「孝之……」
「ん、どうした、慎二?」
 木の幹にもたれたまま慎二を見る。
「俺達一応受験生なんだけど……いいのかね、こんなことしてて?」
「勉強はいつでもできるけど、こうやって受業をサボるのは今しかできないだろ……つーか、ここに来てつまんない話するなよ」
「まあ……な」
 慎二は口元に笑みを浮かべ、眼下に広がる景色に目を向けた。
 なだらかな丘陵を切り開いて建てられた一大学園都市……は、少し言い過ぎか。まあ、大きいことは間違いがないんだが。
 街を一望できるそんな学園の敷地の裏に、小さな高台がある。
 夏の陽射しを遮る木陰もあるし……とにかく、いい場所だ。俺のお気に入りの場所であり……学校をサボって遊びに行くのでなければ、大概はここにいた。
 空に一番近い場所……俺は、この場所が与えてくれる開放感が好きだった。
「……そろそろホームルームの時間かな?」
「大丈夫、俺達がここにいることを知っている奴なんて……」
 殺気!
 慌てて身を翻した俺の頬をかすめ、古びたソフトボールが木の幹に弾かれて草の上に転げた。
「……チッ、いい勘してるわね」
「殺す気かっ!」
 茂みから姿を現したのは女。
 髪を後ろでまとめているくせに、その先端は腰まで届く……まるで妖怪を思わせるような長く美しい髪と、勝ち気そうな瞳が印象的だ。
「速瀬……頼むから、そういう攻撃は孝之だけにしてくれよ」
「当たり前でしょう、私だって人を殺したくなんかないもん」
 やはり殺す気だったか……恐ろしい女だ。
「まったく、受業サボってこんな所で……委員長ったら、とばっちりくって探してるのよ?」
「義務教育の中学生ならいざ知らず、自分の行動がどういう意味を持ち、またその結果を予測した上での行動であるならば他人にどうこういわれる筋合いはないと思うんだが」
「……まあ一理あるけど、ここは私立校なのよね」
「…と言うと?」
「入学した時点で、各生徒には最低限の義務が課せられるって事よ」
「本気で言ってるなら、おまえ、つまんない女だな」
 速瀬は足下のボールを拾い上げ、ゆっくりとしたモーションで俺に向かって全力で投げつけた。
「おわあっ!」
「……この近距離でも避けられるとは」
「お、お前本当は水泳じゃなくてソフトボールの選手として実業団に誘われてるんじゃないだろうな!?」
「何よ?私の華麗な泳ぎを見たことないの?」
 少し不服そうに唇を尖らせる……それがたった今、俺を殺そうとした態度か?
「つーか、お前の豪腕ぶりは今見せてもらった……」
 ふと、俺の視界内に慎二の姿がないことに気付く。
「……慎二?」
「何?話を逸らそうと……」
 俺と速瀬の視線が、木の側に倒れて下半身を痙攣させている慎二に注がれた。
「慎二、慎二っ!」
「え、うそ、やだっ?」
 俺と速瀬は慎二の身体を担ぎ上げ、慌てて保健室へと急行した。
 
「……死んだ婆ちゃんに会ってきた」
 どことなくうつろな瞳をした慎二が保健室の天井を見上げながら呟くのを見て、俺は速瀬を見ながら、ぽつりと呟く。
「……恐ろしい女だ」
「何よ、私のせいだって言いたいの?」
「俺が計算するに82%ぐらいはお前のせいだ!」
「グッ……じゃあ、残りは?」
「もちろん避けられなかった慎二のせいに決まっている」
 投げつけられた携帯を首の動きだけでかわし、一応受け止めてやる。
「……お前って、結構衝動的に生きてるだろ」
「返しなさいよ」
「……速瀬」
 地獄の底から甦ってきたとは思えない慎二の声を聞き、速瀬は慌ててそちらを振り返る。
「あ、ご、ごめんね平君」
「いや、いいんだけど……もう水泳部の練習時間だろ、行って来いよ」
 爽やかな笑みを浮かべ、時計を指し示す慎二に俺は大いに感心した。
「え、でも……」
「大丈夫だって、慎二なら俺が見てるから…」
「う、うん…」
 やはり気になるのか、こちらを振り返る。
「いーんだよ、俺達は怪我には慣れっこだから」
「最近はおとなしくしてたけどね」
 そう言って、慎二が茶目っ気たっぷりに片目をつぶる。
「……?」
