「少しばかり、相原の目が外に向いてきたような気がするね」
 屋上の手すりに背中を預け、柊は目を細めながら空を見上げた。
「そう……ね」
 と、曖昧に返事した恵は、柊から3メートルほど離れた位置で、手すりに顎を乗せた、彼女らしからぬちょっとだらしのない体勢。
 そんな彼女の視線は下……具体的に言うと、噴水のあたりに向けられている。
 4月も終わりに近づき、ゴールデンウイーク目前……と言っても、高校生にとってはあまり関係がない。
 今さら家族旅行はという年齢だし、部活だったり、受験だったりでいつも以上に忙しくなるか、友人と遊びに行くか、家でごろごろするだけ……になりがちである。
「栗生に1つ質問」
「何?」
「相原に告白することもなく、ズルズルきたのはどうしてだい?」
「……大きく分けて理由は2つね」
 柊の質問に腹をたてることもなく、恵が淡々と言葉を続けた。
「負ける勝負はしたくないのが1つ」
「それは……分が悪いって事かい?」
「見てればわかるでしょ」
「……今ひとつ、相原の心は読めないというか」
 器用にも、柊は空に向かってため息をついた。
「キミは、相原が水澤先輩を好きだ……と思っているよね?」
「それ以外にっ」
 柊の方を振り向いて……落ち着け、とばかりに突き出された手を見て、恵はその後の言葉を呑みこんだ。
「それはちょっと短慮の気がするね」
「……ちょっと腹が立つわ」
「いいかい、栗生」
 空を見上げたまま、柊が物覚えの悪い生徒を諭す教師のような口調で続けた。
「ボクは相原の友人で、キミは相原に惚れている……どっちがより冷静に彼を見られるかは説明するまでもないだろう」
「それは…」
「誰かのことを好きだから、自分が一番良くその誰かを理解している…という論理はナンセンスだよ。それは結局、他の誰よりも長い間側にいた結果か、冷静じゃない思考の元に、他人とは違う人物像を作り上げた……という事がほとんどだ」
「小学校の時言ってたわね、『正論ほど人を怒らせる』って」
 煮えくりかえっている想いを、皮肉を口にすることでなんとかなだめようとしているのか、手すりを握った恵の指先が白い。
「考えてごらんよ。ボクが今付き合ってる娘は、知り合って精々2ヶ月……そんな彼女が、キミや相原に向かって、『柊君のことは私が一番良く知ってます』なんて言ったとしたら?」
「相原はともかく、私なら鼻先で笑うわね」
「だろう」
 ほら、ボクが正しい……とでも言いたげな柊の口調に、恵が1つため息をついた。
「柊の理論で言うと…」
「ボクや栗生より、水澤先輩や……妹さんの方が、理解しているということだね」
「それは正しいのかも知れないけど…」
 恵は手すりをぎゅっと握りしめた。
「とっ…ても面白くない結論だわ」
「まあ、水澤先輩は家族…のノリだからね。家族相手に張り合うのは馬鹿馬鹿しいと思うよ」
「菜々ちゃんは……相原のこと、冷静に見られるかしら?」
 柊が、ちらりと横目で恵を見た。
「何よ?」
 ちょっとばかり、話題の転換が不自然だったという自覚があったのか、恵はやや敏感に反応した。
「前から少し気になっていたんだけど…」
 と、前置きして。
「キミは……水澤先輩に対して、何か負い目があるのかい?」
「……」
 恵は何も答えない。
 まずい傾向だな…とわかっていながら、柊が口を開く。
「もう一つの理由に関係が…」
「あるわ」
 自分自身さえも突き放すような口調に、今度は柊が黙り込む。
「私は…水澤先輩に対して負い目がある……それ以上は話したくない」
「そうか…」
 柊はちょっと頷き、視線を再び空へと転じた。
 恵が一度話したくないと宣言したからには……もちろんそれだけの理由があるのだろうが、それを無理に聞き出そうとすれば、また学校を休むことになるのは明らかで。
「……?」
 空を見上げたまま、柊はふっと、恵から聞いた話で相原も同じようなことを言ってたことを思い出す。
「(相原と栗生が水澤先輩に対して負い目があって…当の水澤先輩は相原を避けている……3つのうち1つでもわかれば、もつれた糸を解きほぐす手がかりぐらいは得られるはずなんだけど…ね)」
 柊は再び空に向かってため息をついた。
 3人が3人とも、理由を聞かれて、はいそれは……等と答えてくれるような性格ではないだけに、柊としても手詰まりの状態。
 まあ、3人の中で最も与しやすい相手といえば……やはり光一と言うことになるのだが、一応それは最後の手段と言うことにしておきたかった。
 だとすれば……光一の周囲を揺り動かし、その流れの中で……なのだが、言うは易く行うは難し。
 それでもやるしかないか……と決めたあの日から、柊の神経は休まる暇もない。
 今のところ、周囲が動いたことで予想以上に膠着状態だったことが明らかになっただけで、柊としてはなるみのようなイレギュラー材料が、あと一つか二つは欲しいところ。
 『相原はもうちょっと、外の世界に目を向けるべきだ…』などと恵を納得させたのだが、それは同じく恵にも言えることで……もちろん、本人に向かってそんなことは言わないのだが。
「そういえば……2年、3年の間とは違って、1年生の間では、妹さんがブラコン…というところで噂が落ち着きはじめているみたいだね」
「噂……ね」
 恵が、ほんの少しだけ笑った。
「2人じゃなくて、3人……ってところが、良いバランスよね」
「『妹が一人増えた…』とか囁かれてるけど、案外…正解に近いような気がするよ」
 と、ここで柊が体の向きを反転させて……恵の視線と同じく、噴水の方に目を向けた。
「相原達は気づいてないのかな……教室の窓から、かなりの人間が見物してるんだけど」
 恵がぽつりと呟いた。
「水澤先輩も……見てるかしら?」
「見てるだろうね」
 推測と言うより断定に近い柊の口調。
「……柊?」
「1つ断っておくけど」
「な、何よ?」
「相原の目が外を向いた結果、栗生の知らない女の子とくっついたり……なんて結末もありうるよ。キミと相原をくっつけるために動いてる…ような認識は持たないで欲しいな」
「わかってるわよ、それは…」
 ふっと、恵が何か気づいたように顔を上げた。
「柊。それ、誰か心当たりがあるってことよね?」
「さあ、そういうことがあるかも知れない…という話にすぎな…」
「里仲さん…って感じの口調じゃなかったわね。だとすると、去年か今年に相原と同じクラスになった誰か…」
「栗生、キミはその狩猟民族を思わせるモノの考え方を改めた方がいいんじゃないかっ!?」
 ちょっと狼狽した口調の柊に顔を向け、恵が不服そうに口を尖らせた。
「人聞きの悪いこと言わないでよ」
「中学の頃、キミと仲がよいって理由で、相原に近づくクラスメイトが確実に減ったのを自覚してないのかい?」
「それは結局、自分にやましいことがある連中だからでしょ。私のせいじゃ…」
 
