「……寒いです」
「そりゃまあ、冬だし…」
 どこか困ったような表情の尚斗に目を向け、結花は口を開いた。
「私、コーヒーミルク」
「いきなり俺に奢らせようとするか?」
「コーヒーミルク♪」
「もしもし?」
「大声で助けを呼んでもいいんですよ…」
「脅迫かよっ!」
「じゃあ、コーヒーミルク♪」
「……」
「コーヒーミルク♪」
「さては、照れてるなちびっこ」
 結花の足が尚斗のすねを蹴り上げる。
「デリカシーのない人は嫌いです…」
「嫌いですって……お前元々俺のこと嫌ってるだろ!」
 再び結花の足が尚斗のすねを蹴り上げる。
 寸分違わず同じ場所を攻撃され地面に転がる尚斗を冷たく見下ろすと、結花はあっかんべーをした。
「気の利かない人ですねえ……話ぐらいはしてもいいと言ってるんです」
 そして数分後、結花はコーヒーミルクの紙パックを手にして尚斗の隣に腰を下ろしていた。
「結花ちゃんは、どういう音楽を聞いたりする?」
「そうですねえ、夏樹様がジャズを好んでますので自然と……」
「いや、そうじゃなくて……洋食と和食ではどっちが」
「夏樹の様の親戚の方がイタリア料理のレストランを経営されてますので、洋食が好みになりました」
「じゃあさ、結花ちゃんは犬が好き、それとも猫?」
 結花はジロリ、と尚斗を一瞥し、怪訝そうな表情を浮かべて呟いた。
「なんですか…このお見合いトークな会話は?」
「いや、こっちにもいろいろと事情があってだなあ……」
 狼狽えたように言葉を濁す尚斗だが、どこか芝居じみた気配がしないでもない。それでも、やはり結花としては行き先の決まった路線バスのような会話を続けるしかできない。
「……なんだか、夏樹様の話題から遠ざけようとしてませんか?」
「ま、そうとも言うな」
 そう呟いて、ふてぶてしい表情で空を見上げる。
 尚斗と出会ってから2週間、夏樹に近づく害虫と判断していろいろと調べてみたのだが……成績はともかく、頭がいい事だけは確かだった。
「言いたいことがあるなら、はっきり言った方がいいですよ」
「いや、夏樹に憧れるのは良いんだけどさ……そこまでのめり込むと自分自身を見失ったりしないかね?」
「それで不都合が生じるとも思えませんし、あなたにそれを語るべき理由も見いだせませんね」
 唇から紡ぎ出された言葉は、心持ち口調が固かった……それは、少年の言葉が自分の心を揺らした事を明白にしてしまう。
「もったいねえだろ……それは」
「……あなたに何がわかります」
「まー、こまっけえ事はわかんないんだけどね…」
 肩をすくめ、いかにも無責任そうな台詞を呟くが、視線がそれを裏切っている。それさえも、結花の視線を計算した上での演技と思えなくもない。
 ただ一つ間違いのなさそうなことと言えば……少年が自分のことを心配してくれているということだけだった。
 じっと結花を見つめる尚斗の瞳は、どこか遠く、それでいてどこか暖かい。
「おせっかいとか、お人好しってのも1つの心の病気ですよね」
「……確かに」
 結花は小さくため息をつき、尚斗に買ってもらったコーヒーミルクの紙パックを押しつぶすように飲み干した。
「……奢ってもらった分はおつき合いしましたからね」
「律儀だな」
「あなたに、借りは作りたくありませんから」
「むう、嫌われてるねえ…」
「……そうでもないですよ」
 小さく呟いた言葉は、冷たい風にちぎられ消えていった……
 
「……さて、お出かけお出かけ」
 土曜日の午後、結花はコートを羽織ると冷たい風の吹きぬける繁華街へと向かった。
 街をぶらつき、人間を観察する……そんな習性が身に付いたのは、小学校の高学年頃だったか。
 演劇に興味がわいた頃のこと。
 結花の人間観察の最近のお気に入りは、繁華街の噴水付近。
 早い話が、カップルの待ち合わせ場所として割合ポピュラーな場所なのだが、そこで人待ち顔の人間の様子を観察するのが楽しいのだ。
「ま、演劇のためとはいえちょっと趣味悪いですけど…」
 などと、誰にともなく言い訳しながらそちらに視線を向けた。
「……35点」
 あからさまにきょろきょろとまわりを見回して落ち着きがない少年に点数をつける。
 正体不明の不機嫌を胸に、結花は物陰に隠れながら少年の様子をじっと見守った……と、少年の視線がある方向に固定された。
「さて、どんな物好きが……」
 少年の視線の先に目を転じた結花は呆然と立ちつくした。
「ちょっとあなた、これ、落としたわよ」
「あ、どうも…」
 いつの間にか落としたらしいポシェットをおばさんから受け取りながらも、結花の視線はそこから離れない。
 噴水から離れた二人の後を追って、結花は並木通りに向かって歩き出す。
 距離があるのと、風下に位置するせいで二人の会話は聞こえない。
 並木通りの半ばで夏樹が立ち止まり、少年もまた立ち止まる。
 どんなやりとりがあったかはわからない……ただ、少年の何らかの言葉で夏樹の表情が喜びに弾けた瞬間、意味不明の失望感に結花の心は埋め尽くされた。
 
