中間考査において赤点を取った者は……いわゆる赤点補習。
と言っても、生徒一人一人にみっちり指導するほど教師は暇ではなく……ついでに言えば、赤点を取るような生徒はそんなモノを望んではいないわけで。
「じゃあ、今から配るプリントを…」
などと、生徒を教室に集めて課題をやらせる……事に落ち着くのが普通だが、生憎と輝日南高校は普通ではなかったりする。
「た、ただいま…」
「おかえり菜々」
6月に入り、一年で最も陽の長い時期にも関わらず……菜々が、帰宅した頃にはもうあたりは真っ暗で。
「……大丈夫か?」
「あ、頭の中で数式がダンス踊ってるみたい……」
「……今日は数学だったのか」
担当はおそらく中野先生……よく言えば非常に公平な先生だが、生徒の成績および理解度に関係なく授業を進める教師の1人で、高校教師としてはある意味理想なのかも知れないが、義務教育の教師には向かないし、赤点補習を受ける生徒の指導には不適当な人選だろうと光一はため息をついた。
「……明日は、やっと英語」
「……菜々にとっては得意教科なのかも知れないけど、赤点予備軍の範疇だと思うぞ」
「なんで…」
ぽつりと。
「赤点じゃない教科まで、補習受けなきゃいけないのぉ〜?」
ちなみに、赤点を取った科目だけ補習を受ければ……などという事が許されるのは、ある程度の条件が必要とされる。
赤点を取った科目数、赤点ではない科目の点数……そのどちらにおいても、菜々が免除の対象とはならなかったとだけ記しておくが。(笑)
1教科ならともかく、英語以外は全部赤点だっただろ……という言葉をのみこみ、光一はため息をついた。
「だから言っただろ、ウチは厳しいって」
「……いいもん、後1週間ちょっとの辛抱だもん」
「課題のプリントは、期末までずっと続くぞ」
「……」
「菜々はまだマシだぞ……部活やってる生徒は、次の試験まで部活動禁止になるから」
「……それは、マシって言うの?」
「次の試験で、また1つでも赤点取ったら、さらに部活禁止……10年くらい前、中学時代全国3位の実力を持ちながら、最初の2ヶ月をのぞいて1度も部活に参加できなかった陸上部の先輩がいたらしいと、柊に聞いたことがある」
「……うん、なんかマシな気がしてきたよ、おにいちゃん」
ため息をつき、菜々が立ち上がった。
「風呂は沸いてるし、夕食の準備も出来てるが?」
「……お風呂。身体べたべたで気持ち悪いから」
ふらふらっと階段を上っていく菜々を見送り、光一は少し肩をすくめた。
補習授業の初日、『おにいちゃん、待たなくていいから帰って』……と言われ、光一としては微妙な違和感を感じたまま数日を過ごしているわけで。
季節は夏、補習が遅くまで続くこと……夏の夜道を少女が1人……などと、光一としてはちょいと心配しているのだが、菜々は光一の申し出を拒否という表現がぴったりな感じに断った。
「……」
これはやはり……と、少し俯いて。
人の噂に無頓着(恵、および柊の評価)らしい自分はともかく……菜々の学校生活に何かトラブルがあったのではないか、などと考え始めてしまう光一だったり。
最近菜々の様子はどうか……などと、再び川田先生あたりから情報を仕入れようと、職員室に立ち寄った光一の耳に、職員室らしからぬ大きな声が飛び込んできた。
「先生、お願いしますっ」
両手をあわせ、ぺことぺこと頭を下げる少女の姿……に光一は目を向けた。
「今度の週末、インハイ予選の応援したいんですっ」
と、頭を下げるたびに少女の髪が揺れる。
「…咲野、お前中間で赤点いくつ取ったか言ってみろ」
仏頂面をした教師……が、運動部の顧問をしていたことを光一は何となく思い出す。
「よ、4つです…」
「……」
「で、でも、それと応援とは別って言うか……補習は午前中ですけど、試合は午後からですし…」
「そうだな、別問題だ」
「じゃ、じゃあ」
少女の顔がぱあっと輝く。
もちろん、教師の言葉を勘違いしているのは間違いない。
「赤点取った生徒は次の試験まで部活禁止……入学案内にもきちんと書いてあっただろ?」
「う…」
「フィールドプレイヤーがボールを手で扱って反則取られて、知らなかったって言えるか?スポーツと同じで、この学校に入学した時点で決められたルールを守るってのが、スポーツマンシップってもんだ?」
「で、でも…」
「いいか咲野。お前が赤点を取ってなくて、そういうルールに問題があるって言い出すなら多少は意味がある……が、赤点を取った後でそういう事言い出しても、誰も聞く耳は持たない」
少女がきゅっと唇を噛む。
「次の試験をきちんとクリアして、その上で生徒会なり、教師に要望を出せ……この件についての話はそれからだ」