 少し首を傾げる速瀬……まあ、速瀬は3年生になってからのつきあいだから無理もないか。
「じゃ、じゃあ……本当にゴメンね」
 速瀬が保健室を出ていった後、俺は何気なく慎二の方を振り向いた。
「最近はおとなしくしてた……か。そういや、二人で最後に暴れたのっていつだったっけ?」
「ほら、二年前の夏祭りの日……」
「ああ、あれか……でもあれは、暴れたって言うか正義の味方だっただろう?」
「あんな正義の味方があるかよ……それに、暴れたのは孝之がほとんどじゃねえか」
 男同士で寂しく夏祭りを満喫していた鬱憤を、無茶なナンパをしていた連中にぶつけたというか何というか……って、正義でも何でもないか。
「まあ、1人暮らしを始めたばっかりだったから……いろいろとな」
「あの頃の孝之は弾けてたからな…」
「悪かったよ、つき合わせて」
「いや、まあそれなりに楽しかったし」
 そう言って笑う慎二を見て、しみじみと思った。
 こいつに出会えただけでも、俺の高校生活には意味があったと。
「にしても孝之……最近のお前はちょっと枯れすぎだろ」
「そうか?」
「あの頃みたいに弾けろとは言わないが……なんか、やりたいこととか無いのか?」
「特にないな」
「おいおい……」
 慎二が苦笑する。
 6月頭の進路相談で、教師を鼻白ませたのと全く同じ回答。
 教師の使う言葉の『やりたいこと』が『実際に可能なこと』という内容にすりかわっている時点で、進路相談などただの自慰行為にすぎない。
 自分の受け持ちの生徒をどれだけ大学にやって……なんつー、教師の点数稼ぎに手を貸してやるいわれなど無いわけで。
「慎二は?」
「俺はとりあえず大学にいってだな……可愛い彼女をつくって楽しげなキャンパスライフをおくるつもりだ」
「……別に今から作ればいいじゃねえか」
「気軽に言うなよ…って、孝之は彼女とか欲しくねえの?」
「……なんか、めんどくさそー」
「それは絶対に普通の高3男子の感性じゃないぞきっと…」
「そうですよねえ…」
「だろ?そらみろ孝之、この娘もそう…」
「……」
「……」
 いかん、男同士だというのに言葉もなく見つめ合ってしまった。
「……って、誰よ君?」
 ベッドの脇の小さな丸椅子に腰掛けた少女が、きょとんとした表情でこちらを見つめている。
 腰の強そうな髪をカエルの髪飾りで左右にちょこんとまとめ、薄いオレンジのプラスティックフレームの眼鏡によって明るいイメージを見る者に伝えてくる。
「通りすがりの保健委員です」
 少女はそう言ってにこっと笑い、
「マナマナって呼んでください」
「……それは、キャラが違いすぎるだろう」
「何か言ったか慎二?」
「いや、一応ツッこむだけはツッこまないとな」
 慎二はこめかみのあたりを指で押さえ、しきりと首を振っていた。
「じゃあ、マナマナ」
「……」
 少女は驚いたようにこちらを見つめ、そして口を開いた。
「随分と強者ですね、先輩」
「ああ、たまに言われる」
 少女は小さくため息をつき、あらためて小さく頭を下げた。
「私、一年生の穂村愛美です」
「えーと、俺は…」
「三年の鳴海孝之さんに、そのお友達の平慎二さんですよね」
 得意げににこっと笑う後輩に向かって、俺もまた小さく頭を下げた。
「ああ、よろしく」
「……」
「どうしたの?」
「いえ、普通…『さてはお前ストーカーだな!』とか思ったりしません?」
「その反応が普通かどうか良くわからんが、君が少し変な人ってのは分かる」
「鳴海先輩に言われるとちょっとショックです…」
「慎二」
「何だよ?」
「今、俺の自己確立を揺るがす発言がさらりとこぼれてきたんだがどう思う?」
「それはごくまっとうな評価だ、孝之」
「平先輩、類友って言葉知ってますか?」
「ぶっふ…」
 今度は慎二の自己確立をさらりとぐらつかせる……なかなかの剛の者。
 俺は観念し、あらためて言った。
「何故、俺達の名前を?」
「1番、頭がいい…2番、運動ができる…3番、格好良い…4番、変な人……後輩の間で有名になる先輩の特徴といえば大体この4つですけど、どれだと思います?」