 公園のブランコに座って見あげる冬の空はどこまでも高く見えた。
「背伸びしても空には届かないぞ、ちびっこ」
 ぽふっと頭の上に手を置かれる。
 振り返るまでもなく、こんな無礼なことをする人間は1人しかいない。
「……地上どこからどこまでを空と定義されてるかご存じとは思えませんけど」
「……夏樹さんがお前を探してるみたいだが?」
「公演前だから邪魔をしたくないだけです」
「で、お前は1人で何をしている?」
「考え事です」
「そりゃ随分と哲学的で……」
 冷たい風が吹き抜けた……さり気なく風上に移動する尚斗に気づき、結花は小さくため息をつく。
「誰にでもそうなんですか、有崎さんは…」
「何が?」
「ま、いいですけど……せいぜい地獄に堕ちてください」
 我ながら子供っぽい仕草だと思いながら、ぷいっと顔を背ける。
「話が見えないぞ?」
「見られたくないからそれで良いんですっ!」
「……?」
 結花は再び空を見上げ、ぽつりと呟いた。
「……私は夏樹様の側にいない方がいいんです」
「……」
 べしっ。
「いたぁーい、何するですかっ!?」
「夏樹さんが、お前に話があるみたいなのだが」
「だから…」
 べしっ。
 無言で蹴り返す……が、避けられた。
「有崎さんが話を聞いてあげればいいじゃないですかっ!」
「……何か、俺とお前の間に誤解という名の河が流れているような気がするぞ」
 結花はまじまじと尚斗の顔を見つめ、大きくため息をついた。
 異常に鋭いくせに、妙なところで鈍すぎる……多分、夏樹をあんな風に笑わせた意味が分かっていないのだろう。
「夏樹様って……笑わないんですよね」
「そうなのか?」
 結花は自嘲的な笑みを浮かべ、視線を地面に落とした。
「まあ…夏樹様にずっとそういう演劇をやらせてきた私が言ったらいけないことなんですけど」
「……ま、お前なら気付くよな」
「演劇部を立て直すという名目を掲げ、夏樹様の求める演劇とのズレには目をつぶり……自分勝手な女の子ですから、私」
 キイ、とブランコの鎖が寒そうな音をたてた。
「今日はまたえらく複雑に屈折してやがるな……」
「……自分でもわけが分かりませんから、説明を求められても答えられません。クイズには答えがありますけど、現実問題としては答えのない問いなどいくらでもありますし」
「そういうとこ、妙に大人びてんのな…」
 ぽふ。
 髪の毛を優しく撫でる手を結花は払いのけた。
「優しくしないで下さいっ!」
「子供扱いしないでくれの間違いでは?」
「……」
 しばらく黙り込み、結花は子供がするようにブランコから飛び降りた。
「夏樹様に会ってきます…」
 