教師の言葉は正しい……が、人の気持ちを切り捨て過ぎているように光一は思えた。
「失礼しますっ」
行動するより早く、少女が頭を下げて職員室を出ていき……光一の心に、小さな後悔が落ちた。
「あら、相原君…」
「あ、川田先生…」
「渡辺先生も堅いわよね…いくら決まりとはいえ」
控えめに、だがはっきりと非難の色も露わに川田先生が呟いた。
「部活禁止が、懲罰という意味合いならあれでいいとは思いますけど…」
勉強するため……と言う意味合いなら、試合の、2時間や3時間を惜しんで、長く心を引きずってしまい、効率が悪くなるだけだろう……と、暗にほのめかしつつ光一。
「……」
「どうかしました?」
「う、ううん……相原君の考えって、年齢のわりに妙に幅があるのねって」
「え?」
「懲罰のためとか、勉強のためとか……そういう風に、踏み込んで考えられる子は少ないから」
感心したように頷く川田先生を、光一としてはちょっと首を傾げるしか出来ず。
「そうね、そういう意味だと……多分、この決まりは懲罰的な意味合いで作られたモノだと思うわ。それがイヤなら勉強しろ……威圧による矯正だから」
「……どうにもなりませんか?」
「まあ、咲野さんも……黙って応援にいけばいいのに、わざわざ正面切って許可を貰いに来るぐらいの素直な子だから」
「3年の人ですか?」
「……え?」
今この子、何を言ったのかしら……という表情で川田先生が光一を見つめた。
「……?」
「え、えっと…ひょっとして、相原君は咲野さんの事、知らなかったりする?」
「……参考になるかわかりませんが、例の二見さんと…祇条さんの事も知らなかった人間ですから」
柊の反応を思い出しつつ、光一がそう言うと……川田先生は周囲の教師が振り向くほどに大きなため息をついた。
「それはすごいわ、相原君」
「えっと、誉めてませんよね?」
「んー、誉めてないわねえ……というか、去年相原君の担任だった私としては、反省するしかないわね」
幾分真面目な表情で、川田先生が呟く。
「うまく言えないけど……相原君は、この、輝日南高校の生徒でありながら、輝日南高校の生徒として過ごしてないって事だもの」
「……?」
「ここ最近は、色々と騒動の中心にいたから、余計に勘違いしてた…」
「あの、さっきの…咲野さんって、そんなに有名なんですか?」
「そうね、二見さんや祇条さんには劣るかも知れないけど、相原君と同じ程度には有名かしら」
「……?」
川田先生がため息をつく。
「栗生さんぐらいには有名よ」
「なるほど……ん?」
恵の名前が出てきたことが、光一の記憶を刺激したのか……先月の、菜々達と一緒にクラブ巡りをした時のことを思い出して。
「ああ、サッカー部で男子に混じって練習してた……」
「そう、彼女が咲野さん……ちなみに、相原君と同じ2年生」
「……同じクラスになったことはなかったはずですが」
「そうじゃなくて…」
川田先生、ため息を連発し。
「ここ(輝日南)は1学年約160人の規模だもの、相原君のその無関心さはある意味二見さん以上かもしれないわね」
「……?」
「先生の見たところ…」
ちょっと口を閉じ、目を動かさずに視線だけで周囲を確認。
「彼女……二見さんの事よ、周囲を無視してると思うのよ……でもそれは、無視しようと思ってそうしてるような気がするの。逆を言えば、そう思わなきゃいけないほど、きちんと周囲が目に入っているってことでしょ」
「……それは、ちょっと違うような気がしますが」
瑛理子の姿を思い出しながら、光一が控えめに反論する。
「それはね…まあ、先生にはそう見えるってだけだから」
と、光一の反論を、川田先生は微笑みで返し。
「でも、相原君のそれは、ごく自然なのよね…ひょっとすると、クラスメイトでも、顔と名前しか知らないんじゃない?もしそうなら、けっして話をしないわけじゃないのに、出身中学も、趣味も、部活も、何も知らない、覚えてないって状態は……」
川田先生は一旦言葉を切り……光一の反応から、自分の仮定が間違っていないことを悟ったのだろう、少し迷うような表情を浮かべながら言葉を続けた。
「はっきり言って、異常だと思うわ」
「異常……ですか?」
「ええ」
「別に、知らない相手ばかりってわけじゃ…」
「柊君は、中学からの知り合いでしょ」
「ええ、まあ…」
「わかるかしら?相原君には……良く知ってる相手と、知らない相手しか……えっと、親友と他人しかいないって事よ?顔見知りとか、知人とか、クラスメイトとか、部活仲間とか……当然いるべき相手がいないって事の不思議さが…」
「異常……か」
それは、聞き流すにはちょっとばかり刺激的な評価で。