「ごめん、俺が悪かったからもう許して」
 慎二から泣きが入った……ヤワな奴だ。
 
「しかし、この坂道はどうにかならんかね…」
 海側と山側、という言葉があることから分かるように、この地域は海に向かって傾斜が続く……たとえて言うなら、河川の人工岸みたいな地形。
 この坂を上っていくバスを初めて見たときは、客が後ろに偏ったらひっくり返るんじゃないかと真剣に心配したもんだが。
 まあ、通学に関しては色々と言いたいことはあるが、俺は子供の頃からここの景色が好きだった。両親の転勤に付いていくことを断固反対したのも、ここから離れたくなかった一心なのだが、両親を納得させるのに苦労した。
「孝之、今日はバイトか?」
「ああ、勤労学生と呼んでくれ……って、俺のワガママで1人暮らししてるんだから、当たり前のことなんだけど」
「いや、俺は偉いと思うぜ」
「そんな事ねえよ。慎二だって俺と同じ立場ならそうするって」
 当たり前のことをそんな風に言われるとちょっと照れちまう。
 まあ、高校生にできるバイトってのはある程度限られているのだが……俺は大体週に4日、時給750円で、平均して月に6万円ほど稼ぐ。もちろん、夏休みや春休み、冬休みなんかには臨時のバイトを入れるから、平均するともう少し多くなるのか?
 で、両親からは月4万……ごく普通の一般家庭としては、少なくはない出費なのだが、何も言わずに出してくれる。
 こんな物わかりのいい両親はあまりいないだろう……いや、弟が優秀だからあきらめられてるのか。
「おっ…時間的にちょっとピンチ」
 慎二の方を振り向く。
「ああ、大丈夫だ」
「悪いな…怪我人を置いて行くみたいで」
「気にすんなよ…」
 俺は右手を軽く挙げると、坂道を駆け下りていった。
 
「……と言うことがあの後にあったんだが、どう思う速瀬?」
「そ、それはまた肝っ玉の太い女の子がいたもんね…」
 感心したとも、呆れたともとれる態度で頷く速瀬。
「まあ、それを笑って見過ごす俺も随分寛大だろう」
「ばーか、本当のこと言われて怒ってどうすんのよ」
「あ、速瀬。君は少し勘違いをしているね?それがたとえ本当のことだとしても名誉毀損罪が成り立つようにだな……」
 滔々としゃべり出した俺を邪魔するように慎二が大きくため息をついた。
「孝之ってさあ…本当はすごく頭がいいんじゃないかって時々思うよ」
「確かにね……ところで孝之、その娘可愛かった?」
「……ん、3年後に期待ってとこか」
「は、何それ?」
「外見に比べて中身が凄すぎだあれは……はっきり言って、話してると外見がどうでも良くなってくる」
 速瀬は少しだけ肩をすくめ、何故か所在なげに視線を床の上に落とした。
「深い意味はないんだけどさ……私は、どう?」
「は?」
「だからあ、アンタ達から見て私は可愛いかどうかって聞いてるの!」
「速瀬は可愛いっていうより、美人って感じだろ。なあ、慎二」
「あ…ああ」
 どことなく毒気を抜かれた様子で曖昧に頷く慎二。
「何だよ慎二、どう見ても速瀬は美人だろ」
「ちょ、ちょっと孝之、恥ずかしいから大きな声出さないでよ」
 何故か当の速瀬までが顔を赤くして俺の口をふさごうとする……変な奴だな、誉めてるのに。
 ふと、周囲が騒がしいのに気付き、教室内を見渡すと……『…あの二人、怪しい怪しいとは思ってたけど…』『大胆な告白だよな…ちょっと尊敬するぜ』……などのひそひそ話があちらこちらから。
「……ああ、そういう事か」
「『そういう事か…』じゃないわよ!ちょっと、みんな冷やかさないでよ!そんなんじゃないってば!」
 速瀬……そういう態度は周囲をつけあがらせるだけだぞ。
 ふと、頬のあたりにチクチクとした気配を感じてそちらを振り返った。
「…ひゃっ!」
 入り口付近からこちらを覗き込んでいた少女が慌てて姿を隠す……おや、どこかで見覚えがあるような。
「慎二、あのドアのところで隠れたつもりになってるらしい女の子って見覚えあるか?」
