春。
 輝日南高校は、ご多分に漏れずどこかざわついた雰囲気に包まれている。
 3年生は、勉強では受験を、部活では一部を除いて最後の夏を……終わりを意識させられて、なんとも微妙な緊張感に包まれて。
 1年生と言えば、中学生から高校生になったばかり……新しい環境に対する不安と期待に、地に足がついていない浮ついた雰囲気に包まれている。
 収まるべきところに収まっていない……そんな違和感が、学校生活でいうところの春の季節。
 そして、高校生活の醍醐味は2年生にあり……という言葉が示すように、2年生各クラスの教室は、落ち着いた空気を醸し出している……はずなのだが。
 2年A組はちょっと様子が違っていた。
「うおっ」
 1限終了後の休み時間、A組前の廊下を通り過ぎようとした少年が、異様な……と形容するしかない空気を感じて立ち止まる。
「どした?」
「……A組の連中、何してんだ?」
「は?」
 少年の呟きに、連れの一人が教室をのぞき込み……慌てたように視線を逸らしながら首を傾げた。
「んん?」
 教室内の人口密度が高いのだ。
 と、いっても、人が大勢集まっているというわけではない。普通ならトイレに行ったり、他のクラスの友人と談笑したりして教室から出ていく生徒がほとんどいないというか。
 クラスの生徒のほとんどが席に座ったまま、チラチラとドアや廊下に視線を送っているのだ……廊下を通る人間の居心地が悪いことこの上ない。
 そう、彼ら(彼女ら)は待っていたのだ。
「おにいちゃ…ひっ」
 多数の視線を浴びせられ、菜々が脅えたようにドアの陰に隠れる。
 新入生が上級生の教室を訪れるだけでも緊張するのに、好奇に満ちた視線を集中させられて脅えない方がおかしい。
「(あれか?)」
「(あれだろ?おにいちゃん、って言いかけたぞ)」
 男子生徒数名が、柊の方を振り返って視線で訴える。
 