まあ、『変わってる』という類の評価に関しては、過去に数え切れないほど受けた記憶があり……単純に表現が変わっただけと思えなくもない。(笑)
「と、言われてもなあ」
もちろん、自分のことをそう評した川田先生に対して光一が何かを思うということはなかった。
自分のことを心配して……というのは明らかだったし、そもそも人の価値観はそれぞれで、人類の思想を1つに統一すべし……等という思想から光一が遠い場所にいるからである。
ただ、教師として……割とフランクな立場にいるはずの人間が、敢えて『異常』という言葉を使った事は重要だろう。
それがわかる程度の聡明さを、光一は持っていた。
「……」
何とはなしに窓の外に視線を向けた。
もうすぐ梅雨入り……という事を感じさせない好天だが、まだ陽射しもそれほど厳しくは感じられない。
それでも、5月はじめの……いわゆる薫風は既になく。
「……『季節は風からやってくる』って何の本だったっけ?」
光一は少し首を傾げて沈思し……休み時間の終わりを告げるチャイムの音に、弾かれたように顔を上げた。
「ねえ、おにいちゃん、私ってすごい優等生だよね…」
夜勤でいない母親の代わりに光一が作った朝食を食べながら、菜々がどこか遠い眼差しで呟く。
「もちろん菜々はいい子だけど、優等生というのはどうかな」
光一の言葉をスルーしたのか、それとも聞こえていないのか。
「休みの日まで、学校に行くぐらい良い子だもん……すごいよね」
などと、遠い目をしたままで菜々。
休日の赤点補習(輝日南高校は週休二日制)……多分、一番偉いのは教師だよなと思いつつ、光一は曖昧に頷いた。
近年低下気味と言われる学力の向上を目的に掲げて、授業時間を増やしたりする傾向にある世の中……結局のポイントは、生徒自身をどれだけ本気にさせられるかに尽きるのだが、輝日南高校のシステムはある意味きちんと機能していると言えるだろう。
赤点に対する罰則……本人の資質は抜きにして、きちんとシステムさえ作れば、どんな生徒もそこそこ追い込めるというよい例だ。
ちなみに2人の通う輝日南高校、赤点補習者が一番多いのは1年生だったりする。
2年になると、赤点補習の過酷さが生徒全体に広がり……以下略。
「まあ、今日は昼までなんだろ……昼食はどうする?」
「……ん」
箸を止め、菜々は少し考えるような素振りを見せ……首を振った。
「今日は、食べて帰るからいいよ」
「そうか、昼食代とか大丈夫か?」
「まだ月初めだもん」
と、菜々が笑う……が、言葉の裏を返せば、月の終わりにはいつも(以下略)。
「……ところで、補習を受ける人間ってどのぐらいいるんだ?」
「結構いるよ……あ、でも、赤点じゃないのに自主的に補習を受けてる人もいるみたいだから、よくわからないけど」
「へえ、勉強熱心だな」
「そうだね、感心しちゃう…」
赤点受ける必要ないのにイヤミか……などというひがみの感情とは、光一はもちろん、菜々も無縁だったりする。
素直に、勉強熱心なんだなあ……と受け取るところは、まっすぐな心の持ち主と言えよう。
「あ、後…他の科目は全部満点なのに、1教科だけ赤点の子とか」
「……名前でも書き忘れたのか?」
「さあ……2人とも別のクラスだからわからないけど」
「行ってきます」
「ああ、気をつけてな」
と、菜々を送り出してから家の掃除……準夜勤から帰ってきた母親の食事、たまの休日と言うことで遅めに起き出してきた父親の朝食兼昼食等、ごそごそと用事をすませ。
「あれ、出かけるの父さん?」
「ん、ちょっとな」
と、寝ている母親に聞かれないための用心なのか、腰のあたりで構えた右手でドアノブをひねるような仕草をする。
「……」
下手の横好きというか、そもそもそれが商売として成り立っている以上、客がトータルで勝てるようには出来ていないんだろう……と、光一は思っているのだが、精々月に1度か2度、1万円も負ければすごすごと帰ってくるからそれ以上は言わない。
第一、光一が言わなくても母親が言う。
「……まあ、余裕があったら米買ってきてよ。確か、5キロのやつが景品で置いてあるんだよね」
「わかった」
と、勝つ気満々の表情で父親が頷く。
「……父さんは?」
まだまだ眠り足らないという表情で母親が起き出してきたのが、11時過ぎのこと。
「散歩……本屋とか寄って帰るって」
「負けるのがわかってるのに…」
父親へのさりげない光一の援護はお見通しなのか、しょうがないねえ……と、母親が首を振る。
「負けるも何も、父さんのアレは趣味だろ……趣味なら、お金をかけるのが当たり前だとおもうけど」
「……そう言われると、そうだねえ」
と、母親が頷いた。
「菜々は?」
