ピアはこのプエルコルダンの村のことが嫌いではない。
 ただ、自分という存在の時間の流れと、この村の時間の流れが合わないということを小さな頃から感づいていただけだった。
 村の穏やかな流れに合わない人間は、決まって村を出ていく。
 だからピアには分かっていた。
 自分は、いつかこの村を出ていくのだと……
 
「何よフォルカー、またぶらぶらしてるの?」
「風来坊だからね、ま、夏の間だけさ……」
「あっそ……アンタが来ると、夏が来たって気がするわ」
「今年は、俺だけじゃないみたいらしいが…」
「ふーん、ま、アタシには関係ない話だけど…じゃあね」
 ウクレレを抱えたフォルカーに手を振り、ピアは村の中央へと続く道を歩いていった。
 ピアがフォルカーを初めて見たのは5年ほど前のことだった。あの時からフォルカーの時の流れは止まったまま……多分、止めたままにしているのだろうとピアは思っている。
 あれこれと干渉したがる村人の中で、フォルカーはピアの時間の流れに干渉するところがないから会話する気になれる。
 後は一緒に住んでいるセラヴィと……買い物をするにあたっての会話ぐらい。
「さて、魔法の材料になりそうなの入荷してるのかしら…?」
 盗賊によって商用ルートが荒らされているとかで、最近は商品の流通が良くない。ここ数ヶ月間というもの、ピアの買い物はほとんどはずればっかりだった。
 とててて……
 前方から少年がやってくる。
「…まったくこの村の人間はどうしてこんなにとろとろしてる……?」
 ピアの足が止まった。
 あまりにこの村の風景に馴染んでいたので、勘違いしていたらしい。はっきり言って、見覚えのない少年だった。
「誰、アンタ?」
 少年は立ち止まり、きょとんとした表情でピアの方を振り向いた。反応の鈍さがピアをいらだたせる。
「え、僕?……僕はマリアねーさんの……」
「あーもう、じれったいわね!アンタなんてぼけなすでじゅーぶんだわ!わかった?ぼけなす!」
「え?」
 一気にまくし立てられ、少年は呆気にとられているようだった。その態度があまりに神経に障ったので、いっそのこと魔法の実験台にしてやろうかと思ったが、さすがにやめておいた。
「フン、ぼけなす…」
 そう言い捨てると、何故か気分が良くなった。
 少年の視線を背中に感じながらピアは買い物へと向かい、雑貨屋のホロホロでいろいろと材料を物色し始めた。
「……だめね」
 ピアの呟きに気が付いたのか、シノーラは編み物の手を休めて顔を上げた。
「ごめんね、流通がとまっちゃってるんだよ」
「気にしないで……あまり期待してなかったから」
 肩をすくめて首を振る。
「ま、いいわ。また来るから…」
 ホロホロと同様に、ルッテンでもいい品は見つからなかった。
 ただ、ピンクのリュックが売れてないのを確認できたので、それはそれでかまわない。買い物と言っても、狭い村だけに後はパン屋のコロッセルと宿屋しかない。
「さて、明日のゴハンは……」
 カランカラン……
 パン屋コロッセルのドアをくぐった瞬間、何かとぶつかった。さすがに予期していなかった事なので、思わず尻餅をついてしまう。
「もう、誰よ!」
「あ、ゴメン」
 ピアと同じように尻餅をついているのは……
「ぼけなす!あんたってやっぱりぼけなすだわ!」
「あら、ピア…どうしたの?」
「あ、マリアさん。どうしたもこうしたも、このぼけなすが……」
「ぼけなす……」
 マリアはコクンと首を傾げ、少年を見た。
「……ぷっ」
「ひどいや、ねーさん」
 思わずふき出してしまったマリアに、少年は立ち上がった。それを見てピアも同じように立ち上がる。
「ごめんね、ジャン」
「何、ぼけなすってマリアさんの親戚かなんかなの?」
「いとこなの……ねえ、ピア…ぼけなすってもう少し可愛い呼び方にならない?」
 にっこりと笑ったマリアにつられて、ピアはジャンという名前らしい少年をじろじろと見た。そして小さく頷く。
「…やっぱり、ぼけなすでじゅーぶんだわ」
「そう、じゃあ、仕方ないわね」
 うんうん、わかるわかるという風にピアとマリアはお互いに頷き合う。
「ぼ、僕の意志っていったい…?」
「うるさいわね!ぼけなすはぼけなすらしく黙ってなさい」
「くすくす…もう、ピアのお尻にしかれちゃってるの?」
 などと愉快な会話がコロッセルで展開されたのは、ピアが14歳になったばかりの、暑い夏の日の事だった。
 
