・・・お母さんどこ?・・・どうして何も話してくれないの?私もう嫌だよ、こんなことしたくない。
さっきまで自分の手を握りしめていた温かくて大きな手が不意に離され、霞がかっていくように消えてゆく母親の姿。
身体が落下していく感覚。次にやってきたのは耐え難いほどの衝撃。
私は意識を失った。
「ここ、どこ?」
・・・見慣れない風景。それにとても寒い。
「あらあら、どうしたの?」
不安そうな顔できょろきょろと辺りを見回す少女を見て、いかにも人の良さそうなおばあさんが近づいてきて声をかける。
・・・なぜだろう?・・こわい。このおばあさんだけじゃなくてみんなこわい。
少女はおばあさんの横をすり抜けるようにして駆け出した。
良くわからないけどこわい。目に見えるものから逃げ出したい。
ろくに前を見ずに走っていたせいだろうか、少女は顔をかばうこともできずに鼻先から何かにぶつかってしりもちをついた。
「おい、大丈夫か?」
目の前に差し出される手に、少女は身をすくめる。
・・・・この男の子は誰?・・・懐かしいとかじゃないけれど私はこの男の子を知っているような気がする。忘れてはいけない何か・・。
何もかもが恐怖の対象であった少女にとって、この男の子もまた多少なりとはいえ怖いという感情を喚起させる存在ではあったが、見覚えのあるような存在と出会った安心感がそれに勝った。
ほっとすると同時に緊張がゆるむと少女は右手でしっかりと少年の服を掴み、小刻みに身体を震わせながら大きく息を吸い込んだ。
困ったような表情を見せる少年。
「ちょっ、ちょっと泣くなよ。まるで俺が悪いみたいじゃないか。」
私の手をとって走り出す少年。その手は小さかったけれどとても温かかった。
「俺は相沢祐一だ。・・・でお前の名前は?」
「・・・あ・ゆ・・。」
「そうか・・じゃあ名字は?」
・・・名字?名字って何だろう?名前のこと?
「・・・あゆ。」
自信なげに答えると、少年は首を傾げた。
「名前があゆで名字もあゆなのか?お前の両親は凄いセンスをしているな・・。まあ、あゆあゆの責任じゃないけど・・。」
「・・・違う。」
「よし、俺はお前のことあゆあゆと呼ぶ。俺のことは祐一君でかまわないぞ。」
人の話を聞かない祐一にあゆは再び涙を滲ませながら反論する。
「うぐぅ・・・違うよう・・。」
「じゃあ、あゆあゆ。せっかくだから一緒に遊ぼう。」
「祐一君意地悪だよう・・。」
それから毎日のように少年と遊んだ。他に知り合いはいなかったから・・。
毎日が楽しい。でも自分の中にこの楽しさに首を振り続ける自分がいる。喉に刺さった小骨にもどかしさを感じるような感覚、何かを忘れているけれどそれがなんだか思い出せない。
下の方で少年が何かを喋っている。良く聞こえないので私は身を乗り出すようにしたその時。・・・・強い風が吹いた。
・・・祐一君何で泣いてるの? さっきまで2人きりでいたのにいつの間にか赤い服を着た女の子が地面に横たわっていた。そしてそれを空中から見下ろす自分。祐一君はとぎれとぎれに、落ちたと呟いている。
・・・私なら空を飛べるから平気だよ。・・・祐一君は飛べないの?
私の背中の羽がはためいている。
さっきからぴくりとも動かない女の子の背中にも羽があるのに、そう言えば祐一君の背中には羽がない・・。
・・・人間?
人間は怖い。
人間は私達を忌み嫌う。
次々と頭の中に浮かんでくる呪文の詠唱のような繰り返し。
・・・違うよ、祐一君は意地悪だけど優しいよ。
突如耐え難いほどの頭痛に襲われ、少女は意識を失った。
探し物。
私には何か探し物があった。
でも私はあれからずっと違うものを探し続けていた。
・・・祐一君どこ?どこにいるの?