「補習……帰りは食べて帰るって言ってたから、どこかで遊んでくるのかも」
「ふーん」
と、光一のいれたお茶を一口飲んで。
「で、光一は?」
「もうすぐ梅雨だし、カビが生える前に風呂掃除とか、後は夕飯の買い物して、洗濯物片づけて…」
母親はもう一度お茶を飲み。
「光一」
「なに?」
「こう、なんというか……どこかに遊びに行こうとか、ないのかい?」
どこか歯切れの悪い母親の言葉に、光一は首を傾げ。
「特に約束はないけど?」
母親はまたお茶を飲み……窓の外に視線を向けた。
「その、今日は……なかなかいい天気だねえ」
「そうだね、シーツとかも洗った方が良かったかも」
母親は、またまたお茶を飲み……音を立てて湯飲みを置いた。
「光一、どこか遊びに行ってきなさい」
「いや、いきなり遊びに行って来いと言われても」
「そんなの、出かけてから考えてもいいでしょ……映画とか……ほら、色々と」
「『映画とか』の後に、何も思いつかない母さんの方が心配だけど。父さん以上に、休日も何もないじゃないか」
「看護士だからねえ」
「人の命に関わる仕事だからこそ、余計に休日は必要だと思うんだけど」
「理想論と言うより、建前だね……資本主義の下では、医療も1つのサービスに過ぎないのさ」
皮肉な口調。
それは、激務による疲労がそうさせるのではなく、もっと根本的な部分で、看護士というか、医療に携わる仕事を憎んでいるんじゃないかと、時折光一に思わせるようなところが母親にはある。
それはつまり、今の母親をあまり刺激してはいけないと言うか……そもそも、自分の態度が母親を刺激していることを光一は悟って。
「えーと、じゃあ、遊びに……行ってこようか?」
「行ってらっしゃい」
などと、気配りと言うよりは重圧に負けた光一に対して、母親のそれはさらに重圧をかけるような返事。
「じゃあ、行ってくるけど…母さんはもうちょっと寝た方が…」
「行ってらっしゃい」
「母さん」
「行ってらっしゃい」
「……行ってきます」
「『勉強しろ』じゃなくて、『遊びに行ってこい』か……多分、うらやましがられるんだろうけど…」
ぶつぶつと呟きながら、光一は駅の方角へと歩いていく。
そもそも、遊びというのは自発的な……いや、一部逃避的なものもある(笑)が、あれは、困難から敢えて逃げているという自発的な部分が(以下略)……他人に強制される遊びが楽しいかというと疑問である。
まあ、何をして遊ぶか……という選択は光一自身に委ねられてはいるのだが。
「遊ぶ…ねえ?」
光一の頭の中では、既に今日一日の計画ができあがっていたのである……が、母親があそこまで言うからには、それは放棄せざるを得ない。
あの感じだと、夕食の支度からなにまで、全部自分でやってしまうつもりだろう……そこに、遊びを満喫してきたという感じで帰宅しなければいけないわけで。
「いや、その考え方からしてまずいな…」
そんな義務感めいた考えで、遊んできたよ……みたいな感じを演出できるはずがない。
「うーむ…」
などと考えている内に、駅に着いてしまい。
「あれは……父さんか」
駅の左手にあるパチンコ屋の入り口付近の席……光一の父親理論によると、『入り口付近の席に景気のいい客がいたら、それを見た人間がつられて店にはいる……つまり、入り口付近の席は普通の席より、でる確率が高いんだ……多分』とのことだが。
「……むしろ客を追い払うような表情だけど」
どうやら、米は自力で買わなければいけないらしかった……まあ、後10日ほどはもつだろうから、今日買わなければいけないと言うわけでもなくて。
光一は、周囲をぐるりと見渡した。
土曜の昼過ぎという事で、割と駅への出入りは多い……というか、午前中で部活の練習が終わったのか、輝日南高校の制服を着た連中をちらほらと見かける。
「補習も、終わったか」
菜々の姿を探すが、さすがに見つからない。
「……ゲーセンは、栗生に見つかったらうるさいし」
『ゲームセンターなんて、よからぬ輩の巣窟よっ!』……などと、自分たちと同じ年代とは思えぬ恵の論理に真っ向から抵抗するほど、光一としてもそこに執着するようなことはない。
所詮は、暇つぶし……のレベルだ。
「……」
光一は自分の限界を悟ってため息をつき、ポケットから携帯をとりだした。
『やあ、相原どうしたんだい?』
珍しいね、という感じを隠しもせずに柊。
「今日は暇か?」
『うん?』
「いや、母さんに遊んでこいって家を追い出されて……正直、途方に暮れてるというか」
『仕事を休めない日本人サラリーマンのような言いぐさだね…』
と、柊がため息混じりに。
「……あ、ひょっとして今」
