「ほう、書見でございますか、お代官様…」
「最近、攘夷だの、開国だのとやかましいからのう……」
 悪代官は文机の上のパンフレットにちらりと視線を落とし、難儀そうに呟いた。
「まあ、敵を知り、己を知れば百戦危うからずとも言うし、とりあえずアメリカの言葉を学ぶため、駅前留学でもしようかと思ってのぅ」
「はっはっはっ、駅前留学など金と時間の無駄遣いでございます……何を隠そう、この大黒屋金次、世界をまたにかける商人ですからなあ、英語にヒンズー語、古代ギリシャ語までぺらぺらでございますゆえ、よろしければ…」
「ほう……なら1つ聞きたいのじゃが」
「何でございますか?」
「英語の辞書を見ていて思ったのだが……どうして、英語には他者を馬鹿にして罵るための言葉がこんなに多いのじゃ?
「ああ、それはですね……例えば、エスキモー語には雪の状態を示す言葉がたくさんございますが、これは生活に雪が密接に絡みついているせいでございます……言語というのは日常生活において重要な分野に向かって発達していくモノでして
「ほう…」
「つまりですね、英語に他者を馬鹿にする言葉が多いのは……」
「多いのは?」
ア〇リカに馬鹿が多いせいでございます
「さようか!」
 はたと膝をうった悪代官を見つめたまま、大黒屋は薄ら笑いを浮かべている。
「……大黒屋、何かワシに嘘をついてはおらぬか?」
「お代官様……実は、アメ〇カからとびっきりの馬鹿が1人、日本にやってきてまして」
「ほう、ただの馬鹿ではなくとびっきりの馬鹿……」
「とびっきりの馬鹿であるだけならまだしも、タチの悪い馬鹿でございます」
「……つまり……帯回しの時間なのだな?」
「さすがお代官様……ご賢察でございます」
 
 アメリカからの使者と言えば響きがいいが、つまるところ企業の便宜をはかるための条約を結ぶことを使命に受けて、国使の名を借りた脅迫者である。
 この時期、ロシアなどは漂流した日本人をわざわざ日本に送り届けてくれたうえで、国交を開こうと努力しているという、実に友好的な態度をとっているにもかかわらず……という歴史の話はおいといて。
 
『開国シテクダサイヨー』
 単身館の中に殴り込んできた提督が右手に持った細身の剣を鮮やかに使いつつ用心棒の先生方をなぎ倒す映像を眺めながら、悪代官はしみじみと呟いた。
「……頼みに来るところを完全に間違っておるの」
「とびっきりの馬鹿でございますからな」
 悪代官はこめかみのあたりを指先で揉みほぐしながら、やれやれと言った感じで首を振る。
「老中から聞いた話だと……『アメリカは、日本と友好的な関係を築きたいと思ってマース。アメリカは日本に協力するつもりはこれっぽっちもありませんが、日本はアメリカに協力してください。言うことを聞かないなら、戦争して植民地にしてあげます』……などと、言っているそうじゃの」
「……ああいう人間を抱えた国は、100年経っても同じようなことをしているんでしょうねえ」
「……」
「どうかしましたか、お代官様」
 いきなり黙り込んだ悪代官に、大黒屋が声をかける。
「いや、何かこう……自分達が何をされているか言葉にしてみると、胸の中にひしひしと滾るモノがわき上がってきての」
「人として、当然の怒りでございましょう……奴らに言わせると、日本人をはじめとしてアジアにおける住民は人間じゃないそうですが」
『開国シテクダサイヨー』
 モニターにチラリと視線を向け、悪代官は日本が誇るハンドガンニューナンブを懐からとりだした。
「……では、馬鹿退治にいってくる」
「お気をつけ下さいませ…」
 元モニターだった残骸を蹴飛ばしつつ、アジア人種の誇りと尊厳のため悪代官がゆく。
 
 アジア人種の誇りと尊厳をかけ、屋敷に仕掛けた罠はみなアジア伝統のモノばかり。(故に火力は抑えめ)
「ハッハッハッ、開国シテクダサイヨー……そうすれば、私、カンパニ−からボーナスがもらえマース」
 などと、ちょっとばかり本音をのぞかせ(笑)つつも、悪代官という百戦錬磨の指揮下に入った用心棒達と巧みに設置された罠に、じりじりと追いつめられていくペリー提督。
 思ったより骨のない……と、悪代官自らとどめを刺そうと提督の前に踏み出した瞬間。
「動くと撃ちマス」
 
 バズーカ砲でホールドアップ。
 
「ちょっ、ちょっと待てい」
「ハッハッハッ、動くと撃ちマース。おとなしく開国シテクダサイヨー」
 
「それを撃ったらワシも死ぬがお前も死ぬぞ!」
 
 悪代官の必死の説得にも関わらず、ペリー提督はフンと鼻で笑い飛ばす。
「黄色いサルの言うコト、信用できまセーン」
「信用できない黄色いサル相手に条約を結ばせようとするなあっ!」
「神に祈る時間を上げマース……3、2、1」
「全世界がキリスト教徒と思ってんじゃねえっ!」
 直後、悪代官の屋敷を揺るがす大爆発が起こった……
 
 
「……それからどうなったの、おじーちゃん?」
 膝の上に乗った孫が、瞳をキラキラと輝かせて老人の顔を見つめる。
「……」
「おじー…ちゃん?」
 老人の目は閉ざされ、先ほどまでぽつりぽつりと言葉を紡ぎだしていた唇までもがその動きを止めていた。
「……」
 孫は、何か恐いモノを見たかのように、怖々と老人の膝から降りて、そのまま後ずさりしていく。
「おかあさーん、おじーちゃんが何か変だよ…」
 
 大黒屋金次、享年九三歳。
 悪代官の死後(ただし、死体は発見されていない)、不平等条約を結ばされて喘ぐ日本経済界の中で、いちはやくグローバルな活動を行っていた大黒屋は、ただ1人敢然とアメリカ経済に立ち向かい、無理、無茶、無謀の3無主義を押し包めつつ、ついにこの経済戦争に勝利してアメリカそのものを経済界から支配することに成功する……その後、目をかけていた手代を養子として跡を継がせ引退。
 そして、穏やかな笑みを浮かべる老人となる。
 あの経済戦争に勝利した情熱がどこからきたのか……それは、いつの季節も花が絶えなかった、元は悪代官の屋敷の跡地にある墓だけが知っている。
 
 
                      完
 
 
 いや、もう、話の続けようがないんですよ。(笑)
 だって、『悪代官2』だと、主人公変わってるし。
 
 で、本文中に某国に対する皮肉が散見できるとは思いますが、あまり気にしないでください。
 基本的にあの国は、いつの時代もあの国なんで。
 英語に人を罵倒する……ってのは、英語の使用文化圏が広く、つまり日本で言うところの方言レベルの表現までもが用法として内包されるために、数的にそう見えるだけです。
 これ読んで、『そーだったのか!』などと、人前で話すと馬鹿にされること請け合いですので……まあ、宴会とかでの小ネタにはいいかも知れませんが。

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