「……やっと、着いた…」
 昇降口の壁に背中を預け、紗智が声に疲労をにじませながら呟いた。
「着いたね……」
 それを受けて、こちらも疲労をにじませつつ麻里絵。
 ただ、二人の疲労は種類が違っていて、紗智は精神的、麻里絵は肉体的疲労の割合が極めて高かったりする。
「足をくじいた中等部の生徒を拾わなかったら、今もどこかを彷徨ってたんでしょうね、きっと」
「……だろうね」
 このままでは今日中に学校にたどり着くことは不可能と思い始めた矢先に、尚斗達は雪道で脚を滑らせて動けなくなっていた中等部の生徒を拾い……病院より、学校に連れて行ってください……すこしばかり切羽詰まったような熱意におされ、その女の子を抱えて学校にたどり着いたワケなのだが。
「それにしても……」
 気を取り直すように、紗智がため息混じりに呟いた。
「世の中って、困ってる人があふれてるのねえ…」
「まったくですねえ〜♪」
 うんうんと頷く安寿に、紗智と麻里絵の視線が注がれた。
「……楽しそうね、天野さん」
「楽しいです〜♪」
 紗智の皮肉に気付いているのかいないのか、安寿は天使のような(笑)微笑みを浮かべて言葉を続けた。
「困ってる人が多いのは良くないことですけど〜そんなみなさんを手助けし、笑顔を取り戻すって素敵ですよね〜♪」
「そう……ね」
 毒気を抜かれたのか、紗智は曖昧に頷いた。
「1時間半で7人……このペースだと、1日108善ですねえ〜♪」
「うわ、煩悩の数と一緒だね」
 ちょっとびっくりしたように、麻里絵が相づちをうつ。
「……計算間違ってない、それ?」
 と、指を折り曲げながら紗智がツッコミを入れたところで尚斗が戻ってきた。
「あ、お帰り…尚斗」
「保健室に行ってたの?」
「いや…」
 尚斗はちょっと首を振り、紗智達に告げた。
「今、体育館に直行したんだけど……なんかすごい事になってて…」
「え、お休みでしょ?」
「……噂には聞いてたが、すげえわ夏樹さん」
「夏樹って……ああ」
 納得したとばかりに、紗智が頷く。
「そっかそっか……そういや、去年も大騒ぎだったわね」
「へ?」
 話についていけてない麻里絵は首をひねり、安寿はわかっているのかいないのかにこにこと尚斗達を見つめたままで。
「あ」
「どうしたの、尚斗?」
「……って事は……さっき、御子ちゃんが俺に会いに来たのって」
 その瞬間、すっと麻里絵が尚斗のそばに近寄り、呆れたようにため息をつきながら肩を叩いた。
「今頃、気付いたの…尚斗くん」
「ちょっ、麻里絵…」
 いきなり何を言い出すの……と、制止しようとする紗智を無視するかのように麻里絵は言葉を続けた。
「あの子、礼儀正しそうだし……また、色々お節介して気を遣わせちゃったんでしょ」
「いや、あんまお節介もできなかったんだが……そっか、反対に悪いことしちゃったな」
 などと、頭をかく尚斗を見て……感心したように安寿が呟いた。
「……一瞬で、有崎さんの意識を義理チョコに持っていきましたねえ〜♪」
「わ、私の知らない麻里絵が…」
 やや硬い表情の紗智に、安寿がにこやかな微笑みを向ける。
「でもあれは〜一ノ瀬さんに気を遣ってるわけですし〜♪」
「へ?」
 ちょっと虚をつかれたような表情で、紗智は安寿を見つめた。
「あの〜有崎さんが、かなり特殊な人ってのはわかりますよね〜?」
「え?」
「椎名さんがこれまで積極的に接してきた人って、あの特殊な人だけですから〜」
 安寿の声は囁くように小さく……それでいて、あふれんばかりの優しさに満ちていて。
「お気づきになってないかも知れませんが、あれは…有崎さんの真似なんですよ、きっと」
「……」
 安寿はちょっと口を閉じ、自分を見つめる紗智の顔をのぞき込んだ。