「薬草を混ぜるときは、もっと細かく刻んでからじゃ……」
「もう!わかってるわよ、そんなこと…」
 ピアは口を尖らせ、祖母のセラヴィに対して当て付けるように、しびれ草とオニワライを必要以上に細かく刻んだ。そしてすり鉢に入れてゴリゴリとすりつぶしていく。
 後はブックルの実を少量混ぜてやれば滋養の薬が出来上がる……はず。
「魔法ばかり練習すればいいというものでも……」
 かつて王国で一、二を争ったと言われる魔法使い(?)がこの小さな村で生活をしており、その1人であるセラヴィが自分の祖母であることが幸運なのか不運なのかはわからない。
 セラヴィは、ピアが魔法の実技を好んでいると思っているようだった。しかし、それは半分は当たりで半分は間違っていた。
 ピアが好きなのは、魔法が成功するときに感じる自然と自分が一体化したような感覚であり、別に魔法そのものが好きというわけではない。
 時の流れがゆっくりということは、変化を認めないということに等しいとピアは思う。
 無論そんなことはないのだが、ピアにすればこの村の変化は世代を越えてやっと目に見えてくるような穏やかな変化としか思えなかった。
 そんな流れにやりきれなくなると、ピアは決まってポツの孤島に足を運ぶ。
 1人になれる場所……と言うよりは、風の強い場所。
 潮の香りを含んだ風を受けながら、ピアは目をしっかりと開いて海を眺める。
 今、村の外は激動の時代を迎えつつある。
 帝国がどうとか、王国がどうとか言うつもりはなく、ピアはただ何が起こっているのかから目を背けたくないだけだった。
 いくらこの村の風が穏やかであろうとも、外から吹き込む風は強く激しい。今、ピアが受け止めている潮風のように……
 ガサッ。
「だっ、誰ッ?」
「ふー、ひどいやピア。パンを注文しておいてこんな所にいるなんて……」
 村の中を散々探し回ったのか、額の汗をタオルで拭うジャンの背中には、ちゃっかりと果物や木の実を背負っている。
「……とりあえず、これ。注文のアンズクロワッサンだよ…」
「あ、ありがと……今度はもっと早く持ってきなさい、ぼけなす」
 差し出されたパンを素っ気なく受け取りながら悪態を付く。
 そんなピアの髪が潮風に揺れるのを見ながら、どことなく不自然な笑みを浮かべるジャンが気になってピアは再び口を開いた。
「何よ…?」
「あ、あはは……実は帰り道がわからないんだ。……ねーさんに頼まれた仕事は終わったから、ピアの気がすんだら帰り道を教えて欲しいなーなんて…」
「壁に右手をつけたまま進みなさいよ……しばらく歩けば、アタシの家の地下に出るから……」
「あ、そうなんだ……良かった」
 心底安心したように胸をなで下ろすジャンを見て、ピアは呆れたように呟く。
「アタシがここにいなかったらどうするつもりだったのよ?」
「そりゃあ…その時はその時だよ!」
「アンタ……ぼけなす以下ね……ぼけなすって呼んで貰えてアタシに感謝しなさい」
 ピアは勢いよく立ち上がり、ジャンの側をすり抜けるようにして洞窟へと向かう。
 何やらこの少年と話していると、自分までもが穏やかな流れの中に取り込まれるような気がして少し不愉快だったせいもあった。
 