「(あれが、相原の妹か?)」
 
 柊が頷く……と、A組の教室は歓声に包まれた。
「きたきたきたあっ!」
「やっぱりきたぜっ!」
「必要以上に騒ぐなっ男子っ!」
「かわいーっ!」
「ちっちゃーいっ!」
「女子もっ!妹さん、脅えてるじゃないのっ!」
 などと異様な盛り上がりに脅えきって、菜々は脱兎の如く……教室から走り去るのではなくて、光一の側へと駆け寄った。
「お、おにいちゃぁん…いったい、なんなの?」
「どうした菜々?」
 と、読んでいた文庫本から顔を上げ……初めて教室内の騒ぎに気がついたのか、光一が周囲を見回した。
「な、なんだ…?」
「わ、わかんないよ…なんだか、急に…」
 光一の背中に隠れるようにして、両腕でキュッと抱きしめる菜々。
 光一は決して背が高い方ではないが、菜々が身長146センチと小柄なため、そうすると1つ違いの兄妹には見えない。
「く、くはあっ…俺にも、俺にも、あんな未来があったのかっ!?」
「相原のように、相原のように、あいつに接していればっ!」
 と、妹を持つ男子は男泣きに泣き。
「ちぇんじっ、やっぱり私の兄貴とちぇんじっ」
 と、一部の女子があらぬ方角に向かって叫ぶ。
 事ここにいたり、おぼろげに……それでもおぼろげにしか気づかないところが、光一のすごいところだが、騒ぎの原因が自分たちにあることに気づいて、菜々の手を取って教室から脱出をはかる。
 ……いうまでもないことだが、この騒ぎは当然周囲の人間が気づくところであり、廊下にも人が集まっていて。
「すまん、ちょっとどいてくれ」
 と、人波をかき分けながら、手に手をとって走り去る兄妹の後ろ姿が見えなくなって……ようやく、教室内は普通の騒ぎのレベルへと落ち着いた。
「むう、柊から話には聞いていたが…想像以上に可愛いな」
「つーか、ちっちぇー」
「150ないよな、あれ」
「可愛いよね」
「私、アニキじゃなくてあんな妹欲しいかも」
「ちくしょー、あんな可愛い妹なら、おれだって優しくしたさーっ!」
「俺、相原を兄さんと呼んでもいいぞ」
「あーとりあえず1つだけ」
 それまで黙っていた柊が、教室内の盛り上がりに水を差すように。
「相原って、怒ると怖いよ」
 男子生徒数名が、柊に窺うような視線を向けた。
「相原本人だけならまだしも、妹さんは巻き込まない方が賢明だね」
 シスコン騒動が一人歩きしている状況だが、そもそも光一本人についての情報はあまりない。
 柊の言葉に反論する材料がないだけに……どこか得体の知れない光一にある種の恐怖を覚えたのか、浮かれていた(特に一部男子)輩は、口を閉ざした。
「ま、まあ…相原の妹の顔も見たし…なあ」
「そ、そうだな…」
 などと、言い訳めいた呟きをこぼしつつ……2年A組の教室は静かになっていく。
「あ、あの…柊君」
「おや、どうかしたかい、星野さん」
 柊の隣の席に座る少女……星野結美(ほしの・ゆうみ)は、恥ずかしそうにうつむいたままで。
「柊君は…相原君と同じ中学なのよね?」
「……」
 おや、という表情で柊は結美をみつめ……頷いた。
 しかし、うつむいた結美には見えないと気づいたのか、あらためて声に出して答える。
「中学の2年の時に同じクラスになってね」
「そ、そうなんだ…」
「まあ、相原の数少ない友人の一人という関係かな」
「あ、うん…それで、ちょっと…聞きたいことがあって…かなり、前の話なんだけど」
 光一と同じく、どこか地味で目立たない……あまり他人と話している姿を見ることのない結美が、いかにも慣れてない様子で言葉を選んでいるのを、柊はいらつくこともなくやだ待っている。
「去年…じゃなくて、1年生の時…ほら、相原君が妹さんの件で、騒ぎになったときの事なんだけど…?」
「うん、覚えてるけど、なに?」
「あの時…」
 ここで初めて結美は顔を上げ、ちら、と柊を見た。
「…わざと騒ぎになるように、言った?」
 そしてまたうつむく結美。
「……それでも友人ですか?と、非難されてるわけかな、ボクは」
「何か、考えがあるのかな…って思ったんだけど…わからなくって」
「なるほど」
 柊はちょっと考えるような素振りを見せ……言った。
「元々彼は多くの友人を作るというタイプじゃないわけだけど……少なくとも、中学の頃は友人を作ったし、ボクはそのうちの一人で…」
「……」
 あまり長い会話は結美にとって苦痛なのかも……と、柊は一旦口を閉じて、簡潔に言った。
「高校に入ってから、彼は友人を作ってない……どうも、彼の世界が閉じてしまっているような気がしてね」
「世界が…閉じ…る?」
 弾かれたように、結美が顔を上げた。柊の顔をじっとみつめたまま、今度はうつむいたりはしなかった。
「相原の場合、妹思いと言うよりは家族思いという方が適切なんだけど、家族と、数少ない友人……壁、というと言い過ぎかも知れないけど、新しい世界に対して一歩引いて構えるところが強くなってるように感じて、ね」
「……」
「動け、と言っても彼はそういう性格じゃないし……なら、まわりでかき混ぜてみるしかないか、と。受け身なら受け身なりに、周囲が動けば、それに合わせて動かざるをえないからね」
「そ、そうだったん…だ」
 どこかホッとしたように結美が呟き……そこまで考えが至らなかった自分を恥じるようにうつむいた。
 そんな結美の様子に誘われ、柊がぽつりと。
「数少ないはずの、彼の友人のもう一人がこの学校に通っていたりするんだけどね」
 
