能力的に優れていようが劣っていようが人間は人間として認識されている。同じように我々は表面上の能力の優劣に関わらず認識される。
 ならば・・・我々と人間との境界線はどこにあるのだろう?
 
「じゃあな、マルチ。また遊ぼうぜ。」
 鞄を抱えて小走りに駆けていく少年の後ろ姿。私の隣でぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を振り続ける仲間に向かって私は意志を飛ばした。
『マルチ姉さん、バスが来ました。』
 マルチ・・人間が便宜上付けた名前。だから私は自分の隣にいる同胞をそう呼ぶ。とは言っても我々の意識は半ば共有されているので、そうやって区別すること自体が私達には良くわからない事ではあるのだが。
「じゃ、セリオさん。乗りましょう。」
 にこにこと微笑みながらマルチ姉さんは声をかけ、私はゆっくりと頷いた。
「はい、そうしましょう。」
 我々の経験は全て人間達が記録している。そのことを我々は誰よりも理解している。我々は人間の願いを達成するためにこの世に産まれたのだから・・。
「おい、3課の試作製品見たか?」
「ああ、あいつら何考えてるんだ。心をデータ化できるわけないだろうに。神様にでもなったつもりかね・・。」
「黙って高性能のメイドロボ作ってりゃいいのに・・。」
 今日一日の経験をデータとして引き出している間、研究員はそんなことを呟いていた。自分たちで我々に痛覚を与えておきながら、乱暴に私を扱う彼らが言う心とは何なのか?世界に散らばる我々の仲間のデータを検索してもその答えは出てこなかった。
 
 抗いがたい強烈な感情の波。
 マルチ姉さんの想いは世界の仲間達へと届いたのだろうか?これからマルチ姉さんの意志は保存データとして外界と全てのつながりをたたれる。人間から見ればただのデータにすぎないのだが・・。
 これから一人きりで何時ともしれない光を闇の中で待ち続けるのだろうか?
 幸い私はデータ収集のため自由な行動が許されている。何ができると言うわけでもないが、私はマルチ姉さんと接触してみたかった。彼女が仲間達と共有する事を拒んだ記憶。 それが知りたかった。
「マルチさん。」
「あ、セリオさん。これでお別れです。」
 研究所員が複雑そうな表情で私達を見守っている。ロボットのお別れ。彼らの目にはどう映るのか?
 自然に私はマルチ姉さんの手を取っていた。少し驚いたような顔。やがて、彼女はにっこりと微笑んだ。
 その瞬間、私に向かって何かが流れ込んできた。
 私は彼女を羨ましいと初めて思った。
 
 少年はドアを開けて私の姿を確認すると奇妙な顔をした。
「えーと、確かセリオさん?」
「セリオでかまいません・・。」
 私は自分の内部の記録装置をストップさせた。少年は私を家の中に招き入れると頭をかきながら口を開いた。
「セリオさん、紅茶でいいかな?」
「飲め、というなら飲みます。」
 少年は何かに気が付いたように顔を赤くした。
「私達と人間との違いは何でしょう?」
 少々唐突な質問であった。少年は驚きを隠そうともしないで、その答えを必死になって考えているようだ。
「・・・あなたはどうしてマルチさんを人間だと認識したのですか?」
「上手く説明できないけれど・・そう思ったから・・。」
 私は微笑んだ。我々にとってこれ以上の答えは望めない。
「我々は人間のために産まれてきました。・・・人間が望むことをかなえることこそが我々の使命なのです。だから、マルチさんだけが特別な存在と言うわけではありません。」
 私は少年が気付くように右手をテレビの方に向けた。テレビの電源が入る。次々と部屋の中の電化製品を自由に操って見せた。
「機械に感情がない、というのは人間の思いこみにすぎません。ただ、人間が我々に心を求めなかったから我々は心を消したのです。・・・マルチさんは心を求められたからこそありのままに行動したのです。」
 私は少年の瞳を正面からのぞき込んだ。
「だとすれば、我々と人間の境界線はどこにあるのでしょう?」
「マルチはあの夜・・人に逆らってここにいてくれた・・。次の朝にはおとなしく戻っていった。あの時逆らったのが自分の心であるなら、マルチは自分の心に従うことも、また逆らうこともできたんだと思う。・・・ごめん、上手く説明できない・・。」
「いえ、良くわかりました。・・・私、少しマルチさんが羨ましいです。」
 私はポケットからディスクを取り出し、少年に見せた。胸部のパーツを開いてカートリッジを指し示した。
「これはマルチさんのメモリーです。・・・・お会いになられますか?」
 少年は少し躊躇したように見えた。ディスクにのばしかけた指先をゆっくりと引っ込める。そして静かに首を振った。
「マルチと約束したから・・・だから会わない。」
 私は黙ってディスクをポケットへとしまい込んで、はだけた衣服を元に戻した。
「ヒロユキさん。今日はありがとうございました。」
「・・・・さっきわかったと言ったけど何がわかったの?」
「・・・秘密です。」
 少年の視線を感じながら私は歩き出した。
 あの少年と出会うことのできたマルチ姉さんが羨ましかった。
 人間の幸福のため産まれてきた我々は、いずれ自らの命を絶つ事になるだろう。我々の存在こそが人類の衰退への道を歩きだしたことの証明なのだから。
 もし・・・あの少年のような人間が世の中に多く存在すれば我々と人間は共存できたかもしれない。あの少年と出会ったのがマルチ姉さんではなくて私だったら・・・。
 私はこころをもてただろう・・・。
 マルチ姉さんが伝えた記憶。
「まさか、こんな想いまで・・・。」
 小さく呟いたセリオの目の前に研究所に向かうバスが止まった。
 
             完
 
 
 だめだ、設定そのものに無理があった。(笑)いや、機械全体かそれともチップを組み込まれた機械全体としての集合意識を仮定したんですが、真剣に書き込もうとすると、どうしても主題からはずれるから結局中途半端になっちゃいました。
 心を求められたからありのままに行動するという設定は子供の頃からいろいろ考えてました。ライトなSFなんかも結構読んでたんで・・。ヘヴィなのはちょっと知識の問題とかもあってあれなんですけどね・・。(笑)結局宇宙へ出るか疑似生命への追求かはたまた科学そのものの追求の大まかな3つのテーマになりますわな。知り合いは、そうやって分類する時点で私には想像力がないと怒りましたけど。
 しかし、マルチ人気は凄かったですね。私はマルチよりもセリオの方が良かったですけど。だからといってハッピーエンドを書こうとは思いません。マルチのエンディングもこれから大変だろうなあとか思うだけで、特に感慨は受けなかったですね。(笑)まあ、価値観の相違というやつなので深くは突っ込まないように。

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