「海燕さんは海がお好きなんですか?」
ドルファンの玄関口とも言うべきドルファン港。その様子を何やら思案深げに眺める海燕に対してアンは遠慮がちに声をかけた。そのアンの問いかけに海燕は初めて彼女の存在に気が付いたという風に顔を上げた。
「さて・・・嫌いじゃないと思うよ。」
潮の香りが強まった。少し風がでてきたのかもしれない。
「いつも海の近くでいらっしゃるみたいなのでそう思ったんですけど・・?」
海燕はそれには応えず黙って港から出ていく船を眺めている。アンは別に気を悪くするでもなく、心もち海燕の方に身体をよせて海燕の視線の方向に顔を向けた。
夕陽の中の黒いシルエットが小さくなって見えなくなってしまった頃、夕陽もまた水平線の彼方に沈んだ。あたりがすっかり暗くなるまで2人は何も会話をかわすことなくそうして佇んでいた。
「海燕さん、私は先に帰りますね。」
海燕に背を向けかけたアンを呼び止める穏やかな優しい声。
「いや、俺も帰るからそこまで送ろう。」
「は・はいっ!ありがとうございます。」
陽が落ちると急に冷え込む季節である。最近は外国人排斥運動などの気運も高まり治安があまり良くない。でも、とアンは思う。
何気なく冷たい風を遮るように隣を歩いてくれているこの人が側にいてくれるならば何を恐れることはない、と。
「そうだ・・アンは次の休みはあいてるかな?」
「え?はい、いつでも大丈夫です!」
海燕直々のお誘いにアンはぴんと背筋を伸ばす。仕事からの帰り道に海燕の姿を見かけた幸運がさらなる幸運を呼んだようである。
「・・・期待してるところ悪いんだけど、次の休みに戦災孤児の慰問に行くんだけどちょっと手が足りないから誰かいない?と頼まれてただけなんだけど・・・。」
「えっ?」
あからさまにアンの顔に落胆が浮かんだのか、海燕は小さく微笑んだ。
「一応、俺も行くけど・・。」
「行きます!」
口実はどうあれ一緒にいられればどうでもいいアンは迷わずそう宣言していた。
アンの耳に海燕とクレアの楽しげな会話が聞こえてくる。
「海燕さんったら本当に可愛いお嬢さんのお知り合いが多いんですね?」
「はあ、いろいろ声をかけたんですが来てくれたのは女の子ばかりで。」
一見和やかな風景であったが、アンの目はクレアのこめかみのあたりに浮き出た血管を見逃すことはなかった。
アンがふと背後を振り返ると、子供達と一緒になって遊ぶロリィや、髪の毛を引っ張られながらも笑顔を絶やさないジーンの姿。ソフィアやレズリーらは劇の準備に大忙しの様子である。向こうでは怪我をした男の子をテディが治療をしている。クレアならずとも心穏やかになれる風景ではない。
「お姉ちゃん・・。」
アンはくいくいと服の裾を引っ張られて足下に目をやった。
親を失ったことによる心の隙間を埋めようとしてか、数人でグループを作る子供達が多い中でその少女は1人ぽつんと立っていた。全てに見放されたような寂しい瞳の少女。アンはそっとしゃがみ込んで少女の瞳を真っ直ぐにみつめてやる。
「あの・・・ご本読んで・・・。」
何もうつしていない様な澄んだ少女の瞳に微かなとまどいが浮かんだ。全てを捨てようとして、捨てきれなかったのかもしれない。アンは何も言わずに微笑むと、少女が差しだした絵本を手にとって読み聞かせ始めた。
・・・それはとおい昔のお話。
嵐の晩のことです。
木の葉の様に翻弄される船から投げ出された1人の青年を助けたのは単なる気まぐれではなく、まだ見たことのない人間に興味があったせいでした。人魚姫は意識を失ったままの青年を陸の近くまで運び届けてやりました。
海の生活というのは幸せであったけれどもあまり変化のない退屈な生活です。それだからかもしれません。人魚姫が青年に心を寄せてしまったのは。
人間に恋した人魚姫は、あるものを引き替えにすれば自分の姿を人間のそれへと変えることのできるという魔女をたずねました。もちろん自分を人間の姿にして貰うためです。普段人魚はそのままの姿で陸へと上がることはできません。月の魔力と海の力を借りることのできるよく晴れた月夜の晩に波打ち際でのみ人間は人魚の姿を目にすることができるのです。人魚姫から事情を聞いた魔女はその願いを叶えてあげることにしました。人魚姫の立場に同情したのか、魔女は親切にも自分の意志によって人間の姿であったり、人魚の姿に戻れるようにもしてあげたのです。何度もお礼を言って人魚姫が今や少女の姿で帰っていくのを見て魔女は唇の箸をつり上げるようにして笑みを浮かべました。
・・その笑顔のまがまがしさに空を飛んでいた鳥は石になって落下し、あたりの草花は一瞬にして枯れ落ちました。全ての生命が沈黙したかのような魔女の家から少女は楽しげな軽い足取りで遠ざかっていきました。
魔女が何を引き替えにしたのかは誰も知りません。
当の人魚姫さえも自分が何を失ったのか知らなかったのです。
それからしばらくの間、人魚姫の生活は全てを祝福するような暖かい光に包まれているようでした。しかし愛する人と同じ世界で生きていく幸せな日々は、青年が自分の前から突然姿を消す事によって終わりを告げたのでした。
「人魚さんは・・それからどうなったの?」
アンの歌うような物語に耳を傾けていた少女は、どこかおどおどしたした感じで聞いてきた。
アンは少し考え、少女に話して聞かせた。
「人魚姫は・・青年を捜して長い長い旅を続けました。世界という世界は海に囲まれているから人魚姫はどこへでも行けたのです。」
アンが一旦言葉を切ると、少女は黙って頷いている。やはり、幸せな終わりにするべきだろうか?
