「新開さんは行方不明、そしてキララは昏睡中……か」
 そう呟き、亮は窓を開けて夜空に輝く2つの月を見上げた。
 赤い瞳に金色の髪を持つ光狩……コウヤの、端正だがぞっとするほど冷たい表情を思い出す。
 アレだけ力の差があるのだ、その気になれば自分達を全滅させるのも簡単だという事は亮でもわかる……事実、真言実ちゃんが攫われたときはいずみの兄、ソウジによって全員が殺される一歩手前だった。
 それを止めたのもコウヤで……。
「……今思えば、お情けで見逃してくれるってツラかよ、あれが」
 亮は壁に拳を叩きつけた。
 無駄な戦闘に費やす時間が無いというなら、新開やキララに対して手を込んだ真似をする理由がつかない。
 ピンポーン…
「……?」
 机の上の時計に目をやった。
 既に11時を回っていて、セールスはもちろん、宅急便、新聞の集金などは考えられない。
 ピンポーン…
 ふと、予感がした。
 部屋の電気をつけ、亮はドアを開けた。
「ごめん……部屋の電気もついてなかったし、寝てた……よね?」
「いや……起きてたよ」
 いずみの頬に残る涙の痕には気付かない振りをし、亮はちょっとだけ笑った。
「ミーティングは明日じゃなかったっけ?」
「あ、うん……ちょっと、お話ししたいかなって」
 いずみはちょっと視線を逸らすようにして俯いた。
「あがってよ……」
「うん、お邪魔するね…」
 
「いずみさんは、お茶で良かったんだよね?」
「あ、うん、ありがとう…」
 いずみがほんの少しだけ微笑んだが、瞳の中の感情までは消せていない。
「私……前から亮くんに聞きたいことがあったの」
「……何を?」
「うん……初めて会ったときのこと覚えてるかな?」
「ああ…光狩憑きに追われてた時の」
 2年生になったばかりの、真月が青く輝く夜にはルナシーと呼ばれる凶悪事件が頻発してると知りながら外出した時のこと。
「あの時の亮くん、私の姿を見た瞬間『逃げろ』って…自分が追われてて、そんな余裕なかったはずなのに」
「あの時はさ……何度『逃げろ』って叫んでも逃げてくれないから焦ったよ…」
「……私を、かばおうとしてくれたのかな?」
 そう呟いて、いずみは触れると壊れそうな笑みを浮かべた。
「ん?」
「それまで逃げてたのに急に振り返って……光狩と向かい合って」
「その瞬間、いずみさんがやっつけちゃったけど」
 そういって苦笑した亮を、いずみはじっと見つめた。
「不思議だった…」
「え?」
「戦う力を持たない人なのに、知らない誰かのために戦おうとするんだって…」
「いずみさん」
 いずみの言葉を遮るように呼びかけた。
「俺は、確かに後で自分に『力』ってやつがあるって知ったけど……でも、違うと思う。人は、戦うことができるから戦うんじゃなくて、戦わなきゃいけないときは自分のありったけをぶつけるようにして戦わなきゃいけないんだって思う」
「……」
「逃げたり、隠れたりするのもいい……でも、そうしちゃいけない時があると思うんだ」
「強いね、亮くんは……私より、ずっと強い」
 いずみが再び微笑む……微笑んでいるはずなのに、どうしてこんなに遠く感じてしまうのか。
 いずみは湯飲みを持ち上げ、まだ熱いであろうお茶を一息に飲み干した。
「……おかわり……もらえるかな?」
「あ、ああ…」
 亮は立ち上がり、キッチンへと2歩歩いたところで振り返った。
「あっ」
 音もなくいずみは立ち上がっていたいずみは、亮に向かって右手を伸ばした状態で固まった。
「いずみさん」
「あ、あの…えと…」
「明日なんだよね、大事な話って」
 目を逸らす事を許さぬ強い視線で、亮はいずみの目を見ながら言った。
「……亮くん」
「明日……だよね」
「うん……明日だよ」
 いずみは、どこかほっとしたような表情でそう囁いた。
 
