時は6月下旬。
 日本ではおなじみの梅雨真っ盛りの季節である。北海道には梅雨が無いとも言われるが、ここ丸井町では生憎梅雨から逃れることはできない様子であった。
 しとしとと降り続ける梅雨空を見つめていた和代は、ついに耐えきれなくなってその重い腰を上げて少年の方へと歩き出した。
「あなたが例の転校生ね。」
 少年は妙な顔をした。
 確かにこの少年は転校生であった。だがこの春・・・つまり二年生になった4月の時点なら誰もがそう認めることに異論は無かったはずだが、既に2ヶ月以上も経っている。
「転校生も何も・・・もうじき3ヶ月が過ぎようと言うのに・・・」
「じゃあ、私の名前を言ってみなさい!」
 和代は眉をきりきりっとつり上げて、少年の顔をねめつけた。
「・・・転校生でいいです。」
 この少年は実に賢明であったといえよう。
 ・・・あくまでこの時点においてであるが(笑)
「・・・私は、このクラスの委員長をしている江藤和代。わからないことがあったら何でも聞いてちょうだい。」
「じゃあ、一つだけ。」
「何かしら?」
「江藤さんの3サイズを・・・」
 その瞬間、和代の上腕二頭筋およびそれに通ずる筋肉繊維が極限まで膨張した。知る人ぞ知る、丸井高校名物の和代の机投げである。
 新たな犠牲者の名を机に刻み込んだ後、和代はロザリオを握りしめてぶつぶつと祈り始めた。
「ああっ、神様。このような痴れ者の存在をお許しください。また、この迷える子羊のささやかな罪を・・・」
 机の直撃を受けて、息絶え絶えの少年の安否を祈るだけの寛容さを和代は持ち合わせていないようであった。
 
『・・・良いですか、和代さん。神様はいつも私達を見ておられます。だから人は常に正しき行いをしなければいけません。』
 シスターは穏やかな微笑みながら和代の頭を撫でていた。
『神様は常に正しき者の味方です。それを疑ってはいけませんよ。』
 
 和代は目が覚めてからしばらくぼうっとしていた。
「また懐かしい夢を・・・」
 子供の頃の和代。あの頃からシスターの教えを疑ったことはない・・・いや、あの頃はまだ半信半疑だったのだ。
 それでも、言われたとおりに正しき行いを心がけていたが、それが通るほど子供達というのは甘くない。
 正しき者は虐げられるのが子供の世界である。和代もまた多分に漏れず、他の子供達から虐げられる存在であった。
『おまえ、知らないのか?日本は、みんしゅしゅぎっていって数が多い方が正しいんだ。だから間違ってるのはお前の方なんだよ。』
 困ったことに、大体1人はこういうことを言い出すこまっしゃくれた腹ただしいガキがいるものであるが、当時の和代はそれに対抗する手段を持ち合わせてはいなかった。
『わかったら、謝れよ。』
 自分の優位を確認した得意満面のくそガキに対して、和代が涙ぐみながら頭を下げようとしたそのときである。
『そんな奴に謝ることはないよ。』
 その声はまさに和代にとって天の助けであった。その少年はゆっくりとやってきて和代に向かってにっこりと笑った。
『なんだよ、お前。こいつの味方するのか?みんしゅしゅぎを無視するんだな?』
 少年はくそガキに向かってにっこりと微笑んだ。
『いいことを教えてやるよ。』
 次の瞬間、くそガキは鼻血を出して地面にひっくり返った。それを見て、周りにいた子供達は慌てて逃げていく。
『百の言葉より一つの暴力。』
 そう呟いて、少年はくそガキの胸元をつかんで引っ張り起こした。
『おい、みんないなくなったから2対1だぞ。たしかみんしゅしゅぎだとお前の方が間違ってるんだよな?』
 和代は少年の手を引っ張って、首を振った。
『それ以上はダメ。』
『・・・このままだと、またお前いじめられるぞ。』
 和代はふるふると首を振って、少年に言った。
『わたし、もう大丈夫だから。正しいことをしていたらきっと神様が助けてくれるのがわかったもの。』
 だが少年は渋い顔をして首を振る。
『違うぞ。確か、神様はみずからたすく・・・助ける・・・?』
『自ら助けるものを助く。』
 和代が助け船を出すと、少年はぱちんと指を鳴らした。
『そう、それだ!助けが来るのを待ってたらダメなんだよ。』
 和代はゆっくりと頷いた。同じ子供から語られる言葉だけに、魂まで届く言葉である。
 だが、いつの間にかくそガキは姿を消していた。
『俺、松崎新一。お前は?』
『わたしは・・・江藤和代。』
 そこまで思い出して、和代はため息をついた。
「・・・ただの同姓同名なのかしら?」
 よく考えてみると、あの松崎新一は転校生なのである。当時、この丸井町にいたとは考えにくい。だが、和代の記憶の中の少年の面影と転校生はきわめて似通っているように思えた。たとえ、それが10年近く昔の記憶だとしても・・・
 
