「くっくっくっ……」
 宮坂が前髪をかき上げつつ、不気味な笑みを漏らした。
 ドッジボール、バスケット、バレー……3競技の中から宮坂が選んだのはバスケットだった。
 季節が冬だけに、ギャラリーの数と距離感を考慮すると屋外競技のドッジボールはまず除外……そしてバレーとバスケを比較すると、アタッカーをするならトスを上げるセッターが必要で、セッターとなって華麗なトス回しを披露しても感心するのは経験者だけ、レシーバーとアタッカーを兼任するにしてもやはりセッターは必要だし、下手をすれば純粋に味方に足を引っ張られる可能性が大。
 それに引き替えバスケならば、守備と攻撃どちらにも見せ場があり、素人目にもわかりやすく目立てるチャンスが絶対的に多い。
 以上の理由からである。
「……とはいえ」
 宮坂はちらりと味方連中に視線を向けた。
 それなりの餌を与えておかないと、味方そのものが面倒な敵となる事をさすがに宮坂は良く理解していた。(笑)
 隣のコートで行われている男子バレーにチラリと視線を向け、宮坂は下品に笑う。
「自分の出場する競技なんかでバタバタしてる初戦から目立とうとしても、注目度が低いってのに…」
 目立つなら当然、他にやることもなく競技を観戦するしかない連中があつまる準決勝以降に決まっている……それまでは、味方に餌を与えつつ、一緒に目立とうぜ……などと甘っちょろい連帯感を抱かせておくのが真の策士というもの。
 ぐふふと下品な笑みをこぼし続ける宮坂の姿に、紗智は呆れたように呟いた。
「……わかりやす」
「まあ、試合が始まるまでの辛抱だよ……動機はともかく、宮坂のプレイは一見の価値があるというか」
「ふーん…」
 紗智は曖昧に頷き、思い出したように尚斗を見た。
「そういえば、尚斗は何に出るの?」
「……忘れてたな」
「とっとと聞いてきなさい……って言うか、何に出場するかも聞かれなかったの?」
「全然」
「……にしても、何に決まったがぐらい」
「いや、正直なところ、どの競技のヤツも俺を仲間にしたくないんだと思う」
「なんで……って、わかったから説明しなくていい。とりあえず、何の競技かぐらいは聞いてきたら?」
「そうだな…」
 紗智に促され、尚斗は同じクラスの男子を求めて立ち上がった。
「……ドッジボールは確実にやばいよな、バレーは前科があるし…バスケも……お、いいところに」
 尚斗は側を通りかかった男子を捕まえた。
「な、なんだよ有崎?」
「いや、俺の出場種目って知らないか?」
「あー、その、なんだ……ドッジボールだけはダメとか、バレーもダメとか、それぞれのチームのヤツが押しつけ合う形で大騒ぎになってな」
「いや、気持ちは分かるから気は遣うな」
「俺は有崎とは正反対の理由でたらい回しにされたクチだけど……なんつーか、球技大会って結構残酷なイベントだよな」
 競技の行われているコート内に視線を向け、少年は居心地が悪そうに肩をすくめた。
「まあ、そういうなよ」
「あ、そうそう……結局、宮坂が馬鹿やらかしたときのためにバスケに落ち着いたはずだ」
「バスケか……宮坂のヤツ、いけしゃあしゃあと」
「まあ……補欠でのんびりと過ごすのが、相手チームにとっても有崎にとっても平和なんじゃないか?」
 
「……で、何だったの?」
「バスケ」
 紗智はコートを指さして言った。
「始まってるわよ?」
「まあ、案の定どいつもこいつも俺とはプレイしたくないみたいで」
 尚斗は苦笑しつつ、紗智の隣に腰を下ろした。
「……で、宮坂は?」
「んー、随所で玄人受けするプレイをしてるけど……黒子に徹してるってとこね」
「……それは珍しいな」
 そう呟きながら、尚斗はコート内に視線を向けた。
「……紗智」
「なに?」
「始まって、何分?」
「5分ぐらい」
「それで2対0か?」
「相手チームのディフェンスが堅いのもあるけど、ウチのシュートは全然入らないし、相手のシュートは……宮坂君がそこまでやらせないから」
 見れば紗智の言うとおり、宮坂は相手ボールを奪っても自分できり込むことはせず、味方にボールを回してどんどんシュートを打たせている。
「そっち、宮坂がいったぞ」
 と、注意を喚起する声よりも早く宮坂はボールに忍び寄り、プレッシャーを巧みにかけてパスコースを限定してマイボールにしてしまうので、相手チームは敵陣までボールが運べず、苦し紛れに超ロングシュートを放つぐらいしか攻撃手段がないようだった。
「……えげつないバスケしてるな、宮坂のヤツ」
「味方は気持ちよく攻撃してる……というかさせられてるけど、相手チームはもうすぐ精神的に終わっちゃいそうね」
 