「ん?……ああ、涼宮だな……速瀬の友達だよ」
「おお、凄いな慎二……今からお前のことを情報屋と呼んでやる」
「おいおい涼宮は結構有名だぜ……男子の間ではファンも多いしな」
「ふーん……おーい速瀬、友達が来てるみたいだぞ」
「え?」
 未だに弁明を続けている速瀬が俺の指さした方を振り向く。
「は、遙っ!?」
 その瞬間、速瀬の顔に浮かんだ表情をなんと言ったらいいのか……とにかく印象的だった。
 
「ふう…」
「何か用事だったのか?」
「あ、まあね…」
 曖昧に微笑む速瀬に、慎二が話し掛けた。
「聞いてくれよ速瀬、孝之の奴、鈴宮のこと知らなかったんだぜ…」
「……え?」
 そのあからさまに欠陥人間をみるような視線にむっとし、俺は少々強い口調で言った。
「何で俺と面識のない人間の事を覚えとかなきゃいけないんだよ」
「まあ、孝之は3年になるまで速瀬のことも知らなかったからな…」
 国際B標準を越える記録を持ち、次のオリンピック候補選手……と聞いて、精神的によろめいたのは速瀬と知り合ってから1ヶ月が過ぎた5月のことだった。
 ちなみに国際B標準ってのは国際大会に参加できる資格を得られる記録の事ってのも、説明されるまで全然知らなかった。
 しかしまあ何というか、俺や慎二と馬鹿話をしている速瀬が、『そういう特別な人間』に見えなかったってのが結構ショックだったわけで。
 なんだよ、普通じゃん……って感じに、目から鱗というか。
「う、うるさいな……じゃあ、鈴宮って女の子は速瀬より有名なのかよ?」
「そう言われると…」
「何々、興味あるの?」
 慎二の言葉を遮るように、速瀬がずいっと身をのり出してきた。
 なんだその目は?
 なんだそのやけにノリノリな態度は?
「いや、興味も何も俺には関係……」
「仕方ないわね、孝之がそこまで言うのなら紹介してあげないまでも…」
「人の話聞けよ…」
「よしっ、今度の夏祭りなんてどう?」
 ふと、俺の頭に『お見合いおばさん』という言葉が浮かぶ。
「だーかーらー…」
「俺は別にかまわないよ」
 うおっ、慎二の奴め…
「じゃ、そういうことで〜♪」
「オーケイ」
 話は終わったとばかりに背を向ける慎二は後回しにして、俺は速瀬の肩を掴んで引き戻した。
「速瀬、お前の都合で話を進めんじゃねえよ……第一、そのノリは何だ……お前の友達だろ?それならそれでもう少し真剣に考えてやれよ」
「……私、真剣じゃないように見える?」
 捨てられた子犬のような表情に思わず息が詰まった。
「別にお見合いレベルっていう重い意味の紹介じゃなくて……この子が私の友達でってぐらいの軽い意味でも駄目?」
「いや、そういうのなら別にあらたまる必要も…」
 それなら今すぐここでそうしても良いわけで…と、言えない何かが速瀬の表情にはあった。
「知り合ってからまだ3ヶ月だけど……私、孝之のことは結構理解できたと思う」
「……?」
「いや、理解し過ぎちゃったのかな…」
 わけわからん…とか思ってたら、速瀬の奴、いきなり表情を一転させた。
「ま、いいでしょ……どうせ、平君と二人で寂しく夏祭りを過ごす予定だったんじゃないの?」
「ぐ…」
 痛いところを。
 彼女云々に関して積極的意志はない……ないのだが消極的意志さえもないというと嘘になるし、男二人でうろうろするのに多少気が引けるのも事実。
「ふ、所詮は俺も小市民と言うことか…」
「はあ?」
「わかった…でも、鈴宮さんだっけ?その子が乗り気じゃなさそうなら無理に誘うなよ……お前って時々強引だからな」
「それは…心配ないと思うな」
 速瀬はそう呟いて、曖昧に笑った。
 
「あ、あの…鈴宮、遙…です…よろしく」
 途切れ途切れに呟き、速瀬の後ろに隠れる彼女を見て内心ため息をついた。絶対に速瀬が強引にこの場に連れてきたと確信が持てたからである。
 つーか、速瀬の友達だと言うからもっと快活な女の子を想像してたのだが。
「俺は、平慎二、よろしく鈴宮さん」
 おっと、俺も自己紹介しないとな…
「俺は…」
「さて、行こっか遙、平君」
 無視かよ!