・・・そして人魚姫の長い旅もやっと終わりの時が近づきました。ついに青年がいる場所を見つけたのです。
人魚姫は迷うことなくその場所を目指しました。しかし、陸の上は人間の姿、海では人魚の姿で旅を続けてきた人魚姫はあることに気がついたのです。自分が全てを捨てようとしてまで愛したあの青年に対して隠し事をしていたことに。
ある満月の夜のことです。
青年の住む海岸の小さな村に美しい歌声が響いてきました。青年はそれに気がついて次の日に近くに住む村人に聞いてみましたが、みんなそんな歌声は聞こえないと言うのです。
その素晴らしい歌声は満月の夜が訪れるたびに青年の耳に届きます。その歌声が聞こえてくるようになってから半年、ついに青年はその素晴らしい歌声の持ち主を捜す気になりました。
ひたひたと波のうち寄せる人気のない岩場。そこに彼女はいたのです。昔嵐の夜に自分を助けてくれた人魚。その記憶は夢の中のようなはっきりしないものでしたが青年は彼女の面影を捜し、世界中を旅していました。そして最後にたどり着いたところがこの村だったのです。
そして人魚姫が最後にたどり着いた場所。そこで2人は結ばれました。
やがて人魚姫が生んだ子供はどこから見ても人間でした。その時人魚姫は初めて自分が何を失ったのか気付いたのです。自分は人魚としての子供を生む事ができなくなったことに。でも関係ありません。人魚姫にとっては側にいる青年と可愛い子供だけが全てなのですから・・・。
アンは自分の考えた話にどこかおかしな所はなかっただろうかと少女の様子を窺った。そして、どうやら素直に頷いてくれているようなのでほっとため息をついた。まさか、人魚姫は海の泡となって消えてしまいました・・・・では悲しすぎる結末というものである。特にこんな瞳をした少女にとっては・・・。
「みんな、これから劇をやるから集まってね。」
ソフィアの呼び声に少しためらうような素振りを見せた女の子の背中をアンはそっと押してやった。女の子は一度だけアンの方を振り返ると、いやいやをするように首を振り、誰もいない方に向かって駆けていく。
「あの子・・海燕さん以外には懐いてくれないのよ・・。」
振り返ると、そこには心配そうな顔をしたクレアが立っている。少女の背中が見えなくなると、アンの顔を眺めてぽつりと呟いた。
「貴女が二人目・・・かしら?」
「多分・・・違いますよ。気がつくと側にいた、そんなところだと思います。」
「時々あなた遠い眼をするのね・・。こんなこと言ったら怒られそうだけど、わたしよりずっと年上みたいな雰囲気・・・海燕さんと同じ匂いがするわ。」
「・・・私・・・いくつに見えます?」
ふと聞いてみたくなった。その思いが言葉となってアンの口からこぼれ出る。
「さあ?・・・でも海燕さんを見ているときのあなたはまるで少女のようね。」
「・・・ということは普段は少女に見えないって事ですか?」
アンがそう答えるとクレアは口元に手をやってくすりと笑った。そうして、向こうで子供達と一緒になって走っているロリィの方を指さした。
「私は少女と言えばあのぐらいの子を連想するけど・・?」
無邪気に笑うロリィの姿を見て、アンは自分があのようにして笑っていたのがとても遠い日の事だったような気がした。
街の雰囲気が少しざわついている。
楽勝と言われていた戦いで思わぬ苦戦を強いられているという知らせが届いたせいかもしれない。
その数日後、レッドゲートを抜けて帰ってきた騎士達の表情はとても凱旋と言えるものではなかった。悲壮感すら漂わせた騎士達の行列の最後方に傭兵達の集団がいる。
騎士達とは違って、傭兵連中の顔には悲壮感がなく、ただ荒んでいる。長い放浪の中で仲間の死に対して鈍感になっているのか、それとも元々仲間など存在しない一匹狼の集まりなのかはわからない。その集団の中でさらに1人ぽつりと歩いている海燕の姿を認め、アンはほっと身体の緊張を解いた。
翌日、アンは共同墓地に足を運んだ。
共同墓地全体を見下ろす小高い一角に海燕の姿を見つけた。戦いが終わると、決まってこの海の見える共同墓地に姿を見せるのが海燕の決まり事であった。
墓に名を刻まれるのは騎士と敵方の八騎将ぐらいで、傭兵達の死体ははひとまとめにしてこの一角に葬られている。
何回かに分けて募集された傭兵もそのほとんどは契約を破棄されて、新たな戦場を求めて去っていった。このドルファンに残る傭兵はすでに第一次募集の生き残り百余名のみ。
