柔らかな3月の夕陽に照らされて黄金色に輝く教室。直接その恩恵を得られない廊下側の席はなにか感傷的な気分にさせられるようなセピア色に包まれていた。
 ヒロユキを挑発するかのように窓際の机の上に腰掛けた少女は光線のせいで髪の毛や産毛が金色に輝いて瞬間目を奪われるような光景だった。
「夕暮れの教室に2人っきり・・・ひょっとしたら赤い糸で結ばれているのかもねヒロユキとあたしって・・。」
 どこか遠くを見つめるような、それでいて少し伏し目がちな瞳とは裏腹に口元は微笑んでいる。ヒロユキのシャープペンを持った右手の動きが止まった。
「・・・志保。俺達は赤い糸じゃなくて赤い点で結ばれているんだがわかってるか?」
 ヒロユキは窓際の志保に向かって消しゴムのかけらを投げつけた。
「もうっ・・。ムード無いんだから。ちょっとぐらい調子を合わせてくれたっていいでしょ?」
「この補習のプリントさえ終わらせたらいくらでもつき合ってやる。だから、少なくとも俺の邪魔をするな。」
 志保は頬を膨らませてそっぽを向いた。
「そんな真面目にやりたいんだったら普段からそうすればいいじゃない・・・。」
「たまーに真面目にやるからいいんだよ・・・お前みたいにふざけっぱなしというわけにもいくまい・・。」
 それを聞いて志保の口が開きかけ・・・ゆっくりと閉じていった。
「・・・たまには真剣だよ私・・。」
 弁解するような志保の呟きはヒロユキの耳には届かなかった。
 
「・・・わあ、もう真っ暗ね。こんな時間まで残すなんてあの先生ほんと根性曲がってるんだから・・・。」
 微かに星の瞬き始めた夜空を見上げて志保がため息混じりにそうもらした。
「いや、こんな時間までつき合わされた先生の方が災難だったんじゃないか?」
「あはっ、いえてる。」
 志保がヒロユキの方を向いて軽くウインクした。そのまましばらく2人は無言のままで坂道を下っていく。志保も珍しく口数が少ない・・・疲れているのかもしれないが。
「どっかで飯でも食っていくか?」
 ヒロユキの提案を聞いて志保が少し考え込む仕草をする。
「ご飯食べるお金があるんならゲームでもしない?それで負けた方がヤックでおごる。・・・多分その方が安上がりだよ。」
「勝てば・・・の話だろ?」
「あら?自信ないのヒロユキちゃん?」
 志保がわざわざあかりの口癖までまねてヒロユキを挑発し、ヒロユキがそれを受けてたった。
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「うーん、おいしい。ロハだから余計においしいわね・・。」
 ご機嫌な志保とは対照的にヒロユキは浮かない顔をしている。
「志保・・お前あのゲームやりこんでいたな?」
「・・・答える必要はない。」
 などと今となっては何のパロディだかわからない会話を続ける2人であった。
 
「ヒロユキ、今日ちょっとつき合ってくれない?」
 志保は下駄箱でヒロユキの姿を見かけて声をかけた瞬間、心の中でまずったなあと感じた。案の定笑いながら遠慮しようとするあかり。
 −これじゃあ私が2人の邪魔をしているかのようね。−
 ヒロユキの隣を歩きながら志保は軽い罪悪感を感じていた。あかりの邪魔をしたことではなく、今こうしていることに楽しさを感じている自分に対して。
 ほどなく2人はブティックの前で足を止めた。客の入店を拒否するかのような入り口のシャッター。営業努力を放棄したかのように看板すらしまわれている。
 志保はその場を取り繕うかのようににへらーと笑いながらヒロユキに視線を向ける。ヒロユキもまたにへらーと笑いながら志保を見返した。
 一瞬後、商店街の中を追いかけっこする2人の姿が目撃されたそうな。
 その夜、志保は自分の部屋の中で寝っ転がっていろいろ考えていた。
「あかりとヒロユキねえ・・・このままだとずっとこのままでしょうね。」
 分かりきったことを呟きながら志保は居心地悪そうに寝返りをうつ。
 −私が一肌脱ぎますか?−
 志保は窓の方に歩いていき空を見上げた。雲が出ているらしく星の姿はなかった。
「でも、本当にそれでいいの?」
 志保は驚いて周りをきょろきょろと無渡した。誰も見つかるはずはない、自分自身の呟き。志保はそのことに気が付かないまま窓を閉じた。
 
