花さえ咲かぬ男子校……の校門に一輪の可憐な、と言うより逞しい生命力を思わせる小さな花がぽつりと立っていた。
「む、標的発見」
 その小さな身体を校門に張り付けて、鞄を脇に構えて少年を待つ。
「おそーい!」
 吼えると同時に鞄を横薙ぎに振り回す。
「ふはは、殺気を漏らすとはまだまだ青い……」
 俊敏な動きでしゃがみ込んだ少年のこめかみに鞄がヒットした。
「私のようなレディを待たせるなんて、神をも恐れる所行ですこと。おほほほほ……」
「ち、ちびっこの身長の計算を間違えたか…」
 やはりダッキング(しゃがむ)ではなくて、スウェイバックにするべきだったか、と痛むこめかみを押さえながら尚斗は立ち上がった。
「なーにが、おほほほ…だ。レディは鞄なんかふりまわさねえよ」
「あら、まだ遅れた理由を聞かせてもらってないですよ」
「掃除当番だ。そ・う・じ・と・う・ば・ん!」
「やれやれ……物事の軽重をわきまえない方はこれだから困りますわ、おほほほ」
「その笑い方やめれ」
「そうですね、実際疲れますし…」
 肩をすくめ、結花は実に自然な動きで尚斗の隣に立った。
「で、今日は何の用だちびっこ」
「む」
「何が『遅い』んだ?待ち合わせをした記憶もないのだが?」
「むむ」
 結花の頬が少しずつ赤くなっていく。
「あら、春の陽気で今日が何の日かお忘れになったのかしら?」
 3月14日だった。
 とりあえず尚斗が頭を撫でると、結花の顔はますます真っ赤になる。
「義理チョコにお返しは必要ないという常識を知らないのか?」
「ぎ、ぎ、義理チョコだなんて…」
「義理なんだろ…?」
「も、もちろんですわ!」
 尚斗は結花の頭をさらに撫でまくる。
 妙なところで常識の欠けているちびっこが可愛くて仕方がない。実際、年の差は1つだが、危ない趣味に目覚めそうな自分が恐い。
「しかし……俺も義理堅い男だ」
「む、それはいいことですね」
 もうこれ以上は赤くはなれまいと思っていた結花の顔が限界を超えた。
「しかし、俺は貧乏でな…」
「お、贈り物に対してそのような無粋な事は気にしないですの!もちろん、一般論ですけど」
「そうか、優しいなお前は……」
「と、当然ですの!」
 ただ赤かっただけの結花の表情が生き生きと輝き出す。
 危ない趣味云々の前に、何というか……このちびっこの少女に惹かれていると尚斗は感じていた。
 ……だからこそ意地悪をしてみたくもなるのだが。(笑)
 いくらか真剣な表情で結花を覗き込んだ。
「……実はな」
「は、はい」
「お前以外にも義理チョコをもらっているのだが、どうすればいいと思う?」
 結花の顔から血の気が引いていく。
「いくつ?」
「全部で3つ」
「義理……ですよね?」
「とは聞いているが?」
「義理チョコにお返しは必要ないから問題はないんじゃありませんこと?」
 つん、と尚斗から視線を逸らした結花には見えないように笑みをかみ殺して呟いた。
「しかし、結花だけにお返しをするのは片手落ちのような……」
 ぴくり、と結花の肩が小さく揺れた。
「何故ですの?」
「だって、義理チョコなんだろう?」
「む…」
「結花にお返しをするなら他のみんなにもお返しをする……それが本当の義理堅さだと思うのだが」
「むむ…」
 結花の顔が再び赤くなってきた。もう一押しと言うところか。
「あれが本命だったら……」
「え?な、何?」
「いや、独り言だ、独り言。気にするな」
 敢えて狼狽したフリをして、結花の頭を撫でてやる。
「……そうだなあ、嘘でいいからあのチョコは本命だったって言ってみないか?その言葉で俺も救われるし」
「……」
 人間の可能性は無限だ。
 結花の顔を見ているとそんな気がする。
 結花の口が小さく開きかけた瞬間を見計らって、尚斗は頭を下げた。
「いや、悪い。言えるわけないよな……」
「ちょ、ちょっと待つですの!」
 結花は顔を真っ赤にしたままでもじもじと身体を揺り動かす。
「そ、それで有崎さんの気が楽になるなら……言ってもいいですわ」
「いや、無理しなくていい……そうだよな、そういうのって嘘とか冗談で言ったらいけないよな」
 何というか、夏樹が言うように演劇の才能があるのかもしれない。と、いつの間にか結花の顔色が元に戻っていた。
 そして、じっと尚斗の顔を見つめている。
 少し卑怯だったかなという思いと、こうでもしないと絶対に意地を張り続けていただろうなという思いが半々だった。
 結花が大きく息を吸い込んだ……
「何してんだ有崎、こんなとこで?」
 いきなり声をかけられて尚斗と結花が同時に跳ね上がった。考えてみれば、学校の校門でかなり恥ずかしいやりとりをしていたような気がする。
 結花と目が合い、同時にため息をついた。
「おい……ケーキでも奢ってやる。俺の予算を考えた店に連れてけ」
「む、他人任せのお返しなんて感心できません……でも、まあそれで手をうつことにします」
 台詞だけは雄々しく、それでいて恥ずかしそうに尚斗の手を取って歩き出す結花。
 もう少ししたら桜の花が咲き始める道を、やけに身長差のあるカップル未満が足早に通り過ぎていく。
 今日はいい天気だった。
 
 
                      完
 
 
 だめだ、妄想がはしりまくってまともに書けない。(爆笑)
 なんつーか、こういかにも動かし甲斐のあるキャラですなあ。意地っ張りで、行動力があって目標を定めたらまっしぐら……ってところがナイスです。

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