この国で騎士としてとりあげられることは無いことを薄々感じていたのか、外国人傭兵による犯罪が最近増加していたのも外国人排斥の風潮を高める結果になっている。
海燕がどんなに戦功をあげようとも、いずれはこの国を去る運命であることはアンにだってわかることである。
ふと、海燕が後ろを振り向いた。と、その顔は少し驚いているようだ。おそらく人の気配を感じていなかったのだろう、苦笑いしながらアンの方に向かって歩み寄ってきた。
「教会でお茶でも貰おうか?」
「・・・・はい。」
外国人傭兵に対してもなんの偏見も持たず、普通にアルバイトできるのもこことスーのパン屋ぐらいなものである。
「どうぞ、海燕さん。それと・・?」
「あ、アンと言います。」
礼拝堂の掃除をすませてから、シスターのルーナを含めた三人で温かいお茶を飲みながら物静かな時間を過ごす。あまり口数のない三人が集まって会話に花が咲くはずもないのだ。
「どれだけの命が失われたら人は戦いをやめるんでしょう?」
「・・・戦争を始める人間が命を失わない限り無理だろうな。」
信仰に全てを捧げるルーナの呟きに、海燕は自嘲的にそう答えた。それきり会話はとぎれる。ずっとこんな感じである。
そんな中でおずおずとアンが口を開いた。
「・・・・人はどんな罪を犯したとしても許されるというのでしょうか?」
「それを悔いる気持ちさえあれば、神は許してくださいます。」
「神が許しても、自分自身がそれを許せないならどんな免罪符も無効だと思うが?」
どこか遠い目をしてそう呟いた海燕にルーナは伏し目がちで悲しそうな瞳を向けた。
「自分を裁ける人はそう多くはいないものです・・・。」
そこで一旦言葉を切って、ルーナは教会の奧に掲げられた主の姿に視線を移した。
「また、自分の罪を悔い改められない人も少なくはありません・・・。」
「・・・他人を犠牲にして自分の望みを叶えようとすることってどう思います?」
教会からの帰り道、アンは星空を眺めながら尋ねてみた。
「それが生きるための手段なら仕方のないことじゃないかな?」
「自分が生きるために他の全ての命を奪うことになっても・・・ですか?」
「・・・・それでも俺は生きていたいと思う。ただ、生きるということは自分が生き残るとかいう事じゃなくて・・・自分が生きていた証をたてることかもしれない。」
自分にとって譲れない何か・・・。
そう言いかけてアンはその言葉を飲み込んだ。
「海燕さんのふるさとには『人魚姫』みたいな昔話ってありましたか?」
何気ない口調でそう切り出すと海燕は妙な顔でアンの方を振り向いた。それはそうだろう、いきなり話題が飛んだのだから・・・。
「まあ、魚人伝説なら・・・。ただ、人をさらう妖怪のような扱いが多かったな。」
「・・・変だと思いません?別に姫じゃなくてもいいですよね。なのになんで『人魚姫』なんでしょうね?」
「・・・美しかったからだろう。」
ぼそりとそう呟いた海燕の表情は読みとれなかった。
「・・・私のお母さんはこう答えてくれました。人魚には一世代に女性が1人しか生まれないんです。だからそのたった1人は姫で当然なんだそうです。」
「・・・なるほど。君のお母さんはなかなか頭がいい。」
「でも・・・そのたった1人の姫が繁殖期を前にしていなくなったらどうなるんでしょうね・・。やっぱり子孫を残すことができなくなってみんな死んでしまうんでしょうか?」
「・・・お母さんがもう一度頑張るというのはどうだろう?」
少し冗談めかした海燕の台詞にアンは微笑んだ。
「くすっ、海燕さんも頭がいいんですね・・・。」
アンはそう呟いて、そっと海燕の腕を抱えて歩き出した。
どれくらい長い間こうしていただろう・・・。
アンは頭上に輝く月を見上げた。水面の揺らぎはそのまま月の姿の揺らぎとなって幻想的な眺めとなっている。
みんなに見つかるのが怖くて、ずっと陸の上でいたのは遠い昔。
今こうして水の中にいる私を連れ戻そうとする声が聞こえたのはもう随分昔のような気がした。
最後の繁殖期、随分たくさんの人間がさらわれた話を世界各地で耳にした。海燕の言った昔話もそんなエピソードの1つであろう。
自分の勝手な行動が招いた結果はあまり考えたくない。
自分の全てをなげうってまで押さえきれなかった衝動。ただ自分はそれに従っただけなのだ。
人魚族の最後の生き残りとして私はいつまでこの姿で居続けるのだろうか?