「……どうしました〜?」
「いや…その、天野さんってさ…」
 何者……という言葉を飲み込み、紗智はちょっと首を振った。
「ううん、なんでもない……」
 それだけを言って、紗智は麻里絵に視線を向ける。
 プルル……
「……尚斗くん、携帯鳴ってるよ」
「え……ああ、俺のか」
 麻里絵に指摘され、尚斗がそれに出た。
「はい?」
『ごめん、私だけど……今、大丈夫?』
「ああ……って、だから何故電話の時に2人とも近寄る?」
 と、尚斗は手を振って紗智と麻里絵を追い払う。
「……というか、世羽子」
『なに?』
「俺の携帯番号知ってたのか?」
『青山君に聞いたのよ』
 それはあまりにも即答過ぎ……かえって、そうではないことを尚斗に教えた。
「そっか」
『……』
「……どうした?」
『……そこに、椎名さんいるわよね?』
「いるぞ」
『ちょっと、かわって』
「んー……おーい、麻里絵」
「な、なに?」
 まだ電話も終わってない様子なのに、何故自分が呼ばれるのかと首を傾げつつ、麻里絵は尚斗のそばに駆け寄った。
「いや、世羽子がちょっと替わってくれって」
「わ、私、何もしてないよ……秋谷さんには」
「……何やらツッコミたいのは山々だが、とりあえずかわれ」
 と、尚斗は麻里絵の手に携帯を押しつけ……そのまま、安寿と紗智のいる場所まで歩いていく。
「……秋谷さんが、麻里絵に何の話?」
「さあ?」
 紗智の疑問に、首をひねって応じる尚斗。
「……って言うかさ」
 ちょっと窺うような視線で、紗智は尚斗を見つめた。
「『携帯番号知ってたのか…』って、どういう事?」
「いい耳してんなあ、さっちゃん」
「読唇術を少々…ね」
「なるほど…」
 尚斗はちょっと頷き……どことなく困ったような表情を浮かべて空を見上げた。
「悪い、約束がらみだから、聞かないでくれ」
 どう応えたモノやら……と、紗智はなんとはなしに麻里絵の方に視線を向けた。
「うわ」
「ん?」
「いや、なんでもない、なんでも…」
 慌てて首を振ると、紗智は尚斗の視線が麻里絵の方に向かないように、自分の視線をそれとなく安寿のいるであろう方向に……。
「な、何してるの、天野さん?」
「これです〜♪」
 しゃがみ込んでいた安寿が立ち上がり、雪ウサギを乗せた手のひらを二人に差し出した。
「おお…うまいな」
「ホント……やっぱり、目は南天の実が正統派よね」
「かまくらを作る前のウォーミングアップです〜♪」
「そーいえば…」
 雪の積もった校庭に視線を向けた尚斗を後目に、紗智はさりげなく麻里絵の様子を盗み見る。
 一体、どんな会話を交わしているのか、麻里絵の表情はあくまでもにこやかで……ただし、目が全然笑っていない。
 そんな麻里絵と目があって、紗智は思わず視線を逸らしてしまう。
「尚斗くーん」
「ん?」
 声をかけられ、尚斗の視線は安寿から麻里絵に。
「秋谷さんが、家の中入っても良いか?って」
 いったい何のために……と、首をひねった尚斗の気配を察したのか、困ったような口調で麻里絵が言葉を続けた。
「悪いけど、理由は聞かないでって…」
「まあ、世羽子だし……いいか」
 尚斗が頷いたのを見て、麻里絵は再びちょっと距離をとってぼそぼそと。
「いいか……たって、鍵はどうするのよ?」
「世羽子は俺ん家のことは良く知ってるし」
「……どこか、鍵でも壊れてるの?」
「ま、そんなとこ…」
「へえ…」
 紗智の目がキラリと光る。
 
 秋谷家台所……世羽子が家を出てから約1時間半、御子のチョコ作りは既に佳境を迎えていて。
「……えっと」
「あ、おねえさま……そこは、もう一呼吸おいてからの方が…」
「じゃあ、こっちを…」
「そ、そちらはもう手を加えない方が…」
「……」