「松崎君、あなた転校してきたばかりでこの町のこと良く知らないんでしょう?この私がいろいろと案内してあげるわ。」
 ちなみに今は夏休みを目前に控えた7月である。くどいようだが、新一が引っ越して来たのは4月である。
 悠久の時の中で日々を過ごしているらしい和代に向かって、新一は首を振った。
「一応俺って、三年前までこの町に住んでたんだけど?」
 和代は自分の心臓の音が新一に聞こえるのではないかと思って、机を投げつけた。感情が高ぶっていたせいか、ついでにもう一つ抱え上げる。
 が、生憎その机の持ち主は不精者で、机の中にぎっしりと教科書やら辞書やらが詰め込まれていたのである。普段の8割り増し重量の机を思いっきり担ぎ上げた和代はバランスを崩して倒れた。
「きゃっ・・・?」
 すぐさま襲って来るであろう痛みに備えて和代は目をつぶって体をすくませていた。が、意に反してそれはやってこない。
 こわごわと目を開けたが、倒れたはずみで眼鏡がずれてしまっていたのか視界がぼやけている。
「んっ?」
 慌てて眼鏡の位置を調節してみると、新一が後頭部を押さえて教室の床でうめいていた。どうやら机の角が後頭部をクリティカルヒットしたらしく、かなりのダメージを受けているように見えた。
「ちょ、大丈夫?」
 何とも勝手な言いぐさである。(笑)
 まさしく七転八倒した後、和代は新一に言った。
「・・・心配だから家まで送るわ。」
 その途端、新一の顔が引きつった。てっきり和代はまた痛みがぶり返したのかと思ったのだが、どうも違うらしい。
「いや、そんなことしなくていいよ。全然平気だから。」
「でも、松崎君って一人暮らしなんでしょう?やっぱり心配だわ、神様もあなたを見捨てることを是とはしないでしょうし。」
 ますます新一の顔が引きつる。
「だ、ダメだって。江藤さんは知らないかもしれないけど、一人暮らしの男の部屋なんてものは、まさに神をも恐れぬ散らかり様の有様が大ピンチで・・・」
 だが、和代はロザリオを握りしめて天を仰いだ。
「ああ、そんな環境の中で生活することを強いられているなんて・・・わかったわ、私が掃除してあげるから心配しないで。どんなに散らかってても大丈夫だから。」
 新一は本当に苦悩していた。
 事の発端は不動産屋の手違いとはいえ、女の子と一緒に暮らしているという事実を変えようはない。しかも相手は『正義は我にあり!』の和代である。どう考えたって、学校にばれて退学させられる上に、和代の机がダース単位で飛んでくることは火を見るよりも明らかである。
 そして新一はある決断をした。独創性のかけらもない手段だが、その場しのぎとしてはなかなかの効果があることは疑いようもない。
「あ、松崎君!」
 和代は、ベン・ジョンソンもかくやとばかりのロケットダッシュで逃げ出した新一を呆然と見送ることしかできなかった。
 