「ふんふんふ〜ん♪」
 10対0で初戦を終え、宮坂はペットボトルの残りを一気に飲み干した。
「……って、終わりか」
 物足りなさそうに空のペットボトルを振る宮坂に、揉み手の音が聞こえてきそうな笑みを浮かべた少年が1人近寄っていく。
「宮坂、その試作品どんな感じだ?」
「あ、いいんじゃないの?なんか、身体が暖まるような感じで…悪くないぜ」
「じゃあ、残りの3本渡しておくぞ……ちゃんと、このラベルの数字の順番通り飲んでくれよな」
「順番って、なんか意味あるのか?」
「さあ?俺は親父の仕事のことまでわかんねえよ…」
 そう言って、少年はペットボトルを置いてそそくさと立ち去っていった。
 
「……ところで」
「なんだ?」
「宮坂に飲ませてるって何なんだ?俺はまたてっきり下剤かなんかだと思ってたんだが……結局、一回戦は無事に終わっちまったし」
 物陰に隠れ、宮坂の様子を眺めながら少年が呟いた。
「酒だよ」
「……酒っ?」
「正確には栄養ドリンクと酒を混ぜたモノ……最初からガーッと飲ませるとばれるからな、ラベルの順番ごとにアルコール度数を強くしてある」
「お前、そんな小技を…」
「どうせ、宮坂のことだ……準決勝ぐらいまでは味方に良い思いをさせ、その後は自分一人の独壇場にしようって作戦だろうがそうはいかん」
 少年は含み笑いを浮かべ、言葉を続けた。
「あのペースで飲んで走り回ったら、その頃には酔っぱらいの出来上がりって寸法よ…」
「……」
「順調に勝ちあがれば、宮坂とは準決勝であたるからな」
 
「さて、そろそろ出番よ麻里絵」
「うん…」
 紗智は雄々しく、麻里絵はちょっと困ったように俯きながら。
「……というか、2人は何に出るんだ?」
「バレーよ、バレー」
「……ちなみに、他の面子は?」
「あー、うん…」
 紗智には珍しい歯切れの悪さ。
「ま、早い話……私も麻里絵もあのクラスではちょっと浮いてるのよ」
「ほう」
「つまり……後の4人も、多かれ少なかれちょっと浮いた感じの…」
 そう呟きながら紗智の視線が体育館の片隅に。
「東洋の魔女〜♪」
 などと呟きながら、ごろごろとマット運動で言うところの前方回転を繰り返している安寿……例によって、何かを勘違いしているのは明らかだ。
「……なるほど」
 尚斗も思わず頷いてしまう。
 まあ、安寿の場合は浮いているも何も……本当ならその存在そのものが宙に浮いているのだが。
「……とすると」
 尚斗は何か思い当たったように手を叩いた。
「世羽子も一緒か?」
「……浮いてて悪かったわね」
 と、尚斗の背後でぼそりと呟く世羽子……紗智は関係ないとばかりに、麻里絵と2人でせっせと準備運動にいそしんでいたり。
「別に、浮いてるのが悪いなんて思わないが」
「……ちょっとは気にしなさいよ」
 半ば呆れ、半ば諦めたように世羽子が呟いた。
「しかし、世羽子がバレーねえ……俺は、殺人スパイクとか見たくないぞ」
 ちょっと冗談めかした尚斗の呟きに、世羽子は再びため息をついた。
「……ここの中等部の入試には体育実技があるらしいんだけど」
「へ?」
「跳び箱5段が飛べなくて、付き添いに来てた母親に『ままぁ』なんて泣きつくような人種が存在する学校なのよ、ここって」
 尚斗は3度瞬きし、周囲を見渡した。
「マジ?」
「まあ、そういう人は確かに希なんだけど……はっきり言って、この学校って運動できる人間と出来ない人間の格差がありすぎるから」
「それは……危ないな」
「そういうわけだから、私は適当に流すわよ……別に、尚斗の真似をするわけじゃないけど」
「誰から聞いた……は、愚問か」
 世羽子は微かに微笑んだ。
「私はそうでもないけど……尚斗はスポーツとか好きだから大変ね」
「……まあ、まわりに怪我させてまでやるもんじゃないだろ」
 世羽子はちょっとだけ目をそらし、ぽつりと呟いた。
「ある意味、まわりに怪我をさせるから……価値があるのかも知れないけど」
「……?」
 