 などと、屋上で柊と恵がやり合っていた一方で。
 
「菜々ちゃん、今日もせんぱいとクラブを見学してまわるの?」
 と、いつものポジションに腰を下ろしたなるみが、弁当箱のふたをあけながら尋ねる。
 なるみ自身にそんなつもりは毛頭ないのだが、菜々をないがしろにして光一に話しかけると良くないという事がわかってきたのだろう。
「うん…」
「なんか、興味のあるクラブがないみたい」
「別に、興味がないなら無理して入部することないよ、菜々ちゃん」
「そ、そーだよねっ」
「そーだよ」
 と、菜々に頷いてみせ……なるみはちょっと空を見上げた。
「何も知らないまま興味がわかないってことと、色々調べた上で興味がわかないってのは全然違うっておじーちゃんも言ってたから」
 と、なるみがお弁当を一口食べた。
「なるほど……で、なるみちゃんは、やっぱりうどんが一番だと」
「はいっ」
 にこーっと微笑んで。
「コツコツ貯めてたお小遣いを使って、家庭科室に道具をそろえ始めたんです」
「……普通のじゃダメなの、なるちゃん?」
 と、ちょっと不思議そうに菜々。
「もちろん、使えるモノは使うけど……お鍋とか、やっぱり大きいのじゃないと」
「ゆであがりが悪くなるよね」
「そうなんですっ」
 どういう意味……と、菜々が光一の袖を引いた。
「お湯は100度で、うどんはまあ室温だから……お湯の量が少ないと、うどんをいれたときに温度が下がって…」
 と、光一が生真面目に説明をするのだが、菜々は理解しているようなしてないような曖昧な表情。
「……まあ、無駄遣いしない点は見習えよ、菜々。大きい鍋が、いくらするか知らないだろ?」
 この後、菜々がなるみにいくらの鍋を買ったかを聞いて池に落ちそうに。(笑)
「…お鍋だけで…ぶつぶつ…」
 すこーし遠いところに行ってしまった菜々をおいて、光一がなるみに聞いた。
「なるみちゃん、家庭科室のコンロじゃ火力がきびしくない?」
「……詳しい、ですね」
 と、少し驚いたようになるみが呟く。
「昔、年越しそばを手打ちで……とかやったことがあるから」
「ああ、なるほど…」
「まあ、ずっとお店の手伝いとかやってたなるみちゃんから見れば全然…」
「そっ、そんなことないですっ!」
 なるみがぶんぶんと激しく首を振った。
「私がやってたのは、本当にただのお手伝いなんです……うどんの生地をこねたこともなくて…」
「……」
「お店の厨房は、おじーちゃんにとっては大事な、聖域みたいなところで…だから、だから、家庭部で、色々試してみようと思ったんです…」
「そっか…なるみちゃんが、ちょっとうらやましいな」
「え?」
「俺も、菜々のことあんまりえらそうに言える立場じゃないからね…あんまり、やりたいこととかないし」
「……」
「だから、一生懸命になってるなるみちゃんがうらやましいし、頑張れって思う」
 自分のお小遣い数年分の鍋の価格の衝撃から立ち直ることが出来ずに未だぶつぶつと呟く菜々を挟んで、光一となるみはなんとなく空を眺め……流れていく雲をしばらく見つめていた。
 