 弥生はちょっと動きを止め……視線を宙に泳がせた。
「……おねえさま?」
「むう…」
 ため息のような、それでいて気合いを入れ直すような微妙な呟きを発して、弥生はテーブルの上においてあった自分の手作りチョコ(ラッピング済み)を手に取り……包みを開けて食べ始めた。
「お、おねえさま?」
 不安そうな御子に何も応えず、弥生はただ黙々とチョコを食べ終え……唐突に叫んだ。
「御子っ」
「は、はいっ」
「私も、もう一回作るっ」
「で、ですが…」
 困ったような表情を浮かべ、御子はちらりとテーブルの上に視線を向けた。
 トッピング材料はともかくとして、ベースとなる板チョコがもうほとんど残っていなかったり。
「もう、材料がほとんど…」
「一個分あれば上等よっ」
 ぐっと右手を握りしめつつ、弥生は言葉を続けた。
「ラストチャンスに全てを賭けるのよ……ふふ、この緊張感が私を一段高いところに連れて行くのよ…」
「……何の騒ぎ?」
「あ、秋谷先輩…」
「おかえり、世羽子……用事、すんだの?」
 と、声をかけながら弥生の視線はさりげなく世羽子の全身を探るように。
「まあ、なんとか…」
 と、呟き……世羽子はちょっと腑に落ちないような表情を浮かべた。
「……まさか、泣いて嫌がるとは」
「は?」
 発言の意味が分からずに首をひねる弥生にちょっと視線を向け……世羽子は再びため息をつき、弥生の手に握られた食べかけのチョコに視線を向ける。
「……また、作るの?」
「だって…」
 困ったような表情を浮かべ、弥生は御子を見た。
「……他人と比べる意味があるとは思えないけど」
 ため息混じりに呟き、世羽子は携帯を取り出した。
「……誰に?」
「私や弥生よりよっぽど経験値の多い人」
 そして、その経験値の多い人は弥生に向かってこうのたまった。
『んー、味なんてほとんど意味無いかな。手料理はこってりしたマヨネーズとか、チョコなら味よりトッピングに凝った方がよっぽど効果的で……そりゃ例外はいるだろうけど、男の子には味よりも見た目のわかりやすさが重要』
「……」
『作るのに時間かけたって、どーせ、食べるのは一瞬だし』
「……」
『って言うか、まだ渡してないの、弥生ちゃん?』
 ぷつ。
「温子、何て言ってた?」
 世羽子の問いに対して、弥生は固い笑みを浮かべながら言った。
「……あんまり、参考にしたくない」
 
「夏樹様、お疲れさまです」
「お疲れさまで〜す」
「あ、ありがと…」
 微妙に固い笑みを浮かべつつ、夏樹は演劇部の1人に確認するような口調で尋ねた。
「劇は…4時半からで、変更はないのよね?」
「はい」
「じゃあ、ちょっと結花ちゃん見てくるから…3時には戻るわ」
「は〜い」
 さすがにずっと体育館でうだうださせておくのもなんだから……と、劇の後に予定していた『プレゼントタイム』を行ってみようと提案し、それを実行してみたところ(親衛隊故、結花以外は夏樹に逆らえるはずもなく)プチパニックを引き起こしてしまい。(笑)
 親衛隊の面々は優秀なことは優秀で、決められたことを実行する能力は優れているのだが……突発的な状況に対しての対応力がいまいち弱い。
 それは演劇部員にも同じ事が言え……常時、非常時に対して高い能力を有する結花の肩に負担がずずいっとのしかかるのは言うまでもなく。
「……結花ちゃんに怒られそう」
 ため息をつきながらこっそりと体育館から校舎へと戻りかけていた夏樹は、さっきまで体育館を包んでいた黄色いそれとは異質の、野太い、地をふるわすような大歓声を耳にして反射的にそちらに視線を向けた。
「……?」
 それは、男子生徒の集団……というより、何か宗教的なモノすら感じさせる異様な光景だった。
