「大黒屋……あれから何カ月も経ったのだが?」
「季節が悪うございましたなあ(笑)。なにせ、あらゆるモノを凍てつかせる北の地でございますゆえ……かの間宮林蔵も北風の吹き付ける凍った海はどうしようもないようで」
遙か日本を離れた北の大地にも遅い春が訪れつつあり、白一色の景色が少しずつ色彩を取り戻していくのを楽しむような表情で呟く大黒屋……とはいえ、悪代官が頭にはちまきを巻き、右手に愛銃ニューナンブを持って堅牢で名高いシベリア監獄の隅から隅まで罠を張り巡らせているときも、また万全の体勢で間宮林蔵を迎え撃とうと意気込んでいたときも同じような楽しげな表情を浮かべていたのだが。
そして今も、国元の手代にメールを送り、商いの手はずを指示していたりする。
「ええい、考えてみれば間宮の奴が蝦夷地に入り樺太の奥地まで分け入るまで何年もかけているではないかっ!」
「そのペースだと、ここまでやってくる頃は……はて?」
「ええい、いつもいつも攻め込まれてばかりいてたまるか!大黒屋ぁっ!ワシはここをうって出るぞ!」
「それがよろしゅうございますなあ……(ぼそりと)なんせ、タイトルがオホーツクに消ゆでございますし」
「……は?何か申したか?」
「いえいえ…」
大黒屋は大げさなぐらいに首を振り、満面の笑みを浮かべた。
「こんなこともあろうかと(笑)、ゴロヴニンと接触してござりますれば…」
「ごろぶにん?はて……どこかで聞いたことがあるよう名前じゃの…」
「測量と称して、わざわざ松前班の守備兵のいるところにやってきて捕らえられたロシアの狸でございますよ……まあ、ロシア軍艦に拿捕された商人、高田屋が懸命に日露の橋渡しをし、平和に事を納めはしましたが」
「おうおう、あの……」
悪代官は膝を打ち大きく頷いた。
「測量か……まあ、間宮とは狐と狸じゃの」
「隠密にはいい口実でございますからなあ……」
大黒屋が笑うのに引きこまれて、悪代官も笑う……
そして、シベリア鉄道とバイカル・アムール鉄道を乗り継いでアムール川下流に悪代官達が到着したのが4日後。
そこからサハリンに渡り、現在のオハ油田のある樺太東海岸にて、結局は間宮林蔵を待ち受けるはめに。
「お代官様、やっとオホーツク海ですな」
「まったく、考えなしにタイトルを付けられると苦労するわい…」
「してお代官様、どのような罠を…?」
「ふむ、シベリアで一冬を過ごしてみてわかったのだが……北の冬は厳しい。間宮は、そんな厳しい冬を堪え忍ぶ忍耐力と危険を見抜く観察力に優れているとワシは思う」
「ほ…」
大黒屋が一瞬だけ、心の底から感心したような表情を浮かべる。
「だがな、凍てつくような蝦夷地観測を15年も続けてきただけに……火に弱いはずだ」
「……さようでございますな」
大黒屋がお面のような愛想笑いを浮かべた。
「そしてここは石炭と油田があり、火をつけるには絶好の場所よ。しかも、『悪代官2』の新しい用心棒歌舞伎は火を吐けるからの!」
「……既知外に巨神兵」
「……何か言ったか?」
「いえいえ、別に何も…」
「……その割には、なにか腐っているようじゃが」
「そりゃ、巨神兵ですから」
などと、馬鹿なやりとりをしていると、センサーに間宮の影が。
「ふははっ、これこそ飛んで火にいる夏の虫よ!者ども、であえであえっ!」
ばらばらとそこらかしこから集まる家臣達……が、全員金魚の糞のように悪代官の後ろにへばりついて動こうとしない。
「貴様ら、何をしておる!」
「き、北国の春はまだまだ寒うございますゆえ…」
悪代官と違って皮下脂肪の蓄えが豊かでない家臣達は歯の根をがちがちとふるわせ、今にもおしくらまんじゅうを始めそうな気配である。
