「んー…」
天井を眺めたまま、紗智は目を覚ましてから何度目になるかわからない寝返りをうった。
頭がボーっとして体がだるい……が、熱はない。
「学校……行きたくないな」
休みたきゃ休めばいいじゃん……尚斗なら、そう言うだろうか。
紗智は再び寝返りをうち、携帯に手を伸ばした。
『話があるの』
ため息をつく。
昨日の夜に届いたメールだが、中身を見ずとも件名だけでそれは想像できた。
麻里絵らしくない……というと語弊があるのだろうか。
話の内容はわかってる……ただ、麻里絵の方から向かってくるとは思っていなかった。
「……行くしかないよね」
紗智は何かを吹っ切るように掛け布団と毛布を勢いよく蹴り上げた。
「お父様…」
「何かな、御子」
「御子は……今日、弥生おねえさまを家に連れて戻ろうと思います」
「……無理に連れて戻っても…」
「そうではありません…」
御子は首を振った。
「お父様やお母様と…話し合っていただくためにです」
「……」
「お父様もご存じの通り、弥生おねえさまが家に戻ってこないのは色々な理由があるからです……おねえさまもお父様も『私はもう決めたから…後はそっちが頭を冷やせ』では堂々巡りが続くだけではないですか」
口調はどこかおどおどと、それでいて父親を見つめる御子の目は力強く。
「……御子は、お父様の立場も、おねえさまの仰ることも良くわかります……ただ、宗匠と娘だけではなく、親と子の立場でも…考えていただけないでしょうか」
「宗匠ではなく、親として、か」
「……はい」
「……御子」
「……はい」
「私や弥生がいくら言葉を重ねてもお前には意味がないのだな…」
どこか哀しげな囁き。
「ならば……それは、お前自身の問題だ……誰も、力を貸してやれん」
「……感謝しています…言葉には出来ないぐらい感謝しています……こんなに良くしていただいているのに申し訳ないとも思っています…」
俯いた御子の瞳から、涙がこぼれ落ちた。
「……無駄かも知れんが、何度でも言う。御子、お前は私の子で、弥生の妹だ…」
「ありがとう…ございます…」
「……さて」
普段ならなんでもない、校門を通り抜けるだけの事に、今日の紗智はちょっとばかし勇気が必要だった。
ちょっと息を吸い込み…
「紗智」
「うぇあいっ」
気合いをはぐらかされたせいで妙な声を出してしまう。
「……新種の挨拶か?」
「あ、お、おはよう、尚斗」
「おはよう……つーか、さっちゃんよ、弁当箱返せ」
「……ごめん、忘れてた」
紗智は自分で自分の頭をぺしっと叩いた。
「ま、今日は土曜だし、代わりの弁当箱もあるから急ぐワケでもないが……というか、体調でも悪いのか?」
尚斗が紗智の顔を覗き込んだ瞬間、鈍い音と同時に尚斗の身体が横にずれた。
「痛ぅ…」
肝臓のあたりを押さえ、尚斗はそちらを振り向く。
「やっぱり世羽子か……」
「……一応、不意打ちで全力だったのにそれでお終いなのね」
世羽子はちょっと哀しげに眉をひそめて呟いた。
「今や、力の差は歴然か…」
「おーい、世羽子〜」
尚斗の視線を平然と受け止め、世羽子は淡々と答えた。
「理由があったから」
「……あったのか?」
「ええ、あったのよ…言えないけど」
「そうか、あったのか…」
納得したように頷く尚斗。
そんな2人の姿に、紗智はちょっとばかり呆れた表情を浮かべて呟いた。
「アンタ達って…似合いのカップルだったんでしょうね」
「まあね…」
恥ずかしげな表情を浮かべるでもなく世羽子はそう答え……尚斗は首をひねった。
「それ……どういう意味」
世羽子が尚斗を睨む。
「いや、似合う似合わないは結局他人の評価だろ……それで考えると、端から見れば多分世羽子は俺には過ぎた彼女だったと…」
顔を真っ赤にした世羽子が再び尚斗のレバーを突きあげる。
「あはは…」
紗智はちょっと笑い……そして頷いた。
