って?」
「いや・・・だからお城・・・」
 嫌な予感がキャロルの体の中を駆けめぐる。
 騎士だろうが、傭兵だろうが、城勤めの役でもない限りは滅多なことで城にやってくることがないことをキャロルが知ったのは10分後のことである。
 
 ごしごし、ごしごし・・・
「なーんか、話がうますぎると思ったのよね・・・」
 絶望的なまでに広い城の廊下を掃除しながらキャロルは呟く。給料は多いけれども、前以上に海燕に会える回数が減ったような気がする。
 だが自業自得というか、海燕にそれを確かめなかった自分がうっかりしていたことをわかっているので誰にも文句が言えないのである。
「1.5倍、1.5倍・・・」
 呪文のように繰り返しながら自分の心を押さえつけると、それなりに楽しいような気がしてくる。
「まあね、休みの日が無い訳じゃないし・・・海燕だって城に来ないと決まったわけでもないしね。」
「あら、キャロルさんって海燕さんの知り合い?」
 いきなり声をかけられて、キャロルは後ろを振り向いた。
 そこに立っていたのは・・・立っていたのは・・・
 キャロルの表情に気がついたのか、メイドの少女は微笑んだ。
「私はプリム。プリム・ローズバンク。プリシラ姫様付きのメイドをしているわ・・・」
「プリシラ姫付き!へえ、すごーい!」
 キャロルは素直に驚いた。
 ちなみに姫様付きのメイドになると、以前のキャロルの給料の2倍になる。
「その分苦労がたえないのよ・・・あのくそ女!」
「え?」
「あ、な、なんでもない、なんでもないからね。」
 プリムは口元に手を当てて何かをごまかすように笑い、そしてさらに話題を元に戻そうとする。
「そう、海燕さん!海燕なんて名前2人もいないはずだし・・・」
「私の知ってる海燕は傭兵だよ・・・東洋人の・・・」
 キャロルがそう説明すると、プリムはやっぱりという風に頷いた。
「じゃあ、私の知ってる海燕さんだわ・・・。」
 プリムのその言葉を聞いて、キャロルは心の中でガッツポーズを決めていた。そして内心の喜びを隠しつつ、いたって平然とプリムに尋ねてみた。
「へえ、海燕ってやっぱり城に来たりするんだ・・・。」
「ええ、たまには・・・と、言うよりプリシラ姫のお知り合いみたいですよ。私もその関係で知り合ったようなものですから。」
「プ、プリシラ姫と!」
 キャロルは手に持ったモップをぱたりと取り落とす。
「な、なんで?海燕ってただの傭兵じゃなかったりするわけ?」
「はあ・・・まあ、軍功という点ではただの傭兵さんの軍功じゃないらしいですね。でも、そんな風に見えませんよね・・・。」
 プリムは床に転がったモップを拾い上げて、キャロルの手に握らせた。
「と、ごめんなさい。お仕事の邪魔をしてしまって・・・私、行きますから。」
「あ、うん。」
 遠ざかるプリムの背中を見送りながら、キャロルは考える。
 どうも自分の知っている海燕と、さっきプリムの語った海燕が自分の中で一致しないのである。普段自分とつるんで馬鹿をやっている姿しか知らないので、海燕が戦場を駆けめぐる姿というのがぴんとこない。
 と言っても、キャロルが戦場を知っているというわけでもないのだが。
 