『ああ、すまないね…多分、相原が想像しているとおりだよ』
「そうか、悪かった……彼女にも謝っておいてくれ」
『じゃあ、また……というか、暇なら栗生と一緒に、遊びに行ったらどうだい?』
「稽古中だと思うけど…」
『それは連絡してみないとわからないさ……おっと、じゃあね相原』
と、待ち合わせの相手がやってきたのか、戻ってきたのか、電話が切れた。
「ふむ……」
ぽち。
『……電波の届かないところか…』
やはり稽古中で電源を切っている可能性大。
ちなみに、光一が気兼ねなく連絡を取れる知人というか友人は、この2人のみ。
「……手詰まりか」
ぱくん、と音を立てて携帯を閉じ……光一は空を見上げた。
「んー、図書館でも行くか…」
輝日市のぎりぎり中央部にある図書館は、なかなかの規模を誇っており、平日に比べて閉館時間は早まるモノの、土日も利用可能で、子供の遊び場所というか、親子連れの利用も考えられた公共施設である。
ちなみに、光一の最寄り駅から電車で二駅。
「……ん?」
切符を購入しようとしていた光一の手が止まる。
輝日南高校の制服に身を包んだ少女……というだけなら珍しくも何ともないが。
切符購入機の前を行ったり来たり、時には硬貨を投入しかけて慌てて引き戻し、ぶんぶんと首を振り……時計に目をやり、また行ったり来たり。
まあ、行動だけを見るなら絵に描いたような不審人物なのだが……光一が目を留めたのは、それが理由ではなかった。
「(……咲野さんだったか)」
先日の、職員室でのやりとり……を思い出す。
「(補習が終わって……サッカー部の応援に行くか、どうか……かな?)」
教師というか、サッカー部の顧問に許可をもらいにいって却下された……状況からすれば、それは多分いけないことなのだろうが。
「……」
腕組みして、約1分……もちろん、その間も少女は不審行動を続けていて。
「ちょっといいかな?」
「え、な、なに?」
びっくりしたように少女が振り返る。
「確か、サッカー部の子だよね?」
「え、あ、うん…そうだけど」
「いや、今日サッカー部の応援に行こうと思ったんだけど、どこで試合をやるのか知らなくてね」
すこーし、棒読みの台詞……に、気付いているのかいないのか。
「え、総合運動公園……だけど」
などと、怪訝そうな表情を浮かべながらも答える少女。
「えーと、どうやっていけばいいのかちょっとわからなくて……応援に行くんだよね?一緒に連れて行ってくれないかな?」
「え、いや、その…でも」
「道を聞かれたから、教えてあげたってことじゃ…ダメかな?」
「……あ、あぁっ」
ぽんと手を打ち、少女が表情を明るくした。
そして、別に誰かが聞いているわけでもないのに。
「そ、そうだよね……道を聞かれたら、教えてあげるのは当然だよね」
「うん、そうだよ…ありがとう咲野さん」
「ううん、気にしないで……?」
「あ、ごめん……僕は、相原。相原光一、2年だよ」
「あ、なんか、兄妹の仲がとっても良いって噂の…」
「うん、多分その相原……というか、時間は大丈夫?」
光一の言葉に少女ははっと振り向いて。
「急いで…えっと、切符は……まで390円っ」
「わかった」
「……ごめん」
「え、何が?」
「いや、結局……こそこそ隠れるような形でしか、応援できなかったみたいだから」
「そんなこと無いよ」
少女……咲野明日夏は、かぶりを振った。
「この試合を見逃していたら……きっと、後悔したから」
電車の窓から射し込む夕日が、車両を、乗客を、セピア色に染め上げていて。
「3年の先輩の大半は、これで引退になったから…」
「…?」
疑問が顔に出ていたのか、明日夏が笑った。
「あはは、ホントに相原は何も知らないんだね」
他の運動部と違って、サッカーにはインターハイの後に冬の選手権があり……強いチームの選手は、そこメインにしてやっていることなどを説明する。
「ウチは……地域で言うとそれほど強いチームじゃないし、冬まで続ける人は毎年1人か2人ってとこなの」
「そっか…」
「もちろん、テストで赤点を取った私が悪いんだけど……先輩達の、最後の試合を……最後の試合になるって決まってたわけじゃないけど……どう考えても、やっぱり分が悪いなっていうのはわかってたし……それでも、先生にダメって言われたから、応援に行く勇気が出なくて……」
がたん、ごとん。
駅の手前の、ポイント切り替えを通過した衝撃で電車が大きく揺れ……そのはずみというわけでもないだろうが、明日夏の目から涙が一粒こぼれ落ちる。
光一の差し出したハンカチを受け取り、明日夏が涙を拭う。
「ありがとう」
「ん…」
どう答えればいいのかわからず、曖昧に頷く光一……を見て、明日夏が笑う。