 固く握りしめた両手を天に突き上げて声もなくただはらはらと涙を流している者、所によってはぬかるみ始めた校庭を転げ回る者、自分で自分の頬を、もしくは互いに頬をつねりあう者達…… それは、先日ニュースで目にした春の選抜高校野球の出場校に選ばれた少年達の喜びようにも似ていて。
「……何事?」
 そう呟きながら首を傾げた視界の隅……最近とみにその存在感を増しつつある少年の姿を見つけ、夏樹は足下を気にしながら近づいていった。
 
「……しかし」
 紗智はバカ騒ぎを続ける男子生徒の集団を眺めながら呟く。
「ああいうの見てると、なんかこう……女子校の生徒としては功徳を施してるような気になるわね」
「す、すごい幸せ波動です〜♪」
 にこやかに微笑む安寿の前髪の一房が、風もないのにブンブン揺れる。(笑)
「……尚斗くん、男子校ってそんなにツライの?」
 全く悪気のなさそうな麻里絵の質問に尚斗は苦笑を浮かべつつ。
「また、コメントの難しい質問を…」
「……難しいの?」
「んー」
 尚斗はちょっと言葉を選ぶように呟いた。
「まあ……ウチの場合、望んで進学したヤツがほぼ皆無なだけじゃなく、入ってから更にストレスをため続けるヤツがほとんどというか」
「……尚斗くん…は?」
「俺は結構面白かった……あんまり、校則でがたがた言われないし」
「がたがた言われないじゃなくて、がたがた言わせないの間違いじゃないの?」
「……痛いところをつくな、さっちゃん」
 紗智はちょっと肩をすくめ……含むような笑みを浮かべて言葉を続けた。
「まあ、尚斗の場合……がっちがっちの進学校とかは、向いてないと思うけどね」
「……向いてないよね」
「向いてないですねえ〜♪」
 と、麻里絵と安寿がそれに同意。
「……おや?」
 足音に気付いたというワケでも無かろうが、尚斗が不意に後ろを振り返る。
「こんちは、夏樹さん」
「あ、気付かれちゃった…」
 少しおどけたように自分の頭をこつんと叩いて見せ、夏樹は確認するように言った。
「えっと、一ノ瀬さんに、椎名さん……天野さんだったわね」
「……チェック厳しいわね」
 ぼそりと紗智。
「夏樹さん、体育館の方は大丈夫なんですか?」
「み、見てたのっ!?」
 恥ずかしそうに、頬を赤らめる夏樹。
「いや、見てたというかなんというか……すごいっすね」
「も、もう…意地悪言わないで…」
 真っ赤になった顔を手で隠し、嫌々をするように首を振る夏樹を横目で眺めつつ、麻里絵が紗智に囁いた。
「……なんか、可愛い人だね」
「これなのよ麻里絵、こういうギャップが、多分アレなのよ」
「ふむふむ、勉強になりますねえ〜♪」
「……」
 紗智と麻里絵はちょっと顔を見合わせ……ほぼ同時に安寿に視線を向けた。
「天野さん、一つ確認しておきたいんだけど…」
「はい〜、何でしょうか?」
 紗智はちらりと尚斗に視線を向け、安寿の肩を抱くようにしてかまくらの裏に回り……囁くような声で尋ねた。
「今日の天野さんは、アタックする方?それともブロックする方?」
 安寿の視線が空に向き……紗智と麻里絵もつられるように、視線を空に向けた。
 そのまま沈黙すること十数秒、それに耐えかねたのか、紗智が口を開く。
「天野さん…?」
「……晴れましたねえ〜」
「……?」
「同じ空を見上げていても……一ノ瀬さんや椎名さん、私が思うことは、多分違っているんでしょうねえ〜♪」
「……青山君みたいな言い回しは止めて」
 ちょっと不快そうに前髪をかきあげながら紗智。
 そんな紗智とは対照的に、麻里絵は空を見上げたままの安寿の横顔をただ黙って見つめており。
「私なんかが口にするのはおこがましいとは思うんですけど〜」
 視線を一旦足下に落とすと、安寿ははにかむような笑みを紗智と麻里絵に向けて言った。