「海燕、あんたプリシラ姫と知り合いって本当?」
「・・・ま、知り合いと言えば知り合いだ。」
 遊歩道の欄干に背中をもたれかけさせて空を見上げる海燕。
 過ごしやすい秋だけに、遊歩道はカップルのたまり場と化している。だが、ほとんどのカップルが『2人の世界』を展開しているのでだれもキャロルの言葉には気がつかなかったようだ。
「なんか、海燕ってお調子者の様に思ってたから意外だわ・・・」
「んー、傭兵ってのは、明るくなるか暗くなるかのどっちかだからなあ。」
 そう呟いて海燕はますます身体をのけぞらして空を見つめている。そんな姿を見ていると、キャロルの心にむらむらっと悪戯心が芽生えてしまう。
「えい。」
 海燕の足をつかんでそのまま運河へと・・・ともくろんのだが、あっさりとかわされてしまった。
「かけ声をかけてどうする?」
「それは盲点だったわ・・・」
 心の底から残念そうに呟いて、キャロルは気を取り直すように周りを見渡した。
「しかし、無理もないけどここはアベックが多すぎると思わない?」
「・・・2人きりがいいというなら共同墓地にでも行こうか?」
「なーいす!いいね、そのボケ。でも、『きゃあっ、怖い!』とか言って腕にしがみつくキャラじゃないのよね、私って。」
「いざというときに腕にしがみつかれたら剣が抜けない。」
 そう言って海燕は白い歯を見せた。
 キャロルは疑わしそうな視線で海燕をじっと見つめる。
「それは・・・私に何かあったら助けてくれるということかな?」
 内心のどきどきを隠しながらのキャロルの言葉に、海燕は、いやいや、と呟きながら手を振った。
「まずは自分の安全だ。そして残った力でキャロルの安全。」
「んーいかんね。それじゃあ、女の子はよろめかないよ。」
「何はともあれ、そんな危険が起こらないのが一番だ。」
「まあ、そりゃそうねー。」
 上手くはぐらかされたような気がしないでもなかったが、キャロルは素直にその場を引き下がった。
 ひょっとすると、それ以上突っ込んで聞くのが怖かったからかもしれない。
「ところでさ、さっき言ってた『明るくなるか、暗くなるか』てのはどういうこと?」
「んん?」
 海燕は指先で耳の後ろの辺りをぽりぽりとひっかいた。
「まあ・・・そうやって見たくないことから目を背けたい奴が多いんだな、多分。俺の場合は天然なんだが・・・。」
「ふーん、私思うんだけど・・・本当の意味での『天然』てのは存在しないと思うな。」
「・・・そりゃ、赤ん坊がけらけら笑いながら産まれてきたら気味が悪いだろう。」
 2人の間に奇妙な間があった。
「・・・そうね、人間は泣きながら産まれてくるからね。」
 キャロルは自分の言葉をどこか遠くから聞こえてくるように感じたその時、
「おーいキャロ姉!」
「あら、ハンナじゃない!」「おや、ハンナ。」
 同時に呟いてキャロルと海燕は顔を見合わせた。
「やだ、海燕ったらハンナと知り合いなの?」
「キャロ姉・・・まさか、キャロルの妹か?でも名字が違う・・・」
 ハンナは2人の間に割り込む隙を見いだせずに黙ってみているだけであった。
「ハンナは私の従姉妹よ。」
「一応、知り合いだ・・・」
 そして2人はハンナの方を振り向いた。
「へえ、2人って知り合いだったんだ・・・じゃあ、キャロ姉が好・・・」
 野生の獣もかくやという敏捷な動きでキャロルの手がハンナの口を塞いだ。そして低く押し殺した声でハンナの耳元で囁く。
「殺しちゃおっかなー・・・」
 ハンナは慌てて首を振った。
 ハンナの立場からすれば冗談ではないだろう。しかも、キャロルの言葉が冗談には聞こえない以上迂闊なことも口にはできない。
「・・・仲の良い従姉妹だな。」
「一応ボクにもお姉がいるんだけど、なんか趣味が合わなくてさあ。キャロ姉の方が話しやすくって・・・」
 などと当たり障りのない会話に突入する。
 が、海燕には見えないところでキャロルの肘がハンナをつつき続けている。
『早くどこか行きなさいよ!』
『ちょっとぐらいいいじゃん!』
 水面下の攻防の末、キャロルが見事勝利を収めることになるのだが・・・それは元々勝利と呼べるものかどうかは定かではない。
「え・・・と、キャロルとハンナは3つ歳が違うのか?」
「まあ、そんなとこ。」
 実際は4つ違うのだが、大した違いでもない。キャロルは素直に肯定した。
 