「そうだね……それで終わりになるわけじゃないよね」
「ん…?」
「別に…」
紗智は世羽子に視線を向け、いつもの力の抜けた笑みを浮かべて言った。
「ありがと……それと、尚斗が秋谷さんに惹かれた理由がわかった気がする」
「……」
「そういえば世羽子」
「何?」
「弥生は一緒じゃないのか?」
世羽子はちょっとため息をつき、空を見上げた。
「弥生は弥生で……というか」
ちらり、と尚斗に視線を向ける。
「……色々あるのよ」
「そっか…」
「おはよう、麻里絵」
「……おはよう、紗智」
麻里絵は紗智の顔を見つめ、そして言った。
「じゃ、屋上でいい?」
「……そうね」
そろそろHRが始まる時間にも関わらず、紗智と麻里絵は教室を出ていく。
「……青山君」
「なんだ、秋谷?」
「ひょっとして……わざと私に回した?」
お互いに振り向くでもなく、世羽子は窓の外に視線を向けたまま、青山は黒板を眺めたままの会話。
「……だとしたら?」
世羽子はちょっとため息をついた。
「別の選択肢もあったのかしらね……あの時」
「いい天気…」
紗智は大きくのびをして、身が引き締まるような冴えた空気を思いっきり吸い込んだ。
「こんな日は、学校休んでどこか遊びに行くと気持ちいいでしょうね」
「……行ってみようか」
「はぁ?」
紗智が、この子一体何を言い出すのという表情を浮かべて、麻里絵を振り返った。
「いや、だから……」
麻里絵は屋上の手すりに近寄り、風に向かって両手を広げて言った。
「学校サボって……このままどこかに遊びに行こうかって」
10秒ほどの沈黙を経て、紗智は口元に例の笑みを浮かべる。
「そうね……でも、麻里絵はお金持ってるの?」
「う……」
麻里絵はちょっと俯き、意を決したように呟いた。
「な、尚斗君に借りる」
「ひどい幼なじみもいたもんね…」
「紗智だって…尚斗君に電車賃出させたり、ご飯おごらせたり……」
麻里絵はちょっと黙り込み、目をそらしながら呟いた。
「……したって聞いたよ」
「うわあ…」
紗智は冷やかすような声をあげ、麻里絵をじとーっと見つめた。
「なかなかやるではないの、麻里絵も」
「や、やるよ……私だって」
「じゃあ…」
紗智はちょっと悪戯を思いついた子供のような表情を浮かべて言った。
「これから2人で、藤本先生に学校サボりますって宣言しに行く?」
「……い、いいよ」
虚勢を張るように麻里絵。
「じゃあ、行きましょ……HR始まってるし」
「う、うん…」
紗智と麻里絵は連れたって屋上を出て、自分達の教室のドアの前までやってきた。
「さて…」
「紗智、私が開けるよ…」
麻里絵が教室のドアを開く。
ガララ…
「あら…?」
HRの真っ最中に教室にやってきた2人を見て、綺羅がちょっと首を傾げた。
「一ノ瀬さんに椎名さん、もうHRは始まってますよ?」
「せ、先生っ」
ちょっと緊張しながら、麻里絵が言った。
「わ、私達……これから遊びに行って来ます」
「あら?」
「……と言うわけで、2人とも欠席にしておいてください」
と、これは紗智。
男子生徒はともかく、女子生徒は何事が起こったのかとざわつき始める……その中を、感覚が麻痺してきたのか、麻里絵は悪びれることなく尚斗の側まで歩いていく。
「尚斗君」
「やるなあ麻里絵、サボりか?」
「うん、だからお金貸して」
「はぁ?」
男子生徒の1人がふきだしたのをきっかけにして、まずは青山と尚斗を除いた男子生徒全員が、そしてつられるようにして女子生徒も笑い出す。
「……ダメ?」
「ちゃんと返せよ……紗智も。お前、まだ電車賃立て替えたままだからな」
「わかってるって」
尚斗は財布をとりだし、小銭とカード類を抜いてからそのまま麻里絵に手渡した。
「え、えぇっ、全部?」
「中身は大して入ってない」
麻里絵はおどおどしながら財布の中身を確認し始めた。