「……色々あったね」
「柊が言ってたけど、ウチの学校はクラブの種類が少ない方だってさ……まあ、生徒数が多くないし」
 あれから約半月……光一と菜々は、一応ではあるが今日でほとんどのクラブを見て回ったことになる。
「なんというか…」
 菜々がちょっと言葉を選ぶように。
「クラブに入ってるからって、なるちゃんみたいな人ばっかりじゃないよね…」
「……そうだな」
 まあ、自分の気持ちを一杯に押し出して……は気性も関係するだろうが、それでも少なからずの人間が、めんどくさそうな、惰性を感じさせる仕草で活動していて。
 もちろん、どのクラブも1時間ちょっと見学しただけなので、それが全てだとは思わなかったが。
「…おにいちゃん」
「ん」
 みなまで言わなくてもわかってるよと、光一は菜々の頭を撫でた……が、それでも菜々は口にする。
「私、クラブには入らない」
「まあ、なるみちゃんの応援でもしてやれよ」
「うん」
 光一に頭を撫でられながら、菜々は嬉しそうに……それでもちょっと物足りなさそうな感じで笑った。
「でも…なるちゃんすごいよね…」
「……何年もお小遣い貯めてって、ちょっと出来る事じゃないな」
「漫画とか好きって言ってたけど」
「へえ、なるみちゃん漫画読むんだ」
「この前、学校にも持ってきてた」
「……栗生に見つからないように言っておけよ」
 と、少し声を潜めた光一の言葉を受けて。
「恵さん、そういうの細かいもんね…」
 菜々もまた、中学の頃の事を思い出したのか、小さく呟くのだった。
『文句があるなら最初に言いなさい。決まりを破った後で、ぐちゃぐちゃ言わないのっ!』
 教師でもそこまで見事には言い切れまい……と思える見事な啖呵は、光一と菜々が通っていた中学では半ば伝説と化しており。
 その後の背負い投げに関しては……何も言うまい。(笑)
 なるみとは少々趣は違うものの、あれはあれで見事な生き方……と、光一は尊敬している。
「それで……帰る?」
「もうちょっとブラブラして、スーパーのタイムセールで買い物しようと思ってる。夕飯はちょっと遅め…でいいか?」
「いいよ…お父さんもお母さんも、今日は遅いし」
 菜々は素直に頷いた……が、素直すぎるような気がして。
「……菜々、何か作るときは、俺の前でやれよ」
「……はーい」
 