「……相手が悪かったな、さっちゃん」
「なんで、全日本中学選抜のエースアタッカーがこんな学校に…」
 膝を抱えたままぶつぶつと呟く紗智。
 夏樹をも凌ぐ180センチの長身からびしびしと容赦なく叩きつけられるスパイクの前に……完全に沈黙したわけではなく、コースを予測しているとしか思えない安寿の意味のない回転レシーブ(回転してからレシーブ)や、相手の容赦のなさにムッとしたのか、途中からちょっとやる気を出した世羽子と、そして大きな口を叩くだけのことはあった紗智の活躍で一進一退の攻防を繰り広げたのだが。
 いかんせん、麻里絵を含めた残りの3人が最終セットで完全にばててしまい……。
「アタッカーだけならともかく、経験者らしいセッターが向こうにいたのが大きかったな……しかし、あのアタッカーは確か演劇部の子だったような気がしたが」
「もう、これ以上身長が伸びたくなかったとか言ってましたよ……個人的には羨ましい話ですけど、彼女には切実だったんでしょうね」
「おや、ちびっこ」
 どこか探るような視線を尚斗に向けたまま、結花がちょっとだけ頭を下げた。
「さっきは頑張ってたな、格好良かったぞ」
「ど、どど、どうも…」
 探るような視線は途端に影を潜め、結花は耳まで真っ赤になって深々と頭を下げる。
「……有崎さんはでないんですか?」
「うむ、世界平和のために」
「……何の話ですか?」
「……青山の言葉だが、『プロレスラーが小学校の体育に混ざるようなモノ』らしい」
 結花はちょっと首をひねり、そして言った。
「……もしかして、わざと吹っ飛ばされてくれてますか?」
「多少は……とはいえ、角度といい、タイミングといい、威力といいお前のタックルは高校ラグビーで通用することは保証できるぞ」
「……喜んでいいのかどうか微妙な誉め言葉ですね」
「もっしもーし」
 結花を尚斗の間に、紗智がずずいっと割り込んできた。
「試合に負けて落ち込んでる幼なじみの親友を慰めてやろうという気持ちはないの?」
「幼なじみの親友というと、ただの他人って事じゃないんですか?」
 有無を言わせぬ結花のツッコミに、紗智がちょっとたじろいだ。
「どうかなさいましたか、一ノ瀬先輩?」
「……尚斗」
「あ?」
「アンタって人は〜っ!!」
 尚斗の首をつかんで、紗智が前後左右に揺さぶった。
 そんな3人の側を通り過ぎながら、安寿がぽつりと呟いた。
「おせちも良いけどカレーですぅ…」
 