「注文のパンだよ、ピア」
「……ありがと」
 勉強の手を休めて、とりあえずジャンからパンを受け取った。少年の額にはられた絆創膏がどことなく痛々しい。
 ピアはなんとはなしの不快感を覚えながら、昨日見た光景を思い出す。
 
『きゃぁーっ!ジャン君、逃げてーっ!』
 木々の間をぬうようにして飛ぶほうきが疲れの見えてきたジャンの背中にルフィーごと突進する。
『ご、ごめんね、ジャン君……なぜだか知らないけど、ほうきがジャン君のことを追いかけちゃうの』
 
「ピア…?」
「……えっ、あ、ああ…最近は早いじゃない」
「だって、ピアってば午後になるとどこに行くかわからないから……」
「ふん、お互い様でしょ…」
「え?」
「な、何でもないわよ!」
 自分の行動がそれなりに把握されてるということと、散歩の時間は無意識にジャンの姿を追っている自分の状態が少しだけ気恥ずかしい。
「ふん。ぼけなすは、ぼけなすなりに頑張ってるようね……でも、どこかのお馬鹿さんみたいに頑張るだけじゃな駄目なのよ、わかる?」
「え?」
「いくら努力しても、それが結果に現れない限り駄目なの。全然駄目!」
「そ、そうなんだ…」
 曖昧に同意の意を示しながらも、ジャンは完全に腰が引けている。何のことかわかっていない可能性が高そうだった。
「……」
 そしてピアもどうやら自分の言わんとするところが伝わっていない事に気付いたのか、ジャンの視線に対してそっぽを向いた。
「……お馬鹿さんの練習につき合って怪我するなんて馬鹿馬鹿しいでしょ?」
「え?」
「だーかーらっ、いつまで経っても満足に飛べないルフィーの練習につき合うことなんか無いって言ってるの!」
「え、あ…でも」
 同世代の少年達のように遊ぶこともせず、ひたすらパンを配達して材料採集にかけずり回る忙しい身でありながら、何故よりによってお馬鹿さんを相手に時間を割くのか。
「ほら、キリキリ働きなさいよ、まだ仕事は終わってないんでしょ!」
「は、はいぃ…」
 脱兎のごとく飛び出していくジャンの後ろ姿を見送り……ピアは何となく頬のあたりが突っ張る様な感覚を覚えて、ぺしぺしと手のひらで頬を叩いてみる。
「……?」
 微妙な違和感が収まらない。
 しばらくそうしていると、地下で用事があると席を外していた祖母のセラヴィが戻ってきてピアを見るなり口を開く。
「……何にやついておる、勉強はすんだのかい?」
「え?」
 自分の頬に手のひらをあてたまま、ピアは慌てて姿見に視線を向けた。
 鏡に映った不器用な笑みに頬が熱くなるのを感じる。
「ア、アタシ…別に、にやついてなんか…」
 眼鏡のレンズの奥に光るセラヴィの視線が、やけに気にかかって仕方がない。
「誰か来とったのかの?」
「だ、誰も来てないわよ!」
「やれやれ、気むずかしい年頃じゃの……って、ピア!どこに行くんじゃ?」
 困ったような、それでいて安心したようなセラヴィの呟きから逃げ出すように、ピアは家の地下へとかけ降りていった。
 そして、そのままポツの孤島へ……
 潮風を受けながら何度か頬を叩いたせいか、ピアの頬はほんのりと赤い。風で波立つ水面ではそれを確かめる事もできないため自分ではわからないのだが。
「何やってんだろ、アタシ……」
 水没した遺跡の石段に腰掛けたまま、さっき配達されたばかりのパンを少しだけちぎって口に放り込む。焼きたての熱が残っているのか、それともただの感傷なのかはわからないがほんのりと温かい味がする。
 沖合いに浮かぶ入道雲とは別の、ぽつんと浮かんだ小さな雲が風にながされて頭上を通過していくのを見て、ピアはもう一片パンをちぎって口の中に放り込んだ。
 そしてまた1つ、風にながされた雲がピアの頭の上を通り過ぎていく。
 そんな風にちびりちびりとパンを食べ終えた頃には太陽は中天を過ぎ、ピア曰く『お馬鹿さんの練習時間』がきている。
「フン。ぼけなすとルフィーなら良いコンビ……」
 実際に口に出してみると、不思議なぐらい心がざわついた。
 それと同時に、ピアの目に映る波が少し高くなった。
「……?」
 ふと自分の右手を見つめてしまう。
 何か変だった。
 