 和代は無言であるものを見つめていた。
 その方角では、新一と大森君が一緒になって昼食を取っているのだが、もちろん彼らを見ているわけではない。
 和代は静かに新一の背後に近寄って声をかけた。
「松崎君・・・あなた一人暮らしなのよね?」
「ウイ、ムッシュー。」
 何故フランス語?しかも使い方間違ってるし・・・。
 和代は新一の手元にある弁当をひたすら見つめていた。そろそろ穴さえ開きそうなぐらい執拗にである。
 新一が早起きして必死にたこさんウインナーとかにさんウインナーを作っている光景を想像して、和代は思わず口元を押さえてしゃがみ込んだ。
 そうして約2秒。和代は頭をぶんぶんと振ってその想像を追い払うと、新一の座る机に音高く両手をたたきつけた。
「それ、自分で作ったの?」
 新一は仕方なさそうに、かにさんウインナーを箸でつまんで和代の方に差し出した。
「何のつもり?」
「いらないの?」
「せっかくだから貰うわ。」
「わ、松崎君。僕にもちょうだい。」
 その場の空気を察しない大森君は、やけに楽しそうである。
「んー、味がちょっとうすいねー。」
 幸せそうな大森君を無視して、和代は新一の胸ぐらをつかんだ。
「松崎君、実はあなたが女の子と同棲してるという噂があってね・・・」
「・・・初耳だな。」
「僕も初耳だよー。なんたって僕と松崎君は親友だからね、そんなことがあったら僕が知らないはずがないもの・・・」
 大森君の朗らかな声が和代の神経を逆なでする。
「大森君は黙ってて!」
 和代にすんごい目つきでにらまれ、大森君は教室の隅に移動していじけ始める。
「いいもーん。僕なんてどうせこれから家に帰ってお風呂に入って寝るだけなんだから。」
 ・・・よくわからないいじけ方である。
 和代はため息を吐きながら机を持ち上げ、もう一度尋ねた。
「そんな不謹慎な事はしてないって誓える?」
「うん、誓える。」
 ・・・どうも信用できない。
 和代は内心そう思ったのだが、人を疑っている自分に気がついて慌ててロザリオを握りしめた。
「・・・この迷える子羊をお救いください・・・」
 そんな中、新一は平然と昼食をとり続けていたという。
 
「ちょっと大森君・・・」
 和代が手招きしているのを見て、大森君は渋い表情をした。が、一瞬後には従順に駆け寄ってくる。
「どうしたのー?」
「あなた・・・松崎君の住所知ってる?」
 抱え上げた机をそっと下ろしながら、和代がそう尋ねると大森君は胸を張って答えた。
「もちろんだよー、僕と松崎君は親友だもの。この前なんか、泊まりに行ったんだよ。」
「そう・・・何かおかしな事はなかった?」
「やだなー、僕と松崎君は親友だよ?おかしな事なんてあるわけないじゃないか。」
 朗らかに笑う大森君は、実に朗らかとしか言いようのない声でそう答える。
「あ、でも・・・」
「でも?・・・何?」
「松崎君って凄いきれい好きなんだ。一人暮らしなのにあんなにきちんと生活してるなんて、僕も親友として鼻が高いよ。」
 大森君が得意がる理由はこれっぽっちもないのだが、和代は違う理由で首をひねっていた。
 ・・・きれい好き?
「・・・そうか、そうだったのね。」
 和代の身体から発せられる怒気におびえ、大森君は腰が抜けたように座り込んだ。
「松崎君、ちょっと話があるんだけどこっちに来てちょうだい。」
 有無を言わせぬ和代の口調に、新一は黙って頷いた。
「話って何?」
 和代は新一の両肩をつかんで激しく揺さぶった。
「松崎君、ダメよ掃除ぐらいは自分でしなきゃ!」
「は?」
「いくら面倒だからって、業者の人に頼んだりするのは人間として堕落しているわ!」
 和代がたどり着いた真実は、ものの見事に大はずれであった。女の子と同棲していると言う噂は業者の人間の出入りによる勘違いと判断したのである。
 それから延々2時間ばかりも、自分の身の回りの仕事を他人任せにしてはいけないことをこんこんと諭され続け、さすがに大輔も疲れ切った様子を見せていた。
 