 1回戦、2回戦と、試合は滞りなく進められ、準決勝。
 この時点で、尚斗の関係者が出場しているチームはほぼ全滅……とはいえ、女子バスケのちびっこコンビ(結花と御子)と、女子バレーの夏樹、そして我らが宮坂率いる男子バスケが生き残っていた。
 ぴぴー。
「試合終了」
「やっぱ、本職には勝てないか…」
 次々と差し出されるタオルを断って、自分のタオルで汗を拭いながら夏樹が呟いた……もちろん対戦相手は全日本中学選抜のエースアタッカーだった演劇部の後輩チーム。
 とはいえ、そのチームに事実上1人で奮戦した夏樹の運動能力は観客の女の子を魅了するのには十分で。
 その一方で。
「九条さんっ」
 試合終了間際、完全にノーマークだった御子にパスが回った。
「え、その、えと…」
「いいから、うって…時間ないっ」
「は、はいっ」
 と、目をつぶって御子が放ったシュートは綺麗な弧を描き、バスケのリングに二度蹴られ、くるりと半回転しながらネットを揺らした。
 同時に試合終了。
 ここまで周囲に和やかムードを提供しこそすれ、活躍にはほど遠かった御子の逆転シュートだけに、観戦していたクラスメイトに揉みくちゃにされる羽目に。
 そして、男子バスケ。
 体育館内はイイカンジに観客が増えており、これまで黒子に徹していた宮坂がそろそろ本領を発揮するはず……だったのだが。
「……おーい、体育館の床って冷たくて気持ちいいぞお」
 などと体育館の床にほおずりする宮坂の姿を見て、チームメイトが頭を抱えていた。
「ど、どどどーすんだよこれ」
「おいおい、宮坂がいなきゃ俺ら恥かくだけだぞ」
 女の子に格好いいところを見せたい……その気持ちを裏返せば、女の子に格好悪いところを見せたくないというのと同じ。
 尚斗は首を傾げ、宮坂の手からペットボトルを奪い取る。
「……酒だな」
 一口含み、尚斗は端的に事実を告げた。
「酒っ!?」
「み、宮坂の馬鹿…学校内で…」
「いや、普段ならともかく宮坂がスポーツ前に酒なんか飲むはずねえよ…」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ、俺はぜっこうーちょーだからな」
 シャキッと立ち上がり、宮坂がその場で華麗なステップを刻みだす。
 チームメイトが絶望的な表情を浮かべて、宮坂と尚斗の顔を見比べた。
 酔っぱらった宮坂(何をしでかすかわからない)と、暴れん坊有崎(敵味方問わず怪我人続出)。
「いやだっ、その選択肢の中から選ぶのは嫌だっ!」
 頭を抱えたりブンブンと首を振り続けていた4人だったが、そのうち1人がいちはやくたった1つのさえたやり方に思い至った。
「……後は頼んだぜ、みんなっ」
 そう叫んで、思いっきり体育館の壁を殴りつけたのである。
「ぐおっ」
 顔を歪め、手首を押さえたままチームメイトを振り返って呟く。
「ふ、俺はどうやらここまでだ……」
「てめえ、1人だけ逃げる気かっ?」
「汚ねえぞっ」
「大丈夫、お前達ならできるさ…」
 などと言い残して保健室へと去った少年の背中が見えなくなったところで、のこされた3人は事態が悪化したことに気付く。
 酔っぱらった宮坂か、暴れん坊有崎……の選択だったのが、今や酔っぱらった宮坂と暴れん坊有崎がもれなくセットでついてくるのである。
「みんな、そろそろ出番よ…頑張ってね」
 全てを知っているのか、それとも何も知らないのか、綺羅がにっこりと微笑みながら選手達を送り出す。
「はっはっはっ」
「冷静に、冷静に」
 やる気満々の宮坂と、冷静であることを自分に言い聞かせる尚斗……そして、荷馬車に揺られる子牛達のような3人。
 もちろん、相手チームの方でも。
「ちょ、ちょっと待て!有崎がでるのか?」
「……しかも、酔っぱらった宮坂とコンビか」
 などと、腰が引けていたり。
 
「……何であんなに脅えてるのかしら?」
「さあ、なんでだろ?」
 体育館の片隅で、紗智と麻里絵が囁きあう。
「まあ、高1の1学期の球技大会が原因だろうな」
「へえ、一体何が……って、用事があったんじゃなかったの青山君」
 紗智は飛び上がるようにして背後を振り返った。
「あ、青山君だ、おはよう」
「おはよう……と言っても、昼過ぎだが」
「質問に答えてない」
 青山は紗智に視線を向けた。
「用事はほぼ済んだ……ここにはちょっと寄っただけ」
「大変だね、青山君」
「……麻里絵、アンタいつからそんな呑気キャラに」
「そう?」
 麻里絵は不思議そうに紗智を見る。
「ま、まあいいわ……で、球技大会で何があったって?」
「……俺と有崎はソフトに出てたんだが」
「ふんふん…」
「救急車を6台呼んだ」
「……」
「……聞きたいか?」
「……こう、悪気があったとかじゃ」
 ないんだよね、と紗智が愛想笑いを浮かべる。
「まあ、『本気でやれ』とけしかけた奴らの自業自得だな……有崎の全力投球を受け止めて手首を骨折とか、弾丸ライナーを腹で受けて内臓破裂とか」
「さあ、試合が始まるわ」
「そうだね」
 紗智と麻里絵は青山に背を向けてコートに目を向けた。
 