「ねえ、ピア」
「あっ、な、何よ、ぼけなす……このピア様を呼び止めるからにはそれ相応の覚悟はできてるんでしょうね?ま、少しぐらいなら時間を割いてあげなくもないけど…」
 何故かジャンの顔を正視することができない。
「ブックルの実がとれる場所知らない?」
「ブックルの実ぃ?アンタ…あんな苦いの食べるの?」
「いや、僕じゃなくてシンシアが……」
「シンシアぁ?」
「ピア…?」
「フンッ!アタシん家の南の林の中に群生地があるわ……誰かさんのために好きなだけ取ってきなさいよ」
 つんっと視線を逸らし、腕組みしたままピアは吐き捨てた。
「ありがと、ピア。じゃあ、行ってくるね……」
「……」
 走り去っていくジャンの姿に目もくれないピア。
 そんなピアの背後からぬっとセラヴィが現れて呟いた。
「ああいう働き者を婿に取ると、一生楽ができるぞえ……」
「む、婿ぉっ!?」
 ピアの顔が真っ赤になる。
「は、満更でもなさそうじゃないかえ……」
「な、何言ってるのよおばあちゃん。ぼけなすはそんなんじゃ……」
「……しかし、大丈夫かのう?南の林の奥にはデカブツがいるからのう……何事もなければ良いのだが……のう、ピア?」
「し、知らないわよ……大体鼻の下伸ばしてるぼけなすが悪いんじゃない!」
「やれやれ……困った孫じゃな」
 セラヴィは肩をすくめ……そして聞こえよがしに再び呟いた。
「何もなければいいのじゃが……」
「わかったわよ!行けばいいんでしょ、行けば!」
「おうおう、優しい子じゃのう、ピアは……」
「いい、おばあちゃんが行けって言うから行くんだからね!」
「……こうしてる間にもデカブツがジャンを(笑)」
「ぼけなすが心配で行くんじゃないからね!絶対違うからね!」
 遠ざかっていく孫の姿を見送りながら、セラヴィは小さく咳をした。
「……素直じゃないのう。しかし、デカブツか……今のピアなら問題あるまい。ジャンも逃げ足は異常に速そうじゃし」
 