『パーシル平野での戦いだが、騎士団の3分の1がやられたらしい・・・』
 城の中では嫌でもそういう情報が耳に入ってくる。
「・・・やっぱ、待つのってつらいわ。」
 しみじみと呟きながらキャロルは城の中を忙しく動き回る。要領がいいためか、城のメイド間ではなかなかの働き者という風に評価を受けているようであった。
 一旦そういう評価さえ受けるようになれば、ある程度のさぼりやミスというものは案外ばれにくくなるものである。そうすると仕事も楽にこなせるようになり、給料は前より多いわけだから楽しいはずなのだが・・・
 キャロルはつい先日のスーとの会話を思い出していた。
「しかし、意外よね。」
「何が?」
 まじまじとキャロルの顔を長めながら呟くスー。
「・・・キャロルがね、男の人に熱中するとは思ってなかったから。」
「それ、どういう意味?」
「ああ、言葉が悪かったわね・・・そうね、時折ふっと見せる表情とか見てるとね、なんか私もどきどきしちゃうもの。ああ、多分誰かさんのことを考えてるんだなあって。」
「そ、そうなの?」
 キャロルは自分顔が赤くなるのを感じて手を当てた。頬があつい。
「ふふ・・・一番楽しくて、つらい時期よね。」
 にこっと微笑むスーの笑顔にキャロルはため息をついた。
「そんな余裕無いわよ・・・昔の自分に逆戻りしたようでちょっとね・・・。」
 スーが、わかってるわかってると言う風に軽く頷いて、キャロルの頭を軽く叩いた。
「でも・・・そんな自分が嫌じゃないでしょ?」
「まあ、・・・ね。でも、今まで明るいキャラとしてやってきたからね・・・彼の前ではそうもいかないっしょ。」
「そこから先は自分で考えてよ・・・それがわかるぐらいなら、私も今頃は結婚できてるはずだし。」
「スーは高望みしすぎなんだって。あれもしたい、これもしたいって自分の望みを相手の人に押しつけてるだけでしょ?」
「だって、そうじゃなきゃ結婚する意味が無いじゃない!」
 そんな2人の会話を聞いて、隣の席に座っていた男性がすこーし距離をとったことにスーは気がつかない。彼女の幸せはまだまだ先のことになるのかもしれなかった。
「・・・ロル、キャロルってば!」
「え、何?」
 声をかけられたことで、キャロルの意識は現実へと引き戻された。メイド仲間の1人がそこに立っている。
「ぼんやりしちゃって・・・どうせ、彼のことでも考えてたんでしょ?」
「あ、あはは、そんなわけないでしょ!」
「そういえば戦いが終わったって・・・騎士団も土曜あたり帰ってくるらしいよ。」
 そして土曜日。
 キャロルは海燕の部屋の前に立っていた。そしておもむろに取り出すヘアピン。
「大体ね・・・私に合い鍵を渡すという発想はないのかしら・・・って、こんなので鍵が開いたら苦労は・・・」
 かちゃ。
 キャロルは感心したようにヘアピンを見つめて呟いた。
「あ、あはは・・・開いちゃった。」
 
 海燕は自分の部屋のドアの前に立って妙な違和感を感じた。
 何やら、自分の部屋の中に人の気配を感じたのである。海燕はそっと腰の剣を抜き、油断なくドアを開けた。
「お帰・・・?」
 海燕に飛びついてこようとしたキャロルの動きが止まった。海燕はほっとため息を吐いて剣をおさめる。
「海燕っていつも剣を抜きながら部屋の中に入ってくるの?」
「いや、人の気配がしたからだ。」
「へえ、そんなのがわかるんだ・・・。」
 キャロルは感心したように海燕の身体をじろじろと眺めている。が、海燕は突然あることに気がついた。
「・・・そう言えば、どうやって入った?」
「鍵が開いてたの。」
 にっこりと微笑むキャロルを見て海燕はため息をついた。
「そうか・・・まあ何もない部屋だが・・・」
「そうでもないよ、海燕がいるから。」
 キャロルは本当にさりげなく海燕の表情を窺ったが、別段変わった様子も見せていない。このぐらいでは何とも思わないのか、それともただ単に鈍いのか?
「・・・両方かも?」
「何か言ったか、キャロル?」
「べーつにー・・・。」
 キャロルはそっぽを向いた。
「さて、私そろそろお城に戻る。明日の収穫祭は迎えに来るから一緒に行きましょ。」
「ああ、わかった。」
 そうしてキャロルが部屋のドアを手に取ったとき、海燕が声をかけてきた。
「キャロル、わざわざ無事かどうか確かめに来てくれたんだろ?」
 キャロルは顔を真っ赤にして、ドアを力一杯たたき込むようにして閉めた。自分の心が透けて見られているような気分である。
「・・・何やってんだろ、私・・・。」
 
