「……お代官様、どうかなさいましたか?」
「大黒屋……」
悪代官こと、腹黒主水之介助兵衛(はらぐろもんどのすけ・すけべえ)は訝しげに部屋の中を見回しながら呟いた。
「この座敷は……儂の屋敷の部屋とそっくりじゃのう…」
「サービスにございます……これも、お代官様にゆったりとリラックスしていただくためにご用意いたしました」
悪徳商人こと、大黒屋金次(だいこくや・きんじ)は、揉み手の音が聞こえてきそうなにんまりとした笑みを浮かべた。
「さようか……相変わらず手回しが良いのう」
「商人に一番必要なモノは、サービスでございますから」
「ぬけぬけと……で、わざわざ呼び出して何用じゃ?」
「まずはこれをお納め下さいませ…」
大黒屋は脇に置いてあった風呂敷包みをすっと差し出し、悪代官の前で包みを解いて見せた。
「阿波の特産、ぶどうまんじゅうにございます…」
「はて…阿波の特産と言えば、藍染め、わかめ、すだちジュース……(以下略)……きんちょうまんじゅうではなかったか?」
「ず、随分とお詳しゅうございますな…」
「ま、まあそんなことはどうでも良い……大黒屋、この前の健康診断で血圧が高いと指摘されたことはそちも知っておるだろう……つまらぬモノを持ってきおって」
酒と女と甘いモノには本来目のない悪代官なのだが、いかにもつまらさそうに饅頭のつまった箱を手に持つ……と、すぐさまその箱がやけに重いことに気付き、口元にいわゆる悪代官スマイルを浮かべた。
「大黒屋……重いのう、この箱は」
それを受けて、大黒屋は悪徳商人スマイルを浮かべた。
「サービスにございます……この大黒屋金次、代々細々と古着と薬を扱っていた大黒屋を伊達に僅か数年で大きくしたわけではございませぬ」
「いや、すまぬすまぬ……」
悪代官は、それ以上言うな、とばかりに扇を振った。
「しかし、僅か数年でのし上がる……善人にはできぬ事よのう」
ずいと膝を出して大黒屋に顔を近づける悪代官に向かい、大黒屋は涼しげに目を細めて笑った。
「手前どもは商人でございますので、値段の折り合いさえつけば何でも商いいたします…」
大黒屋は一旦言葉をきり、細い目をますます細めた。
「人の善さ……などというモノは、一番最初に売り渡してしまいましたなあ」
「恐いのう、商人は…」
「何を仰います…」
ちら、と大黒屋は悪代官に意味ありげな視線を向けた。
「人はみな恐いモノでございますよ…」
あなた様も同類でございましょう、とでも言いたげな大黒屋の態度に、悪代官は鼻白んだような表情を浮かべた……が、すぐに気を取りなおしたのか膳の料理に箸を付ける。
「で、さっきも聞いたが今日は何用じゃ?」
す、と大黒屋の表情が一変する。
「お代官様…」
「な、何だ…」
奇妙なほど感情を消し去った表情のまま、大黒屋は懐から一枚の紙を取りだしながら言った。
「……悪代官ランキングと言うモノをご存じですか?」
「あ、悪代官ランキングゥ?なんじゃ、それは?」
「過去に犯した悪事、またその手口のあくどさなどをポイント制にして、上位の東西百名をこうして番付にしたモノでございます」
大黒屋が畳の上に広げた紙に目を寄せる。
「お代官様、ここ、ここでございます」
大黒屋の指に誘われるようにして、悪代官の視線が番付の下の方に移動していく。
「ちっさい文字じゃのう……な、何で儂の名前が!」
「おめでとうございます。見事ランキング入りを果たしましたな」
「ラ、ラ、ランキング入りって……それは、悪事が発覚してると言うことではないかっ!」
額から汗をダラダラと垂らしながら、悪代官はブルブルと震え出す。
「大丈夫でございますよ、お代官様……この番付は、いわゆる正義の味方組合が秘かに発酵している機関誌でございまして、他にも悪徳商人ランキングに、悪徳奉行ランキング……(以下略)…)」
「さ、さようか………って、正義の味方だとっ!?」
「ええ、頼まれてもいないのに何故か全国各地を旅する正義の味方どもは、この機関誌を頼りに悪者を成敗してるわけでございますなあ…」
「そ、そ、それでは、儂がランキング入りしたと言うことは……」
「これからでございます、お代官様の悪名をビッグネームにするのはこれからが大事でございます」
悪代官は今にも白目をむきそうな表情で、ブルブルと顔を激しく左右に振った。
「なあに、軍資金の方は手前どもにお任せ下さいませ…」
満面に黒い笑みを浮かべる大黒屋に向かって、悪代官は顔を真っ赤にしながら口角泡を吹かんばかりにかみついた。
「だ、大黒屋!おぬしはどうなのじゃ?おぬしも悪徳商人ランキングとやらに…」
「いえ、私めはまだまだでございまして…」
「……っ!……っ!」
「ああ、お代官様、あんまり興奮なされると高血圧にさわります……クールダウン、クールダウンにございます」
「だ、大黒屋ぁ…」
「クールダウン、プリーズ?」
刀を抜いて斬りかかる悪代官。
それを見事に白刃取りする大黒屋。
世にも愉快なこの二人の悪党の果てしない戦いの、これがプロローグとなる。
完
お、俺は一体何を書いているんだ?(笑)
しかし、冗談じゃなくゲームの中で流されるムービーはこんな感じなんですよ。あの独特の雰囲気が伝わるといいんですが。
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