 西に傾いた冬の陽射しは、部室をセピア色に染め上げていた。
「結花ちゃん……どうしてここに」
「どうしてって……」
 お互い顔を見合わせ、結花と夏樹は同時にため息をついた。
「まあ、あの人が無意味な嘘をつくとは思えませんし……」
「……逃げ道をふさがれちゃったか、お節介なんだから」
 結花の言葉を聞き、夏樹はどこかさっぱりしたような表情を浮かべた。
「夏樹様、何の事ですか?」
「ううん、こっちの話…」
 夏樹は小さく頷き、そして結花に向かって封筒を差し出した。
「……これは?」
「私の書いた脚本よ……読んでから感想を聞かせてくれると嬉しいな」
「脚本…?」
 胸に渦巻いた複雑の感情の中で、何よりもまず興味が優った。
 読み始めてすぐに顔を上げた。
「夏樹様…」
「読み終えるまでは何も言わないで」
 そう囁き、夏樹はそっと唇に人差し指を押し当てる。そして結花は小さく頷き、セピア色の光りに包まれながら続きを読んだ。
 脚本でありながら、脚本ではないモノ。拙さは残るけども、何よりも丁寧に書き上げた事がわかる。
 部を支えてくれた演劇部員の姿が活き活きと描き出されている……文章の中に見え隠れする書き手の感傷的な感情が、結花の中のある部分を刺激する。
 紙の上に、円い染みが浮かんだ。
 1つ、2つ……3つまで数え、それが自分の涙であることに気付く。
 それでも、最後まで読んだ。
「……夏樹様」
「結花ちゃん、私は卒業するの……それを忘れないで」
 忘れていたわけではない。
 ただ、夏樹が自分の側から居なくなってしまう事を認めたくなかっただけだ。
 夏樹が卒業する、あるいは、夏樹が誰かを好きになる……ただ、それだけで今までと同じ場所ではいられなくなる。
 あの時浮かべた夏樹の笑顔。
 あれは、結花の知らない夏樹。
「で、でも、これが最後なら尚更…」
 夏樹の白い指が、結花の涙をそっと拭う。
「私は、もうたくさん貰ったから……両手では持ちきれないぐらい」
「……」
「だから、最後ぐらいは結花ちゃん達にお返ししたいな」
「……わかってました。人はずっと同じ場所にはとどまれないって事ぐらい」
 結花は、ある種の感慨を胸に抱きつつ部室の中を見回した。
 ここに初めて足を踏み入れたのは、結花が中学生の時。
 廃部寸前の演劇部を救おう……そう決意した時、結花はそれまで纏っていた自分の殻を脱ぎ捨てた。
 人は、それを望む望まないに関わらず変わっていく……成長と言い換えてもいい。
 それをつなぎ止めようとしていた自分の滑稽さが、ただ哀しい。
「頭の中で理解するって事と、思い知らされるって事は違いますね…」
「そうね……」
 夏樹の手が、結花の頭をなで始めた。
 昔から、背が低い自分が嫌いだった。
 いつもいつも必要以上に子供扱いされる自分が嫌で必死に勉強した……なまじそれが向いていたために、また余計な偏見を背負い込むことも知らずに。
「夏樹様、この脚本はまだまだ手直ししないと使い物になりませんよ」
「ええ、頑張るわ…」
「それに……夏樹様目当ての人にとっては」
「ええ、でも確実に1人は応援してくれるみたいだから」
「……お節介な人ですか」
 夏樹はどこか悪戯っぽい笑みを浮かべて囁いた。
 
「有崎さん」
「ん……って!」
 顔めがけて投げつけられたジュースの紙パックを振り向きざまにキャッチする尚斗を見て、結花は舌打ちした。
「……ちっ」
「『ちっ』ってなんだあっ、『ちっ』って!」
「有崎さんの気のせいです。私がそんなはしたない真似をすると思いますか?」
「……まー、いいけどよ」
 と、手に取ったパックジュースにストローを刺して一口。
「……なんだよ?」
「飲みましたね?」
「……っ?」
 慌てて紙パックを点検する尚斗を見て、結花はため息をついた。
「別に一服盛ったわけじゃありません……奢った分はつき合ってもらいますけど」
 そう言って、結花は尚斗の隣にちょこんと腰を下ろした。
「……いいお天気ですね」
 屋上から見上げる空は、どうしていつもあんなに高く見えるのか。
「……んーと、お節介が過ぎたか?」
「別に……感謝してます」
「そうか、ならいいんだが」
「この前の土曜日……夏樹様と何してたんですか?」
「夏樹さんが例の脚本を落としてな……まあ、学校だといつもお前がいるからああいう場所で返すという話に」
「……鈍感」
「は?」
 自分で買ったこーひーみるくの紙パックを取りだし、乱暴にストローを突き刺した。
「何でもないですっ!」
「……カルシウム不足か?」
「背が低くてあなたに迷惑かけましたか?」
「論点がずれているような…」
 やたら不機嫌な様子の結花に恐れをなしたのか、尚斗はジュースを飲んだ。
「……後2週間ですね」
「は?」
「有崎さん達がこの学校にいられる期間です」
「あ、ああ、そのぐらいだなあ…」
 唐突に会話が途切れ、再び尚斗はジュースを口にするしか出来なくなる。
 ズズッ…
 尚斗が紙パックをつぶしたのを見て、結花は新しいパックジュースを取りだして尚斗に手渡した。
「はい」
「おお、サンキュ……」
 受け取ったはずみでストローを刺し、一口飲んだところで尚斗は顔を上げた。
「……って、おい?」
「飲んだ分はつき合ってくださいね」
「別に1つで充分なんだが……」
「2月14日って何の日かご存じですか?」
「奈良県〇〇寺のだだおしの日だな」
「……そうきますか」
「つーか、回りくどい言い方はやめろ」
 そう言って一気にパックジュースを飲み干した尚斗に、結花は新たなパックを手渡す。
「……ちびっこ、いくつ買ってきた?」
「秘密です」
「で、何の話だ?」
「今度のお休み、暇ですか?」
「暇だ」
「……なんか、聞く方が悲しくなるぐらいの即答ですね」
「言うな、俺まで悲しくなる」
「じゃあ、繁華街の噴水前に1時と言うことで…」
 尚斗の返事を待たずに立ち上がる。
「…って、おい?」
「約束しましたからね、もしすっぽかしたら鬼タックル100本ぶちかましますよ」
 