「じゃあね、おにいちゃん」
「ああ、寄り道してもいいけど、車に気をつけてな」
 と、昇降口で菜々を送り出してから、光一がやってきたのは屋上で。
 昼休みはともかく、放課後の屋上となると人がいることは希だ……いたとしても、何か考え事をしているような、わけありな感じの生徒がほとんど。
 屋上から見下ろせるのは中庭で、グランドからは遠く…それゆえに、運動部のかけ声は途切れ途切れに聞こえてくるだけで、風向きによってはまったく聞こえないこともある。
 あるいは、そういう要素が考え事には向いているのかも知れないが、別に光一は考え事がしたくて屋上に来たわけではない。
 もう一度周囲を見渡し、誰もいないことを確認して……光一は、控えめに声を出した。
 自分が音痴である事は百も承知だが、歌うことは嫌いじゃない……というか、むしろ好きなのである。
 音痴のタイプを分けると、リズムがダメなタイプと音程が狂うタイプの2つに分けられ……光一は後者だった。
 聞き取る分には問題がないのだが、いざ声に出して歌うと音程が狂う……自分のそれが狂っているのが自覚できるやりきれなさは、あまり他人にはわかってもらえない。
 まあ、楽器を演奏するのは特に問題がないのだが。
「…ぷっ、くくっ…」
 口を閉じ振り返る。
 右、左……残るは、と、光一の視線が屋上へと出るドアの上に向けられた。
「もう、おしまい?」
 光一自身はそこに昇ったことがなかったが、おそらく貯水タンクの側に人が一人寝転がることが出来るだけのスペースがあるのだろう、少女がすっと立ち上がって姿を現した。
 それほど強い風が吹いているわけではないのに、夕焼け空を切り取るように黒髪がさっと広がる。
 見る者に冷たさを感じさせるのは美人の宿命というやつか。
「ごめん、邪魔しちゃった?」
「別に…ただ」
 少女はちょっと突き放すような目つきで光一を見つめて。
「屋上にやってきて歌い出す……それが、音痴って言うのが意外だったせいね」
「音痴なんだけどね、歌うのは割と好きで、もう、救いようがないというか…」
 光一は苦笑を浮かべて、耳の下を指でかいた。
「……」
 少女の目つきが少し和らいだ……と言うより、不思議そうに光一を見つめる。
「……何?」
「別に…」
 すっと、また元の冷たさを感じさせる表情に戻って、少女はちょっと視線を逸らす。
「いつまで、そこにいるつもり?」
「あ、ごめん…じゃあ、俺は帰るから」
「……」
 気を悪くした様子も見せない光一に、また少女は不思議そうな視線を向けた。
「じゃあね」
 と、ドアに近づいて手をかけた瞬間。
「待って」
「え」
 と、上を見て光一は慌てて顔を背けた。
「ご、ごめんっ!」
「……?」
 少女はちょっと首を傾げ……それに気づいたのか、薄く笑った。
「見えたの?」
「…ごめん、見えた」
「いいわ別に……減るものでもないし」
「……うまく説明できないけど、そういう考え方してると、目に見えない何かが減ると思うよ」
 と、目を背けたまま光一が言うのを聞いて。
「見たのはあなたでしょ」
「…う」
 光一は顔を背けていたから、音で判断するしかなかったが……少女が、壁に埋め込まれた鉄の梯子を降りきったのを待って、そっちに目を向けた。
「名前は?」
「え、ああ、相原光一、2年A組」
「……ああ、誰かが話してたわね、シスコンがどうとか」
「と、言われても」
 光一としては苦笑を返すしか出来ず。
「それで、キミは?」
「え?」
 意外なことを聞かれたという感じで、少女はまたも光一を不思議そうに見つめ……。
「二見瑛理子」
「ふたみ……って、どういう漢字を書くの?」
「……フフッ」
「え?」
「別に……自分の愚かしさを笑っただけ」
「……?」
 わけがわからず、光一はただ首を傾げ。
「漢数字の二つに、景色を見るの見るで、二見」
「へえ、なんか珍しい名字だね…」
「あなたの方がよっぽど珍しいわ…」
「そうかな?相原なんて、ありふれた名字だと思うけど…」
 それを聞いて、瑛理子はまたちょっと笑った。
 
 そして次の日。
 
「……まあ、祇条さんを知らなかったぐらいだから、驚くことではないんだろうけど」
 と、驚くというよりは呆れたように柊。
 その隣で控えめにため息をついた結美は、呆れたのではなくてあれだけの有名人を知らないんだから……というため息である。
「…って事は、やっぱり有名なのか?」
「良くも悪くも、ね」
 と、柊はちょっと言葉を切り……うかがうような視線を光一に向けた。
「なんともなかったかい?」
「……どういう意味?」
「一言で言うと、彼女はまあ天才で……中学の時に海外の大学に論文を発表してて、その分野で色々と誘われたりしてるらしい」
「へえ、すごいな」
 と、光一は素直に感嘆した。
「それがよい意味でってことでね」
「あ、悪い方は…」
「わかってる…他人の悪口は聞きたくないって言うんだろ」
 苦笑しながら柊。
「まあ、栗生もそうだけど、人より優れたところのある人間は得てしてやっかみを受けやすいモノだね……でも、とりあえず1つだけ」
「ん?」
「彼女、栗生とは仲が悪いから……栗生の前で、彼女の名前は口にしない方がいいよ」
「……わかった」
 光一が頷くと、柊は興味深そうな表情を浮かべて。
「それにしても、キミが他人に興味を示すなんて珍しいな」
「……なんというか、なるみちゃんとは全く逆の意味で気になったというか」
「と、言うと?」
「人生をさ…」
「ん?」
「投げちゃったような雰囲気…かな」
 