「せっかくのクリスマスだって言うのに、他人のパーティの世話なんかやってるのはばかばかしいのよねー。」
 今日のクリスマスパーティーを世話する人間はそれこそ数え切れないぐらいいる。つまり、1人ぐらいは持ち場を離れてもおっけー!(笑)
 という素晴らしい理論を武器に、キャロルはしばらくパーティー会場をうろつく。もちろん格好が格好だけに、時折空いているお皿を確認するような素振りだけは忘れない。
「おや、キャロル。お疲れさま・・・」
「あ、海燕・・・」
 何千人もの人が集う会場内で偶然出会えるとは何という幸運。そうしてしばらくキャロルは海燕と話し込んでいたが、ダンスの時間になっってしまった。
「じゃあ、キャロル。1つお相手お願いできるかな?」
「え、でも私、仕事が・・・」
 心にもない言葉・・・でもなく、そろそろ戻らないと本当にまずそうだったのである。
「クリスマスと言うことで大目に見て貰おう。」
「怒られるのは私なの!」
「残念・・・。」
 案外あっさりと海燕はあきらめた。そのまま誰かとダンスするというのでもなく、壁にもたれて飲み物の入ったグラスを傾けている。
 そんな仕草がやけにさまになっているようにキャロルは思う。
「じゃあね、海燕。」
「ああ、頑張れよ。」
 そして深夜まで続いたパーティも無事終了し、後かたづけもそこそこにキャロルは職場を放棄する。(笑)
「海燕!」
「・・・キャロル、仕事は?」
 海燕が心なしかからかうように呟く。
「そう思うなら、そんなとこで待つのはやめてよねー!」
 そして自分の顔の赤さを隠すために海燕の腕にしがみつく。
 海燕は多分自分のことを大事にしてくれていると思う。ただ、それは大人が子供に対してするような態度のような気がして仕方がない。
 自分が悪戯をしてもたしなめるのではなく、一緒になってそれを手伝ってくれたりもするが・・・それはどこか無理をしているような気がしてならない。
 ふぉす。
「きゃっ!」
 鼻の先に冷たいものが落ちてきてキャロルは悲鳴を上げた。そして空を見る。
 お城の明かりに照らされた空から、ゆっくりと舞い落ちてくる白い綿。でも触ると冷たい・・・。
「え、何これ?」
「雪だよ・・・。温かいこの国では珍しいらしいな。」
「雪?」
 キャロルは珍しそうに両手を広げてくるくると身体を回転させてみた。すると、白い雪が自分の身体の動きに反応するようにふわふわとまとわりつきながら落ちていく。
「綺麗・・・わたし、こんなの始めて見た。」
 そっと手のひらで雪を受け止めた。
 小さなそれは、キャロルの見つめる前で解けて流れていく。
「・・・なんか、かわいそうだね。」
「気まぐれなクリスマスプレゼントだな・・・もうやみそうだ。」
 海燕に言われて空を見上げると、確かに白い粒はもうほとんど見えなくなっている。
「ある国では・・・その年最後の雪の一粒を手に取れば願いが叶うと言われている。」
「え、本当?」
 キャロルは残り少なくなってきた雪の粒を追いかけながら両手を振り回し始めた。
 そしてキャロルのそんな姿を眺めながら、海燕は静かに微笑んでいた。
 ドルファン国にとって37年ぶりの雪は、ほんの20分程の甘い夢を皆に与えて消えていった。
 
 からーん。
「いらっしゃいませー、ってキャロルじゃない。」
「やっほー。」
 スーの目の前には私服姿のキャロルが立っている。しかも何故か手に荷物を抱えている。
「ちょっと、あんた仕事は?」
「あ、あはは・・・それより、おじさんは?」
「奥にいると思うけど・・・」
「おっけー。じゃあ、後でね。」
 キャロルは軽く手を振って、店の奥に向かった。
 