「有崎さんを、幸せにしてあげたいんです〜♪」
「え、う…えっと…」
 安寿の言葉にあてられたのか、紗智はちょっとどもるようにして言う。
「け、結婚を前提にしてのおつきあい希望ってこと?」
「それは、私には無理ですから〜」
「ご、ごめん…」
 思わず紗智にそう呟かせたのは、触れれば壊れてしまいそうなほどもろさを感じさせる安寿の微笑みで。
「それはそれとしてですね、二人ともちょっと注目〜♪」
「な、なに?」
 紗智と麻里絵の視線が自分に向いた瞬間、安寿はゆっくりと両手を叩いた。
 ぱちん。
 
 カラララ…。
 大きな音を立てぬようにゆっくりと開けられたけられた保健室のドア……それは、かえって結花の眠りを覚まさせてしまう結果になった。
「(……夏樹…様?)」
 体を起こそうとした結花の耳に、飛び込んできたのは……
「なんか、寝てるとこ見られたら怒るような気がするんですけど?」
「そうかしら?」
「怒りますっ!」
 しきりのカーテンを開け、枕を投げつける……が、尚斗はそれを難なくキャッチし、夏樹はやや険しい表情を浮かべてベッド脇へと歩み寄った。
「結花ちゃん…ちゃんと寝てた?」
「ね、寝てましたけど……なんで、有崎さんを連れてくるんですか?」
 後半は、夏樹の耳元でぼそぼそと。
「結花ちゃんの目覚ましにぴったりかなと思ったんだけど……ばっちり目が覚めたみたいね」
「な、夏樹様ぁ〜」
 困ったような、それでいて照れたような微妙な表情を浮かべ、結花の視線は夏樹と尚斗の間をいったりきたり。
「にしても……初舞台、初主役の緊張で寝不足か」
「誰のせいっ」
「結花ちゃんっ」
 結花にアタックさせたいのはやまやまだが、自爆させるのも不憫と思った夏樹が慌てて結花の口をふさぐ。
「ふむむっ……ふむ?」
 ふっと、何かに気付いたように、結花は首を傾げたまま動きを止めた。
 大丈夫ですからと伝えるように、口をふさぐ夏樹の手をぽんぽんと叩き……結花は、じっと尚斗の顔を見つめた。
「……どうした?」
「……つかぬ事を聞きますが、有崎さんって、私のメアドはおろか、携帯番号すら知りませんよね?」
「ああ、そういや……一応、聞いとくか」
 ごそごそと携帯をとりだした尚斗に、今度は夏樹が首を傾げる。
「結花ちゃん…それって?」
「有崎さん」
 結花は……いわゆる女優の微笑みを浮かべて、尚斗に話しかけた。
「何だ?」
「夏樹様とちょっと打ち合わせしたいので、席を外していただけますか……わざわざきてくださったのに、申し訳ないんですけど」
「おお、そっか……じゃ、がんばれよ」
「はい」
 と、笑顔で尚斗を見送ると……結花は、こめかみのあたりをひくひくさせながらぶつぶつと独り言を開始した。
「私と有崎さんが、かなり親しいと勘違いしてる人の仕業……っていうか、嫌がらせというより、私を先走らせて失敗させたかった…?」
「あ、あの…結花ちゃん?」
 あからさまに他人を近づけないオーラを発し始めた結花に向かって、夏樹がおそるおそる声をかけた。
「……やはり、道は険しそうです夏樹様」
「そ、そう…なの?」
 曖昧に頷く夏樹。
「こんこん、入って良いでしょうか〜♪」
「……入ってから言われても」
 明らかに場違いな現れ方をした安寿に、さすがの結花もそれぐらいの事しか言えず。
「天野さん…ノックは、口で言うモノじゃ…」
 と、夏樹は夏樹でどこかずれたツッコミを入れ。
「申し訳ないですけど、今は…」
 結花の言葉を遮るように、安寿はゆっくりと首を振った。
「お時間はとらせませんから〜♪」
 ぱちん。
 
 
 
 
 ぱちん。(笑)

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