「ヒロユキー。大ニュース大ニュース!」
 坂道を歩いていたヒロユキが物憂げにこちらを振り返った。明らかに興味のなさそうな態度に志保もまたムキになった。
「なによ・・聞きたくないなら教えないわよ。」
「別に聞きたくない・・。」
 とそのまま立ち去っていこうとするヒロユキの制服をがっちり掴んで志保は首を振った。
「ああーん、冗談、冗談だってばあ・・。聞いて、お願い!」
 振り返ったヒロユキは両手ポケット状態で明らかに興味がなさそうである。志保はそれを見て口元に笑みを浮かべた。
「あたしねえ、橋本先輩とつきあい始めたの。」
 自分の言葉が与える威力を確認するために、志保はちらりとヒロユキの様子をのぞきみた。
「ふーん・・。」
 ヒロユキの表情はとことんまで無表情であった。あかりであればその不自然さに気が付いたかもしれないが、志保にそれを求めるのは酷であろう。
「ふーん・・て、それだけえ?」
 余りのあっけなさに志保がヒロユキにかみついた。
 志保ちゃんの水も漏らさぬ完璧な作戦としては、4人グループの内の1人である志保に恋人ができて羨ましいとヒロユキに思わせる。なにか乗り遅れたような気持ちで慌てて周囲を振り返るとそこには昔からずっとヒロユキだけを見つめていたあかりの姿が。・・・以下略。
 自らの水も漏らさぬ完璧な計画に水を入れ損なったような感覚にとらわれ志保は思わず拳を握りしめた。
「あのさ・・余計なことかもしれないが、橋本先輩のいい噂って聞かないぜ・・。」
 遠慮がちに呟くヒロユキの顔を志保はぼんやりとみつめた。
 ヒロユキは志保の視線を逸らすように背中を向けて軽く左手を挙げた。
「じゃあな・・志保。」
 志保は反射的に頷いてヒロユキの背中を見送った。
 
「・・・だから言ったろ。橋本先輩のいい噂は聞かないって・・。」
 ヒロユキがそう言いながら志保の方を振り返ると、志保はたくましい力瘤をつくって図書室の重い椅子を振りかぶっていたところだった。志保の足下にはぐったりした橋本先輩の頭がある。
「ちょ、ちょい待ち。」
 ヒロユキは慌てて志保の手から椅子を取り上げようとしたのだが、怒りに我を忘れている志保の力は思いの外強く2人はもつれ合うようにして床に倒れ、志保をかばうようにして両手を突っ張ったヒロユキの頭に椅子の足が命中した。
 志保の瞳が大きく見開かれた。目の前には気を失ったヒロユキの顔、そして自分の唇に感じる感触は・・・。
 志保は自由になる手で軽くヒロユキの身体をぽんぽんと叩く。反応はないというかここで意識を取り戻されても困ったことになることに気が付いた志保がヒロユキの身体を押しのけようとした瞬間。
「ヒロユキー。」
 雅史の声を耳にし、志保は潜在能力全てを使ってヒロユキの身体を突き飛ばした。そして必死で平静さを装いながら雅史を呼んだ。
「雅史、いいところに・・。ちょっと手伝って・・。」
「え、どうしたの一体?」
 2人で協力して保健室までヒロユキを運んだ。もちろん橋本先輩は置き去りにされたのはいうまでもないことだが・・。
 雅史を教室に帰して保健室に志保とヒロユキが残った。ふと唇に痛みを感じて志保は指先で唇をなぞった。おそらくヒロユキの歯でもぶつかったのだろう、うっすらと血がにじみ出していた。赤くなった指先をみつめたまま志保は呟いた。
「・・・キスしちゃったんだ・・。あたしとヒロユキ・・。」
 志保以外に聞くことのない呟きが驚くほど大きく保健室内に響いたように志保には感じた。
 