「い、1万2千円……借りたからね」
「ああ、ちゃんと無駄遣いしてこいよ」
「む、無駄遣いしなきゃいけないの?」
「麻里絵、遊ぶ金を無駄遣いしないでどうするんだ?」
「そ、そうかな…そうだね…わかった、無駄遣いしてくるよ」
力強く頷いた麻里絵に向かって、尚斗は笑いながら付け加えた。
「でも、返せよ」
「う、うん…」
麻里絵は微妙な表情を浮かべつつ頷いた。
「じゃ、いこう紗智…」
「うん…」
「2人とも、ちょっとお待ちなさい」
それまで黙っていた綺羅が、教室を出て行きかけた2人を呼び止めた。
「藤本先生、説教なら後で…」
紗智の言葉を遮り、綺羅は首を振った。
「もちろん説教は致しますけど……とりあえず、行ってらっしゃい」
「え?」
さっきまであれだけ堂々としていたくせに、紗智と麻里絵が狼狽える。そんな2人に、綺羅はちょっと声を潜めて囁いた。
「補導されないようにね…」
「……はい(*2)」
頭を下げて2人が教室から出ていった後、尚斗は綺羅に向かって言った。
「……聞き分けいいですね、藤本先生」
「先生、こういうシチュエーションが好きで……教師になったからには、一度ぐらいはと思っていたのですけど…」
ちょっと恥ずかしげに。
「はあ…」
「まあ……来週になったら、たっぷりとお説教しますけどね」
そう言って、綺羅はにっこりと微笑んだ。
限られた状況における人格的な問題はともかく、教師としてはなかなかに懐が広いのかも知れないと尚斗は思った。
「麻里絵…」
校門を通りすぎながら、紗智がちょっと頭をかいた。
「1万2千円も返せるの?」
「……私の今のお小遣い4ヶ月分」
「あははっ、そりゃ無理っぽいわね…」
「か、返すよ…もちろん」
紗智はくふふ、と笑った。
「……とりあえず、次のテストで頑張ってお小遣いを元に戻してもらうのね」
「う、うう……頑張るけど……今日は遊ぶのっ」
「それはそーね……来週は説教が待ってるし、楽しまなきゃ損よ」
そう呟きながら、紗智は自分の財布の中身を確認した。
「……いくらある?」
「7千とんで68円」
「……2人合わせて2万円弱」
紗智はちょっと考え、ぽつりと呟いた。
「某遊園地って……今の時間ならすいてるかな」
遊園地でいやがる麻里絵を強引にナンパしようとした男を紗智がぶっ飛ばしたり、ぶらぶらとショッピング街を歩いている最中に麻里絵が迷子になったり、紗智が怪しげな店にフラフラと入っていって怪しげな本を買ったり。
そして、西の空に夕日が沈もうとする頃、麻里絵と紗智は、近所の公園で2人並んでブランコをこいでいた。
「これって……あれかな?」
「何が?」
「いや……どこか旅行に行って、『やっぱり家が一番だ』とか…」
「あはは…」
麻里絵は声をあげて笑い、足を振ってブランコに勢いをつけた。
「……私、明日から借金生活だよ」
「くふふ、私なんかもう2週間以上前から……しかし、てっきり忘れてると思ったのに」
「紗智……踏み倒すつもりだったの?」
「そんなことないわよ…」
紗智はゆっくりとブランコをこぎながら呟いた。
「麻里絵はさ……5年過ぎてもちゃんと幼なじみだったじゃない」
「それ、イヤミ?」
「違う違う……だから、男子校の生徒がいなくなっても…つながりはあるって事」
「……」
「私はほら……一度拒否されたらそれで終わりというか……まあ、漫画でもCDでも良いんだけど、借りたら返さなきゃいけないかなって」
紗智がちょっと笑った。
「策士でしょ、私」
「それ、今考えたというか、後から考えたでしょ」
「あ、わかる…?」
「そりゃあ…ね」
そう言って麻里絵がブランコをこぐのをやめた……ブランコの揺れがだんだん小さくなり、完全に止まってしまうまで2人は何も言わなかった。
「麻里絵は…」
紗智が沈黙を破る。
「…みちろーとつき合ってたときも……だったのかな」