「……犬だな」
 えらく断定じみた口調で尚斗が呟くのを無視して、結花は説明を始めた。
「おっきいのから小さいのまで選り取りみどりです……犬好きおよび動物好きの人にはたまらないスポットですね」
「はあ、麻里絵あたりが喜びそうで……」
「流星キック!」
 結花の拳が尚斗の鳩尾にめり込む……が、少年は軽く顔をしかめただけだ。
「キックじゃねえだろう、今の?」
「……」
「……どした?」
「いたあーい」
「あーあー、慣れないことすっから手首でもひねっちまったのか?」
 涙を浮かべる結花の手を取り、尚斗はそっと手首に指をあてた。
「んーと……痛いのはこっち側か?」
 親指の付け根のあたりをさすると、尚斗は有無を言わさず手首を軽くひねった。
「いたたたたっ!」
「ま、明日になりゃちょっと腫れるだろうが生活にゃ支障無しだ」
「何するですかっ……と、あれ?」
 結花は右手を振り上げた状態で静止し、視線をそちらに向ける。
「何をしました?」
「おまじないだ」
「……」
「何だよ?」
 結花はほんの少しだけ視線を宙に泳がせ、そして渋々と言った感じで呟いた。
「ありがとう…ございます……って、何ですかその鳩が豆鉄砲食らったような表情は?」
「あ……いや、ちびっこにお礼言われるのってすっごく新鮮だわ。ちょっとびっくりしちゃったよ、おい」
「流星パンチっ!」
「あ……」
「いたあーいっ!」
「すまん、つい…」
 結花の放ったローキックもどきを尚斗の脛が受け止めたのである……どちらがダメージを受けたかは言うまでもない。
「あれ……今お前、『パンチ』って言わなかったか?」
「か弱い女の子が脛を抱えてうずくまっている状況でかける言葉ですかっ!」
「立てるか?」
「見てわかりませんかっ!?」
「しゃ−ねえなあ……」
 と呟きながら、尚斗は結花の身体を抱え上げた。
「わっわっ…」
「こら、暴れるな」
「普通、おんぶとか…」
「だって、お前スカートじゃん……見えるぞ?」
「だからって……」
 結花の顔が羞恥に赤くなる。
 結花的にはお姫様抱っこされている気分なのだが、端から見てる分には父親が子供を抱え上げている様な感じであることには気付いていない。
「えーと、ベンチはどこだ?」
「無視ですかっ!」
 二人の騒ぎを聞きつけたのか、施設の関係者らしい女性が近づいてきて声をかけてきた。
「どうかしましたか?」
「あ、いや、こいつが足をぶつけて、どっか座れるところを探してるんですが?」
「あ、でしたらこちらへ……」
 女性は単なる営業スマイルとは思えぬ笑みを浮かべ、尚斗の腕に抱かれる結花に声をかけた。
「優しいお兄さんね」
 