「さあ、食べるぞ〜」
「速瀬、それが花火を見に行く人間の台詞か?」
 などと慎二がツッコミを入れる……入れるのはいいんだが、速瀬の歩く速度が速い。いや、そうじゃなくて鈴宮さんの歩く速度が遅いのか。
 自然と速瀬と慎二、俺と鈴宮さんというグループに分かれていく。
 せかせかと小走りに付いてくる彼女の姿を見かねて、俺は慎二達に声をかけた。
「おーい、もう少しゆっくり歩こうぜ!」
「あ、悪い…」
 まったく、速瀬も友達なら少しは考えてやれよ…などと考えてる内に、祭りの会場へ。
「おー盛況だな…」
 人、人、人で埋め尽くされている。
 何やら聞いた話によると、今年から夏祭りと花火大会が合体したらしいからそれも影響しているのか。
「速瀬…」
「はによ?(何よ)」
「仮にも水泳選手がそんなカロリーの高そうな食い物をばくばくばくばく…」
「馬鹿ね、水泳選手ってのは水に浮くためにある程度の脂肪が必要なの、シンクロの選手の一日の摂取カロリーなんか一般人の倍以上よ?」
 ぐっ、専門的な知識で責められると反論できん。
「ああ〜っ、こんなところでドネルケバブと対面できるなんてっ!」
 キラキラと目を輝かせる速瀬。
 どうでもいいが、なんだそれは?
 語感からしてシシカバブの親戚か何かか?
 待てよ、シシカバブが羊肉の串焼きで、シャミカバブが羊肉のハンバーグだったか?……つーと、ドネルケバブってのは羊肉をどうにかしたもののはず……
 いや、しかし、日本の屋台で羊肉ってめちゃめちゃコスト悪くねえか?
 などと、ろくでもないことを考えていたら、肘のあたりをちょっと引っ張られた。
「ん?」
「あ、あの…」
「何?」
「水月達と……はぐれちゃったみたい…です」
「わお」
 慌ててあたりを見回す……が、速瀬と慎二の姿がみつかりゃしねえ。
「な、なんて奴だ…」
 俺や慎二はともかくとして、この非常に人見知りの激しそうな少女を置き去りにするとはなんて友達甲斐のない。
「うー、とりあえず神社の奥に見晴らしのいい場所があるって事は慎二も知ってるからそっちを目指そう…」
 こく。
 しかし、無口な子だ。
 ヒュルルル〜
「お、始まったか…」
「え?」
 ドーン!
「ひゃあっ!」
 夜空に咲く芸術と共に、俺のTシャツがびろーんとのびる。
「ごっ、ごめんなさい」
 と頭を下げた瞬間に再び花火が上がる。
「きゃっ!」
 びろーん。
 まあ、安物だからいいんだけど……いいんだけど、ムクムクと根本的な疑問がわいてきたぞ。
「あのさ、1つ聞いていい?」
「は、はいっ…」
 ……人見知りはともかくとして、そこまで緊張されるほど俺って無愛想に見えるのか?