「…降ってきた」
 窓際の生徒の呟きに反応して、生徒はもちろん教師までもがそちらを向いた。
「うわ、降らない方にかけたのに…」
「今日は、室内練習だな…」
「はいはい、授業に集中しろ」
 途切れた緊張をつなぎ止めるため、教師がパンパンと手を叩く。
「でもセンセー、どのみち終わりですよ」
「む…」
 と教師が視線を向けた壁時計は、なるほど4限の授業が終わるまで残り3分ほどを示していて。
「……ちょっと早いが、これで終了。あ、チャイムが鳴るまでは、騒いだり、教室を出るなよ。他のクラスは授業中だからな」
 と、教師が出ていき……大きな声が出せないモノだから、自然と窓の外に視線を向ける生徒が多くなる。
 もちろん、早々と弁当箱を開く生徒もいる……が、これはむしろ少数派だ。
「今日はどうするんだい、相原?」
「え?」
 なんの話だ……という光一の表情に気づいたのか、柊が言葉を足した。
「昼休みだよ……雨に打たれながら、昼食としゃれ込むのかい?」
「あ、そうか……あれ、考えてみると一度も雨に降られなかったのか」
「決まって週末に雨だったからね…」
「そうだったな…」
 雨足は少しずつだが、確実に強くなっており……屋外で昼食を撮るには無理があるように見受けられた。
「まあ、妹さん2人の相手も大事だろうけど、たまには友人をかまってくれないか?」
 と、柊が少々からかうように言ったのを、光一はまともに受け止め。
「すまん」
 などと、素直に頭を下げたりする。
 友人として、光一のそういう部分を好ましくもありつつ……今さらに危うくも感じるのか、柊がため息をつく。
 きーんこーんかーん…
 何か言いかけた柊が、チャイムの音を聞いて口を閉じた。
 それから2分ほどして。
「おにいちゃん」
 と、息を弾ませた菜々が教室の中に駆け込んできた。
「廊下はあんまり走るなよ、菜々」
「はーい」
 頭をこつんと叩かれて、菜々が素直に(?)頷く。
「……なるみちゃんは?」
「あ、なるちゃん今日熱が出てお休み……さっきメールの返事で、『心配ないからお見舞いはいらないよー』って言ってたけど、心配は心配だよね」
「……相原にはメールこなかったのかい?」
「いや、特には」
「ふーん」
 と、ちょっと考えるように柊。
「ねえ、おにいちゃん」
「ダメだ」
「えーっ、どうして?」
「お見舞いはいらないって、言ってきてるんだろ」
「でも…」
 菜々は不服そうに見上げるが、光一はなおも首を振る。
「…わかった」
 
 先の件で少々へそを曲げたのか、教室で昼食を食べ終わると、菜々はぷいっと教室を出ていってしまい。
「……何か事情があるのかい?」
「ん、なんというか…」
 光一はちょっと声を潜め。
「聞いた訳じゃないけど、なるみちゃんは多分おじいさんと2人暮らしなんだよ……色々喋ってくれるけど、家庭のことについては全然喋らない」
「……なるほど、前もってメールでってのも、らしくない、か」
 ちょっと感心したように柊が呟く。
「勘違いなら勘違いでいいけど……菜々は、そういうのできないし」
「なるほど」
 納得したのか、柊が小さく頷いた。
「ホントキミは、一旦気にかけると、とことんまで気を遣うね…」
 苦笑混じりに呟いて……柊はふっと何かに気づいたように口をつぐむ。
「どうした?」
「あ、いや…別に」
 曖昧な返事をしつつ……『一旦気にかけると……』と言うことは、恵と相性の悪い二見瑛理子と関わりを持っていくことを意味する事で。
 柊は光一の顔を見つめ……近いウチになんらかの騒動が持ち上がるという予感と共に大きなため息をついた。
 
 
 
 
 ……今、ちょっと後悔してます、いろんな意味で。(笑)

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