 公園は晩秋の陽射しに柔らかく包まれていた。
「うわ、噴水の所…キラキラ輝いてきれい」
「……今、水遊びするなんて言わないでくれよ」
「んー、ちょっと寒いかな」
「そりゃそうさ、もうすぐ冬になるんだぜ」
「そっか……ここで一緒に戦った時は、春だったのにね」
「懐かしいな、いずみさんに呼び出されて……俺が、火者として初めて光狩と戦ったんだっけ」
 亮は頭をかき、恥ずかしそうに呟いた。
「戦うって言うか、ただの足手まといだったけど…」
「そんなこと…思わなかったよ」
 いずみはちょっと背中を丸め、何かを思い出すような遠い目をした。
「私が初めて戦ったときは……足が震えて、冷たい汗が流れて、恐くて泣きそうで、逃げ出したくて仕方がなかった。今だって恐い…」
「……」
「戦う力があるのに……だから、私はあの時のキミに惹かれたの」
「え?」
「あの時、逃げていたキミが振り返った瞬間……私の中で何かが変わったような気がしたの」
 いずみは、澄んだ瞳を亮に向けた。
「……亮くんは結果として『力』を持ってたけど、多分本当に強いのはねあの時亮くんみたいに行動できる人だよ」
「えーと…」
 亮は照れくさそうにそっぽを向き、そして何かを思いだしたように手を叩いた。
「そうだ、俺、弁当作ってきたんだけど」
「え、お弁当?」
 いずみがびっくりしたように呟いた。
「ほら、前にいずみさんの弁当を食べたときに言ってたじゃないか……俺の料理を食べてみたいって」
「あ…」
 いずみは視線を落とし、申し訳なさそうに呟いた。
「ゴメン……私から言い出したのに、すっかり忘れてた…」
「違うよ、いずみさん」
「え?」
「俺に言われて思い出したんだから、それは忘れてたんじゃない」
 いずみの目が、亮の目を見た。
「思い出せたなら、忘れたっていわないと思う」
「……そうだね」
 いずみはちょっと俯き、そして顔を上げたときは笑顔だった。
「よし、じゃあみせてもらおうかな」
 ベンチに腰掛け、もうちょっと辛い方がいい……などと批評しながら、いずみはゆっくりと亮の弁当を食べ、亮もまた殊更に口を開いていずみの箸の動きを止めさせる。
 それでも、それはなくなり……2人はゆっくりとベンチから立ち上がった。
「私が……弱虫だったから」
「……」
「みんなが信頼してくれてるから頑張らなきゃとか、いろんな言い訳を用意して、関係ない人をいっぱい巻き込んで…」
「違う」
「亮くんは強くて、優しいから……」
 すっと、いずみが亮から一歩離れた。
「私に……独りで戦う強さがあれば、新開君やキララちゃんを……みんなを巻き込まずにすんだのに」
 顔を上げたいずみの目に、透明な滴が光る。
「いずみさん」
「もう、誰も巻き込まないから…」
「俺は…」
「独りで戦うのは恐いよ……でも、私のせいで始まった戦いで、誰かが傷つくのを見るのが」
「だから俺は…」
「私には…耐えられそうもないから」
 涙をいっぱいにため、それでも精一杯に微笑み、亮を正面から見つめるいずみ。
「……昨日のうちに、みんなの記憶を消したのか?」
「そうだよ…」
 いずみは頷きもせず言った。
「鏡花ちゃんも、真言実ちゃんも、モモくんも……みんな、みんな優しい人ばっかりだったから…」
 いずみは語尾をかすかに震わせ、そして言葉を続けた。
「亮くん……キミが最後」
「ちゃんと消せたのか?」
「え?」
「いずみさん、言ってたよな?記憶を消すのって危険を伴うから少しのミスも許されないって……今、涙をいっぱいに目にためてるいずみさんが、みんなの記憶をちゃんと消せたのか!?」
「消せたよ…」
「嘘だ」
 いずみは首を振った。
 その動きで、頬を涙が伝っていく。
「みんな、私にとって大事な人だから……だから、失敗できるはずないよ」
 いずみの右手がゆっくりと持ち上がっていく。
「いずみさんには消せない」
「……消すよ」
「さっきの弁当の事みたいに、絶対何かの拍子で思い出すよ…思い出したその時、いずみさんがいなかったら俺は」
 いずみの右手が一瞬とまった……が、またゆっくりと動き出す。
「いずみさんっ、俺はっ!」
 亮の額の高さまで持ち上がったいずみの右手が、空中に素早く何かを描いた。
「……ぐっ」
「ごめん……これ以上、キミの言葉を聞いていたら……本当に失敗しそうだから」
 いずみの頬を伝う涙は止まらない。
「キミの事……大好きだった」
 それは告白ではなく、二度と会えない者に対する別離の言葉だった。
 