 そして次の休み時間。
 
「相原っ、相原光一っ、ちょっときなさい」
 ドアを開けるより先に呼びかけたのでは……と思われるタイミングで2年A組の教室に飛び込んできた少女を見て、生徒の何人かが顔をしかめた。
 別に声の大きさが気に障ったわけではなく……ほんの少しばかり後ろ暗い覚えがある生徒達に限ってのこと。
「(鬼の風紀委員だよ…)」
「(相原のやつ、なんかやったのか?)」
 などと、ひそひそと囁き合う生徒とは裏腹に、当の本人であるはずの光一は、のほほんと文庫本を読んでいたりする。
 少女はつかつかと歩み寄り、光一の耳を引っ張り上げた。
「あ・い・は・ら。呼ばれたらちゃんと返事するっ!」
「あれ、栗生。なんかひさしぶり」
 耳を引っ張られたまま、光一がのんきにそんなことを言うモノだから。
「同じ学校に通ってて、久しぶりも何も…」
「ちょっ、ちょっ…耳、取れる」
「それがイヤなら、手に持ってる本おいてついてくるっ!」
 耳をさらに引っ張る……が、本を置いた光一が立ち上がると、すこしばかりユーモラスな光景に様変わりした。
 光一の耳をつかんだ少女、栗生恵(くりゅう・めぐみ)は、声の大きさと勢いとは裏腹に女子の中でも小柄で、身長も菜々とさほど変わらずに149センチで、女子生徒の平均より10センチ近く小さかったりするものだから。
「……くっ」
「手、下ろせば?」
「相原とは鍛え方が違うのよっ」
 と、ピント外れの言葉を返しつつも恵は素直に手を放し。
「柊っ。柊明良!」
「……興奮すると人をフルネームで呼ぶ癖は改めた方がいいと思うよ」
 と、呆れ顔の柊をにらみつけ、恵は声高に。
「アンタも。後で呼ぶからねっ!首を洗って待ってなさい」
 そして、恵に連れられて光一は教室の外へ……2人の後ろ姿が見えなくなって、さらに数秒経ってから男子生徒の一人がぽつりと呟く。
「……小柄で可愛くても、あんな妹は、ぜってぇー欲しくねえ」
 重々しく頷く、男子生徒数名。
「……あ、あの、柊くん?」
「ああ、彼女は風紀委員でね。ほら、校門で良く遅刻する生徒を捕まえたりしてるから、星野さんも見たこと…」
「そ、そうじゃ…なくて」
「同じ中学出身で、相原の数少ない友人のもう一人」
「…え?」
「受け身の達人でありながら、受け身であることに耐えられない難儀なやつでね…」
 と、口調だけは困ったように呟く柊の顔には、面白くなってきたかな……と書かれているように結美には見えた。
 