 最近、学校では盗難事件が多発していた。
 体育の授業中などで無人の教室や更衣室などから、置き忘れた貴重品が盗まれているのである。
 そりゃそんなもんは貴重品袋に入れて保管しておかないのが悪いんだろうとも言えるが、だからといって盗難自体が正当化されるわけでもない。
「んっ?」
 和代は首を傾げた。
 体育の授業で無人のはずの自分たちの教室に黒い影が動いたような気がしたからである。
「・・・すいません、ちょっとトイレに行ってきます。」
 盗難が多発している中、普通このような行動は怪しまれやすい。だが、和代は違う。クラスの中で疎まれていようと、絶対に彼女だけはそんなことをしないとみんなが確信を持っている。
 すたすたすたすた・・・
 こんな時でも廊下を走るわけにはいかないので、静かな早歩きによる移動である。教室のドアの窓からそっと中をのぞき込むと、怪しげな影が教室の机や制服などを物色しているのが見えた。
「そこで何をしてるの!」
 男は一瞬狼狽の色を見せたが、声をかけてきたのがか弱き(?)女生徒なのを確認すると、ナイフを取り出して襲いかかろうとしてきた。
「ふっ、甘く見て貰っては・・・?」
 なんと、和代の立っているここは廊下なのである。手に届く範囲に机は一つもない。いつも携帯している机も、今は体育の授業中と言うことで貴重品袋の中にしまい込んであったのだ。
 自分に向かってきた銀色の刃を見て、和代は目を見開いた。が、その瞬間横合いからのばされた手が躊躇することなくそのナイフをわしづかむ。それと同時に、ナイフを持った男が壁にたたきつけられた。
「・・・松崎君。」
「・・・こういうときは、助けを求めろよ。」
 新一は男が目を覚まさないようにさらに一撃を加えてから和代の方を振り向く。
「みんしゅしゅぎってのは数が多い方が強いんだぜ。」
「えっ・・・?」
 ・・・それって?
 和代はどきどきしながら新一の顔を見た。が、新一は深刻そうな表情で何かを見ている。その視線をたどるとナイフをつかんだままの新一の右手。
「松崎君、その手・・・大丈夫?」
「・・・手を開けるのが怖い。」
 新一の手からは既にぽたぽたと廊下に血痕を落ちている。それに気がついて、和代はおろおろしながらもやるべき事を見いだし、新一に声をかけた。
「と、とりあえず先生を呼んでくるからその男を見張っててね。」
 この後、新一は実に珍しい光景を眺めることになる。
 あの和代が、廊下を凄い勢いで走っていくのだから・・・。
 
「・・・松崎君、右手をけがしてると大変よね?」
 少し潤んだような和代の黒目が、眼鏡の奥で光っている。
「いや、そんなことないよ。」
「いいえ、大変なはずよ。ご飯を作るのも、掃除するのも、不自由なはずだわ!」
 疑問でも確認でもない・・・和代のそれは断言であった。
「江藤さんの考え過ぎじゃないかなあー、だってほら、今日のたこさんウインナーのできばえも見事なものじゃないか。」
 朗らかな顔をした大森君が、新一にとって致命的な発言を朗らかに話す。
「江藤さん!俺って左利きなんだよ!ほらっ、ほらね!」
 新一は左手に持った箸で、ご飯粒を一粒ずつ器用に挟んでは和代に見せた。和代にしてみれば、新一のそんな仕草がやけに疑わしい。
「・・・松崎君は、私を助けてくれるのに・・・私には助けさせてくれないのね。」
「そ、そんなことないって・・・勉強とか教えてくれたじゃないか!」
「・・・そうか、松崎君は私のこと嫌いなんだ。」
「ちょっ、何でそうなるんだよ!」
 さすがに雰囲気の危険さを悟って、大森君が弁当箱を持って静かに教室を出ていく。冬という季節柄か温かい学食を好んでいる生徒が多く、今や教室は新一と和代の二人きりの世界であった。
「そうよね、こんな口うるさい女の子なんて嫌いになって当然よね・・・。」
「違う、俺はただ江藤さんに迷惑をかけたくないから・・・」
 その瞬間、和代の瞳がきらりと光った。
「私は迷惑じゃないわ!・・・だったら問題は無いのよね?」
 実際の所、問題は大ありだった。
 新一の頭の中で『退学』の二文字が陽気にコサックダンスを踊っている。ついでに言えば、和代に嫌われることも間違いない。
 神経にかかる過負荷が新一にある行動を取らせた。
 そう、逃亡である。
 