 穏やかな日常に包まれながら、亮の心には何故か焦りに似た思いが日々募っていく。
 真月が青く輝く夜、危険を知りながら高まる焦りに後押しされるように外出を繰り返す……そんなある冬の夜。
「…誰だッ!?」
 亮の誰何に、物陰から黒い影が現れた。
 格闘家を思わせる堂々たる体躯と顔を包むマスクに、亮は思わず身構えた。
「俺は……お前のよーく知ってる奴だ」
「…?」
 ガードもなしにマスクマンはゆっくりと近づいてくる……が、吹き付けるような殺気に亮は心拍数は跳ね上がった。
「…っ!」
 暴風を思わせるラリアットが、一瞬前まで亮の頭がいた場所を吹き抜ける。
「お前にはっ!笑顔を守ってあげたい大切な奴がいただろう!」
 火を噴くような右ストレートを首の皮一枚でかわす。
「不器用で、どこか抜けてて……恐いくせに、みんなの笑顔を守るために戦うような、そんな……」
 下からすくい上げるような左の拳が亮の鳩尾にめり込む……が、打撃の方向に飛ぶことで被害を最小限に抑えた。
 それでもなお、夕飯をリバースするほどの威力。
「大切な奴がいただろうっ!」
 ショルダータックル……をかわした瞬間、亮は微かな頭痛を覚えた。
「思い出せっ、羽村ぁっ!」
 亮の視界が一回転した……自分が投げ飛ばされたと気付いた瞬間、背中をしたたかにうちつけた。
「……新…開…さん?」
「……」
 マスクマンは、亮に背中を向けた。
「新開さん、新開さんだろ!?」
「お、俺は……謎のマスクマンだ」
 そのネーミングセンスから、亮はマスクマンが新開であることを確信する。
「……そうだ、いずみさん!いずみさんが1人で…」
 マスクマンの大きな背中が揺れ、そして絞り出すような声で呟いた。
「火倉を……救ってやってくれ」
「何言ってるんだよ、新開さんも…」
「俺に……その資格はない」
 夜空に輝く2つの月を見上げ、マスクマンは背中を向けたまま呟く。
「頼む、羽村……あいつの笑顔を取り戻してやってくれ」
 光狩に憑かれていたとはいえ、いずみに暴力を振るった現実が新開を激しく傷つけているに違いなかった。
「新開さん……今とは言いません。だから……約束してください」
「……」
「かならず、戻ってくるって…」
「……じゃあな」
 マスクマンはそう言い残して走り去った……火者の護章をその場に残して。
 
 あの公園での別れから約2ヶ月……たった1人でどれだけの光狩を葬ってきたのか。
 そこに立っていたいずみは、亮の記憶するいずみとは別人のように見えた。
 低く、荒い呼吸音はもとより、その表情から指先に至るまで殺気が迸って人を寄せ付けない壁の存在を否応なしに感じる。
 そんないずみの姿を見たくはなかった……見たくはなかったからこそ、亮は無造作にその壁を乗り越えた。
「いずみさん…」
 血のような赤い瞳が亮を見た……それは懐かしい誰かに会えたという視線ではなく、敵を見る視線。
「私は…もう騙されない」
「……」
 この数週間、1人で戦い続けた亮にはいずみの言葉の意味が良くわかった。
 仲間と一緒に1匹の光狩を追うのとは違い、ただ1人で戦う時、光狩は恐ろしい敵に変貌する。
 光狩は、人の心を読みその願望を映し出す鏡のようなモノで……その姿を、大事な仲間に見せて襲いかかってくるのだ。鏡花に、星川に、真言実に……そこにいるはずがないとわかっていてなお、騙されそうになる。
 夜を重ねる毎に荒んでいく自分の表情を観察しながら、亮はいずみが今どうしているかを想像して暗い気持ちになったものだった。
 ヒュン…
 いずみの大鎌が威嚇するように亮の足下で火花を散らす。
「……どれだけ、騙されてきたんだよいずみさん」
 相手の攻撃軌道が読める亮はまだマシだったろう。
 相手の攻撃を受けるまで、もしかすると攻撃を受けてもまだそれが光狩だと気付かずに騙され続けて……それでいて、威嚇攻撃を繰り出す少女に亮は言葉では言い表せない感情を覚えた。
「馬鹿だな、いずみさん……馬鹿みたいに優しいから、自分が傷つくんじゃないか」
 ヒュン…
 前髪が数本宙に舞った。
 かまわず、亮はゆっくりと歩を進めていく。
 ヒュン…
 亮の右頬に赤い筋が走る……が、亮は軽く両腕を広げたまま近づいていく。
「……っ?」
 殺気に塗り固められていたいずみの表情が初めて崩れた……が、すぐに唇を噛みしめて次の攻撃を繰り出してきた。
「…っ!」
 初めての攻撃らしい攻撃に、亮の右腕から赤い血が飛び散った。
「さっさと正体を現せ!」
「本当に馬鹿だ、いずみさんは…」
 有無を言わさず、攻撃すれば傷つく事なんて無いのに……。
 左腕、右太腿、左太腿……傷つき、よろけながらも、亮はついにいずみの前に立ち、にこっと笑って見せた。
「……あ、ぁ…まさか…」
 いずみの手が、大鎌を取り落とす。
「でも俺は……」
 亮は血だらけの腕でいずみの身体を抱きしめた。
「そんな、馬鹿ないずみさんが大好きなんだ……」
「亮……くん…」
 いずみの赤い瞳から、透明な涙がこぼれた……
 