「ハンカチのことじゃないよ……私の、背中を押してくれてありがとう」
「そっか…良かった」
「うん…」
駅に着き、数人の乗客がおり、新たな乗客が乗り込んでくる……が、車両の中で立っている客の姿はまばら。
「…と」
ドアが閉まる直前に乗り込んできた子供連れの妊婦に席を譲る光一を見て、明日夏もまた立ち上がる……それは誰かに席を譲るという行動ではなく、それを知ってめざとい乗客がさっと腰を下ろす。
「……変わってるね、相原は」
「そうかな……確かによく言われるけど」
「私も、あまり人のことは言えないんだけどね」
「……そうなの?」
「まあ、ほら……女の子なのに、女の子らしくないとか」
「……どこが?」
「ど、どこがって言われても……私だって良く…」
と、顔を赤らめながら明日夏。
つり革につかまった体勢で、ちょっと俯く。
「そういえば、咲野さんは何で女子サッカー部のある学校に行かなかったの?」
「え?」
「いや、なんか……女子は、試合とか出場できなさそうな感じだし。輝日南にきて、わざわざ男子サッカーに入った理由があるのかな……とか」
「ん、なんて言ったらいいのかな」
明日夏が少し首をひねった。
「まあ、女子サッカー部のある学校が家から割と遠いのもあったけど……やっぱりね、うまい人と練習したいってのがあったのかなあ」
「それで男子サッカー部?」
「うん……最初はマネージャー希望と思われて、失礼しちゃうよね」
「んー、咲野さんは栗生と気が合うかも知れない」
「え、栗生って…あの、ごちゃごちゃと口うるさい風紀委員の…」
「はは、口うるさいのは確かだけど、優しくて気が利く、いいやつだよ……っていうか、ひょっとして、咲野さんは遅刻とか良くする?」
「あー、なんというか…」
明日夏はちょっとばつの悪そうな表情で。
「常習犯一歩手前…かなあ」
「あはは、そりゃあ口うるさく感じても仕方ないかな」
「……」
「あ、栗生とは中学が同じで友人だよ」
「へえ、ちょっと意外」
「なんで?」
「いや……今日のこととか、栗生なら絶対許さないような気がするし」
「多分、怒るね」
「でしょう?」
「怒るけど……多分、理由を話せば、見逃すって言うか…」
光一はちょっと口を閉じ……その光景を想像してちょっと笑いながら言葉を続けた。
「事情を知った上で、切符売り場でうろうろしてる咲野さんを見かけたら、多分背中を押すなんてレベルじゃなく、『いくならさっさと行きなさい』とか怒鳴って蹴飛ばすと思う」
「ん、んー?」
光一の言葉に、明日夏はまだ納得できないように首を傾げて。
「まあ、誤解されやすいのは確かだけど」
「うん、まあ……相原がそう言うなら」
そうしている内に、電車は駅にたどり着き。
「じゃあね、咲野さん」
「うん、今日はありがとう相原」
ホームに降りた光一に、電車の窓から手を振る明日夏をのせたまま電車が走り出した。
「ただいま…」
「ああ、お帰り光一」
読んでいた本から視線を上げて、母親が頷く……もちろん、既に夕食の準備は万端のようで。
「母さん、ちょっと寝た方が良くない?」
「心配しなくても明日の夜までは休みだよ」
「そりゃ、そうだけど…」
「っていうか、ちゃんと遊んできたのかい、光一?」
「サッカー部の試合の応援に行ってきた」
「……へえ」
ちょっと意外そうな表情で、母親が曖昧に頷く。
「菜々は?」
「ん、さっき戻ってきたよ」
「父さんは?」
「負け犬だね」
「はは…」
さすがに、光一としても乾いた笑いを浮かべるしかなく。
「さて……」
母親が読んでいた本を閉じ、背伸びをするように立ち上がった。
「夕飯にするから、菜々と、お父さんに声をかけてきて」
「うん、わかった……ところで、何の本?」
「ん、読むかい?」
と、母親が本の表紙を光一に向ける。
『福祉と民主政治、資本主義の経済の接点を探る』
「ま、また難しそうな…」
「タイトルはともかく、中身はそうでもないよ……どちらかといえば子供向けの内容で」
「母さんは、インテリだから…」
苦笑しつつ光一が呟くと、母親は眉をひそめてため息をついた。
「インテリって……光一、あんたいくつだい」
「おはよう、菜々」
「おはよ、おにいちゃん…」
寝起きなのか、菜々は眠そうに目を擦り。
日曜……ということで、さすがに補習は休みである。ほっと一息つくのは生徒か、それとも教師か。(笑)
「……って、おにいちゃん」
「ん?」
菜々はあたふたと周囲を見回し……現状を認識したのか、きりっと表情を引き締めた。
「今日は、ちょっと用事があって出かけるから」
「……?」
「どうしたの?」
「いや、それは…」
こっちの台詞なんだけど……という言葉をのみこんで。