 ぴんぽーん。
「はあーい。」
 美樹が明るい・・・少し舌足らずな返事をして玄関のドアを開いた。そこにはスーパーの買い物袋をぶら下げた和代の姿がある。
 お互い驚いたような表情のまま二人は見つめ合っていたが、やがて和代は頭を下げて謝った。
「ごめんなさい、家を間違えたみたい。」
「あ、そうなんですか?この辺りってごちゃごちゃしててわかりにくいですものね。」
「・・・あなた、確か丸井高校の一年生の・・・?」
「はい、石塚美樹です。あなたは確か江藤先輩ですよね。」
 などとほのぼのとした挨拶が交わされていた頃、新一は自分の部屋の中でがたがたと震えていた。
「石塚さん、この辺りで松崎という家を知らないかしら?」
 ほんの僅かな間ではあるが、美樹の顔がこわばったのを和代は見逃した。
「松崎・・・私がここに引っ越してきて一年ぐらいですけど、よくわかりません。」
「ふむ・・・集合住宅の無関心ってとこね。あ、ごめんなさい。もう少し自分で探してみるわ。」
 ばたん。
 美樹はゆっくりと10秒数えた。
 それから慌てて新一の部屋の中に駆け込む。
「松崎さん松崎さん松崎さあぁーん!」
「言わないで言わないで言わないでええぇっ!」
「ど、ど、どうするんですか?せっかくもう少しで全てが解決しそうだっていうのに!」
 新一と美樹はしばらくパニック状態に陥っていたが、やがてある程度の平静さを取り戻した。
「むう・・・いざとなったら俺1人が退学処分を受けて・・・。」
「そ、そんなの何の解決にもなってませんよ。とりあえず後一ヶ月ちょっとをどうにかして・・・」
 ぴんぽーん。
「はーい(*2)」
 (訳・・・居留守不可能)
 人間いざとなったら腹が据わるものである。新一と美樹はお互いに小さく頷きあい、美樹は自分の部屋へ、新一は玄関へと向かった。
「ああ、良かった。やっと見つかったのね。」
 極度の疲労が和代の記憶力を蝕んでいるようだった。さっきやってきたことを覚えていないらしい。
「・・・綺麗にしてるのね?」
「ぎょ、業者さんに頼んだんだ。」
「・・・一人暮らしにしては広くないかしら?」
「海外の両親が時々帰国するから大きめのを選んだんだよ!」
 和代にとっては何気ない話題であろうが、新一にとっては綱渡りである。
 しかし幸運にも、和代はほどなく自分が訪れた理由を思い出し、有無を言わせず台所で料理を始めた。なかなか手慣れた手つきである。
「使いやすい台所ね。調味料もそろってるし・・・。」
「あはは・・・結構料理好きなんだ。」
 ガン!
「・・・何の音?」
「さあ、俺には聞こえなかったな。」
 自分の部屋で、美樹が転んだ音である。ひょっとすると神をも恐れぬ新一の発言に対して抗議したかったのかもしれない。
 
「ごめんさい、すっかり長居しちゃって・・・。」
 そう呟いて、和代は部屋の中を見渡した。
「私が手伝える事なんてあんまりなかったみたいね。」
「そこまで、送るよ。」
 と、玄関を出て階段を降りかけたところで和代は立ち止まった。
「あ、いけない。忘れ物しちゃった。」
「だああっ、俺が取ってくる、俺が取ってくるってば。」
 がちゃ。
 テーブルの上の残り物をおいしそうに食べている美樹。それを見て凍り付く和代。一瞬遅れてばたりと閉められたドア。
 ドアを前にして、和代は新一の方を振り向いた。
「私疲れてるのかしら?」
 新一は心の中で冷静に数を数えていた。美樹が自分の部屋に隠れるのには充分な時間が過ぎている。
 新一はゆっくりとドアを開けた。
「え?俺には何も見えなかった・・・」
 盛大に新一がひっくりこけた。美樹は何を思ったのか、床の上にぺたりと座り込んでぴくりとも動いていない。
「松崎君!あれは!あれは一体何?」
「いや、違うんだ・・・そう、あれはフランス人形なんだ。呪われていて勝手に歩き出すと言う伝説があるいわくつきの・・・」
「呪われてるなら私がお祓いしてあげるわ・・・」
 和代が狭い玄関で机を振りかぶると同時に、美樹がテーブルの下に逃げ込もうとする。
「うわーっ、決定的瞬間だ!江藤さんカメラ買ってきてカメラ!」 
 完全に自分を見失っている新一に向かって和代の机が振り下ろされた。
 