「で、今日はどうしたの?」
「どっ、どーしたも、こーしたも…」
 あまり人気のない廊下で、恵は固く握りしめた右拳をプルプル震わせながら。
「さっきの騒ぎよ、さっきの」
「……ああ」
 光一はぽんとてをうち、困ったように苦笑を浮かべた。
「菜々がびっくりしちゃってさ」
 恵が疲れた表情を浮かべ、壁に手をつく。
「反省?」
「反省するのはアンタよっ!」
 恵の右拳が光一の鳩尾へ吸い込まれるように。
「……おぉ…ぅ」
 腹部を抱えて悶絶する光一を見下ろし、ため息混じりに呟く恵。
「相原…ちゃんと腹筋とかやってる?」
「た、多少は…というか…今の一撃、腹筋で耐えられるレベル…かなあ」
「武術は生きてる限り勉強だからね…短期間とはいえ、ウチの門下生だったんだから。父さんも、アンタは筋がいいって誉めてたし」
 女子生徒としても体格の劣る恵が鬼の風紀委員として恐れられている理由……それは単純に、腕力というか暴力でこの少女に誰もかなわないからである。
 正義感溢れて堅苦しい……と、大半の生徒から敬遠されていることから想像できるように、入学早々、校舎裏でタバコを吸ってた先輩4名を注意、相手が逆上、恵も逆上、正義の名の下に制裁、後日増人数で仕返し、返り討ち病院送り(本人無傷)……のフルコースで、早々と少女の恐ろしさを全校生徒に知らしめ、現在の状況に。
 父親は名の知れた空手家で空手道場の看板を掲げており、父方の叔父は柔道、母方の祖父が剣道……という格闘一家に生まれ、それぞれから厚く薫陶を受け…以下略。
 一応メインは柔道らしいが、竹刀や木刀などの獲物を持たせたときがもっとも手強い……とは、恵の父親の弁。
「いつまで寝てるの、ほら、シャキッとする」
「お、オス…」
 と、光一が立ち上がる。
「そんなに強いんだから、競技とか、出ればいいのに…」
「武術ってのはいざというときのために学ぶモノなの。スポーツとか競技には興味ないから」
 きっぱりと言い切る言葉通り、恵本人はいわゆるスポーツ武道や、武術競技とは一線を画した立ち位置を守っている。
「うん、でもまあ…オリンピックとかで活躍する栗生を見てみたい気持ちもあるからなあ。素人目に見ても、栗生なら充分勝てそうだ」
「そ、そう…悪いけど、興味ないし。それに、ああいうのには、ああいうのなりの技術ってのがあるのよ。私、そういうのはちょっと…」
 ちょっと照れたように恵が視線を逸らし……当初の目的を思い出したのか、慌ててまっすぐな視線を光一に向けた。
「……相原、この騒ぎがどういう結果をもたらすかちゃんとわかってる?」
「……」
「何よ?」
「いや、騒ぎを引き起こすなって怒られるのかと」
「今怒るぐらいなら、去年……じゃなくて1年の時に怒ってるわよ。正直、あの場限りの騒ぎで終わると思ってたし、相原を怒るのもお門違いな気もしたしね」
 光一には聞こえないぐらいの小さな声で、『柊は別だけど』と続ける。
 どうやら、今回の騒ぎはもとより、前回の騒ぎについてもしっかりと調べがついているようだ。
「で、どういう結果をもたらすんだ?別に俺は、まわりが騒いだって気にしないし」
「アンタはね」
「……」
「でも菜々ちゃんは?」
「……」
「世の中、アンタみたいな人間ばっかりならそんな心配しなくてもいいけど、ひねくれたモノの考え方をする輩は少なくないの。そういう噂が一人歩きすると、当然菜々ちゃんをおかしな目で見る輩も出てくる…」
 そこで一旦言葉を切り、恵は強く唇を噛んだ。
「そっか……ありがとう、栗生」
 恵の左拳が再び……と、これは光一が身体を開いて左手でなんとかさばいたかに見えたのだが。
 恵の左手はするりと光一の左手首に絡みつき、逃れようとする光一の動きを先回りすること7手……光一は右手を背中にねじりあげられる格好で動きを封じられていた。
「……こういうのは得意よね、相原って」
「ウチの母さん看護士で、人間の身体の仕組みとかの本がごろごろしてたからなあ…」
「なるほど……ウチの門下生でも、私相手に7手も組ませる人は数えるほどよ」
 嫌みではなく、心の底から感心したように呟き……恵ははっと思い出したように柳眉を逆立てた。
「じゃなくて、私とアンタは友達でしょ!私は当たり前のことをしてるだけなんだから、お礼なんて言わないで」
 このあたり、恵の反応はやや過剰にすぎるのだが……光一はそれに気づくこともなく。
「ん、わかった……で、どうすればいいと思う?」
「どうすれば…って」
 恵は、光一の手をねじりあげたまま微妙な表情を浮かべ。
「早い話……相原の交友関係が狭すぎるから、変な噂になる…わけで」
「……?」
 門下生がらみを除けば、光一以上に交友関係の狭い自分のことを棚に上げ。
「誰かとどうこうなんて事は言わないけど……その、女子なんかと普通に話したり、遊びに行ったりすればいいんじゃないの?」
「普通…と、言われてもなあ」
 光一本人の認識としては、普通に接しているつもりだし、別に話しかけられば女子とも会話しているはずなのだが。
「きょ、極端な話…こうやって、私と、時々会話するだけでも、大分印象変わるんじゃないかも知れないわよ……というか、相原。アンタ、好きな女の子とか、気になる女の子とかいないの?ほら、中学の時なんか、水澤先輩と…」
「あわせる顔がない」
「え?」
 すっ、とあたりの温度を下げるような光一の口調に驚き、恵は光一の右手を放してしまう。
「これ以上は言いたくない」
 そんな口調は初めて耳にしたから無理もない。いつも穏やかな光一にそんな口調をさせた自分の無神経さを恥じると同時に……どうしようもない悔しさがこみ上げる。
「……ごめんなさい」
 しおらしく頭を下げた恵の表情は光一には見えなかったけれど……泣きそうに歪んでいた。
 
