千鶴さんへ
 
 自然に燃えあがる炎と人為的に燃える炎の熱量の違い。
 前者よりも後者の方が熱く、その分冷たい。
 さっき、自分の腕の中に感じた千鶴さんの身体は後者のような気がした。・・・いや、自分の中では確信に近い。
 おそらく俺は千鶴さんを納得させることはできないと思う。自分でも半信半疑なのだから・・・。ただ、連続殺人犯が俺であるならば問題はないがそうでなかったときが心配だ。悲しいときや辛いとき、昔から千鶴さんは人前でそれを見せようとはしなかった。梓や、楓ちゃん、初音ちゃんにも見せない表情を俺に見せてほしいというのは自惚れに過ぎないと思う。
 今、この手紙を千鶴さんが目にしているということは多分俺はこの世にはいないということだと思う。もしかすると俺、柏木耕一という自我を持った存在がこの世から消滅しただけかもしれないけれど・・。
 今、千鶴さんが無傷であることだけが俺の望みだ。ただ、注意して聞いて欲しい。俺は自分以外の鬼の存在を感じている・・・。その存在は刻一刻と近づいてきている。どうか梓達と力を合わせて生きていて欲しい。・・・勘違いだといいんだけど。
 じゃあ、元気で・・。 
                           耕一
 
 夜が明ける頃、1人で帰ってきた私を寝ずに待っていた楓から渡された手紙。
 笑って死んでいったあの人・・・。震える指先で私の涙を拭い、水面に身を投げた。
 鬼の力が覚醒していなければあのような行動が可能なはずはない。それなのにあの人は人間の姿のまま消えた。
 混乱した思考の中であることに気が付いて愕然とする。
『一度鬼の力を制御する事ができたなら鬼の支配に屈することはない』
 幼い頃、鬼の力を制御したあの人。あの頃は鬼の力そのものが弱かったからだと思っていたのだけれど、あの人の精神も弱かったのだ。
 だとすると私は・・・・
「どうして・・?」
 手紙が私の手をすり抜けるようにして床の上に落ちた。
「どうしてあの人は・・・?」
 一言の弁解もなく私の手にかかることを望んだのだろう。
「悲しかったから・・・ただ悲しかったから。」
 背後で楓がぽつりと呟いた。私はゆっくりと楓の方を振り向いた。
「悲しい・・?」
 楓がこくんと頷き、おかっぱにした髪が揺れた。
「耕一さんは姉さんに信じてもらえなかったことが悲しかったんだよ・・。だから姿を消したの。」
 私は黙って自分の指先を見つめた。あの人の心臓をかすめた感触が蘇る。私は無理に微笑もうとしながら楓に対して首を振った。
「楓・・耕一さんは死んだのよ。・・・私が殺したの・・・。」
 楓の瞳が大きく開かれた。しかし、それも一瞬のことで再び悲しげな瞳を私の方に向けた。
 私は鏡の方に視線を向けた。不思議なことに私の口元には微かな笑みがこぼれている。まるで自分自身の感情の激しい揺れを楽しんでいるかのようだった。
「姉さん、耕一さんは死んでないよ・・・微かだけどあの人の存在を感じるもの」
 思いもかけない楓の言葉に激しく私は動揺した。
「じゃあ、どうして帰ってきてくれないの?」
「・・・・・悲しいからだよ。」
 楓はそう言って私の部屋から出ていった。
 
「千鶴姉さん・・・耕一は?」
 私は黙って首を振った。
 重苦しい雰囲気の食卓には食器の触れあう微かな音だけが響く。梓や初音は私の事を許してくれるのだろうか?・・・楓には一生許してもらえそうにない・・。
 それと気になることがある。耕一さんが犯人じゃないとすれば誰が犯人なのかということ。
「お姉ちゃん?」
 不思議そうな初音の声に、自分が持っていたはずの箸がテーブルの上に落ちているのを私は気が付いた。
「姉さん・・ちょっと・・。」
 梓が私の手を取って廊下へと引っ張っていった。
「耕一が犯人だったのか?」
 重い沈黙。
 私は瘧にかかったように身体が震え出すのを感じた。崩れそうになる膝を必死に支えてやっとの思いで首を振った。
 自分が一番認めたくはない事実を受け入れた瞬間、私は廊下に跪いて泣き出した。梓達3人の妹の前で私は初めて声をあげて泣いた。私は自分の愛する人を信じることができなかったのだ。
 
 吹きつけてくるような鬼気に私は慌てて飛び起きた。間違いない、この前対峙した鬼の持っていた雰囲気。私が部屋を飛び出したと同時に聞こえた悲鳴は楓のものだった。
 そして突如現れた新たな鬼気。それは圧倒的な圧力をもって私の動きを封じた。それと対照的に萎縮していくもう一方の鬼気。時間にして1・2分で圧力は消え、楓が私を呼ぶ声が聞こえた。
 庭先に倒れた1人の男。この人は確か警察の・・・。そして楓が抱きしめて放そうとしない人影。
 未だ癒えきらない胸の痕から血を流し、笑顔で私を見つめるあの人。耕一さんはゆっくりと目を閉じた。
 
 あれから2週間。眠り続ける耕一さんの胸には私がつけた痕が残っている。この痕が癒える頃、耕一さんの心の痕も癒えるのだろうか?そして私は許されるのだろうか?
 ただ、耕一さんは生きている。
 私は視線をおとし、耕一さんの顔を見つめた。
 ぽつり。
 耕一さんの顔に水滴が次々と落ちてゆく。
「耕一さん・・あの日から私はとっても泣き虫になってしまいました。・・・もし、貴方が許してくれるのならずっと私の側にいて支えて欲しいんです。」
 毎日繰り返される言葉。それでもこの人は目を覚ましてくれない。
「耕一さん・・・貴方を愛しています・・。」
 私は綺麗に耕一さんの顔を拭き、静かに顔を寄せた。
 そしてふすまを閉じて部屋をあとにした。
 
 ぱたん。
 何かが閉まる音。
 深い闇から意識が浮き上がる。体を起こし目をこすった。
 ・・・そうか、結局帰ってきてしまったんだ。
 ふすまを開けると明るい陽差しが部屋の中に差し込んできた。廊下の先に楓ちゃんがいた。何かに驚いたような表情をしている。心なしか嬉しそうな表情で近づき俺の顔を見上げていたが急に不機嫌そうになり俺の腕をつねった。
「・・・・口紅・・・。」
 そのまま廊下を駆けていく。何のことかわからない。
 しばらくして数人分の足音がこちらに近づいてきた。なんと声をかければいいのだろうか?
 梓がいた。楓ちゃんがいた。初音ちゃんがいた。みんな笑っているのに千鶴さんだけが泣いていた。無性にそのことが嬉しくて俺は笑った。
「おはよう、みんな。」
 
 

 痕(きずあと・・この読みは存在しないと思う)。個人的にはもっとダークなエンドが欲しかったなー。(笑)あえて千鶴さんに殺されるのが真のエンドだと思ってたし・・。いや、ガチャピンでもいいんですが。4人の中では梓がいいんですけどシナリオがあれですし・・やっぱり、脇役の女の子が好きです。・・・眼鏡をかけている人じゃあないですよ、ただ純粋にカメラマンのおねーさんが。(笑)
 この話は知り合いの同人誌に描いた話ですが、どうなったんですかねえ?漫画と文章だとがらっと見せる場所が変わりますね。どちらがいいとかいうわけじゃないですが、どちらも勉強になります。
 しかし、この量で90分ですか?我ながら速いのか遅いのか良くわからない。
 ちなみに原稿用紙約11枚です。

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