もちろん、大黒屋はいつの間にか姿を消している。
今回もどこか火の粉の降りかからない安全なところで、ソファーに腰掛けてブランデーグラスを片手に観戦を洒落込んでいたりするから油断がならない。
悪代官はにやりと片頬を歪めて笑い、ダンヒルのライターをカチカチいわせながら家臣の耳元で囁いた。
「……知っておるか、人間の身体は良く燃えるぞ(笑)」
家臣達が弾かれたように部屋を出ていく……しかし所詮はやられキャラ、ばっさばっさとなぎ倒されていく。
しかし、間宮の注意力を削ぐには十分だった。
「ゆけいっ!デスローラー!」
足下のスイッチを踏むと同時に、家臣達をもなぎ倒しながらデスローラー(スパイク付き)が間宮の身体をオームにはねとばされたナウシカよろしく宙に舞わせた。
そして、そのまま地面に叩き伏せられて大ダメージと思った瞬間、間宮が懐から何かを取りだし、地面に向かって投げつける。
「なんじゃっ!?」
激しい勢いで叩きつけられるかと思えた間宮の身体が、ふわりと地面に舞いおりた。
「羅針には強力な磁石を使う……この程度の攻撃など効か」
「食らえっ!」
いきなり悪代官の愛銃ニューナンブが火を噴いた。
「おふうっ!」
もちろん、磁石に引っ張られて百発百中……だが、正義の味方の本当の恐ろしさは、異常なまでの打たれ強さであることをこれまでの経験でイヤと言うほど学んでいた悪代官は、追い打ちをかけずに背を向けて逃げ出した。
「こ、こら待て!」
「誰が待つかっ!」
猟犬のように悪代官に食らいつこうとする間宮だったが、悪代官の左脚が力強く大地を踏んだ瞬間強制転移させられる……もちろん、転移させられた場所は8方が茶運び人形(正義の味方が近づくと爆発する)に囲まれていたりする。
絵に描いたような大爆発。
しかし、これでも正義の味方にとってはちょっと痛いなと言うレベルのダメージに過ぎず、慌てず騒がず羅針を取りだして地面に叩きつけられることを回避…
「食らえッ!」
「おふうっ!」
再び火を噴くニューナンブ君。
空中でバランスを崩し、見事なまでの車田落ちを決める間宮林蔵。
「お、おのれ…」
と立ち上がった時に、頭上を洗面器(中身は空)がおそう。
カランカランカラン……
地面に転がる洗面器を見つめる間宮の肩先が小刻みに震えているようだった。
「き、き、貴様だけは死んでも殺すぅっ!」
と、怒りで完全に我を失った間宮の様子に、悪代官は心の中でニヤリと笑う。どうやら、決定的に実践を踏んだ場数が違うというか、大黒屋に鍛えられているせいであろうか。
完全に頭に血がのぼった間宮は面白いように悪代官の罠にはまり続け、全身串刺しになったり、コショウ爆弾でくしゃみと鼻水が止まらなくなったり、前後を火炎放射器で囲まれて火に焼かれながら横道に逃げ込むと火薬のつまった樽が置いてあったりと、とにかく10秒と間をおかずにどこかで爆発音が鳴り響くという状態が小一時間も続いたと思いねえ。
「ま、待…て」
悪代官を追いに追った間宮の視界がいきなり暗転した。
「これは…?」
ヌルヌルと粘りつくような黒い液体の正体に思い至って顔を青ざめさせる間宮。ご丁寧に小さな空気穴まで作ってあるから完全燃焼は間違い無しのデストラップだ。
落とし穴は四方がオーバーハング状のツルツルしたスラブ(一枚岩)でコーティングされており、見るからに金がかかっている。
「グフフフ…フワーハッハッハッ!」
陰険そうな笑い声に上を向くと、穴を覗き込んでいるのは暗殺対象というか、心の底から本気で殺したくなった初めてのターゲット。
「てい♪」
何か声でもかけてくるかと思いきや、いきなり火を投げ込んでくる。
「いきなりかーっ!」
ゴウッ!