「そうか、暗くなる前に帰ってこいよ……というか、まずは顔洗ってきた方がいいぞ」
「あ、あわわ…」
慌てたようにぱたぱたぱたっと階段を駆け下りていく菜々の背中を見送りながら、光一はここ最近感じていたそれとは別の違和感を覚えるのだった。
『家のことは母さんに任せて、遊んでらっしゃい……あ、でも暗くなる前には帰ってくるのよ』
送り出されたというか追い出されたというか……光一は、首を傾げながらあてもなく歩き続ける。
父親は仕事、菜々はどこかに出かけて……家には母親1人。
「……1人になりたかったのかな?」
昨日といい、今日といい。
まあ、そういうこともあるのだろうかという感じで自分を納得させ……光一は、駅とは違う方向に足を向けた。
〜♪。
「はい」
『やあ、相原。昨日はすまなかったね』
「いや、こっちこそ悪かった。デートの最中に…」
『ああ、それは別に気にする必要はないさ』
「そうか?」
『と、いうか、今日は誕生日だろう?何か予定はあるのかい?』
5秒ほど間をおいて。
「ああ、そういえば…」
17歳の誕生日……指摘されるまで綺麗さっぱり忘れていた光一である。
まあ、両親ともに多忙で、子供の誕生日をきちんと祝う……という習慣のない家庭で育った子供は得てして自分の誕生日に対する意識はこんなもんである。
『……おめでとう。これで、バイクの免許が取れるね』
「ありがとう…バイクには興味ないけど」
『ふむ、そうか…』
「……?」
『ところで…』
つきあいが長いだけに、やっと本題にはいるらしいと光一は気付いた。
『今どこにいるんだい?』
「ん、母さんに遊んでこいと家を追い出されてぶらぶらと…」
周囲を見渡して。
「河川敷の…グラウンドのそばだな。堤防沿いの道を、南に向かって…」
『……』
「……柊?」
『あ、あぁ、いやいや…ちょっとね』
「何か、あったのか?」
『あ、いや…えーと、ちょっと暇でね……そうだね、10分…いや、8分ほど、喋っていていいかな?』
「……なんか妙に具体的なんだな」
『んー、まあ、僕を助けると思って』
「……?」
ほとんど中身のない会話を続け……最後に『長々と悪かったね、相原』と言い残して柊の電話は切れた。
それから1分も経たずに。
「あら、相原。偶然ね」
「やあ、栗生……確かに珍しいな、こんなとこで会うなんて」
「そ、そうね…」
そう答える恵の額には微かに汗が浮いていて。
「ランニング?」
「そ、そんな服装に見える?」
と、恵が心持ち気落ちしたような表情で呟く。
「と、いうか……制服で外出することが多い栗生にしては珍しいね」
「そ、そうね…たまたまだけど」
白いサマーセーターに、キュロットパンツ……いわゆる、おしゃれにはほど遠いが、健康的で健やかなイメージを見る者に与える、そんな感じで。
「うん、似合ってるよ…栗生らしくていいね」
「えっと……それは喜んで良いのかしら…」
『栗生らしくて』という言葉に過剰な反応を示し、恵がぶつぶつと呟く。
「……?」
「あぁ、でもちょうど良かったわ」
などと、どこか会話のつながりを無視した感じで、恵が言う。
「何が?」
「今日、相原の誕生日でしょ……先月、私の誕生日にプレゼントもらったし、お返ししようと思ってたから」
ちなみに、恵の誕生日は5月11日。
例の騒ぎ(笑)で多少あれだったものの……光一は母と柊の意見を参考にしつつ、あまり気を遣わせない程度の値段のヘアピンを色違い(あまり華美ではないモノ)で数種をプレゼントした。
「そうか、ありがとう栗生」
下手に遠慮したりすると恵の気分を損ねることを理解しているので、光一は素直に感謝の気持ちだけを言葉にした。
「それで、今日は暇なのかしら?」
「うん、まあ暗くなる前に帰ってこいとは言われてるけど」
「この映画、興味あるって言ってたわよね」
と、ポケットからそれを取り出す恵の仕草がどこか機械的で。
「え、なんの…」
「そう、良かった、これから見に行きましょ」
「……」
「昼の1時からだから、その前にどこかで軽く昼食をとって…」
「えっと…」
前もって録音しておいた台詞をただ垂れ流す機械と化した恵をちょっと見つめ。
「あの、栗生?」
「え?」
恵の表情と言うより、瞳に生気が戻る。
「え、あれ?」
「えーっと、映画を見るんだよね?」
「そ、そうよ」
「じゃあ……行こうか?」
「ええ」
「で、先に軽く昼食」
「そ、そうよ」
「こっちで食べる?それとも向こう?」
「え?」
恵がフリーズした。
どうやら、想定外の質問だったらしい。
「えっと……結局、栗生はなるみちゃんとこのうどん食べた?」
「え、あ、ううん?」
「じゃあ、せっかくだし、そこで食べていこうか」