「……ここに来ると、あの時のことを思い出しちゃうよ」
 いずみは、目を伏せながら呟いた。
「あの時って……コウヤと戦ったときのこと?」
「ううん…」
 いずみは小さく首を振り、そして顔を上げた。
「2年前の……コウヤや兄さんとの戦いは確かに苦しくて、負けるわけにはいかなかった戦いだったけど…」
「……」
「私には……絶望と怒りで全てが真っ暗だったあの時の私の心に、キミが暖かい光を注いでくれたあの事がなによりも大事だよ」
「いずみさん…」
「みんながいたから……亮くん、鏡花ちゃん、星川君、百瀬君、真言実ちゃんにマコト……それと」
 いずみの表情が僅かに曇った。
「……新開君。あれからずっと実家に戻ってなくて…行方不明のままだって」
「……いずみさん」
「あ、ごめん……せっかく亮くんが誘ってくれたのに、こんな顔してちゃダメだよね…」
 いずみは指先で眼鏡の位置を調節すると、明るい笑みを浮かべた。
「それで、今日はどこに行くの?」
「あ、うん……ちょっと、いずみさんにはアレかも知れないけど…」
「…?」
 
「……なんか、テレビで見るのと全然違ってるような」
「えーと、テレビ放映するのは大抵メインイベントだから……かな?前座の試合だとこんな感じ……らしいよ?」
『それでは、続いて第2試合を行います!15分1本マッチ……』
 アナウンスが始まった瞬間、亮はいずみの視線をリングに向けさせた。
「…?」
「このプロレスのチケット……貰い物なんだ」
 マスクをかぶったプロレスラーがリング嬢に姿を現した。
『南米からやってきた謎のマスクマン、マスク金剛ーっ!』
「わ、遠いところからやってきたんだね…」
「……いや、これがデビュー戦なんだあの人」
「え…?」
 いずみの視線が亮に、そして何かを感じたのかマスクマンに注がれた。
「うん……あの人からチケットが送られてきて……いずみさんを連れてきてくれって」
 いずみは口元を押さえ、そして呟いた。
「まさか……新開君?」
「応援してくれって…いずみさんに応援して欲しいって」
 その瞬間、いずみは立ち上がっていた……
「頑張れー!新開くーん!」
 
 
                   完
 
 
 ゲームのラストだと新開があんまりだ……と思ったりするのは高任だけですか、そうですか。(笑)
 (注)マスクマンの本名を呼ぶのは洒落にならないマナー違反です……いずみの性格設定状の演出ですのであしからず。
 
 『夜が来る!』の同人誌用の話としてはともかく、ゲームやってない人間にはさっぱり内容だったよな……などと、昔のファイルが見つからなかったので、脳味噌という名の自家製ハードディスクから内容を掘り起こし、手を加えて書き上げてみましたが。
 やっぱり、ゲームをやってない人間にはさっぱりですな。(笑)
 それにしても……こういう中途半端な話を書くと、『偽夜が来る!』とかでいろいろと書き殴ってしまいたくなるじゃないですか。(笑)

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