「キミ、映画とか好き?」
 鏡に映る自分の顔を見つめたまま2秒……夏樹は、いや違う、何か違うという感じに首を振った。
「これはちょっと堅苦しいよね…冴子あたりなら様になるかも知れないけど」
 指先で頬のあたりをぺちぺちと叩き、夏樹は再び鏡に向かって顔を作った。
「有崎くん〜一緒にこの映画見に行かない?」
 ポケットから取り出したチケットをすっと差し出しつつ2秒……夏樹は、再び首を振った。
「ちょっと、馴れ馴れしいよね……私、年上なんだし」
「夏樹様…何やってますか?」
「ひっ!?」
 振り返ることもできぬまま鏡の中をのぞき込み……ちょっと呆れたような表情を浮かべた結花の姿を確認する。
「ゆ、結花ちゃん…?」
「最初から見てました」
「〜〜〜っ!」
 両手で顔を覆い……夏樹はフルフルと身体を震わせながら立ちすくむ。
「……ふむ、これですか」
 床に落ちた映画のチケットを拾い上げ、結花がなんとなくといった感じに頷く。
「よーするに、有崎さんを映画を誘いたい…と?」
「そ、そーなんだけどっ」
 顔を覆ったまま、恥ずかしげに夏樹。
「……こんなとこて予行演習してる間に帰っちゃいますよ、あの人」
 ため息混じりに結花。
「で、でも…」
「……わかりました」
「え?」
「私が誘ってきてあげます……明日、でいいんですよね?上映時間とかわかってるんですよね?」
「え、でも…結花ちゃん?」
「夏樹様自身が誘えないなら、他人を頼ることも必要だと思いますよ」
 
「……すごいな、結花ちゃんは」
 待ち合わせ場所の忠猫にゃんぱち像へと向かいながら、夏樹は呟いた。
『10時30分上映……で、10時集合。映画の後は軽く昼食をとって次の目的地を……って感じで良かったですよね?』
 それが自分自身のためのデートのお誘いではないとはいえ、さらりとそんな事ができる結花を、夏樹はやはりすごいと思う。
 その角を曲がればすぐにゃんぱち像……の地点で、夏樹はちょっと立ち止まった。
 時刻は9時45分。
 本当はもっと早めに行くべきかな…とも思っていた夏樹だったのだが、あまり早くから待っていると、かえって重いかも知れないと思い直してこの時間。
「でも……まだ、来てないよね……男の子だし」
 極端に異性との接触が少なかった夏樹だけに、やや知識に偏りがあるのは仕方なく。
「……」
 夏樹はちょっと自分の胸に手を当てた。
「……やだ、ドキドキしてる」
 正確な定義は知らない……が、今日のこれは自分の中ではデートと呼んで良いモノで……しかも、初めての。
 このドキドキは、デートという行為のせいか……それとも相手のせいか。
「……ん」
 初めて舞台に立ったあの時のように……夏樹はくっと顔を上げ、一歩を踏み出した。
「夏樹様〜おはようございます」
「……」
 おそらく夏樹が現れるならこの方向から……と読み切っていたのか、にゃんぱち像の前にいた結花が夏樹の姿を見つけて駆け寄ってくる。
「まだ、有崎さん来てないんですよ…」
 あまりにも想定外の出来事に真っ白になった夏樹の意識は徐々に回復を始め……それでも、普段の回転を始める状態にはほど遠く。
「……あれ?」
 と、首をひねるだけ。
「まったく……待ち合わせの30分前にはやってきて、ちゃんと待ってるのが最低限の礼儀だと思うんですけどね」
「……え、えっと?」
「ま、有崎さんがくるまでおとなしく待ってましょう」
「……う、うん」
 