 ぶすうっ。
「その仏頂面は勘弁して欲しいんだが?」
「まあ、お兄様ったらこの私に向かって仏頂面だなんて、おほほほ……」
「もっしもーし……世間には1つ違いの兄妹なんてごろごろしてると思います」
「あれが1つ違いの兄妹に対する態度ですかっ!?」
 血管をこめかみに波打たせて吼える結花をなだめるように、尚斗が穏やかな表情で穏やかに囁いた。
「まあ、あのおねーさんに悪気があったわけでは…」
 そんな尚斗の態度に多少冷静さを取り戻したのか、結花はやや声量を押さえた。
「……あのですね、悪気がないと余計傷つくんですよ、女の子って」
「いや、女の子限定にしない方が良いと思います」
 うんうんと自分の言葉に納得するように小さく頷き、尚斗はあたりを見回した。
「しかし、修学旅行の名所まわりよろしくなぜこんなに急ぐ?」
 噴水前に1時……はともかくとして、分刻みでのスポット巡り(結花の説明付き)が少年の疑心を刺激したのであろう。
「一体、今日のコンセプトは何だ?それでなくても、忙しい身だろお前」
「……夏樹様、こういう場所が好きなんです」
 その瞬間、それまで目一杯冬を主張していた北風が弱まった……いや、そう感じただけかも知れない。
 肌寒さはいっそう強まったのだから。
「……はい?」
 結花はコートの前をかき寄せ、空を見上げた。
「人って……自分にはない何かに憧れるのかも知れませんね」
「真意はわからんが、結構ひどいことを言ってると思うぞおまえ」
「そうですね……少なくとも、あの時の夏樹様は可愛い女の子でしたから」
 一旦言葉を切り、ちらりと尚斗を見た。
 この人は、本当に邪魔をして欲しくないと思っているところでは決して口を挟まない……だから、言葉を交わすこと自体は最初から嫌いじゃなかった。
「私……小さくて可愛いって言われ始めた頃から、空を見るのが好きになったんです」
 空を見るときと同じ視線を尚斗に向ける。
「有崎さんは、どうしても手が届かない何かに憧れる事ってありませんか?」
「……手は、伸ばさないのか?」
「私、ちびっこですから……伸ばしても届かないんです」
 尚斗の手を取り、自分の腕と長さを比べて示す。
「ほら、こんなに違います……もちろん、物理的な手の長さを言ってるわけじゃありませんけど」
「まあ、手の届く範囲は人それぞれだわな……」
 そう呟いて空を見上げた尚斗につられるように、結花もまた空に視線を戻した。
「……しかし、夏樹さんの好きな場所ってのはいいんだが、お前はどうなのよ?」
「結構好きですよ……ただ、可愛いものを見て瞳をウルウルさせたりするほどじゃないですが」
「……だったら、どうして今日は?」
 結花は小さくため息をついた。
「本気で言ってますか?」
「あのよ……俺はお前じゃないし夏樹さんでもない、しかも女の子でもないんだぞ?」
「当たり前です」
「いや、だからさ……」
 尚斗は困ったように自分の頭をかくと、結花の頭に手を置いて無理矢理振り向けさせた。
「痛いで…」
 自分の顔を覗き込む尚斗の視線に、結花は言葉をのみ込んだ。
「まったく……これで俺の勘違いだったら切腹モノなんだが、まあ、居候は2月14日までだからな……」
 顔を上げた結花の目に、さっきよりも少し近づいた尚斗の顔が入る。
「…え?」
 ちょっと硬直気味の結花にかまわず、尚斗は結花の手を取り、そのまま自分の肩の上に置かせた。
「ほら、手届くぞ……」
「……は?」
 リアクションを返さない結花に、尚斗の頬がじんわりと赤くなった。
 ゆっくりと結花の手を元に戻し、慌ただしく立ち上がる。
「やっぱり俺の勘違いかよ……忘れてくれ、こーひーみるくでも何でも奢ってやるから言いふらすのも無しだ」
 そのままゆっくりと立ち去っていく尚斗の姿を見て結花の硬直が解けた……同時に、足の痛みも忘れて全力ダッシュ。
 ドカアッ!
「……ち、ちびっこ、後ろからのタックルは反則だ、覚えておけ」
「待って、ちょっと、勘違いじゃないから待つです」
 尚斗の身体に馬乗りになったままブンブンと千切れんばかりに首を振る。
「……は?」
「だ、だから……私」
 結花は顔を真っ赤にし、ただ無言で尚斗の首に抱きついた。
「え、えと?」
「と、届いたんですからねっ!嘘だって言っても、もう放さないですからねっ!」
「いや…あの……ああ、そうか」
 やっと事情を察したのか、尚斗の手が優しく結花の頭の上に乗せられた。
 
 
                     完
 
 
 ああっ、もう誰か殺してっ!ぜーぜーぜー(荒い呼吸)
 さて、『何か前半と後半で文章のつながり変じゃない?』なんて思うわけですが、最初結花をコンプレックスの塊みたいなキャラにして書いてて……『こんなんちびっ子違う!』などと勢いで後半部分および前半部分の各部を削除して書き直してしまったのが原因かなあ、なあんて思ったり。(笑)
 つーか、マジで結花の話を書いてると恥ずかしくて死にそうになってしまうんですが、高任ってば、この齢にして新しい自分を大発見してしまったんでしょうか。

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