 ふと、この前の後輩(自称マナマナ)の顔が思い出された。
 いや、あれは例外。
「……ひょっとして、花火嫌い?」
「き、嫌いじゃないです…ただ、ちょっと恐くて…きゃあっ!」
 びろろーん。
 こんなに伸びても破れないところがすげえよな。
「それに…音がお腹に響くのも…なんか…」
 つまり、花火は嫌い……花火が嫌いなのに花火大会に来た……速瀬が強引に連れてきた……速瀬が悪い。
 大きくため息をつきかけ、慌てて止める。
 この状況で俺がため息をついたら、この子に失礼だよな。
「鈴宮さん、何か食べたいものある?」
「え、あ、アンズ飴…かな?」
「ふむ、こっちかな…」
 ゆっくりと歩き出す……花火が上がるたびにその歩みが止まるけど。
「それにしても、2年前とは全然違うな…」
「そ、そうなんですか?」
「うん、2年前はただの夏祭りだったから……もっと若い奴らが多くて」
 今日の場合、花火を見物する奴らは河原に集まっていて、どちらかというとじーちゃんばーちゃんの類が山側の神社に集まっているわけで。
 そんでもって、酒でも飲んだのか羽目を外し、嫌がる女の子をナンパしてた奴らでうっぷんを晴らしたのは若さ故の過ちと言うことか。
「そういや、最初の乱闘はこの裏手だったか…」
「え?」
「あ、うん…2年前の祭りでちょっと……」
「あれ?お姉ちゃん?」
「え、あ、茜?」
 一瞬誰の声か分からなかったぐらいの大きな声に驚いた。
 やっぱり、緊張してたのか。
「茜も来てたんだ…」
「うん、それよりお姉ちゃん、そっちの人って…」
「あ、あの…」
 鈴宮さんの妹ね…って随分と印象が違うな。
「こんにちわー、お姉ちゃんがいつもお世話になって…」
 女の子の動きがピタリと止まり、俺の顔をまじまじと見つめている……って、俺もどこかで見たことあるような気がするぞ。
「あ、あの…二人とも、どうした…の?」
「あーっ!(*2)」
 二人同時にお互いを指さす。
「あの時助けてくれた人!」「あの時の!」
 この少女がナンパされていたのではなく、ナンパされていた女性をけなげにもかばおうとしていてちょっともめてたところに俺と慎二が乱入して、最終的には警察に追いかけられるというすっごい事になったのだ。(笑)
「うわー、すごい偶然!ねえねえ、お姉ちゃんとどういう関係?」
 俺の腕に抱きつきながら、小悪魔っぽい視線で見上げてくる。
「あ、茜!」
「おにーさんって呼んだ方がいいのかな?かな?」
「……なにしてんのアンタ達?」
「あーっ、水月先輩!」
 何がどうつながってるのかは分からないが、世間って狭いよなあ……
 
「じゃあ、またねおにーさん!」
「うぃーす…」
 元気いっぱいに手を振る少女に向かって軽く手を挙げて応える。
「じゃ、俺も帰るわ…」
「おう、気をつけて帰れよ、慎二…」
 そして、その場に残されたのは俺と速瀬の二人……いや、帰る方向が同じだから。
「はあ…」
「いきなりため息とは失礼な……つーか速瀬、お前鈴宮さんの事これっぽっちも考えてなかっただろ?」
「は?何よそれ?」
「人見知りは激しそうだし、花火も嫌い……それで、お前とはぐれたら彼女全然楽しめないだろ?」
「だって、ドネルケバブが…」
 どこか速瀬らしくない言い訳じみた口調が、俺の中の何かを刺激した。
「……いや、違うな」
「な、何が?」
 図星なのか、ぎょっとした表情で振り向く。
「速瀬…お前、わざとああいう行動を取ったんだな」
「な、何のこと?」
「……って事は、あれ?」
 俺と鈴宮さんを二人きりにしたかったという事か。
 速瀬を見る。
 まあ、結果はどうあれ俺のために気を遣ってくれたのなら責める筋合いでもないか。
「速瀬…」
「……」
「恋愛相手は自分で探すから妙な気を回すな……つーか、もうすぐインターハイやらでお前もアレだろ?」
 俺は軽く速瀬の肩を叩いて笑った。
「お前のそういうところって好きだけど、他人にばっかり気を遣わないでもうちょっと自分中心に生きろよ」
「……っ!」
 照れてるのか、速瀬が慌てて顔を背ける。
「それにあの様子じゃあ、鈴宮さんも困ってたみたいだぞ?」
「……よ」
「あ?」
「……違うよ」
 速瀬の声が微かに震えていた。
「だって…」
「孝之ってさあ……優しいけど、すごく抜けてるよね」
「喧嘩売ってるのか?」
 どむ!
 完全に気を抜いていたせいか、無防備だった胸のあたりを速瀬に突かれてよろける。
「そういうのってさ、残酷だよ…」
 そう言って走り去った速瀬の目元に光る何かを認めたような気がして、俺は後を追えなかった。
 何故だろう、痛くはないのに胸が疼く。
 
 それが始まりだった……いや、俺が気付かないだけでもうとっくに始まっていたのかも知れない。
 
 
                 プロローグ完
 
 
 実を言いますと高任にはほんの少しだけ予言能力があってデスネ、これは落ちるなと予言した大学受験は見事失敗し、この単位は落とすなと予言した試験はバッチリ失敗しちゃったりしてるわけですよ。(笑)
 で、これに関しては長くなりすぎて途中で投げ出す高任の姿が見えたりするのですが……ああ、なんて実現性の高そうな予言なんでしょう。

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