「なかなか面白かったですね、あの映画」
「そーだな……俺も結構、ああいう話は好きだし」
 映画について語り合う結花と尚斗の隣で、夏樹は再び首をひねる。
「……あれ?」
「夏樹さん…なんか今日は元気ないけど、具合でも悪いのか?」
「ううん、そんなこと無い……けど、あれ?」
「夏樹様…?」
「ぁ……わかった」
「え、何がですか?」
 きょとんとした表情の結花の手を取り、メインストリートからはずれた路地裏に。
「な、夏樹様…せめて有崎さんに一声かけてから」
「結花ちゃん…」
 夏樹自身がびっくりしてしまうほど、それは危うい緊張をはらんだ声だったが……それなりに世間の荒波にもまれてきた結花は、どうかしたのかなという感じに小首を傾げただけで。
「はい?」
「なんで、結花ちゃんがここにいるの?」
「……はい?」
 結花がちょっと心配そうな表情を浮かべ……ちょっと背伸びして夏樹の額に手を伸ばす。
「じゃなくてっ」
 夏樹には珍しく、ちょっと取り乱したような口調で言い直す。
「何で、着いてくるのっ!?」
「え…」
 5秒、10秒……結花ははっと顔を上げ、おそるおそる切り出した。
「も、もしかして、夏樹様は有崎さんとデートしたかったんですか…?」
「だ、だって結花ちゃん…昨日、見てたんでしょ?」
「あ、あれは……一人で映画を見に行くのがいやなのかなって…」
「だったら、結花ちゃんとかを誘うってばっ!」
「で、でもでもでも夏樹様ぁ、デートって事はデートなんですよっ?それで、いいんですかっ?」
「いいって……何が?」
「だって……」
 結花が不意に口をつぐんだ。
「……結花ちゃん?」
「わ…しが…こまり…す」
 ほとんど聞き取れないほどの小さな声で、結花が何かを呟く。
「え?」
 何も言えず、顔を真っ赤にしてうつむく結花。
「え、あ…ぁ…えぇっ?」
「夏樹さんっ、どーかしました?」
「ひっ」
「わっ」
 ひょっこりと顔を出し、心配そうに声をかけてきた尚斗に二人とも飛び上がる。
「う、ううん、大丈夫、大丈夫だから…」
「そ、そうです…大丈夫ですっ!」
「……じゃあ、俺はそこで待ってるから」
 と、尚斗の姿が消えて5秒……結花と夏樹は同時に大きくため息をついた。そして先に立ち直ったのは夏樹の方。、
「ゆ、結花ちゃん…あなた、まさか…」
「そ、そんな思い詰めた気持ちじゃないんですよっ!た、単に…いいな、あんな人……ぐらいですからね、ホントですよ、ホントですからねっ」
 顔を真っ赤にしてきーきーと。
 そんな結花の姿を見て、怒るとか、困るとか、驚くとかの感情が消え失せた夏樹は……ただ、おかしくて笑った。
「ふ、ふふっ…」
「な、夏樹…様?」
「ご、ごめんね……笑うような状況じゃないし、笑ってられる状況じゃないのもわかってるんだけど……なんか…その…おかしくなって」
 自分に向かって憧れてます……と言ってくれた結花。
 外見のかわいらしさもだが、その行動力と、強い意志に憧れている自分……が、よりによって、同じ相手に好意を抱いてしまうとは。
 何故かはわからないが……結果がどうなろうとも、この偶然が自分はもちろん、結花にとっても良いきっかけになるような予感を覚えて……
「じゃあ……今日の所は、3人でデート…ね」
 結花の視線が夏樹を向き……尚斗が待っている場所の方を向き……最後に自分自身を見つめてぽつりと。
「なんか……親子連れって気配を感じるのは気のせいですか」
「気のせいよ」
 ぽんっと、結花の頭に手を置いて夏樹は空を見上げた。
 建物に圧迫されたせまい空……だが、間違いなくいい天気で。
「……結花ちゃんは、どこ行きたい?」
「……3人で決めませんか、それは」
 じっと見上げてくる結花の視線を感じ……夏樹はそちらを向いて微笑んだ。
「そうよね…」
 そして、夏樹と結花が歩き出す……
 
 
 
 
 いや、夏コミの同人誌用に書いてた話だったんですが……(汗)
 プリンターが使用可能になったと思ったら、今度は音楽がならなくなりました。

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