それきり、再び沈黙が訪れ……5分ほどして、麻里絵が再びブランコをこぎ始めた、猛烈な勢いで。
「ま、麻里絵…?」
「軽蔑してもいいよっ」
一心不乱にブランコをこぎながら、麻里絵は何かを振り払うように大声で言った。
「ずっと好きだったっ」
「会えなかったけどっ」
「ただの感傷とか言われちゃうかも知れないけどっ」
「みちろーくんの気持ちもっ」
「紗智の気持ちも知っててっ」
「みんな騙してっ」
「自分自身も騙し続けてっ」
「全部人のせいにしてっ」
「尚斗君のことまで恨んでっ」
不意に、麻里絵の身体が宙を舞った……そして、思いっきり着地を失敗する。
「ま、麻里絵…」
紗智が腰を浮かすよりも早く、麻里絵は何もなかったかのように立ち上がりブランコに舞い戻った。
そして再びブランコをこぎ始める……今度はゆっくりと。
「私は…いつも選んでこなかった」
麻里絵の目から、涙がこぼれ始めた……それは決して、すりむいた傷の痛みなどではなく。
「いつも、まわりにいる誰かが選んでくれるのを待ってた……それで、自分は悪くないと思ってた…」
紗智は何も言わず……ただ、黙って麻里絵を見つめていた。
あの日見えたと思った麻里絵の素顔はまだ仮面で……怒りも何もなく、ただちょっと哀しかった。
ふ、と麻里絵が紗智の方を見た。
涙に濡れた瞳で、じっと紗智の目を見つめたまま呟く。
「私は…やっぱり尚斗君が好きだよ」
「……そう」
「でもっ」
麻里絵の顔がくしゃっと歪んだ。
「紗智と…友達でいたいの…」
「……」
「これは……選んだことにはならないのかなっ」
紗智は何も言わず、ブランコをこぎ始めた……強く、速く。
そして大きく跳躍する。
すたっ。
「ごめん、わざと着地を失敗するのってできないね」
ちょっと笑いながら、紗智は手を振った。
「そんな風に言われると照れるんだけどさ……ただ、みちろーの背中を押したとき、私は麻里絵の気持ちなんか考えてなかったよ」
「……」
「みちろーに近づくために麻里絵に近寄って……こりゃダメだと思ったら、麻里絵の気持ちも考えずにみちろーの背中を押してニセモノの自己満足に浸って……」
紗智はちょっと俯き……言った。
「例を挙げたらキリ無いけどさ、ひどい人間だよ…私」
下を向いたまま麻里絵に近寄り、ポンと肩を叩いて。
「そんなのと友達になりたいの、麻里絵?」
「うん」
「もうちょっと見る目を養った方が良いと思うよ…」
「紗智がいい」
紗智は相変わらず下を向いたまま頷いて答えた。
「じゃあ……麻里絵がイヤと言うまでは友達って事で」
「……うん」
「麻里絵がイヤだと言っても友達って事で…」
「うん…」
「じゃあ……ちょっと泣きやんでよ」
「止まらない…」
「そっか…」
紗智はため息混じりに呟いた。
「止まらないなら仕方ないよね…」
「うん…」
「……なんかえらそうなこと言ってるけど、2人とも相手にされないケースもあるよね」
「そんなの…邪魔するもん」
「……なんか、さらりと黒いコト言ったわね」
紗智は、泣きながら笑った。
「何度も繰り返しますが……宗匠を御子に継がせればいいだけではありませんか」
ぴしっと背筋を伸ばしたまま、父親に向かって言い放つ弥生。
「何度も繰り返すが……それでは弟子達が納得しない」
こちらもまた、数時間にわたって同じ姿勢を保持しているとは思えないほど張りのある声で言い返す。
「何故納得させられないのですかっ。御子は私の妹、そしてお父様の娘……多少頼りない部分もありますが、それはこれからの精進でどうにでもなる問題でしょう」
「御子が私の娘であることに異論はない……が、血縁によって継ぐという不文律の決まりが…」
「不文律の決まりなど、あってないようなモノでございましょうっ」
「弥生、お前は自分のやりたいことを優先するために……」
「またその話ですかっ」
「仕方なかろう」