だが、まだ死なない……いや、死ねない。だって、正義の味方はタフだから。(笑)
それから十数分後。
オホーツクに面した樺太の東海岸に一発の銃撃音が鳴り響く……それから遅れること数秒、間宮林蔵が辿りつくことの無かったといわれている樺太の東海岸から、オホーツク海に向かって1人の人間が落ちていった……
そして、エピローグ……
「大黒屋……なにをにやにやしておる?」
「いや、これからのことを思うとワクワクしますので」
言葉通り、大黒屋は少年のように瞳を輝かせながら遠くなっていく大陸を眺めている。
「交易をするとして、同じ距離なら東西交易ではなく南北交易をやる方が利があがりやすいのでございます……たとえば」
大黒屋はほんの少しだけ遠くを見つめる眼差しで、船の進行方向に視線を向けた。
「島津藩が作っている砂糖でございますが、南ではそれより良質の砂糖が生産されるために琉球を通じての密貿易はかなわず、大坂商人に買いたたかれぬように余分な生産分を捨てているのが現状でございます」
「……その砂糖もロシアでは」
「さようで」
ニヤリと笑う大黒屋……生粋の商人としての表情。
「ロシアは、今シベリア開発のために食料の補給路を確保したいのでございますよ……近年になって、続々とロシア船が蝦夷地に来船するのはそのせいですな」
「だが、幕府は……少なくとも表立っての外国との交易は認めておらぬ」
「で、先のゴロヴニン絡みで高田屋がひっそりと…それ故、食料のラインは食い込む余地がありませぬ」
このあたりになると、悪代官には事情が良くわからない。
ロシアと島津、そして島津と清国……悪代官は知る由もなかったが、清国では海藻が無く病が多発している地域が広がっており、昆布が非常な高値で売れた。
「鎖国は、国を痩せさせます……ロシアで過ごした半年でそれを痛感いたしました」
「大黒屋……商人として、開国が望みか?」
「いずれは……まだ私は商人として小さい故。そのためにも、お代官様にはもっともっと大きくなっていただきます」
今大黒屋が頭で思い描いている絵図が実現すれば、商人として飛躍することができるであろう。
だが、皮肉にも時代の流れは2人が大きくなる前に日本を開国へと導こうとするのである……そう、奴が来るのだ。
最強の敵……黒船に乗ったアイツ。(笑)
完
んー、実際の戦いを書け書けとうるさい人がいまして。(笑)
だから、高任にギャグは無理だって。
というわけで、何かネタがないかと色々と文献を漁ってみたんですが……はっきり言って、かなり謎の人です。
いちおう、悪代官2への前フリとして、無理矢理エピローグでそういう流れにしてみました。(笑)
間宮林蔵、樺太に二度探険(3度という説もあるが……3度目の樺太探険は、この悪代官暗殺の命だった故に正式に公表されていないとの見方が強い(笑))し、最初の探険で間宮(タタール)海峡を発見して樺太が島でことを証明、二度目の探険でアムール川から松花江まで逆上って中国の地を踏んだ探検家と敢えて呼ぶ。
後にシーボルト事件の際に密告したのが間宮林蔵であるという噂があり、それを元に間宮林蔵は幕府の隠密のような役を帯びていたのではないかという説がある。
日本人による探険測量の歴史で間宮林蔵の他に有名なのは、全国の地図を作製した伊能忠敬に、近藤重蔵と共に北海道の東海岸ぞいに択捉島の先、ウルップ島までたどり着いた最上徳内あたりであろうか。
ただ、この両者(近藤重蔵にしても)が家格が高かったのに比べ、間宮林蔵は農家に生まれ、それを村上某によって手ほどきを受け……いろいろあって、30俵3人扶持の武士となるという経緯からわかるように、大勢の供を引きつれてという探険測量はまず無理であったわけで。
ひょっとすると、それが反対に蝦夷地や樺太の探険を成功させたのかも知れませんけどね。
ちょいと調べてみたのですが、なかなか興味深い人物なので時間ができれば詳しく調べてみたいところではあります。
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