以前は死にたくても死ねない自分が嫌だった。
それが、今は海燕とともにありたいと願っている自分。でも、いつまでも年をとらない自分の前で海燕1人が年老いていく。そんな現実に耐えられるのだろうか?
「いたっ。」
あんは、胸のあたりに痛みを感じて顔をしかめた。最近になってこんな痛みを感じるようになった。これまで一度も感じたことの無い痛みである。
ぼんやりと立ちつくすアンの服の袖が引かれた。
アンの顔をじっと見上げる幼い瞳。そっとアンに向かって絵本を差しだしている。
「この話・・・気に入ったの?」
女の子はこくりと頷いた。
正確にはアン特製の『人魚姫』のお話しだが・・・。アンは再び女の子に向かって絵本を読み聞かせ始めた。内容とは違うのだが、女の子にはまだ文字が読めないのだろう。そうでなくては読んでくれと頼むはずもない。
「アンは優しいな・・。」
ぺこっと頭を下げて女の子が走り去ると、海燕がそう声をかけた。
「きっ、聞いてたんですか?恥ずかしいです・・。」
「・・・いや、いい話だと思うよ。特にあの子にとっては・・。」
海燕の瞳がふと優しい輝きを帯びた。
「・・・泡になって・・・では悲しすぎますよね・・。」
「俺のふるさとにはもっと悲しい結末になるはずの話がある。」
なぜか胸騒ぎがした。
聞いてはいけないと思うのに、アンの口が自然に言葉をつむぎだす。
「どんな話なんですか?」
「・・・悪い魔法使いに頼んだ時点で、その話は悲劇の結末になる運命・・・ま、やめとこう。大人にとっても悲しすぎる話だからな。」
そう呟いて海燕は子供達にお菓子を配り始めた。
激しい痛みがアンを襲っていた。
もともと理不尽に生きながらえている命にすぎないが、今は死にたくない。声を殺してじっと我慢しているうちに痛みは収まった。
自分は仲間を捨ててここにいる。でも、あの時あの魔法使いは私の何を犠牲にしたのだろう?