「あれは事故。そう、事故みたいなもんよ。」
 拳を握りしめ、誰もいない屋上で高らかに宣言する志保・・・のはずだったのだが、どうやらヒロユキは記憶にないらしい。それはそれで志保にとってはちょっとショックだったりするから人間というのは難しいものである。
「何が事故なん?」
 背後から急に声をかけられ、志保は慌てて振り返る。
「長岡さん・・あんたうるさいのは教室だけかと思ったら1人でも騒がしいんやな。」
 あきれたような表情で智子が肩をすくめた。
「え・・良くわからないけどそれほどでも・・・。」
 完全に平常心を失った志保は智子の言葉に頭をかいて照れる。
「・・・ほめてへん。」
 相手にするのが馬鹿らしくなって智子は志保のそばから離れていった。もとはといえば智子の存在に気が付かずに志保が1人で騒いでいただけなのだが・・・。
 志保は最近あかりの顔を見るのが怖かった。・・・正確に言うと不思議そうに自分をみつめるあかりの視線が怖かったのだが。
 志保は自嘲的な笑いをもらした。全てが自分一人の空回りのような気がして急に自分が情けなくなったためだった。
「なんか私って馬鹿みたい・・。」
 志保はそう呟いて手すりに額をのせた。金属の冷たい感触が顔の熱を奪っていくようで心地よかった。それでも心の中の熱までは奪ってくれないことを志保は恨めしくも感じていた。
 熱しやすく冷めやすい。それが自分の性質であることは志保自身が理解していた。
 −それなら、行き着くとこまでいっちゃえば冷めちゃうのかな?−
 手すりに頭をのせたままの志保の身体が小さく揺れた。
「ごめん・・・あかり、一度だけ許してね・・。」
 傷の癒えた志保の唇からもれた呟きは風に乗って運ばれていった。
 
「・・あかりには内緒だよ。それと今まで通りの関係でね・・。」
 ヒロユキの顔をできるだけ見ないようにして志保はてきぱきとした動作で下着を身につけていった。できるだけ事務的な動作を心がけ、ヒロユキにそれをみせつける。
「じゃあね。」
 後ろ手にヒロユキの部屋のドアを閉めた瞬間膝が崩れそうになった。慌てて自分の口を手で塞ぎ、よろよろと階段を降りていく。
 ぽたぽたと廊下に涙の染みを作りながらヒロユキの家を出た。
「今は熱病の熱が一番高いときで・・・・明日になったら熱も下がるよね。」
 これから楽しいことが待ちかまえている。連休が過ぎたら修学旅行・・。志保は袖でぐっと涙を拭った。
 でも・・明日は外出したくない。志保は星空を眺めながらそう思った。
 
「修学旅行で志保ったら凄いはしゃいでたよね・・・。」
 修学旅行の写真を前にしてあかりと2人で旅行のことを話していた。どの写真でも志保は不自然なぐらい楽しそうに笑っていた。
 あれから2週間経ったが熱はまだ下がらない。いや、むしろあがっている。
 ふと気が付くとあかりが自分をみつめていた。・・・・慈愛に満ちたとでもいうのだろうか?
「私のことなら別に気にしなくていいんだよ・・・。」
 何の脈絡もなく、突然呟かれたあかりの言葉に志保は愕然とする。
「・・・なんのこと?」
 自分の声が震えているのがわかった。それでも聞かずにいられない。
「ヒロユキちゃんは前から志保のことが好きだったんだよ・・。」
 淡々と語るあかりの表情はいつもと変わりがなかった。あかりの立場にすると中学の時から今日のような日がいつか来るだろうと覚悟を固めていたのだから。
「でも・・あかりは・・」
 あかりは静かに目を閉じた。
「選ぶのはヒロユキちゃんだから。それと今のような2人は見ていたくないな・・。」
 瘧にかかったように震えだした志保の頭をあかりが優しく抱きとめた。
「志保の気持ちは嬉しいけど・・でも私は前から覚悟してたから。」
 心のつっかい棒がはずされ志保は声をあげて泣き始めた。
 