「ぼけなす、返事しなさいよ、ぼけなすってば!」
 ピアの声はただ潮風に吹き流されていくばかり。
「そうだ、こんな時はぼけなすがどのあたりにいるかを魔法で……」
 ピアは両手を胸の前にかざして精神集中を……集中……できない。(笑)
「あーいらいらする!」
 ピアはいらただしげに右手で木の枝を払った。
 ガサガサッ……
「ぼけなす!?」
 デカブツだった。
「な、何でこんなとこまでデカブツが……?」
 このあたりは本来デカブツがうろつく範囲ではない。
 だとすると、何かを追いかけてここまでやってきた可能性が強いわけで……
「ピアっ!」
 風のように現れたジャンは、ピアの身体を抱えて走り出した。さすがに毎日重い荷物を抱えて走り回っていただけに、体力が人間離れしている。
「ちょ、ちょっと、降ろしてよ、ぼけなす!」
「大丈夫、ピアは軽いから!」
「あ、当たり前じゃないの……ってそうじゃなくて!」
 ジャンはデカブツから逃げ回りながらも、目に付いた果物を収穫して回る余裕を見せている。
「ぼけなすっ!どこ触ってるのよ!」
「ごめん、わざとじゃないんだ!ところで、このあたりでとれる木の実って他に何があるの?」
「あ、アンタねえ!」
「どうせだからピアの用事もすませていこうよ……何か用事があったんでしょ?」
「アンタ、状況わかってる?」
「うーん、ちょっと疲れてきちゃった…」
「ちょっと、しっかりしなさいよぼけなす!」
 いらいらした感情がピアの中でどんどんと高まっていくと共に、これまでとは比べものにならないぐらいの魔力が身体の中を駆けめぐるのを感じた。
「……ピア、何か重くなってきたんだけど?」
「な、なんですって!」
「ガァーッ!」
 ピアの放出した魔力に撃たれ、デカブツが林の奥へと逃げ帰っていく。
「あ、あれ?」
「いやあ、助かった……」
 額の汗を拭い、ようやく走る速度を落としたジャンをピアは怒鳴りつけた。
「何が助かったよ!アンタ最初っから全然余裕だったじゃない!」
「そんなことないよ?」
「心配したアタシが馬鹿みたいじゃない!」
「え、心配してくれたんだ…嬉しいな」
「な、何馬鹿なこと言ってるのよ!」
 などと言い合いながら、ジャンとピアは家の前までやってきた。
「おや、無事だったかの?」
「あ、セラヴィさん…ピアったら凄いんですよ。デカブツを魔法で追い払ったんですから」
「フン、今この孫は攻撃魔法の威力が桁外れじゃからの……そのかわりそれ以外はからっきしじゃが」
「……なんで?」
「さあ……ババにもわからぬ事はあるからの」
 わかりやすい嘘だった。
 
 まだまだ暑い日は続いていたが、プエルコルダンの村人は海からの風の変化で夏の終わりを知る。
「じゃ、ピア。また注文してね……」
 パンを手渡しそのまま走り去っていこうとしたジャンを呼び止め、ピアはその手にメモを手渡した。
「ちょっと、ぼけなす……この材料集めてちょうだい?」
「え、しびれ草に……」
「いちいち口に出して読むんじゃないの!」
「うん、このぐらいなら今日中には……」
「……お願いね、待ってるから」
 態度こそきついが、口調はどこか柔らかい。
 そんな孫を、セラヴィはお茶をすすりながら黙ってみているだけだ。
「……何よ、おばあちゃん?勉強の続きは?」
 ジャンがいなくなり、ピアは背後に控える祖母を振り返る。
「……毎日パンばっかり注文しおってからに」
「うるさいわね!アタシ、パンが好きなのよ。毎日毎日むしゃむしゃ食べたいのよ、文句ある!?」
「ま……ババにも娘の時代はあったからの」
 セラヴィはおっくうそうに呟き、そして遠い目をした。
「歳を取ると、いや……歳を取らないといろんなことが見えないのかね。難儀なことには違いない……」
 そしてセラヴィはピアに背を向け、地下に続く階段に向かって歩き始めた。
「おばあちゃん…?」
「……今日はもうかまわんよ。惚れ薬でも何でも調合するがいいさ」
 そう言い捨て、セラヴィは老人とは思えぬ素早さで地下へと避難した。恋する少女には……ましてやそれが魔法の素質を持っている少女なら触らぬに越したことはない。
 そして日が沈みかけた頃、ジャンは再びピアの家を訪れた。
「ピア、取ってきたよ……」
「見せて……っと、そこで待ってなさいぼけなす」
 ジャンの持ってきた材料をすり鉢で丁寧に潰してから、グラグラと沸き立つ鍋の中へと落とし込んだ。
 そうして30分、借りてきた猫のように大人しく見守っていたジャンが痺れを切らしたように立ち上がった瞬間、ピアは声を上げた。
「できた!」
「あ、そうなの…」
 鍋から一すくいカップに取り、それをジャンの口元に突きつける。
「飲みなさい!」
「え?……何これ?」
「………………滋養薬」
「別に疲れてはいないけど……?」
「身体ってのは、気が付かないところで疲れてるモノなの!ごちゃごちゃ言わないで、とっとと飲みなさいぼけなす!」
「ピアがそう言うなら……」
 どろっとした液体をジャンは一気に飲み干した。
「飲んだ?飲んだわね?」
「あ、結構おいしい……」
「味はどうでもいいの!……で、何か感じたりしない?」
「何かって……?」
 ピアの顔が赤くなる。
「きょ、今日のアタシは綺麗に見えたりとか……」
「いつも通りだけど……?」
 ピアは無言でジャンの頭をつかんで、激しく揺さぶった。薬の効き目が遅い人間にたいしてはこうして効きを良くするのだ。(笑)
「これで、どう?」
「な、なんか頭がクラクラする……」
「クラクラ?それ、それよ!」
「あ、落ち着いてきた…」
「なんで?」
 ピアは自分でもその液体を飲み、ジャンの顔を見た。
「……どうして?」
「ピア…?」
「どうして失敗なんかしちゃうのよ……」
「ピア、ほら、元気出たよ、ほら、ほら!」
 ジャンは慌てて部屋中を駆け回り、力コブまでつくって見せたがピアが納得するはずもない。床にぺたっと座り込んだピアを前に、ジャンはどうすればいいのやらってな感じで狼狽えるだけである。
 