自分のなくしたものが大きすぎたため、今までそんなことを考えたことがなかった。
「一体私は何を犠牲にしたのかしら・・・そして今何を失おうとしているの?」
その問いかけに答えてくれるものは無い。
海の中でアンはただひたすらに孤独であった。
アンはふと国立図書館に立ち寄った。この前海燕が言いかけた話が気になったのだが、東洋の国の昔話なんて生半可なところに置いてあるはずがない。
やはり、ここにも見あたらなくてアンはため息をついた。
本当は知らない方がいいのかもしれない。それでもアンは何かにせかされているような胸の痛みが気になって一日中本を探していたのだった。
夕暮れの街を歩いていたアンは背中を軽く叩かれ、おびえたように首をすくめた。
「あ、すまない。脅かすつもりじゃなかったんだが・・。」
「あ、良かった・・・誰かと思いました・・・。」
二人並んでゆっくりと歩いていく。まわりの喧噪と波の音だけが二人を包んで、やがて倉庫街のあたりにやってくるとアンは耐えかねたように口を開いた。
「あ、あの・・・この前の話ですけど・・・」
「この前?」
ふと、風が止んだ。
今日も激しい痛みがアンを襲っていた。
痛みは日ごと強くなるが、今は笑ってそれに耐えている。本当に怖いのは痛みが無くなったとき。
・・・でもその時をアンは望んでいた。
それは自分が生きていたという証なのだから。
「でも・・・それでも・・・」
心の中で納得したはずの思いが、嗚咽混じりに口から出てしまう。
「悲劇以外の結末はなかったのかな・・・?」
静かな夜明けであった。
アンはそっと自分の胸のあたりに手を当てて首を傾げた。そしてあふれ出した涙を拭くこともせずに手紙を書き始めた。
きっとあの人は来てくれる。
あの人の部屋にこの手紙を置いて、あとはただ待つだけ・・・
海が黄金色から赤く変化する頃、あの人は現れた。でもアンは何故かそこに姿を見せる気になれなかった。
消えるのが怖い。自分という存在がいなくなること、何故自分の愛する人に愛されることで消えなければならないのかという理不尽に対する怒り。そんな思いがアンの決意を鈍らせる。
やがて海は月明かりだけを反射する柔らかな白い姿を見せ始めていた。
あの人はまだそこにいる。
そしてやっとアンもまたそこに行く決心を固めた。
「・・すいません、遅くなりました。」
海燕は優しいけれど悲しい目をして自分を見つめている。
ここ数ヶ月のアンの奇妙な言動から全てを察していたのかもしれなかった。
「・・・そう言えばあの時はお礼もできなかったな。」
波打ち際に横たわるアンの視線に合わせるように、海燕は砂浜に腰をおろしてそう呟いた。
「・・・私がこんな姿で現れても驚かないんですね・・。」
「・・・とても綺麗だ。」
「私・・・生まれてきてから今が一番幸せかもしれません・・・」
アンはそう呟いて瞳を閉じた。
人魚としてのあるがままの自分を見てそう言ってくれる海燕を愛している自分がとても誇らしく感じる。
「あの時に出会ったのがあなただったら、こんな結末にはならなかったんですかね?」
「いや・・・あの時アンの前から姿を消した人は多分アンにかけられた呪いを知っていたんだろう・・。」
「・・・そうなんでしょうか?・・・でも今私は海燕さんを愛していますから。・・・私は、もうすぐ消えるんですか?」
「迷惑だったか?」
アンは静かに首を振った。
「本当は消えたくなんかないんです。でも、それでいいんです。ずっと死ねないまま1人で生きていくよりは・・・」
アンが軽く身を揺すると、それに反応して夜光虫が一斉に輝きだした。海の蛍とも言われる夜光虫がアンのまわりをゆっくりと漂い始める。
「私・・・幸せです。」
最後に一言そう言い残して、アンの姿はとけ込むようにして消えてしまった。
砂浜に1人海燕だけが残された。
と、その肩口のあたりがぼうっとした明かりに包まれた。
「彼女・・・ずっと1人だったんだね。キミと同じで・・。」
「俺にはピコがいるじゃないか・・。」
ピコはどことなく寂しそうに海燕の顔を見つめている。
「キミはいつまで旅を続けなきゃならないのかな?」
「・・・・気まぐれな神様にでも聞いてくれ・・。」
そう言って海燕は立ち上がると、ズボンの砂を払って歩き始めた・・・。
完
謎は謎のまんまが美しい。と言う訳じゃないんですが謎の時をかける主人公です。(笑)
別に二段構えのオチというつもりじゃないんですが、この方が自然な感じがしたのでこうしたんですがちょっと設定を無視しすぎですかね?
ただ主人公って一騎打ちで負けても死なないし、ちょっぴり不死身の吸血鬼ハンターの雰囲気っぽいですよね。(笑)
そんな事じゃなくてアンです。
初めてプレイしたときには剣に生きる人生をモットーにしたので、当然のことながら次のような会話が繰り返されました。
「あ、あの・・お名前は?」
「貴様に教える名などあるものか!」
とか、
「やなこったい。」とか「そっちこそ」とか「今度から気をつけます」とかずっと孤高の人だったものでそんな重要かつ、攻略の面倒なキャラとは知りませんでした。(笑)
まあ、ノエル程じゃないけど正体ばればれですよね。ただ、なんで消えるのかちょっとわからないだけで・・・。
もともと人魚姫の話を良く覚えてないんですよ。確か王子様を殺したら自分は死ななくてすんだんでしたっけ?というわけで人魚の繁殖とか呪いとかは全部僕個人が考えた話なので『これが人魚姫じゃいっ!』とか突っ込まないでくださいね。
ただ、題材としては結構楽しめそうなんでまたこういう話を書くかもしれません。
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