「いらっしゃいませー……って、あー、せんぱいです」
「やあ、なるみちゃん」
「こ、こんにちは、里仲さん」
なるみは恵の背後をのぞくようにちょっと背伸びして。
「お二人ですか?」
「うん、2人」
「うわあ、デートですね、いいなあ」
と、あくまでもなるみは無邪気に。
「あ、言われてみると…」
と、光一もまた自然体で。
「でっ…」
そして恵は、赤面ゴーレムと化した。
「では、こちらの席へどうぞ」
「あ、ありがとう」
と、なるみの後に光一が、そして恵はぎくしゃくという音が聞こえてきそうな動きで続く。
「ご注文が決まったらおよびください」
一礼したなるみが去ってから、光一はお品書きを手に取った。
「さて、栗生は……」
「あ、相原のお勧めで…」
「そう、じゃあ…」
「……確かに、びっくりするぐらい美味しかったわね」
「だろう…あれが、なるみちゃんの目標ってわけなんだ」
「私、料理は得意じゃないけど……険しい山って事だけはわかったわ」
幸運にというべきか、皮肉にもと言うべきなのか……なるみの祖父がうったうどんの味への衝撃が、恵を緊張から解き放ったらしい。
がたん、ごとん…。
電車で二駅。
緊張ではなく、電車の中という公共の場という意識が2人の会話を少なくさせている……が、光一も恵も、それを苦痛に感じてはいない。
「考えてみたら、栗生と2人で……ってのは初めてだね」
「そ、そうね」
流れる景色に目をやる……そんな仕草で、ちょっと顔を背けながら。
「……初めて、ね」
知り合って4年、好意を覚えてから3年……自分の、心の中のどうしようもなく醜い部分を自覚してから2年……それで、やっと、これが初めてなのか……そんな想いが、恵にそう呟かせた。
「あ」
「な、何?」
「ヘアピン、してくれてるんだ」
「え、あ、う、うん…」
そしてまた会話が途切れる。
「すごいな、栗生は」
電車を降り、改札口へと向かう途中で光一。
「何が?」
「いや、栗生の後をついていくと、人波に揉まれないから」
「それは、まあ、呼吸というか、流れというか……読めるから」
人がどう動くか……ちょっとした仕草、目線の動きなど、誰がどう動き、どこで塊がわかれ、融合するか……理屈ではなく感じる。
「ほら、こっちよ相原」
光一の手を取って……恵は、笑った。
コンコン。
「おにいちゃん、起きてる?」
「まだ、10時だぞ…」
苦笑しつつ、ドアを開ける……と、ショートケーキの乗った皿を持った菜々が立っていて。
「えへへ、お誕生日おめでとう、おにいちゃん」
「あぁ、ありがとう……なんか今日は、柊といい、栗生といい」
「なるちゃんから聞いたよ、恵さんとデートしてたって」
「うん、なんか、誕生日のお祝いだって、映画を奢ってくれたんだ」
「……(ぼそり)否定しないんだ」
「ん?」
「これは、私からのお祝いだよ」
と、ショートケーキをちょっと持ち上げ……菜々が部屋の中へ。
「蝋燭立てるから、電気消して」
「うん」
ぱち。
電気を消すと、小さな蝋燭の、頼りない明かりが周囲をぼんやりと照らした。
皿を絨毯の上に直接置いているから、お互いの表情が今ひとつ見えづらい。
「……おにいちゃん、これで17歳か」
「歳だけ取ってもなあ…」
「……年の差がまた2つになっちゃった」
「菜々は3月だからな……まあ、学年差はずっと1つだけど」
「うん」
「……留年するなよ、菜々」
「そ、そこまでひどくは…」
菜々がちょっと口を閉じ……どこかあさっての方を向きながら呟いた。
「ないよ…多分だけど」
「不安だ…」
「やっぱり……不安?」
「ん?」
「おにいちゃんは、私が、不安なの?」
蝋燭の灯が揺れる。
「不安だから…気にかけてくれるの?」
「いや、ちょっと待って……不安とか、そうじゃなくて、それは当然だろ」
家族だから。
「私は、おにいちゃんが、最高のおにいちゃんだと思ってるよ」
「そ、それはちょっと買いかぶりじゃないか?」
今ひとつ会話がかみ合ってないのを感じながら。
「だからね、私、最高の妹を目指そうかなって」
「いや、最高って…」
「心配する必要が無くなっても、おにいちゃんが気にかけてくれたら…」
「だーかーら」
「そう思ってたんだけど、やめた」
「は?」
ふっと、菜々が蝋燭を吹き消し……真っ暗になる。
「誕生日、おめでとう、おにいちゃん」
温かく湿った何かが光一の頬に触れ……離れていった。
「え?」
「ごめん、指が当たっちゃった…大丈夫?」
「あ、ああ…指…か?」
「指だよ」
完
ああ、やっと後藤さん(笑)が。
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