「働き者の娘さん・・・と評判だったのに・・・」
「ごめんなさい・・・いろいろ口を利いて貰ったのに、勝手にやめることになってしまって・・・。」
 キャロルはスーの父親に深く頭を下げた。
「いや、儂は大したことはしとらんよ、それに・・・」
 スーの父親はキャロルの顔を見て目を細めた。
「そんな表情をした娘さんを引き留めるほど野暮でもないつもりだ・・・」
「・・・本当にごめんなさい。」
 もう一度頭を下げると、キャロルは荷物を抱えて立ち上がった。
「・・・スー。」
 スーは呆れたようなため息を吐くと、キャロルの大荷物を見つめながら呟いた。
「あんたって・・・変なところで真面目よねえ。」
「けじめはつけとかないと・・・お世話になったし。」
「・・・それを水くさいって言うのよ。けじめをつけるってことは・・・あんた帰ってこないつもりなの?」
「断られたりして・・・」
 キャロルは笑おうとして失敗した。その頬をスーの指が引っ張る。
「ふぇ?」
「笑いなさい、そうやって彼と過ごしてきたんでしょう?・・・そう言うときはね、嬉しいときに泣くの。」
 そう言って、スーはキャロルの肩をぽんと叩いた。
「それに・・・いい男を紹介してくれるって言う約束よ。機会があれば2人でこの国に帰ってらっしゃい。」
 スーはキャロルの背中をそっと押した。
 そしてキャロルは歩き出す。
「おっけー。」
 振り返らないキャロルの背中を、スーはどこかうらやましげに見つめていた。
 
 海燕はわざわざ自分に手紙をくれた。
 ひょっとすると単に見送りに来てくれと言う意味しかないのかもしれない。だとしたら、今の自分はピエロに違いないとキャロルは思う。
 それでも構わない。
 ピエロはピエロでいる間はその場の主役なのだから・・・
 夕暮れの波止場に海燕は立っていた。
 キャロルはそのまま走っていき、海燕の腕を取って船に向かって歩き始める。
「キャロル?」
「何ぼやっとしてるの?あの船に乗るんでしょ?」
「いいのか?」
「・・・スィーズランドは、まだ雪が降ってるのかな?」
「もう3月だ・・・さすがにどうだろう。」
 海燕はキャロルに腕をとられたまま歩き続ける。
 その真意を確かめたくて、キャロルは強く海燕の腕を引っ張った。そして自分の頬に押しあてるようにしてじっと海燕の顔を見る。
「キャロル、ちょっと手を放してくれないか?」
「いや!」
 海燕はため息を吐いて、自分の羽織っているマントを裏返しにしながらキャロルの身体に掛けてやった。
「・・・え?」
「船の上は寒い。これを着ろ。」
 少し照れたように呟く海燕を見てキャロルは微笑・・・笑いながら涙を流す。
「・・・まさかな、旅支度まで整えてやってくるとは思わなかった。」
 キャロルは手の甲で涙を拭い、そしていつものように笑いながら海燕に尋ねてみた。
「あのさ・・・私を待ってる間って・・・怖かった?」
「ああ、怖かったとも。」
 そのまま2人で船の乗り込むタラップの前まで行くと、キャロルは突然後ろを振り返った。
 そして、そこにはいない誰かに向かって大きく手を振る。
「じゃあ、またね!」
 キャロルの声と船の出発を告げる合図とが潮風にのって流れていった。
 
 
                    完
 
 
 キャロルファンって2種類いると思うんですよ。
 いつもの明るいのりが好きな人と、エンディングで見せたその繊細な裏面が好きな人。
 個人的にはエンディングでかなりぐっと来て、ちょっとがっかりしました。(笑)あの旅支度ばっちりで波止場にやってきたのでかなり好感度が上昇して、その後でちょっと下降。
 さて、どっちのキャロルでいこうかなと悩んだんですが、まああまりウエットにしないようにしながら書いたのでファンの人には『これはキャロルじゃない!』とか言われそうな気がするとかしないとか。(笑)
 転職したのは主人公に会うため、というのは個人的な解釈です。さすがにあのエンディングを見る限りではそんなうっかりやさんとは思えないし。(笑)でも、お話的にはそっちがいいかなと思ったのでそうしちゃいました。
 スーがいい味だしてしまったような気がします。こういう役を登場させるのが実は好きなんです。(笑)

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