自分に会いに来てくれない少年。
・・都合が良ければ遊んでくれるって言ったのに、こんなに都合が悪いなんて変だよ。
いつの間にか雪が舞う季節になっていた。・・・七度目の冬が訪れていた。
風が雲を運び、雲は雪を降らせ・・・・・・雪は彼を再びこの地へと誘ってくれた。
祐一君はあの時よりずっと大きくなって、私のことを忘れているようだけど許してあげようと思う。
少なくともあの時の自分を彼は救ってくれたのだから・・・。
祐一だけを探して過ごした日々。
祐一と再会を果たしたときから少しずつ戻っていく記憶。
1つだけはっきりとしていること。・・・祐一とは一緒にはいられないということ。
「どうしたあゆ。・・・元気がないな。」
「探し物が見つかったんだよ。」
・・・探し物が見つかってしまったから・・・。
「普通、探していたものが見つかると嬉しいものじゃないのか?」
「この街を離れなきゃいけなくなったんだよ・・・。」
・・・探し物が見つかったから、キミとは会えなくなる。
「運が良ければまたどこかで会えるさ、そんなもんだよ。」
「・・・多分、祐一君の方が私に会いたくないと思うようになるよ・・・。」
ボクはキミの大切な人の・・・
「祐一君。さよならだよ・・・。」
あゆの背中の羽がぱたぱたと蠢いた。
祐一はやっと何かに気が付いたようだった。そう、私はリュックなんか背負っていなかったんだよ。
羽は脈動するたびに少しづつ大きくなっていき、黒く染まっていった。
まがまがしさの象徴とされる闇の色ははっとするほど美しかった。
祐一君の視線が少しづつあがっていく。祐一君の瞳には驚きの色があるものの嫌悪や恐怖といったものからは無縁だった。
・・・優しいね。キミがそんなだから本当はこの仕事はやりたくないんだ・・。
「祐一君、さよならだよ。」
再び繰り返される言葉は祐一にではなく自分自身を納得させるための言葉。
夕焼けの赤を闇色の羽が切り裂いてゆく。
数日後、彼は全てを悟るだろう。そしてある感情に気が付くだろう。
人間の持つ黒い波動・・・・憎しみ。それを知った瞬間キミはボクの知らないキミになって・・・・・・。ボクは自分が何のために生まれてきたかは知らないけど、人間にどう呼ばれているかは知っているよ。
天使でありながら死を司り、人間の黒い波動、憎悪を一身に浴びることで黒い羽であることを余儀なくされた一族。・・・・死神。
夕日の中にあゆの後ろ姿が消えてしまってから祐一は足下に視線を落とした。白い雪の上にぽつんと黒い染み。祐一は足下の黒い羽を拾い上げた。
目の前をよぎる白いもの。
雲もないのに雪が舞い始めていた。
鉛色の空。・・・・遠い記憶。
街は白い衣装を脱ぎ捨て、春の訪れを素直に喜んでいるようだった。
・・・・助かるはずのない命。・・・・あゆ、お前はおっちょこちょいだからな。
祐一は大事にしまって置いた羽を取り出した。
鮮やかな光沢をした闇の色。祐一は美しい色だと思う。
開け放した窓から入ってきた風がカーテンを揺らした。
・・・本当はお前が助けてくれたんだろ・・・。あゆ、ありがとう。
祐一は指先でもてあそんでいた羽に視線を落とし、目を見開いた。
根本の方から音もなく浸食していく白い色。やがて純白の羽となってしまったそれを持ったまま祐一はバルコニーへと出て空を見上げた。
「ありがとう、あゆあゆ。」
・・・うぐぅ。祐一君意地悪だよう。・・
風に乗ってあゆのそんな声を聞いたような気がした。
いやあ、あゆをクリアするまでてっきりこうだと思ってましたよ。(笑)ちょうどプレイした時期にこういうお話を考えていたことも重なってすっかり騙されました。助かったのが誰かというのはそれぞれの好みで決めて下さいったって3択じゃん。(笑)
まあ、約一名意味不明な設定のキャラがいますが『カノン』はなかなか良くできたゲームですね。私のお気に入りのシナリオは真琴ですけど。なんかアルジャーノンとかアルジャーノンとかアルジャーノンとかいう声もありますがいいじゃん別に。まあ、栞も悪くないけど(基本的に死ぬお話大好き)バッドエンドの方が格好いいからなあ。・・・負けの美学というかなんというか。(笑)でもお気に入りのキャラは秋子さんと香理と天野です。・・・全員脇役かい!このうち天野のお話は頭の中でできあがっているので機会さえあれば書くでしょう。
良く見直してみると自分ながらこのお話突っ込みどころ満載の文章ですね。『ONE』程じゃありませんが。最初私は人間世界のあゆも存在すると思ってたので・・・。まあ、細かい突っ込みは抜きにしていただきたい。
しかし、気懸かりなことが1つ。栞の病気って何なんでしょう?死に瀕した患者が一日出歩くのはまあ、消える間際のろうそくの法則とか、不思議なことに今日は羽が生えたように身体が軽いの現象とかで説明できますが、(笑)一週間?謎だ。
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