「ピア?お見舞いに来たよ!」
「……会わんのか?」
「会いたくない……どうせ明日の朝には帰っちゃうんだもの」
「……強情じゃの、この孫は」
 セラヴィはため息混じりに呟いた。
 ま、確かに病気には違いない。
 祖母の出ていった部屋の中で1人、ピアは膝を抱えてうずくまっていた。
 いつかこの村を出ていくつもりで、今もその気持ちに変わりはない。しかし、ジャンと自分との接点はこの村にしかない以上……
「ムシのいい話よね……」
 時代の流れに逆らいがたいように、自分の心の中の流れに逆らうこともまた難しい。
 この村を出たいということとジャンと一緒にいたいということ。
 そんなムシのいい話を薬の力でどうにかしようと思うこと……多分、それは自然ではないこと。
 ピアの好きな自然との一体化、魔法の教えに逆らうことでもある。
「……失敗して良かったのかも知れない」
 そう呟くと、身体全体を覆っていた罪悪感が取り払われたような気がした。心が軽くなる。
 同時に、会いたいという願いは切実になった。
「……帰ったぞ」
「おばあちゃん、アタシちょっと出かけてくるね」
「好きにするんだね…」
 慌ただしげに出ていった孫の後ろ姿を見送り、セラヴィは目尻に皺を浮かべて微笑んだ。
「……元々自分に惚れている男に惚れ薬を飲ませて……出来の悪い孫じゃて」
 台詞とは裏腹に、セラヴィの表情は満足そうだ。
「あの赤ん坊がのう……ババのような老人にとって、速すぎる時の流れじゃの」
 
 
                      完
 
 
 ……いつまで経ってもピアだけがクリアできなかったり。(笑)
 だもんで、どうしてもこのゲームの中でのピアというキャラを構成する根っこの部分が理解できないんですよね。だから明確なオチが付けられない。
 ……言い訳じゃなくて。ホントに。(笑)
 旅の作家さんとピアのイベントをはじめとして、高任の中でピアの出生が明らかになってないのでどうしても人物の輪郭を描き出すことが困難です。
 単なる思いこみでも何でも、キャラの輪郭を決定づける情報を得られないままSSに着手するってのはなかなか難しいものです。
 高任の場合その傾向が特に強いので、いつもいつもパロディは他人に何歩も遅れて手がけてしまうんですが……このゲームは際だってます。(笑)
 
 ……午前中、橋のたもとに逆方向からやってきたらエンディングに向けてのイベントが起こる筈じゃないのかなあ?何回条件をクリアしてもおきないっすよ。(涙)

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