「くっくっくっ……」
 ゆったりとしたリズムでボールを弾ませながら、宮坂はゆっくりと周囲を見渡した。
 観客と言っても、まだ雑談をかわしたりして周囲は結構騒がしい……が。
「さて、オープニングだ…」
 3ポイントラインから遠く離れた、相手チームがまだマークにもつかない位置から宮坂が高い弾道のシュートを放った瞬間、観客のざわめきが消えた。
 時間にして2秒あまり……ボールがネットを揺らした瞬間、それまでの沈黙の反動からか、賞賛の声があちこちからあがった。
 それを機に、観客は否応なしにコートへと視線を釘付けにされていく。
 とても酔っぱらいとは思えない動きはもちろんのこと、観客の視線を意識した華のあるプレイというか……それはまるで映画を見てるよう。
「すごいね…宮坂君」
「……なんで、部活やってないんだろ」
「つまらないからだろうな」
「……つまらない?」
 紗智がちょっと青山を振り返った。
「子供ってのは残酷だからな、ゲームにしろ遊びにしろ、上手すぎるヤツは仲間から外される……下手なヤツの場合、違う必要性から仲間のままでいられるケースもあるが」
「……」
「スポーツは1人では出来ないしな……自分のレベルを落とすか、自分と同じぐらい上手い連中を捜すか……で、小さな子供が自分より上手かったらそこでも当然相手にされてもらえなくなる」
 青山がちょっと言葉を切り、コートの中を駆け抜ける宮坂に視線を向けた。
「金を貰って大人達の助っ人を引き受ける……そうでもしなければゲームに参加することもできなかった天才小学生」
「……」
「結果を残さなければ廃部……そんな高校のサッカー部に雇われ、大活躍をしたのにも関わらずそれが協会にばれて……結局、スポーツというか周囲に裏切られ続けた」
「……ひどいね」
 宮坂の姿を見つめたまま、麻里絵がぽつりと呟いた。
「……という話を聞くと、あのとんでも無い男が良い人間のように思えるから人間の印象ってヤツはあてにならない」
「え、今のひょっとして作り話?」
 慌てたように振り返った紗智が目にしたのは、にやりと微笑む青山で。
「……同情して損した」
「確かに作り話だが……それまではいつもつまらなさそうに体育の授業を受けてた宮坂が、俺や有崎とやるときは楽しそうだったのは事実だし、有崎と一緒にラグビーの試合にでた時は、明らかにはしゃいでたな」
「……」
 紗智は何も言わず、再びコートに視線を向けた。
「何人たりとも、俺の身体には指一本触れさせねえぇ〜」
 わけのわからぬ事を口走りながら、必要のないフェイクを交えて無駄に華麗なシュートを決める宮坂……はっきり言って、プレイしているのは宮坂だけという状況。
 そんな宮坂が、奪ったボールを初めてパスした……3ポイントラインの外に立っていた尚斗に。
「有崎、いいからうて」
「うてといっても…」
 はいらねえぞ、と呟きながら尚斗がシュートを放つ……打った瞬間に、明らかに外れるとわかる弾道で。
「うわ、尚斗ってホントにダメなんだ…」
 と、紗智が手のひらで顔を追った瞬間。
「うはははっ、ナイスパス有崎」
 NBA選手のダンクショーのような跳躍を見せた宮坂がそのシュートを空中でカットし、そのまま振りかぶって……
「馬鹿…」
 青山の呟きと同時に、宮坂が豪快なダンクを叩き込んだゴールがその衝撃に耐えかねて……
「有崎っ、ゴール下の人間を避難させろっ!」
 青山の叫びと同時に、尚斗は宮坂に優るとも劣らぬダッシュ力を見せてゴール下にいた相手チームの1人と観客を2人抱えて安全地帯へと転がり込んだ。
 そして、酔っぱらった宮坂1人が壊れたゴールの下敷きに……。
 
「……へえ、大変だったのね」
「結局、後かたづけやらなんやらで球技大会は中止になりましたし…」
 煎餅をかじり、冴子の入れたお茶を飲みながら尚斗がため息をついた。
「しかし、なんだなあ…」
 天井に向かってタバコの煙を吐き出すと、水無月は呆れたように呟いた。
「こう言ったらなんだが、お前が助けたヤツってそのままゴールの下敷きになってた方が良かったんじゃないか……多分、あばらが2本ほど逝ってたぞ」
「あちゃ……後の2人は?」
「そっちは無事」
「で、ゴールを壊した子は無傷と?」
 ちょっと不思議そうに冴子が首を傾げた。
「ヤツはそのぐらいでどうにかなるタマじゃないです」
 
「自業自得……良い言葉だねえ」
 病院のベッドの上、折れたあばらをテーピングと包帯で固定された少年を見下ろし、宮坂がにやにやと笑う。
「うるせえよ…」
「ま、その怪我に免じて今日のことは忘れてやろう…」
 宮坂は一旦言葉を切り、真面目な口調で続けた。
「……有崎に治療費なんか請求するなよな」
「わかってるよ……俺だってそこまで恥知らずじゃねえし、部活やってりゃあばらの1本や2本大した怪我でもねえよ」
 宮坂は小さく頷き、ちょっと声を潜めて囁いた。
「それはそうと、ちょっと大事な話があるんだが……」
「あ?」
「ウチの、馬鹿校長やら馬鹿理事長やらが決めたクラブ活動費について証言する気はあるか?」
 
 
                      完
 
 
 むー、高任の筆力じゃ宮坂が輝かないですね……つーか、本当なら外伝で書いてる予定だったから妙な説明を入れる必要はないはずだったのに。それはさておき、跳び箱の『ままぁ』のエピソードは某有名女子校(中等部)入試における実話だったり。(笑)

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