「で?」
 生活指導の女教師のように鋭い眼光をして、和代は新一と美樹を見やった。二人とも正座である。
「実は不動産屋の手違いで・・・新しい物件も見つからないし、二人とも住む場所が無かったし。」
 新一の説明に美樹はうんうんと頷いている。それに対する和代の視線は絶対零度の冷ややかさであった。
「でも、この終業式には私も引っ越すので問題無いんですよ。」
 和代はそれには応えず、二人の部屋を交互にのぞき込んだりしている。お互いの性格が反映されたような部屋の有様には、二人の接点を見いだすことが出来ない。
 和代はロザリオを握りしめてため息を吐いた。
 そっと自分の眼鏡を外して、台所のテーブルの上に置く。
「・・・江藤さん?」
 和代は黙って眼鏡の上に机をたたきつけた。その衝撃でレンズが粉々になる。
「私・・・眼鏡がないと何も見えないのよ。だから、送ってちょうだい松崎君。」
 和代は帰り道でロザリオを握りしめたままずっと何かを祈っていた。その呟きがとぎれると、新一は声をかけた。
「・・・何を祈っていたの?」
「自分の心の卑しさを悔いて懺悔してたの。」
 街灯の明かりに照らされた和代の白い頬に、光る筋が見てとれた。
「ほんのちょっと・・・ほんのちょっと考えてしまったの。このことを黙っててあげる代わりに松崎君と・・・って。」
「江藤さん・・・」
「ごめんなさい、忘れてちょうだい。」
 そう呟いて、和代は電柱に向かって頭を下げた。どうやら本当に何も見えないらしい。
 新一はそんな和代を後ろから驚かさないようにそっと抱きしめた。
「俺にどうして欲しいんだ?助けて欲しいときはそう言え、そう言ったよな?」
「・・・松崎君が好き、好きなの!」
 新一の腕の中で身体を反転させ、和代は新一の胸の中で静かに泣き始めた。
 
「ちょっと新一!昨日一緒に歩いてた女の子はなんなの?」
 どかああぁっ。
「それは誤解だ和代。薫ちゃんはクラブで使う資料探しを俺に手伝えって・・・」
「誤解されるような行動を取らないの!李下に冠を正さず!」
 言ってることは厳しいが、二人の表情はどこか穏やかである。
「百の言葉より一つの真実だよねー。」
 朗らかな大森君の声は、春の風の中へととけ込んでいった。
 
 
                     完
 
 
 わーい。(笑)しかし、このゲームイベントそのものは少ないのでちょっと一苦労ですわ。
 しかし、ギャルゲーで手に汗握るゲームというのも珍しいでしょう。
 女の子との会話パターンを全て覚えるという知力。ゲームの中での主人公の体力。そして、出てくる選択肢を全て読み切る前に選択するという時の運。まさにこのゲームはニューヨークでも富士山のてっぺんでもどんとこいのナイスなゲームなのです。(笑)
 いや、マジで良いゲームですよ。あんまりブレイクしなかったみたいですが。選択肢の時間制限はともかく、女の子の感情による分岐でのレベルアップ選択システムといいなかなか斬新なアイデアだったと思います。ただ、反射神経が無いときついですが。(笑)
 プレステの1500円バージョンも出てるので、興味のある人は今すぐゲットだ!
 で、和代と言えばやっぱり机を担ぎ上げるパワフルさに、己を曲げない意志の強さ。ただ、文章の中ではちょっと曲げさせて貰いましたが。(笑)わざと怒らせてゲームオーバーににさせてみると、この和代と琴音がなかなかナイスです。
 個人的には大森君がお気に入りなんですけどね。『んー、ちょっと遅いねぇー(笑)』
 前半部分のくそガキが妙にリアリティにあふれているかもしれませんが気にしないでください。こんな奴でも殴ったりすると先生に怒られるんですよ。(笑)
 パソコンでも出てますがやはり、声つきのプレステでやるのがおすすめです。まあどっちでも、あの驚愕の腰の抜けそうなオープニングは楽しめますが。(爆笑) 

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