「なら、お父様は何故私に継がせたがるのですか?私がダメ、御子では反対されるというなら、宗匠など腕の立つ弟子の誰かに譲り渡してしまえばよいのではありませんか」
「だから…」
「お父様は、私の希望もわかると仰いました……なら、私を説得するのではなく他にすることがございましょう」
「……」
「御子を宗匠に……それを弟子達に納得させることでございます。それを最初から無理だと仰るのなら、お父様のやっていることは私がやってることと同じぐらいわがままで自分勝手な事ではございませんかっ!?」
「……てください」
「もちろん、御子が宗匠を継ぎたいという希望を持っていればの話ですが…」
「お父様も、おねえさまもいいかげんにしてくださいっ!」
御子らしからぬ大声に、弥生と父親は驚いたようにそちらを振り返った。
ちなみに、母親は落ち着き払ってお茶を飲んでいる。
「……御子」
御子はちょっと涙ぐみながら、それでも背筋を伸ばして2人の視線を受け止めた。
「……とりあえず、のどが渇いたでしょうからお茶でもお飲みなさいな2人とも」
場の緊張感をざあっと脇に追いやるタイミングと口調で、母親が呟く。
「う、うむ…」
「はい…」
父と弥生は渋々とお茶を飲む……ちなみに、弥生の父は入り婿だったりする。
「それにしても…」
ほう、とため息をつきながら母親は微笑んだ。
「2人揃って、朝から晩まで同じ事をくどくどくどくど……と」
「えっ?」
父親と弥生は、2人揃って部屋の外に視線を向けた。
「……最初の1時間ほどで私は呆れて一度部屋を出ていきましたが、弥生さんも、あなたも、それにも気付かなかったのですか?」
「……」
「……」
父親と弥生は、2人揃って下を向いた。
「……日が暮れてきて、さてどうなったかしらと戻ってきてみれば」
母親が大きくため息をつく。
「……子供ですか、あなた達は」
「いや、しかし…」
「お黙りなさいませ」
父親が何か言おうとした瞬間、母親はぴしゃりとはねつけた。
「ずうっと、2人の話を辛抱強く聞いていた御子さんに、何か言うべき事があるでしょう……それからになさいませ」
「ごめんなさい、御子…」「すまなかった…」
「あ、いえ…そんな…」
2人に頭を下げられ、御子は恐縮したように背筋を丸めた。
「……御子さん、背筋」
「は、はい…」
御子がしゃきっと背筋を伸ばす。
「さて…」
母親がちょっと弥生に視線を向けた。
「弥生さん、今日はもうお帰りなさい……秋谷さんには、またご挨拶にうかがうのでよろしくと」
「はい…」
「お、お母様…」
「なんですか、御子さん」
「こ、この家が…弥生おねえさまの家です……『お帰りなさい』という言葉は…その…」
「……御子さん、背筋」
「は、はい…」
涙目になりながら、御子がしゃきっと背筋を伸ばした。
「弥生さん」
「はい」
「その気があるなら、また明日、帰ってきなさい」
「……わかりました」
「それと、あなた」
「……何だ?」
「自分の娘にやりこめられて情けないとお思いなさい」
「……」
「弥生さんが、あなたを父親としてたてているからなんとか互角に見えているだけです……赤の他人なら、とっくにあなたの負けですわよ」
母親はちょっとため息をついてから立ち上がった。
「今日はこれでおひらきになさい…さ、御子さんも子供2人にいつまでも構ってないで…」
御子は母親に手をひかれたまま、部屋の外でぽつりと言った。
「あ、あの…お母様…」
「なんですか、御子さん?」
「お母様は…どう思ってらっしゃるのですか?」
「そうですわね…」
母親はちょっと微笑みながら。
「あの2人が、もう少し冷静になってくれたら話しても良いですわよ…」
「ですが…」
「……御子さんは、2人が仲違いしているのが耐えられないのですね?」
「はい…」
完
ほんのり中学生日記風味。
前のページに戻る