「ヒロユキー。聞いて聞いて。」
 面倒そうに志保の方を振り返るヒロユキ。それをみて志保はぷうっと頬を膨らませた。
「なによ、今回のは本当に聞いてびっくり志保ちゃんニュースなんだから・・。」
 ヒロユキは興味なさそうに紙パックジュースのストローをくわえた。
「あのね、あたしヒロユキとつき合うことにしたから。」
 ぶばっ。
 ヒロユキは鼻からジュースをだし慌てて周りを見渡した。
 雅史はやっぱりね、とか呟いて笑ってやがるしあかりはあかりで志保の手を握って頑張ってねとか呟いている。関係ないけど智子は眼鏡をずり落として口を開けたままこちらを見ていた。
「ヒロユキ・・もう隠さなくてもいいんだって。」
 自分のことを棚に上げまくった志保の発言にヒロユキは絶句する。
「と、いうわけで今日はヒロユキのおごりで遊びに行くから、4人で。」
「うん、そうだね。今日はヒロユキがおごらなきゃね。」
「ヒロユキちゃん、ごちそうさま。」
「ちょ、ちょっと待て話が見えないぞ。」
 そんなことを言いながらもヒロユキの顔は笑っていた。そして志保はヒロユキの耳元に唇を寄せて囁く。
「後で教えてあげるから・・。」
 騒がしい4人組に対し、智子はただ肩をすくめるだけだった。
 
                          完
 
 

 昔、知人がにやにやと笑いながら私に対してこう言いいました。
『高任さん。トゥ・ハートのお気に入りのキャラで8ページ頼みます。』
 彼が私に何を期待していたのか知らないが(いや、知ってたけど)志保をメインにした原稿を受け取ったときの彼の顔ったらもう。(笑)そのせいで委員長オンリーの筈の同人誌に何故か志保が混ざっていたりするんですね。・・・だから眼鏡かけとったら誰でもいいというわけではないというのに。別に風呂場の中で眼鏡を外したりするからとか言う訳じゃないです。ちなみに友人に委員長のそのシーンで『なぜはずす?』とモニター画面に詰め寄った強者がいますが・・。漢(をとこ)の言葉ですね。
 その時の漫画とはあまり関係ない話です。冒頭シーンは4コマで使いましたけど。
 ただ、周りの人ほどはまんなかったのでほとんど描いてないです。その頼まれたやつと4コマ3ページだけだったと記憶していますが。
 しかし、志保は主人公に対して『ヒロ』と呼んでいたような気がしますが確認しようにもゲームがどこかに行っちゃってて確認できなかったので勘弁していただきたい。
 ただ、志保のエンドに何となく理不尽なものを感じたのは覚えてます。世間的に人気はマルチとかマルチとかマルチとかあかりとか先輩に集中したとか話には聞いたんですけど、残念ながら私のストライクゾーンはちょっと違ってました。さすがにセバスチャンには負けなかったみたいですが・・・。(笑)
 個人的にレミィのシナリオが好きでした。なんかこう、王道って感じで。いや、矢で射られるのはちょっとトリッキーかも?
 なんか最近のギャルゲーおよび美少女ゲーって変化を付けようとして、変化球に懲りまくった挙げ句ボークをとられるようなゲームが多いような気がします。やはり、ここはど真ん中真っ直ぐ勝負のゲームが欲しいですね、それで1人2人トリッキー。(笑)
 ちと古いですが、『夏祭り』というゲーム(18禁)が結構王道入ってます。1人トリッキーなキャラがいて泣けますが、いろんな泣かせ方をさせてくれます。
 じゃあみなさん王道を歩みましょう。

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