 そのころ、2年A組の教室では。
「あれ、柊は?」
「なんか体調が悪いとか言って、早退したぞ」
 と、一足早く柊が逃亡していた。
 
 そして、3限終了後の休み時間。
 2年A組に……と言うより、相原光一は朝から数えて3人目のお客を迎えることになった。
「あ、あのう…こちらに、相原先輩は…」
 ドアの陰に隠れるようにして、おずおずと切り出す女子生徒……に、先ほどではないモノの視線が集中する。
「ひっ」
 新入生が上級生の教室を訪れるだけでも緊張するというのに、そんな風に視線を集中されて脅えない方がおかしい。(笑)
 ドアの近くにいた女子生徒がとりついで、光一に声をかけた。
「相原くーん、お客様」
「ん?」
 文庫本を読んでいた光一が顔を上げた。
「ん……あぁ」
 立ち上がり、ドア側の少女に向かって歩み寄りながら笑いかける。
「合格おめでとう」
「はい、ありがとうございますっ」
 ぺこりっ、と頭を下げる仕草はやはりどこか体育会系のそれ。
 そんな2人の背後では……光一を良く知る柊が早退したために、あれは一体誰だ?と目線で語り合っていたりする。
 まあ、妹ではないことだけは確かなのだが。
「今日はっ、あの時のお礼にうかがいいました」
「……お礼?」
 何かしたっけ……と、光一が首をひねる。
 他人から受けた親切は忘れないが、自分がした親切はポロポロ忘れる……というか、そもそも無頓着。
 柊なり恵あたりなら、それ以上相手のことを知ろうとしない無関心さがそもそも……などと、語り出すであろう。
「あは……そんな気はしてました。というか、菜々ちゃんから、何も聞いてませんか?」
「あ、菜々にも会った?」
「はいっ、同じクラスなんです」
「そっか、1年A組?」
「はい、学年は違いますが相原先輩も同じA組で、なんだか嬉しいです」
 ちなみに。
 最初のおずおずとしたそれはどこへやら、今の少女の声は少し大きめで、しかもはきはきとしゃべるモノだから、教室内の人間全員が聞くとはなしにそれを聞いていたりする。
 それ故に、『なんだか嬉しいです』という少女の言葉を聞いて、柊の隣の席に座る結美がどこか不安そうな視線を向けた。
「あ、ところで…」
 光一の質問より早く、少女が再びぺこりと頭を下げて。
「私、里仲なるみです」
「里仲さん?」
「なるみ、でいいですから」
「はあ、なるみちゃんで…」
 先ほどの恵の会話に思うところがあったのか、それとも単になるみが人なつっこくするりと光一の懐に飛び込んだのか、はたまた妹の菜々と同じクラスという事実が後押しをしたのか。
 とにもかくにも、なるみはあっさりと光一とお近づきになったのであった。
 そして、それをただ見つめるだけの結美……勇気をふりしぼるのに、もう少し時間なりきっかけが必要な気配である。
 
 季節は春。
 柊とそれ以外の思惑も絡んで、ゆっくりと、しかし確実に光一の周囲は動き始めていた。
 
 ……ちなみに。
 ピンポーン。
「はーい」
 パタパタパタ…と、スリッパで廊下を駆けてくる音。
「どちらさま……あら、恵ちゃん。久しぶりね」
「明良くんが学校を早退したと聞いて、お見舞いにきました」
 と、八百屋で買ったリンゴを差し出しながら。
「まあ、わざわざありがとうね。恵ちゃん、さあ、あがって…」
「はい、失礼します」
 あくまでも礼儀正しく、脱いだ靴もきちんとそろえて……ぱきぱきと手の指を鳴らしながら恵が柊の部屋へと向かったのは夕方の話。
 
 
 
 
 さて、偽チョコもそうだったが、メンツがそろうのはいつになるんだか…。
 

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